MatsuoEyecatch
ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第2回

3月 03日, 2016 松尾剛行

 
今回から、インターネット上で発生する名誉毀損事例の本格的な解説が始まります。“○害予告”はアウトかセーフか?[編集部]

漫画家が「◯害予告」をしたというツイートが問題となった事例から、表現の意味の確定(摘示内容の特定)を考える

 
 第1回でも述べましたが、この連載の趣旨は、①重要な判例・裁判例を取り上げ、その内容にフォーカスした説明を行うことで、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(「本書」)で説明した判例理論をより具体的に理解していただき、また、②本書において校了時期との関係で紹介しきれなかった最新の重要判例を紹介する点にあります。

このウェブ連載では、本判決の事例をもとにした「相談事例」(本書第3編と類似した形式のもの)を作成し、そのうえで、「法律上の問題点」とともに、「裁判所の判断」を紹介し、最後に、「本判決の教訓」を説明したいと思います。なお、ウェブ連載という性質上、法律的な難しい話を注に落としていますので、皆様にはまずは本文を中心に読んでいただき、法的な議論に興味がある方は、注もあわせて参照していただきたいと考えています。

第2回は、本書第2編第1章で取り上げた(本書74頁参照)、有名な漫画家がインターネットユーザーのリクエストに応じて天皇陛下のイラストを描いたことをきっかけに両者の間に紛争が生じ、漫画家がインターネットユーザーを著作権侵害や名誉毀損で訴えたという事案に関する東京高等裁判所の判決(「本判決」)を解説します(注1)。
この判決では、ある表現の意味が不明確な場合には(ここでは「伏せ字」が問題となっています)、どのようにしてその意味を確定すればよいのかという、いわゆる「摘示内容の特定」が問題となっています。「摘示内容の特定」は名誉毀損となるかどうかの判断をするうえで極めて重要な概念ですので、ぜひ正確に理解するようにしてください。
 
*以下の「相談事例」は、本判決の内容をわかりやすく説明するために、本判決を参考に筆者が創作したものであり、事実関係の省略・改変等を行っていますので、実際の事案とは異なる部分があります。本判決の事案の詳細は、判決文を参照してください。

 

相談事例:「○害予告」というツイート

 M弁護士のところに「Aに名誉を毀損されてしまいました」と言って、漫画家Bが相談に訪れた。
 Bはファンサービスとして、漫画を購入してくれたファンのリクエストに応じてイラストをプレゼントするという企画を行ったところ、インターネットユーザーAが、「昭和天皇および今上天皇」のイラストをリクエストした。Bは困惑したものの、リクエストに応じて計2枚のイラストを描いたところ、Aは、ツイッター上で、「天皇陛下に感謝を伝えるプロジェクトに、B先生がご協力くださいました」等というコメントとともに、これらのイラストをアップロードした。Aが、このように、個人的に楽しんでもらうためにプレゼントされたイラストを悪用して、まるでBが政治色の強いプロジェクトに賛同しているかのような虚偽の説明をしたことから、双方の間でトラブルが生じた。しかも、Bの妻である甲も漫画家であったところ、Aは甲に対しても天皇陛下のイラストを描くよう依頼し、イラストを受領していたことから、BはAに対し、「妻のイラストを利用したときには全力で潰します。」とツイートをした。Aはこれを受け、「Bに○害予告されました。」とツイートした。Bは、「事実を捻じ曲げて、まるで自分が殺害予告をする常軌を逸した人であるかのような説明をされたことは許せない」と考え、対処方法をM弁護士に相談した。
 この場合、M弁護士は、Bに対し、どのようなアドバイスをするべきであろうか。

 

1.法律上の問題点

まず、本件では、著作権法違反も重要な問題であり、結論として裁判所は、著作権侵害と著作者人格権侵害を認めていますが、今回は詳述しません(注2)。

インターネット上の名誉毀損の関係で重要なのは、「Bに○害予告されました。」とのツイートです。この表現は、いわゆる「伏せ字」を使った表現であり、その意味についてはさまざまな解釈が考えられます。

Bは、この表現は「Bが殺害予告をした」という意味であると主張しました。

これに対し、Aは、「Bが妨害予告をした」という意味にすぎないところ、実際にBは「全力で潰します」とツイートしているではないか、と反論しました(注3)。

このように、ある表現の意味が不明確な場合には、どのようにしてその意味を確定すればよいのでしょうか。このような問題を、「摘示内容の特定」と呼び、本書では、第2編第1章(59頁以下)で詳細な解説を行っています。

その内容を一言でかいつまめば、「裁判所は、一般読者を基準に、表現の意味を確定している」ということになるでしょう。一般読者というのは、その表現が掲載されている媒体の読者のうちの一般的な人という意味です。つまり、特殊な読み方をする人や特殊な知識を踏まえてその表現を読む人が除かれます(注4)。

たとえば、掲示板であれば当該掲示板についての一般読者、SNSであれば、当該SNSについての一般読者の判断基準を前提に、その意味を確定することになります。

では、Aによる「○害予告」というツイッター上の投稿について、東京高等裁判所は、どのような判断をしたのでしょうか。次項でみてみましょう。
 
→【次ページ】伏せ字にすることの意味を考えてみると……

1 2
松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。