めいのレッスン

めいのレッスン ~クローゼットの隅から

3月 04日, 2016 小沼純一

 

ねぇ、口を大きくあけて、はー、ってすると、

どうして、息があたたかいの?

あっというまに終わってしまうの?

小さくすぼめて、ふー、っとすると、つめたくて、

ずっとずっと、はー、っていうのよりながくもつでしょう?

 

めいにはどきりとさせられる。

おなじような疑問をわたしも子どものときには抱いていたようにもおもう。

友だちと、通学時のバスのなか、

あーだこーだと窓ガラスに息を吹きかけながら、やっていた。

とはいえ、こたえはいまだに知らない。

誰かに教えてもらったこともない。

サイェとおなじように尋ねたのかもしれないが、

これまたおなじように、正解は得られなかった、のだろう。

 

めいのサイェは毎日のように、学校が終わると、やってくる。

わたしの妹、紗枝が迎えにくるまで、好きにすごしている。

 

あるとき、

サイェはクローゼットの隅から古いコンサーティーナを引っ張りだしてきた。

随分前、家でしごとをしているばかりだと気がめいるから、

何か楽器でもやってみようか、と買ってきたものだったが、

ろくに指づかいさえおぼえられず、そのままになっていた。

アコーディオンの小型版?

八角形で、両側にボタンがついてるから、

ちぢめると小田原提灯みたいでもある。

ハーモニカとおなじで、空気を楽器にいれるのとだすのとでは、音がちがう。

右手の人差し指で押さえて、蛇腹を引く、と、「シ」。

そのまま蛇腹を押す、と、「ド」。

ややこしさがわたしを楽器から遠ざけた。

スムーズにメロディが奏でられない、メロディに拒まれている、と。

 

サイェはまず、かたちに興味を持った。

おずおずと、膝のうえに楽器をのせ、

両手ではさんで、音をだしてみる。

はじめのうち、うろおぼえながらも、いくつかの指づかいを教えた。

楽器を抱えているサイェを、背のうしろから手をのばし、

いっしょに楽器にふれ、指をかさね、押したり引いたりする。

サイェは、でも音階をおぼえることに熱心じゃない、

どころか、興味を示さない。

そんなのおぼえなくていい、という表情をし、

からだはぐんにゃりしている。

 

すぐ飽きてしまうのでは、とおもっていたけれど、

そうはならなかった。

そもそも、サイェは、

この小型の楽器で特に「曲」を演奏しようとおもってはいないようだ。

 

なにか、この、宙にある空気を、自分といっしょに吸いこんだり吐いたりする。

そんなときに、ふと、楽音がこぼれてしまう。

うれしいのはそこらしい。

楽器を手にしていなくても、サイェはいろいろと息の音をためしてみる。

 

唇をすぼめて、ふー、っと吹く。

はじめはゆっくり、それからだんだんつよくする。

きつくしめて、やっぱりゆっくり、それから急激につよくして、とめる。

「北風と太陽」?

吸うほうもおなじ。

何度か、す、す、す、と吸って、ひとつづきでこんどは吸う。

唇や息のつよさを変えて、吸ったり吐いたり。

ごくたまに小さく咳きこんだりして。

 

楽器を手にしているときも、キーを押さずに、蛇腹を押したり引いたり、

そのときに空気がではいりするかすかな音に耳をかたむける。

キーをぱちぱちしてみたり、蛇腹を爪でばらばらしたり、

木の部分を指先で叩いたり。

ぽ、ぽ、ぽ、と頬と唇でだしてみたり。

 

蛇腹をだしいれする楽器のたぐいを、

かつては手風琴と呼んでいたものだったが、

サイェにとっては、「手で風をおくる楽器」というほうが、

はるかに自然なかんじだったのかもしれない。

そう、サイェは、コンサーティーナで音楽を奏でようという気はなかった。

楽器をとおして、べつの聴き方をする、とでもいうような。

 

そんなだから、いつまで経っても、わたしのコンサーティーナは、

楽器としての機能をはたさずにいる。

いつまでも、

サイェが部屋のなかの空気と対話する不思議な八角形の箱、のままだ。

 

でも、でもね、サイェ、音楽を奏でるのもいいものだよ。

ほんとなら、この手風琴の持ち主が、

ちゃんと一曲弾いてみせてあげなくてはいけないのだけれど。

それに、風の音なら、楽器はここにおいて、部屋をでて、べつのところに行かなくては。

 

こんど、すこし遠出をしてみようか。
小沼さん連載2
 
 
[編集部より]
東日本大震災をきっかけに編まれた詩と短編のアンソロジー『ろうそくの炎がささやく言葉』。言葉はそれ自体としては無力ですが、慰めにも、勇気の根源にもなります。物語と詩は、その意味で人間が生きることにとって、もっとも実用的なものだと思います。不安な夜に小さな炎をかこみ、互いに身を寄せあって声低く語られる物語に心をゆだねるとき、やがて必ずやってくるはずの朝への新たな頼と希望もすでに始まっているはず、こうした想いに共感した作家、詩人、翻訳者の方々が短編を寄せてくださいました。その一人である小沼純一さんが書いてくださったのが、「めいのレッスン」です。サイェちゃんの豊かな音の世界を感じられるこのお話、本の刊行を記念した朗読会に小沼さんが参加されるたびに続編が生まれていきました。ここではその続編にくわえ、書き下ろしもご紹介していきます。
 

【バックナンバー】
     めいのレッスン ~ゆきかきに
これまでの連載一覧はこちら 》》》めいのレッスン連載一覧

表1_1~1管啓次郎、野崎歓編『ろうそくの炎がささやく言葉』
「東日本大震災」復興支援チャリティ書籍。ろうそくの炎で朗読して楽しめる詩と短編のアンソロジー。東北にささげる言葉の花束。
[執筆者]谷川俊太郎、堀江敏幸、古川日出男、明川哲也、柴田元幸、山崎佳代子、林巧、文月悠光、関口涼子、旦敬介、エイミー・ベンダー、J-P.トゥーサンほか全31名
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html
小沼純一

About The Author

こぬま・じゅんいち。 音楽・文芸批評家。早稲田大学文学学術院教授。おもな著書に『オーケストラ再入門』『映画に耳を』『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『発端は、中森明菜――ひとつを選びつづける生き方』など。『ユリイカ』臨時増刊「エリック・サティの世界」では責任監修を務めている。2010年にスタートした音楽番組『スコラ 坂本龍一音楽の学校』(NHK Eテレ)にゲスト講師として出演中。