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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第19回

7月 07日, 2016 松尾剛行

 

3.「忘れられる権利」に関する裁判例

松尾

:いままでの伝統的なプライバシーの問題といま問題となっている忘れられる権利の間で一番違っているのは、ウェブにアップロードした本人に対する請求ではなく、検索エンジンといった中間者への請求が認められたところにあると理解しています。要するに検索エンジンが本屋と同じで、データをコントロールしていないのであれば、そのような検索エンジンに対する請求は認められない、ないしは、認められにくいが、単純な情報提示ではなく、アルゴリズム等を使って、意図的に選定して順位づけをしている。そこで、データのコントロールが認められ、検索エンジンに対する請求が認められるようになってきた、こういう感じでしょうかね。

成原

:ご指摘のとおり、直接の表現者に対する請求(だけ)ではなく、検索事業者をはじめ媒介者への請求が争われているのが、今日の「忘れられる権利」に関する事案の特徴の一つかと思います。もちろん、従来でも書店のような媒介者の責任が問われることはあったのですが、媒介者に対する請求が行われるのは例外的な事態であったのに対して、今日のインターネット上では、直接の表現者よりも、むしろ媒介者の責任が問われることが目立ってきていることが大きな特徴といえるでしょう。

松尾

:忘れられる権利が問題となっている事例を見ますと、直接の表現者に対する請求というよりは、むしろ検索事業者等に対する削除請求等が問題となっているようです。ここで、検索事業者等には、いわば媒介者のような側面がありますよね。

このような検索事業者の位置づけについては、たとえば、日本でも「検索の検索結果として、どのようなウェブページを上位に表示するか、どのような手順でスニペットを作成して表示するかなどの仕組みそのものは、債務者が自らの事業方針に基づいて構成していることは明らか」と判示する裁判例がある(後述No.12)ように、重要な問題となっていると理解しているのですが、アメリカではどのように考えられていますか。

成原

:米国で1996年に制定された通信品位法(CDA)230条は、「双方向コンピュータ・サービスのいかなる提供者……も、他の情報コンテンツ提供者により提供された情報の発行者または代弁者として取り扱われない」と規定して、プロバイダ等の媒介者が利用者による名誉毀損に関して発信者としての責任を問われないことを明確にしました。CDA230条は、たとえ媒介者が第三者の発信した情報の編集等に関与していたとしても、媒介者を免責することで、インターネット上の表現の自由の保障を確実にすると同時に、媒介者による違法有害情報の自主的な削除を促すインセンティブを与える立法目的をもっていたと指摘されています。

近年の米国の裁判例では、CDA230条の解釈により、第三者の発信した表現による名誉毀損等の不法行為責任について検索事業者を含む媒介者に広範な免責が認められるようになっています(注8)。米国では、このようなCDA230条により媒介者に広範な免責が認められていることと、修正第1条により表現の自由が手厚く保障され、裁判例により検索結果にも修正第1条の保護が及ぶと解されている(注9)こととが相まって、「忘れられる権利」に相当する権利を認めることを困難にしています(注10)。一方、EU諸国では、先ほど松尾さんからもお話があったように、データ保護指令の解釈により、検索事業者も個人データの「管理者」と位置づけられ、「忘れられる権利」に基づく削除が義務づけられるようになっています(注11)。

日本の裁判例にも、名誉毀損に当たるとして検索結果の削除や損害賠償を命じているものが少なからずありますね。日本の実務に詳しい松尾さんに、日本の検索結果削除に関する裁判例をご紹介頂きたいのですが。

松尾

:私も、日本の裁判例をすべて知っているわけではないのですが、インターネット上の名誉毀損について検討する際に、関連する裁判例のうち、商用データベース上で入手可能なものを以下のように調査しました。なお、以下でまとめたNo.1〜No.13以外にも、関連する裁判例は多数存在します(注12)。

 
No. / 判決・決定 / 結果(○ or ×)
概要
 
1 / 東京地決平成18年1月27日判例秘書L06130994 / ×
モデル事務所の名前で検索すると、「アイドルのあそこ解放区」という検索結果が表示されるという事案において、裁判所は、そもそもこの表現の意味が不明確である等として、権利侵害を否定。
 
2 / 東京地判平成21年11月6日West2009WLJPCA11068002 / ×
有料職業紹介事業を目的とする株式会社である原告の名称で検索をすると、検索結果として原告を悪徳等と表現する掲示板やブログ記事へのリンク及び説明文が表示される事案において、当該検索エンジンサービスを運営するのはアメリカの本社であるところ、日本法人である被告に削除義務がない等として削除請求等を棄却。
 
3 / 東京地判平成22年2月18日West2010WLJPCA02188010 / ×
医師である原告について「(原告名)医師」という語句を入力すると検索結果として、原告が性犯罪者だ等と書きこまれた掲示板が表示される等の事案において、検索事業者自身の意思内容を表示したものではないことや、検索サービスの検索結果自体が違法な表現というわけでも、検索サービスの運営者自身が違法な表現を含むウェブページの管理を行っているわけでもないこと等から検索事業者への削除が認められるのは検索サービスの運営者がその違法性を認識することができたにもかかわらずこれを放置しているような場合に限られるとして、請求を棄却。
 
4 / 東京地判平成23年12月21日West2011WLJPCA12218030 / ×
掲示板上に原告について「常にニヤニヤしているキモキャラ」等の書込みがされ、原告の名前で検索すると、当該掲示板のログをまとめたサイトが表示されることにつき、「利用者が入力した検索キーワードに関連するウェブページを、独自の算法に基づく順序により、機械的かつ自動的にウェブ検索結果として一覧の形式で表示するロボット型検索エンジンを採用している本件△△検索サービスにおいては、結果として、他人の名誉を毀損したり、侮辱したりする記載のあるウェブページが検索されて表示されてしまう場合があることを防ぐことは事実上不可能であり、また、そうであるからといって、ロボット型検索エンジンの採用を取りやめるなどし、個々のウェブページの内容について一つ一つ確認し、名誉毀損や侮辱に当たる可能性のあるウェブページについては全て検索による表示の対象から外す作業をすることを被告Y2社に求めることは、物理的・経済的に不可能を強いるもの」等とした上で、削除が認められるのは違法であることが明らかで、その違法性を容易に認識できたにもかかわらず放置した場合に限られるとして請求を棄却。
 
5 / 東京地判平成25年10月21日第一法規28213839 / ×
原告名で検索をすると「(原告名)逮捕」と表示されることにつき、日本法人に削除義務はない等として請求を棄却。
 
6 / 東京地判平成25年12月16日West2013WLJPCA12168020 / ×
適格機関投資家等特例業務の届出業者である原告が、原告名で検索をすると「問題があると認められた届出業者リスト」が表示されることにつき、これをもって、原告に対する違法な名誉毀損とはいえないこと、および、「検索サービスは、本件プログラムによって、インターネット上から自動的かつ機械的に収集されたウェブサイトの情報を解析して索引情報を作成した上、それらのサイトで公開しているテキスト、タイトル、情報源等の特徴に照らして利用者が入力した検索キーワードに関連するウェブサイトを自動的かつ機械的に抽出した検索結果を一覧の形式で表示するものであって、被控訴人が作為的に前記表示をさせているものではないものであること」等から原告の請求を棄却。
 
7 / 京都地判平成26年8月7日判時2264号79頁 / ×
原告名で検索すると、原告の逮捕に関連する事実が表示されるところ、リンク部分は、リンク先サイトの存在を示すに過ぎず、被告自身がリンク先サイトに記載されている本件逮捕事実を摘示したものとみることはできないし、スニペット部分も自動的かつ機械的に抜粋して表示するものであることからすれば,被告がスニペット部分の表示によって当該部分に記載されている事実自体の摘示を行っていると認めるのは相当ではない、検索結果の表示は,本件検索サービスにおいて採用されたロボット型全文検索エンジンが,自動的かつ機械的に収集したインターネット上のウェブサイトの情報に基づき表示されたものである等の理由で請求を棄却。
 
8 / 京都地判平成26年9月17日West2014WLJPCA09176003 / ×
原告名で検索すると、原告の逮捕に関連する事実が表示されるとして日本法人を訴えたところ、検索エンジンを運営する主体は米国法人である等として請求を棄却。
 
9 / 大阪高平成27年2月18日第一法規28230863・LEXDB25506059 / ×
No.7の控訴審。「被控訴人(注:検索事業者)は、本件検索結果の表示のうちスニペット部分につき、自動的かつ機械的にリンク先サイトの情報を一部抜粋して表示しているにすぎず、被控訴人が表現行為として自らの意思内容を表示したものということはできず、名誉毀損となるものではない旨主張する。しかしながら、その提供すべき検索サービスの内容を決めるのは被控訴人であり、被控訴人は、スニペットの表示方法如何によっては、人の社会的評価を低下させる事実が表示される可能性があることをも予見した上で現行のシステムを採用したものと推認されることからすると、本件検索結果は、被控訴人の意思に基づいて表示されたものというべき」としたところに特徴があるが、逮捕後わずか2年であること等から控訴棄却(注13)。
 
10 / 大阪高判平成27年6月5日判例秘書L07020221 / ×
No.8の控訴審。基本的にはNo.8の判断を是認しており、また、日本法人に検索結果監督義務も検索結果表示阻止義務もないとされて控訴棄却。
 
11 / さいたま地決平成27年6月25日判時2282号83頁 / ○
債権者の本名と住所所在地の県名を入力すると、債権者の逮捕歴が表示される事案において、一般論として検索エンジンには「知る権利に資する公益的、公共的役割を果たしていること、また、このような検索エンジンの果たす公共的役割が、検索結果の表示になるべく人為的な操作が介在しないことによって基礎付けられる」としたものの、比較衡量により、仮の削除を命じる。
 
12 / 札幌地決平成27年12月7日West2015WLJPCA12076001 / ○
債権者の本名で検索した際に上位3番目に掲載されるリンク先である掲示板に債権者が●●罪で逮捕された等と掲載されていること等につき、名誉毀損及びプライバシー侵害を理由に仮の削除を命じる。
 
13 / さいたま地決平成27年12月22日判時2282号78頁 / ○
No.11の保全異議申立事件。「結局のところ、検索エンジンに対する検索結果の削除請求を認めるべきか否かは、検索エンジンの公益的性質にも配慮する一方で、検索結果の表示により人格権を侵害されるとする者の実効的な権利救済の観点も勘案しながら、原決定理由説示のように諸般の事情を総合考慮して、更生を妨げられない利益について受忍限度を超える権利侵害があるといえるかどうか」という枠組みで原決定を是認。なお、「検索の検索結果として、どのようなウェブページを上位に表示するか、どのような手順でスニペットを作成して表示するかなどの仕組みそのものは、債務者が自らの事業方針に基づいて構成していることは明らか」と判示(注14)。

 

4.名誉毀損とアーキテクチャ

成原

:プライバシーだけではなく、名誉毀損を理由とする検索結果の削除も認められているのですね。

松尾

:名誉毀損を理由とする検索結果の削除に関してはNo.12の札幌地決平成27年12月7日が重要です。この事案は、12年前の罰金前科というのがスレッド上に掲載されていて、検索エンジンで自分の名前を検索するとそのスレッドが上位に表示され、前科が検索結果上に表示される。そこで裁判所に仮の削除を請求したところ、裁判所が名誉毀損とプライバシー侵害を理由に仮の削除を認めたという事案です。

成原さんのご著書では名誉毀損を専門的に扱った章はなかったと思いますが、名誉毀損とアーキテクチャの関係というのは、プライバシー、(児童)ポルノ、著作権侵害等の他の違法・有害情報とアーキテクチャの関係と違う特徴はありそうですか?

成原

:一般論としていえば、名誉毀損的表現をアーキテクチャにより規制することは容易ではないでしょうね。性表現のフィルタリングや迷惑メールのブロッキングの場合であれば、キーワードや画像等に基づいて一定程度機械的な判断が可能なことが多いのに対して、名誉毀損については、そもそも、いかなる表現が他人の社会的評価を低下させるのか自体が、文脈依存的なものであり、アーキテクチャによる機械的な遮断は困難なことが多いのではないでしょうか。名誉毀損の違法性ないし責任の阻却事由とされる公共性、公益性、真実性・相当性にしても、機械的な判断は困難であり、裁判官をはじめとする人間による個別具体的な判断が求められることになるのではないでしょうか。もっとも、将来的には、ひょっとすると、名誉毀損に関する膨大な判例を機械学習したAIが名誉毀損的表現の削除を自動的に執行することが可能となるのかもしれませんが。

松尾

:私の本でも、たとえば、裁判所が単語そのものから機械的に名誉毀損の有無を判断するのではなく、その表現が使われる文脈を考慮して名誉毀損の有無を判断する旨を指摘しています(注15)。同じ表現でも、それが文脈によって名誉毀損になったりならなかったりするわけですから、たとえばフィルタリング技術等のアーキテクチャによる対応は容易ではなさそうですね。

成原

:同じ表現でも文脈によって名誉毀損になったりならなかったりするというのは、テクストの意味が文脈によって変化することに着目したレッシグの「翻訳」理論を研究してきた私の視点からも、頷けるご指摘です。文脈を踏まえた判断は、現状ではやはり人間でないと困難なことが多いでしょうね。一方で、アーキテクチャをインターネット上の表現活動や情報流通を支えるプラットフォームという意味で広く捉えるのであれば、名誉毀損に関する不法行為責任とアーキテクチャの設計は関係してくる可能性があります。

この点について考えるうえで興味深いのが、大阪高判平成27年2 月18日(No.9)です。事案は、京都府迷惑行為防止条例違反(盗撮)の疑いで逮捕された男性が、ヤフーに対して検索結果削除等を求めたものです。大阪高裁は、ヤフーが検索結果のスニペット部分に含まれる本件逮捕事実自体を摘示したものとはいえないとしつつも、スニペット部分には逮捕事実を認識できる記載が含まれるところ、ヤフーの検索結果が同社においても左右できない複数の条件の組み合わせによって自動的かつ機械的に定まるとしても、その提供すべき検索サービスの内容(ウェブサイトの存在およびURL にとどめるか、スニペットを表示するにしてもどのように表示するかなど)を決めるのは同社であり、スニペットの表示方法如何によっては人の社会的評価を低下させる事実が表示される可能性があることも予見したうえで現行のシステムを採用したものと推認されることからすると、本件検索結果はヤフーの意思に基づいて表示されたものというべきであると述べました。そのうえで、検索結果のスニペット部分に記載された本件逮捕事実は、一般公衆に当該事実があるとの印象を与えるため、ヤフーがその事実を摘示してはいないとしても、同社が検索結果を表示することにより一般公衆の閲覧に供したものであり、男性の社会的評価を低下させる事実であるから、本件逮捕事実の表示は、男性の名誉を毀損し、原則として違法であると判示しました。

アーキテクチャの設計と名誉毀損に関する不法行為責任の関係という観点からは、大阪高裁が、ヤフーがシステムの設計を通じて検索サービスの内容を決定していたことなどを理由に、ヤフーが検索結果の表示内容について不法行為責任を負う可能性を認めた点を注目すべきかと思います。本判決は、検索事業者等の媒介者によるアーキテクチャの設計を根拠に、アーキテクチャに基づく情報流通に関する媒介者の責任を肯定する可能性を示唆したものと理解する余地もあるのではないでしょうか。

松尾

:この理屈というのは、検索事業者が名誉毀損情報をも表示され得るようなアーキテクチャを設計・選択した以上、そのような設計・選択を理由に責任を負わせるべきということなのでしょうかね。

成原

:はい、そういうロジックを読み取ることも可能なのではないかと思います。

松尾

:いまご紹介いただいたお考えは、検索エンジンの存在によって名誉毀損情報が拡散し、社会的評価が低下するのだから、なんとか検索事業者の責任を認めたいということで編み出された理論ということで、心情的には十分理解可能なのですが、理屈としては、さきほどの、名誉毀損が文脈依存であるという点に鑑みると、よく理解できないところがあります。

名誉毀損が文脈依存というのは、同じ文言が入っていても、文脈によって名誉毀損になったりならなかったりするということですから、検索事業者にとって、事前に名誉毀損になるものだけをピックアップしてフィルタリング等をすることは非常に難しいということです。そうしますと、大阪高裁は、検索事業者はどういうアーキテクチャを設計・選択すべきだったのでしょうか。さすがに検索エンジンサービスそのものを提供するな、とはいわないのですよね。そうすると、およそ名誉毀損にあたりうるすべての用語についてフィルターをかけるべきということでしょうか。その委縮効果についてはどう考えればよいのでしょうか。

成原

:はい、まさにご指摘のように、媒介者による表現のアーキテクチャの設計を理由に媒介者に第三者の発信した名誉毀損に関する責任を負わせると、名誉毀損の成否が文脈依存的なものであることなどから、名誉毀損にあたる表現のみを抑制可能なアーキテクチャの設計が今日の技術水準では困難な以上、過度に情報の流通を抑制するようなアーキテクチャの設計を促すインセンティブを与えることになるのではないか、媒介者による情報流通の自己検閲を招くのではないかといった懸念を否定できないかと思います。やや理論的な話になってしまいますが、米国の情報法学者のジョナサン・ジットレインの提示した「ゲートキーパー規制」という概念が、この問題を考えるうえでの手がかりになるかもしれません。

 

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。