虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 連載・読み物

虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察
第7回 仮想現実とフィクション 『ソードアート・オンライン』『電脳コイル』『ロボティクス・ノーツ』(2)

8月 24日, 2016 古谷利裕

 
 

「居ル夫。」内の技術的な幽霊=愛理

『ロボティクス・ノーツ』という物語の重要な要素に、愛理と呼ばれる「居ル夫。」内に現れる幽霊の存在があります。幽霊といっても、彼女は心霊的、超自然的存在ではなく、あくまでも技術的な幽霊です。ポケコンの機能には、現実の層(電話やメール)、虚構の層(ゲームやアニメ)、虚構と現実を媒介する層の三つの層がありますが、三つ目の層を担うのが「居ル夫。」というアプリです。「居ル夫。」は、GPS機能により現実上の場所に仮想のタグをつけることができ、3Dマッチムーブの技術により、現実にリアルタイムで反応できる仮想の存在を画面上につくることができます。これにAIを結びつけることにより、まるで地縛霊のように、ある場所に常駐し、そこを訪れた人にポケコンを通して呼びかけつづけるキャラクターが可能になります。それが愛理です。愛理は、そこに居るというより、その場所の位置情報を発しているポケコンにのみアクセスを許されている存在、ということでしょう。つまり、本当は「そこ」にはいません。

例えば、隠されている「君島レポート」を発見するためは、それを取得するための条件(サーフィンで3秒以上波乗りする等)を満たした上で、それが隠されているとされる場所に設置されたジオタグをみつける必要があります。その時、あたかも、「そこ」にレポートが隠されているかのように感じられますが、隠されているのはたんにジオタグであり、実際にレポートが保存されているのは、世界のどこかにあるサーバ内でしょう。ジオタグは、そのサーバにアクセスする権利を得るためのパスワードのようなものだと考えられます。

(「君島レポート」は、人類を危機に陥れる陰謀が書かれた恐ろしい文書ですが、七つに分けて隠されているそれを探す過程はまるで宝探しのようで、とても遊戯的で楽しげでさえあります。このような、異質な要素が異質なまま――深さのイリュージョンをつくらずに――重ねられているのがこの物語のポケコン的な魅力です。)

愛理が存在するのも、おそらく「居ル夫。」を管理しているどこかのサーバ内であり、「そこ」にいるのではないはずです。愛理が「そこ」に現われるのは、「居ル夫。」をインストールしたポケコンが「そこ」にある時だけです。8話で、嵐の吹き荒れる電波塔の上で倒れた海翔を、愛理が心配そうにのぞき込みます。しかし、その時二人は別々の場所にいて、ただポケコンを間に置くことで、二つの場所が画面という平面を介して接しているだけです。これは、二人がスカイプで話しているのと少し似ています。しかし、スカイプで話す二人は、地球全体という大きなスケールで考えれば同じ場所にいると言えます。愛理は、データやプログラムとして存在しているので、物理的に存在している海翔とは、どうやっても同じ場所には存在できません。

虚構没入型や虚実一体型のデバイスは、データ的存在と物理的存在とが「同じ場所」に存在する(かのようにみせる)ことが可能ですが、ポケコンはそうではありません。愛理は、「居ル夫。」内にマッピングされた空間の外へは決して出ることができず、海翔はそのなかに入っていけません。そして、そのなかにいるのは愛理たった一人だけです(別モードのゲジ姉とは同体なので会うことはできないでしょう)。彼女は、ポケコンの画面を通す以外で他人と会うことができません。

それでも、おそらく愛理は閉ざされているのでもなく、孤独でもないでしょう。8話で、倒れている海翔を物理的に助けることのできない愛理は、近くを通ったあき穂のポケコンにアクセスすることで、あき穂を海翔の元へと向かわせます。あるいは15話では、クリスマスイブの雪を望む愛理に、(南の島である種子島では雪は望めないので)神代フラウが「居ル夫。」のサーバをハッキングして、愛理の存在する仮想空間の方に雪を降らせます。このような、間に媒介を挟んで行われる間接的な相手への介入(関係)が可能なので、愛理は閉ざされてもいないし孤独でもないのです。

そして、このような媒介的関係こそが、虚実の単純な反転(虚構の現実への越境)よりもずっと、多重フレーム的で、一つの空間を共有するのではないポケコンというデバイスを用いた物語にふさわしいと思います。

間接的であることの直接性において最も官能的な行為が、額へのタップなのかもしれません。
 
 
この項了。次回、9月14日(水)更新予定
 
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