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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第13回

5月 26日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

本件において、Aが判断資料としたのは、商業登記簿謄本、市販の雑誌記事、インターネット上の投稿、加盟店の店長であった者から受信したメール等でした(注6)。

Aは、雑誌やインターネット上の記事に加え、登記を取ったり、関係者からのメール等を踏まえて記事を書いたのであって、全く調査をしていないわけではないことに留意すべきです。

しかし、最高裁は、結論において、相当性を否定しました。その理由としては、
 
・資料の中には一方的立場から作成されたにすぎないものもあること
・資料に対する表現者の理解が不正確であったこと
・対象者の関係者に事実関係を一切確認しなかったこと

 
などがあげられています(注7)。

ここで、1つ留意すべきは、Aが一般のインターネットユーザーであって、いわゆるマスメディアではない点です(注8)。

マスメディアであれば、この程度の資料だけでは不十分で、もっと深度のある取材をすべきという見方も十分成り立つでしょう。しかし、専門的な訓練を受けていない一般のインターネットユーザーがマスメディアと同じ水準の取材を行うのは容易ではありません。

そこで、このような一般のインターネットユーザー、ないしは個人ユーザーについては、相当性の判断基準を緩め、より少ない調査で十分相当性を認めてよいのではないかとする判断も考えられます(注9)。

しかし、最高裁判所は、インターネット上における個人ユーザーの書き込みであるというだけで、相当性の判断基準を緩めるべきという立場をとりませんでした。

最高裁は、
 
・個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって、おしなべて、閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないこと
・インターネット上に載せた情報は、不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり、これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなりうること
・一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないこと

 
などを考慮して、単に個人ユーザーのインターネット上の投稿であるというだけでは、マスメディアの場合よりも相当性を緩めるべきとはいえないとしました(注10)。

そして、上記のとおり、Aは一方的な情報を含む資料について、不正確な理解に基づき投稿しており、また、B側への確認をしていない(注11)として、相当性が否定されたのです。

3.決定の教訓

このような最高裁の判断の意味は、インターネット上の個人ユーザーによる投稿についても、マスメディアと同様の基準で相当性が判断される可能性があるということです。

マスメディアに求められる相当性については、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』でも検討していますが(注12)、基本的には、客観的な資料を収集した上で、双方の言い分を取材によって確認し、そこで合理的な疑問が生じた場合には、さらに追加で資料を集めたり、取材をした上で記事を書くべきであって、たとえば一方当事者の言い分だけをもとに記事を書いた場合や、取材の結果矛盾点や疑問点が明らかになったにもかかわらず、それに目をつぶってそのまま記事を書いた場合等には相当性は認められません。

本当にこの程度の高度な取材をしなければ常に相当性が否定されるのかという問題はありますが、最高裁がこの決定において相当性を否定した理由に鑑みると、インターネット上の個人ユーザーの書き込みであっても、
 
・資料が一方的立場からのものかどうかに注意すること
・資料を曲解せず、客観的に理解すること
・関係者、特に対立する側の関係者に事実関係を確認すること

 
などを心がけないと、相当性が認められるのは厳しいといえるでしょう。

インターネット上の個人ユーザーにとって、マスメディアのようなレベルの取材をすることは事実上困難です。そこで、インターネット上の表現が社会的評価を低下させたと判断させる場合、それが真実と立証できる場合はよいのですが、そうではない場合には実務上相当性で免責を受けることがかなり難しいといわざるをえません。

そのような意味で、特に個人ユーザーの書き込みがインターネット上で他人の名誉を毀損しそうな場合、「ちょっと調べて書いているから大丈夫」というように、安易に相当性の法理に依拠するのは危険でしょう。基本的には、真実性が立証できるような場合にはじめてそうしたリスクのある内容の書き込みをすべきであって、真実性が認められるかどうか微妙だが、相当性に依拠して書き込みをするならば、事前に専門家の意見を聞く等の慎重な対応をすることが望ましいと思われます。


 
(注1)民事訴訟につきルンバール事件(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)、刑事訴訟につき最決平成19年10月16日刑集61巻7号677頁等参照。
(注2)最判昭和41年6月23日民集20巻5号1118頁、最大判昭和44年6月25日刑集23巻7号975頁。
(注3)最決平成22年3月15日刑集64巻2号1頁。
(注4)特に実際の事案では、刑事事件であり、名誉毀損罪が問題となっていることにご留意ください。
(注5)「原判決は、被告人は、公共の利害に関する事実について、主として公益を図る目的で本件表現行為を行ったものではあるが、摘示した事実の重要部分である、乙株式会社と丙とが一体性を有すること、そして、加盟店から乙株式会社へ、同社から丙へと資金が流れていることについては、真実であることの証明がなく、被告人が真実と信じたことについて相当の理由も認められないとして、被告人を有罪としたものである。」とされている。
(注6)「被告人は、商業登記簿謄本、市販の雑誌記事、インターネット上の書き込み、加盟店の店長であった者から受信したメール等の資料に基づいて、摘示した事実を真実であると誤信して本件表現行為を行った。」
(注7)「このような資料の中には一方的立場から作成されたにすぎないものもあること、フランチャイズシステムについて記載された資料に対する被告人の理解が不正確であったこと、被告人が乙株式会社(注:Bのこと)の関係者に事実関係を確認することも一切なかったことなどの事情が認められるというのである。以上の事実関係の下においては、被告人が摘示した事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるとはいえないから、これと同旨の原判断は正当である。」
(注8)原審(東京高判平成21年1月30日刑集64巻2号93頁)で、「被告人は、日本A天軍(注:甲のこと)が反社会的な活動を行う団体であり、その問題点を多くの人々に知ってもらう必要があると考え、自ら開設していたホームページ上に同団体に関する記事を掲載するなどしてきたものである。」
(注9)実際、第1審(東京地判平成20年2月29日刑集64巻2号59頁)は、インターネット上の名誉毀損は信用性が低く、かつ、対抗言論が可能である等として、「加害者が主として公益を図る目的のもと、「公共の利害に関する事実」についてインターネットを使って名誉毀損的表現に及んだ場合には、加害者が確実な資料、根拠に基づいてその事実が真実と誤信して発信したと認められなければ直ちに同人を名誉毀損罪に問擬するという解釈を採ることは相当ではなく、加害者が、摘示した事実が真実でないことを知りながら発信したか、あるいは、インターネットの個人利用者に対して要求される水準を満たす調査を行わず真実かどうか確かめないで発信したといえるときにはじめて同罪に問擬するのが相当」という基準を立てた上で、Aを免責している(無罪判決を下した)。
(注10)「個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって、おしなべて、閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって、相当の理由の存否を判断するに際し、これを一律に、個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。そして、インターネット上に載せた情報は、不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり、これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること、一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないことなどを考慮すると、インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても、他の場合と同様に、行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り、名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない。」
(注11)元フランチャイズ加盟店の店長という、いわばBに対立的な立場の人からのメール等に依拠しただけで、Bの立場に立つ人に取材、確認等をしていないことが問題だとされています。
(注12)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』200頁。

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。