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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第19回

7月 07日, 2016 松尾剛行

 

5.名誉毀損とゲートキーパー規制

松尾

:ゲートキーパー規制というのは、成原さんが、工藤郁子さん(連載第11回参照)等と訳された「オンライン上のゲートキーピングの歴史」(注16)の話ですね。

成原

:ご紹介ありがとうございます。ゲートキーパー規制というのは、簡単にいえば、国家が私人(ゲートキーパー)を介して第三者の行為を規制することです。

従来から、専門職等を介した第三者の違法行為の規制などが行われきましたが、ジットレインは、このようにゲートキーパーにその都度、第三者による個別の違法行為を抑制させる規制を「伝統的ゲートキーパー」と呼びます。ネットでも、裁判所がプロバイダに利用者の発信した情報を削除させるなど、伝統的ゲートキーパー規制は採用されてきました。一方、ジットレインによれば、現代のネット上では、それに加えて、ゲートキーパーに技術の設計を通じて違法行為を抑制させる「技術的ゲートキーパー」という手法も用いられるようになっています。たとえば、P2Pソフトの開発者に著作権侵害コンテンツのフィルタリングを義務づける場合などが、技術的ゲートキーパーにあたります。

松尾

:なるほど、この見解の上記の問題への示唆というのは具体的にどのようなものになるでしょうか。

成原

:検索事業者に第三者が発信した名誉毀損的表現に関する責任を負わすことは、個別の違法行為の抑制を狙いとしている点で、一次的には「伝統的ゲートキーパー」の事例といえますが、そのことを通じて媒介者に違法行為を抑制するようなアーキテクチャの設計を促す点で、二次的/実質的には、検索事業者に「技術的ゲートキーパー」として振る舞うよう求めているといえるのではないでしょうか。

もちろん、先の大阪高裁判決をはじめ、検索結果の削除等に関する裁判所の判断は、個別の事案に即したものであり、安易に一般的な規範や政策的な含意を読み込むことは、慎重な姿勢をとるべきでしょうが。

松尾

:なるほど、さいたま地判平成27年6月25日(No.11)が「検索エンジンは、インターネット上の膨大な情報を収集し、あらかじめ一定の方法を定めて自動的に検索結果として表示するようにしているのであるから、そのような検索エンジンを管理運営するにあたっては、検索結果として個人情報が表示されることで必然的に権利の侵害を受ける可能性がある個人の利益保護にも配慮すべきは当然である」と判示しているのは、さきほどご紹介くださった大阪高判と同様の趣旨と理解されます。日本における忘れられる権利関係の裁判例のうち、このような問題に触れているものも少なくないところ、成原さんのご見解を参考にすると、これらの裁判例はゲートキーパー規制の是非について判断したものとしても読めますね。

成原

:日本の裁判例の中にも、情報流通のアーキテクチャの設計のあり方と媒介者の責任の関係を論じたと理解できるものが、少なからずあるといえそうですね。特に、松尾さんからご紹介のあった、さいたま地判平成27年6月25日(No.11)は、検索エンジンの管理運営においてプライバシー・バイ・デザイン(注17)的な配慮を求めているとも理解しうる余地があり、踏み込んでいる印象を受けます。さいたま地裁は、平成27年12月22日(No.13)に「忘れられる権利」に明示的に言及した決定を出している点でも、注目すべき判断を出しているかと思います。

とはいえ、以上で紹介したものを含め日本の裁判例は基本的に、人格権に基づいて検索結果の削除を命じたり、不法行為に基づいて検索事業者に損害賠償を命じるもので、欧州の裁判所とは異なり、「忘れられる権利」に基づいて検索結果の削除や損害賠償を命じているわけではない点は注意が必要でしょうね。

立法論としては、日本でも「忘れられる権利」に相当する権利を認めるべきだとの議論もあるところですが、その際には、米国の表現の自由論等も踏まえ、媒介者によるアーキテクチャの設計への影響も見据えつつ、表現の自由とプライバシーの調整に関する多角的な検討が求められるでしょう。

松尾

:おっしゃるとおりだと思います。

 

6.インターネット上の名誉毀損の多様性とアーキテクチャ

成原

:また、松尾さんの著書を拝読して特に印象に残ったのが、インターネットがインフラ化しており、「インターネット」の一言でネット上のさまざまな現象を一刀両断的に論じられなくなっているという認識と、関連して、ネット上の各サービス(媒体)ごとに名誉毀損に関する問題の現れ方が異なってくるという指摘です(注18)。

松尾

:インターネット上のサービス(媒体)の多様性を前提とした、きめ細かな判断の重要性を重視しました。

成原

:そうしたインターネット上の多様なサービス(媒体)間の差異を生み出している主要な要素の一つがアーキテクチャの設計なのだと思います。

情報の共有範囲をどのように設定できるか、他人の投稿をどのように転載・評価できるか、などなど、アーキテクチャの設計のあり方が、各々のサービスでの名誉毀損的表現に関する問題の現れ方を規定していくのでしょう。

松尾

:おっしゃるとおりですね。たとえば、「いいね!」とか「リツイート」といった情報共有機能も一種のアーキテクチャといえそうですが、このような情報共有行為が名誉毀損になるという裁判例と、ならないという裁判例があったりするわけです(注19)。こういう判断は、個別のサービスのアーキテクチャを含む当該表現を取り巻く具体的な状況を踏まえたきめ細かな評価が必要なところであり、そのような判断を行う裁判例の蓄積によって実務の方向性が固まっていくことが期待されます。

なお、先ほど成原さんが言及されたAIによるフィルタリングというのは、今後興味深い問題になっていくと思われます。私は『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』を執筆するにあたり、裁判例を1000本読みました。私は人間なので、1000本も判決文を読むのはかなり大変だったのですが、高度に発達したAIに、関連するすべての名誉毀損の裁判例を読み込ませて学習させれば、「この文脈におけるこの具体的な表現が違法とされる可能性は○%」といった評価が正確にできてしまうかもしれません。そういう状況下では、たとえば違法確率が50%以上なら「名誉毀損の可能性があります!」という警告表示を出すとか、実際にやるかは別として、名誉毀損の可能性がかなり濃厚ならそもそも投稿を認めないといったアーキテクチャだって議論の俎上に上がってくるかもしれません(注20)。その意味では、名誉毀損とアーキテクチャでは、成原さんのご専門の1つであるAI・ロボット法が、ますます重要になってくるものと理解しております。

成原

:そこまでAIの知能が高度に発達する以前に、AIによる名誉毀損が問題になる可能性もあるかもしれませんね。マイクロソフトの開発したAI「Tay」が実験中に、Twitter上で、ヒトラーを礼賛したり、ヘイトスピーチにあたる言葉を発したことが問題になったのは記憶に新しいところです(注21)。AIによる名誉毀損が生じた際には、AIは人々から受け取った言葉を自動的・機械的に学習しただけで、何らかの意思に基づく主体的な判断はしていないのではないか、したがってAIの設計者・管理者の責任を問うことも困難なのではないか、といったように、検索結果やサジェストに関して検索事業者の責任が問われた際と同様の論点が問題になってくるのかもしれません。

松尾

:大変面白い論点ですね。今後の検討課題とさせてください。成原さんには継続的にいろいろ教えていただきたいと思います。

成原

:これまで学際的研究や比較法を中心に勉強してきたこともあり、地に足がつかない議論が多く恐縮ですが、今後も理論と実務の両方に精通した松尾さんに教えを請いながら、実務家にも価値ある議論を提示していきたいと思っています。

松尾

:大変勉強になりました。本日は長時間にわたり、どうもありがとうございました!

成原

:こちらこそ、ありがとうございました。

 

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。