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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第7回

4月 07日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

東京高等裁判所は、相談事例のような事案において、上司の指示に従ってメールを送付した部下(A)を免責しました。

まず、裁判所は、このような、従業員が上司の指示・命令に基づき、上司の指示する内容(注5)の電子メールを送付したケースについて、その従業員が免責される要件を示しました。

つまり、①従業員が、事実の真否や表現の適否について調査・検討してその内容や文章や文言等を訂正する権限が与えられていない場合で、しかも、②電子メール送信の必要性についての上司の指示や説明に相当の理由がある場合には、③その内容が明らかに虚偽であったり、他人の名誉やプライバシーを不当に侵害するものであることが一見して明らかであるなどの場合を除いてはその責任を問わないという、3要件を示したのです。

東京高等裁判所の見解によると、そのようなケースでは、メールの送信行為は、上司の行為の一部とみるべきであって、指示や命令に従って電子メールを送信した従業員個人(A)の独立の行為と評価すべきものではないから、独立性のない従業員が不法行為責任を問われることはないとの判断です。

そして、本件では①Aには、メールの内容の訂正権限がなかったこと、②メール送信の必要性についての上司の指示に相当の理由があったこと、③メールに含まれる事実が真実であることについて疑いを抱くべき事情があるなど、上司の指示、命令を拒否する正当な理由があったということもできないことから、Aは名誉毀損の責任を負わないとしました。

3.判決の教訓

これまでも、名誉毀損関与者のうち従属的な者の責任が否定された事案はありますが、基本的には、たとえばメディアにおけるアシスタントのような位置づけの人の責任が否定されたものがほとんどです(注6)。

東京高等裁判所において、免責の可否が問題となったのは、名誉を毀損するメールの送信者、いわば「実行犯」的な位置づけの者でした。

「実行犯」ではあるのですが、上司の指示に従っただけの従業員(部下)であったことから、実行犯による独立の行為と評価すべきではなく、これを上司の行為の一部とみるべきだとして免責した本判決は、高等裁判所の判断であることも含め、注目に値します。

最近、東京地方裁判所(注7)も、類似の判断を下しており、このような判断は今後広がりを見せる可能性があります。

なお、メール送信等の行為が上司の指示に従って行われたというだけで常に部下が免責されるのではありません。「2.裁判所の判断」で紹介したとおり、東京高等裁判所は、免責のためには3要件が必要としました。

この3要件によれば、もし、あなたが上司からメールの送付等を指示された場合、あなた自身が免責されるかどうか、以下の3点をチェックすべきということになるでしょう。
 
① あなた自身の地位が相当高く、事実の真否や表現の適否について調査、検討し、訂正する立場にあるか(注8)
② 上司の説明するメール送信等をする必要性に相当の理由がないか、言い換えれば、上司が指示をする際に、なぜメール送信等をする必要があるのるかについて、なるほどと思わせるような説明をしていない場合であるか(注9)
③ メール等の内容が虚偽であることが明らかか、または名誉毀損であることが明らかか(注10)

 
 この3点のうち1つでも「そのとおり」ということになってしまうと、上司の命令に従った送付であっても、あなた自身が責任を負う可能性があります。これに対し、①あなたの地位が低く、②メール送信の必要性に相当の理由があり、③虚偽性や名誉毀損性が明らかではない場合には、上司の指示に従ったあなたが免責され、上司等(注11)のみが責任を負います。

相談事例では、①Aは平社員であって地位が低く、事実の真否や表現の適否について調査、検討し、訂正する立場にないといえる可能性が高いでしょう。また、②取引先が報酬金を誤った口座に振り込まないよう注意喚起をすることの必要性は高く、メール送信の必要性についての説明には相当の理由がありそうです。そして③Bのこれまでの振る舞いからは、少なくともメール等の内容が虚偽で、名誉毀損であることが明らかとはいえません。そこで、Aの免責の可能性が高いといえ、Aとしては、Bの請求を基本的には拒絶することになると思われます(注12)。


 
(注1)東京高判平成26年7月17日ウエストロー2014WLJPCA07176001
(注2)東京高等裁判所は「本件電子メールの送信行為は、それぞれのメールごとにみれば特定の者に宛てたものではあるが、その名宛人は18名にものぼるもので、しかも、その内容は過誤払をしないように求める被控訴人会社の業務に係る重要事項であって、各取引先やモデル、タレントに対し、控訴人らからの請求は不当なものであるとして注意を促す内容であるから、当然に、各取引先の会社の役員や担当者にもその内容を周知させる必要があるものである。そうすると、本件における電子メールでの送信内容は、その性質上、送信先の直接の名宛人とされた人物だけではなく、それぞれの関係者に対して周知される内容であって、広く不特定多数の関係者に伝播される可能性を有するものであったというべきである。したがって、本件の各送信内容は第三者に対して伝播する可能性はなかったとの被控訴人会社らの主張を採用することはできない。」と述べ、いわゆる伝播性の理論(『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』112頁以下)を適用しています。この理論はやや複雑ですので、相談事例では、あえて「多数」と仮定しました。
(注3)Bが報酬金詐取事件に関与したということが本当であれば、たとえば、真実性の抗弁が成立する可能性がありますが、東京高等裁判所は「報酬金詐取事件への控訴人の関与を疑ったことは、理解できないわけではない。」としたものの、甲社としてB「が報酬詐取事件に関与したのではないかと疑ってはいたものの、何か具体的な根拠をもって」「報酬詐取事件に関与したものと信じていたとまでは認められず、これを覆すに足りる証拠もない」としました。
(注4)実際に、東京高等裁判所は甲社等が名誉毀損の不法行為を行ったと認め、損害賠償の支払いを命じています。
(注5)東京高等裁判所は「代表取締役等の上司が作成したメールの内容を,電子メール等で取引先等へ送信する場合」としており、ドラフトを上司自身が作成することが前提のようにも読めます。しかし、この事案では、上司がメールを打つように指示、命令した後、部下であるAがメールを作成し、その内容につき送信前に上司が指示とチェックをしたと認定しており、必ずしもドラフトを上司自身が作成することが前提ではありません。また、類似事例で東京地方裁判所が類似の判断をした際においては、「社の従業員が代表取締役等の上司の指示や命令に基づき、代表取締役等の上司が指示したメールの内容を電子メール等で取引先へ送信する場合には」として、上司の指示で部下が作成した場合を免責の範囲に明示的に含んでいます(東京地判平成27年4月22日2015WLJPCA04228008)。
(注6)たとえば、東京地判平成21年7月31日ウェストロー2009WLJPCA07318007参照。
(注7)注5で触れた東京地判平成27年4月22日2015WLJPCA04228008のことです。
(注8)訂正等ができる立場であれば、主体的に内容について検討し、問題があれば訂正すべきであって、そのままメール送信や投稿等すべきではないでしょう。
(注9)もっともな理由もなくメール送信や投稿をしろと指示されたにもかかわらず、何ら疑問をもたずに単にその指示に従っただけであると、免責されない可能性があることには注意が必要です。
(注10)もし、そのような内容であれば、指示や命令を拒否する正当な理由がある以上、メール送信等を拒否すべきです。
(注11)このような場合に具体的に誰が名誉毀損の責任を負うかについては、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』151頁以下を参照してください。
(注12)ただし、会社や上司と一緒にBに訴えられる可能性もあり、そのような可能性を踏まえながら、どこまでの線であれば妥協できるかを考え、Bと交渉をすることも十分ありえます。その場合には、可能であれば専門家の助力を得ることが望ましいと思われます。
 
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時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。