MatsuoEyecatch
ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第20回

7月 14日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

裁判所は、「通知の内容には不正確な点もある」とした上で、Aが行った通知を社会的に相当な範囲内の行為であって違法ではないとしました(注8)。

今回、なぜAが取引先に通知をする必要があるかといえば、Bが、自らが管理するA名義の口座をこっそりと開設して、取引先に対しそこに入金するよう求めたことによります。このようなBの不正は比較的早期に発覚したため、まだ口座の「変更」の通知を受けた取引先は少なかったのですが、今後Bがより多くの取引先にアプローチし、Bの指示する口座に入金するよう求める可能性はありました。そして、だからこそ、Aは取引先に通知を送り、BはもうAとは無関係だからBの指示する口座に振り込んだりしないように連絡する必要があったのです。

そして裁判所は、このような正当な目的のために行った通知は、その表現に不正確なところがあってもなお社会的に相当な範囲内の行為であって違法ではないとしました(注9)。
 

3.本判決の教訓

一般論としては、名誉毀損の可能性があるような事柄を通知・公表する場合には、その事実関係を詳細に調査した上で、正確だと言い切れることだけを記載し、不正確な通知や公表はできるだけ避けるべきでしょう。

もっとも、そのような正確な事実関係の調査が終了する前の段階で通知や公表を行うことが必要な場合もあり、そのときまで「内容に不正確なところがあった」という一事をもって名誉毀損の不法行為を肯定し、場合によっては名誉毀損罪の罪責を問うというのは行きすぎの感があります。

今回、裁判所は、通知の目的が正当であり、その目的達成のために行った社会的に相当な範囲内の行為として、通知の記載内容が不正確であったにもかかわらずこれを正当としています。

これから通知・公表をするかを判断する場面(予防法務)においては、まずは名誉毀損リスクの少ない内容で通知・公表をできないか考えるべきでしょう。しかし、やはりギリギリの説明をしなければならない場合、そのような必要性を最大限に満たしながら、リスクを最小限に抑えられる表現は何か、弁護士等の専門家に相談しながら検討すべきです。専門家とともに、後で問題となっても、
 
・社会的評価を低下させない
・社会的評価を低下させるとしても真実性・相当性の法理で免責される
・真実性・相当性の法理で免責されなくても社会的に相当な行為として正当とされる

 
等の多重の反論ができるような表現を練り上げるべきです。その際に、この判決は参考になります。

また、すでに通知・公表をしてしまい、紛争が生じた段階では、上記のような論拠のうちどれが説得力があるかを考えるべきで、社会的評価を低下させたこと自体が争いがたく、真実性・相当性の法理による免責の主張も困難であれば、この判決に依拠して正当化を主張していくべきことになる場合もあると思われます(注10)。


 
(注1)東京地判平成21年12月25日2009WLJPCA12258015は「原告が、自らの業務において個人情報の流出が生じたことを受け、その事実及び経緯を公表し、謝罪の上、今後の対応について発表した本件原告発表の中に記載された記述であり、保護されるべき個人情報が外部に流出してしまった以上、その原因は公共の利害に関わる事実である上、個人情報を扱う原告としては、本件情報流出の事実及び原因を公表して説明すべき社会的責務を有しているから、〔原告による公表は〕専ら公益目的を有していたと認められる」とする。」
(注2)東京地判平成20年7月25日ウェストロー2008WLJPCA07258007
(注3)判決本文からは通知の送付方法は不明であり、メールではなくファックス等によるものであった可能性もある。
(注4)「上記通知の内容からすると,これを被告の取引先に送付したからといって、原告の社会的評価が低下したとは認められない。」
(注5)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』255頁
(注6)なぜAがBを解任し、それを取引先に通知したかという経緯に鑑みれば、Aとしてはこのような点を書きたいところでしょう。しかし、これを書けば、BがA名義の口座を私物化しているという事実を摘示したものとして社会的評価を低下させる可能性は上がります。
(注7)この点について、真実性の法理を使うことができる可能性もあります。すなわち、真実性の法理では、「重要」ないし「主要」な事項が真実であればよいところ(『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』182頁)、「3月3日に代表取締役を解職して平取締役にしたこと」が真実である限り、取締役としての地位が残っていてもそれは重要ではないと判断された場合には、真実性の法理を使うことができます。
(注8)「原告は、被告の共同代表取締役や経理担当取締役にも無断で、被告名義の預金口座を開設し、取引先に対してこの原告が開設した預金口座への入金を指示し、取引先からの入金を受けて、これを出金していたというのであるから、被告には、被告の取引先に対して、原告が被告を代表しないことを告知して、原告を被告の代表者として取引をしないように、また、原告の指示する預金口座等に入金をしないようにと注意を喚起する必要があったと認められる。上記被告代表取締役Aのした通知は、正当な目的のためにした社会的に相当な範囲内の行為であるといえ、そこに違法性はない。」
(注9)名誉毀損を含む不法行為が認められるためにはその行為に違法性が必要と解されており、これが否定されれば、そのような行為は正当化されます。
(注10)ただし、どうしても名誉毀損の不法行為の成立を否定できない場合には、弱い主張を続けるよりは、謝罪等の対応をした方がよい場合もあります。このような判断も専門家と相談しながら行っていくべきでしょう。
 
》》》これまでの連載一覧はこちら《《《インターネット名誉毀損連載一覧

インターネット上の名誉毀損2016年2月25日発売!
松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』
時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html
1 2
松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。