ジャーナリズムの道徳的ジレンマ

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
 〈CASE 01〉 最高の写真? 最低の撮影者?

4月 12日, 2016 畑仲哲雄

 
 

3:: まとめと解説

相反する考え方がにらみ合う場面を離れ、一歩引いて冷静に見下ろし、この事例をすこし学問的に考察してみたい。
 
 対立する2つの立場のうち、そぼくな道徳感情に近いのは人命優先のほうだろう。なにを差し置いても人命を救うべきだという議論は、崇高で人道的で、シンプルで強力だ。これに立ち向かうには勇気がいる。だが、この行為を続けることは道徳的だろうか。まずは目の前の少女を救ってもいい。だが、内戦と干ばつに苦しむ人は膨大にいる。少女の次に、杖をついた老人を背負い、その次は妊婦に肩を貸してあげ、倒れて動かなくなった人のために医者を呼びに行き……と人助けばかりしていたら、「悲劇」を世界に伝えるというジャーナリズムの使命を果たせなくなってしまう。
 報道優先のジャーナリストは分が悪い。救おうと思えば救える命をあえて救わず、近くで撮影してメシのタネにする行為に批判が集中することは想像がつく。だが、それでも主流メディアのジャーナリストは報道優先の立場に理解を示す。毎日新聞記者としてベトナム戦争を報道した徳岡孝夫によれば、ジャーナリストは「悲劇」をむしろ「魅力的な素材」と興奮する職業的第三者だという。そのうえで徳岡自身「人類同朋への高貴な共感者ではなくニュースのハイエナ」であることを認めたうえで、安易な人道主義を「お茶の間の正義」と批判する(1)。
 理論的には、徳岡の立場は、アメリカのリベラルなジャーナリズム倫理に近い。たとえば、コロンビア大学教授のステファン・アイザックスはこう語る。「ジャーナリストの使命は歴史の瞬間を記録し、それを広く知らせることである。ジャーナリストは現実に手を加えてはならない。ジャーナリストは取材しようとしている現実を変えてはならない責任がある。……子どもが死んで、禿鷲がその肉をついばむとしたら、それを見届けるべきである。非情に残酷に聞こえるかもしれないが、それがジャーナリストの役割なのだ。映像や記事を持ち帰り、世の中がどんなに厳しい現実にあるかを知らせることがジャーナリストの仕事なのだ」(2)。だが、ジャーナリストも人の子であり、道徳から自由になることはできない。

4:: 実際の事例

思考実験のもとになった事例を概観しておきたい。
 
 1993年にスーダンで、1枚のショッキングな写真が撮られた。骨と皮になった少女が荒れ地にうずくまり、その背後でハゲワシが見つめている瞬間をおさめ作品だ。ニューヨーク・タイムズ紙に大きく掲載された。
 アメリカで最も権威ある新聞に掲載されたことで、世界の視線が一挙にスーダンに注がれるようになった。というのも1990年代のアフリカで国際的なニュースの発信地だったのはソマリアだった。内戦と干ばつで無政府状態だった「アフリカの角」に、米軍指揮下の多国籍軍が国連決議に基づいて派遣されていた。また、南アフリカではネルソン・マンデラが1991年にアフリカ民族会議(ANC)議長に就任し、反アパルトヘイト闘争を指導していた。
 報道写真家たちは、巨大メディアに採用される写真や映像を撮ろうとする。有力新聞や国際通信社に扱ってもらう方法は、平凡な日常を送る人たちの心を揺さぶる光景を撮ること。戦場での暴力、飢えた子ども、大自然の猛威、奇跡の救出劇や感動的な瞬間だ。
 南アフリカ出身の若い写真家ケビン・カーターは「ハゲワシと少女」で、1994年4月にピュリツァー賞企画写真部門賞を受賞した。その賞はジャーナリストにとって最高の栄誉とされ、カーターは時の人となった。と同時に、激しい批判にさらされた。

コロンビア大学ジャーナリズム大学院に委員会をおくピュリッツァー賞は、記者にとってもカメラマンにとっても最高の栄誉となり、影響力も大きい。写真は、受賞写真を収録した書籍(『ピュリツァー賞受賞写真全記録第2版』)。その帯にも「ハゲワシと少女」が使われている。
コロンビア大学ジャーナリズム大学院に委員会をおくピュリッツァー賞は、記者にとってもカメラマンにとっても最高の栄誉となり、影響力も大きい。写真は、受賞写真を収録した書籍(『ピュリツァー賞受賞写真全記録第2版』)。その帯にも「ハゲワシと少女」が使われている。
 「カーター氏はカメラマンとしては満点だろう。しかし一人の人間としてはマイナス十点だ」「(ピュリツァー)賞は人間性や倫理とは無関係に選ばれるのか」。アメリカの新聞に、そんな投書が掲載され、インタビュアーから「なぜ少女を助けなかったのですか」と問われ続けた。カーターはその年の7月、ヨハネスブルク郊外で自殺した。33歳だった。
 朝日新聞ニューヨーク支局(当時)の佐藤吉雄は、生前のカーターに電話でインタビューしている。カーターは撮影直後を振り返りこう話した。「あまりの衝撃に近くの木の下に座り込んでしまった。気を落ち着けようとたばこをいっぷく吸った。涙がこみ上げてきた。しばらく泣き続けたのを覚えている。少女がその後、どうなったのか、わからない。もちろん名前も部族も分からない」。さらに、なぜ少女を助けなかったのかという批判については、こう答えている。「そういう反響は、それこそ世界中から来た。私はハゲワシを追い払い、少女が村に向かうのを見守る以外、何もしなかった。それ以上の質問には答えられない」(3)。
 だが、毎日新聞記者の藤原章生によれば、その少女の近くには母親がおり、撮影直後のカーターは全身で喜びをあらわしていたという(4)。藤原はスーダンでカーターと行動をともにしたジョアオ・シルヴァに取材した。シルヴァとカーターは似たような場所で似たような飢餓の子を撮っていた。「動きが欲しいなっていろいろ、角度を決めて、そしたら、目をふさいで泣くような格好をしたから、カシャカシャって何枚か撮って。……親? 親はすぐそばで食糧をもらうのに必死だよ。……ケビンが撮った子も同じ。母親がそばにいて、ポンと地面にちょっと子どもを置いたんだ。そのとき、たまたま、ハゲワシがすーっと降りてきたんだ、あいつの目の前に」「ケビンのところに戻ったら、あいつ仰向けになって、煙草をスパスパ吸って、空に向かってうわごと言ってんだよ。……『やったんだ、撮ったんだ、すごいの撮った、俺、撮ったんだ』なんて涙流さんばかりに興奮して……」
 

5:: 思考の道具箱

 
■フォトジャーナリズム カメラによる取材報道活動。写真は、ある瞬間を切り取って固定してみせるものであり、優れた作品はシャッターが切られる前後のようすを想像させる。危険な地域で取材をするフォトジャーナリストのなかには、地雷や銃撃で命を落としたり、人質になったりする例もある。アメリカで最も権威あるとされるピュリツァー賞も1942年から写真部門を創設した。近年はデジタル技術の高度化にともない、画像の加工も容易になったため倫理的な問題が浮上している。
■傍観報道 対象から距離を置く「客観的」な報道を揶揄する言葉として、業界内でつかわれる。ジャーナリストのなかには、「事実」を「中立的」な立場から観察してありのまま報告しなければならないという規範を内面化する人が少なくない。その考え方に立てば、苦しむ人びとがいたとしても、冷静かつ正確に見届けなければならない。だが、じぶんの家族や地域の隣人たちが目の前でSOSを叫んでいたとして、冷静にただ観察することができるだろうか。日本でも、大震災や大津波の被害に遭った地域のジャーナリストたちは客観報道と傍観報道の違いを反問しなければならなかった。
 
 
[参考文献]
(1)徳岡孝夫(1994)「ハゲワシと少女:カメラマンは正しかった」『諸君!』26(10)、pp.64-71
(2)柏倉康夫(2002)『マスコミの倫理学』丸善、p.6
(3)佐藤吉雄(1994)「ピュリツァー賞企画写真部門賞受賞「ハゲワシと少女」論争:カメラマンはなぜ自殺したか」『新聞研究』(518)、pp.58-60
(4)藤原章生(2005)「あるカメラマンの死」『絵はがきにされた少年』集英社、pp.17-36
[その他の参考資料]
ハル・ビュエル(2015)河野純治訳『ピュリツァー賞受賞写真全記録第2版』日経ナショナルジオグラフィック社
スティーブン・シルヴァ監督『バンバン・クラブ 真実の戦場(The Bang Bang Club)』2010年公開のカナダ・南アフリカ合作映画、原作グレッグ・マリノヴィッチとジョアオ・シルヴァ。
 
[担当者の一言]ほんとうに難しい……。このケースだったら「急いで撮って、少女を助ける」と言えそうだけれど、もっと時間がなかったら? もし自分も危険になったら? 反射的にシャッターを押さない、とは正直言い切れません。次回は、立てこもり事件発生! 警察から記者腕章を貸してほしいと求められたとき、どうする?
 
 
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