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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第27回

10月 13日, 2016 松尾剛行

3.従来の削除請求(削除権)との違い

以前より、例えば名誉毀損やプライバシーに基づくインターネット上の情報の削除が請求され、これを認容する裁判例も積み重なってきた。それでは、従来の削除請求(削除権)と「忘れられる権利」はどう違うのだろうか(注11)、上でも少し触れたが、ここであらためて3点にまとめてみる。

まず、1つ目は、削除の対象である。従来の削除請求(削除権)では、オリジナルの情報(たとえば掲示板の書き込み)の削除が請求されていた。しかし、「忘れられる権利」で問題となるのは、検索結果の一部を非表示とすることの要否である(注12)。

2つ目は、請求の相手方である。従来の削除請求(削除権)では、オリジナルの情報(例えば掲示板の書き込み)に関するプロバイダ(例えば掲示板運営者)等が請求の対象とされていた。しかし、「忘れられる権利」では検索エンジン運営者が請求の相手方となっている(注13)。特に検索エンジンは情報の流通の媒介として情報等に接し、これを摂取する自由のため大きな役割を果たしており(注14)、例えばいわゆる「グーグル八分」を受ければ、情報をアップロードしたところで、読者はその存在を知ることができず、事実上誰にも見てもらえなくなる。さらに、検索エンジンについては、機械的かつ自動的に検索結果を表示する検索エンジンの特徴をどのように評価するのかも問題となる(注15)。

3つ目としては、リンク先であるオリジナルの情報が違法か否かにかかわらず検索結果の表示がプライバシー権の侵害を構成しうる場合があるか否か等が問題となっていることである。例えば、報道機関の報道が検索結果として表示される場合、当該報道機関の削除を求めることができるかは、まさに従来のプライバシー(及び名誉毀損)の問題である(注16)。そして、その場合には、報道機関による表現の自由やこの報道記事に関する国民の知る権利が直接問題となるだろう(注17)。しかし、「忘れられる権利」の場合には、あくまでも検索エンジンの検索結果の削除の要否の問題である以上、オリジナルの報道機関の報道の削除基準とは異なる基準で判断される余地がある。そこで、オリジナルの情報は削除されないが、検索結果からの削除が認められるということはあり得るだろう(注18)。

4.裁判例の動向

これまで、検索結果として表示される情報の違法性等が問題となった裁判例は多数存在するが、そのうち、比較的容易に入手可能なものは、以下のとおり15件あった。
 

No. 判決/決定 結果 概要
1 東京地決平成18年1月27日判例秘書L06130994 × モデル事務所の名前で検索すると、「アイドルのあそこ解放区」という検索結果が表示されるという事案において、裁判所は、そもそもこの表現の意味が不明確である等として、権利侵害を否定(注19)。
2 東京地判平成21年11月6日ウェスロー2009WLJPCA11068002 × 有料職業紹介事業を目的とする株式会社である原告の名称で検索をすると、検索結果として原告を悪徳等と表現する掲示板やブログ記事へのリンク及び説明文が表示される事案において、当該検索エンジンサービスを運営するのはアメリカの本社であるところ、日本法人である被告に削除義務がない等として削除請求等を棄却(注20)。
3 東京地判平成22年2月18日ウェストロー2010WLJPCA02188010 × 医師である原告について「原告 医師」という語句を入力すると検索結果として、原告が性犯罪者だ等と書きこまれた掲示板が表示される等の事案において、検索エンジン自身の意思内容を表示したものではないことや、検索サービスの検索結果自体が違法な表現というわけでも、検索サービスの運営者自身が違法な表現を含むウェブページの管理を行っているわけでもないこと等、から検索エンジンへの削除が認められるのは、検索サービスの運営者がその違法性を認識することができたにもかかわらずこれを放置しているような場合に限られるとして、請求を棄却。
4 東京地判平成23年12月21日ウェストロー2011WLJPCA12218030 × 掲示板上に原告について「常にニヤニヤしているキモキャラ」等の書込みがされ、原告の名前で検索すると、当該掲示板のログをまとめたサイトが表示されることにつき、「利用者が入力した検索キーワードに関連するウェブaページを,独自の算法に基づく順序により,機械的かつ自動的にウェブ検索結果として一覧の形式で表示するロボット型検索エンジンを採用している本件△△検索サービスにおいては,結果として,他人の名誉を毀損したり,侮辱したりする記載のあるウェブページが検索されて表示されてしまう場合があることを防ぐことは事実上不可能であり,また,そうであるからといって,ロボット型検索エンジンの採用を取りやめるなどし,個々のウェブページの内容について一つ一つ確認し,名誉毀損や侮辱に当たる可能性のあるウェブページについては全て検索による表示の対象から外す作業をすることを被告Y2社に求めることは,物理的・経済的に不可能を強いるもの」等とした上で、削除が認められるのは違法であることが明らかで、その違法性を容易に認識できたにもかかわらず放置した場合に限られるとして請求を棄却。
5 東京地判平成25年10月21日D1-Law28213839 × 原告名で検索をすると「原告 逮捕」と表示されることにつき、日本法人に削除義務はない等として請求を棄却。
6 東京地判平成25年12月16日ウェストロー2013WLJPCA12168020 × 適格機関投資家等特例業務の届出業者である原告が、原告名で検索をすると「問題があると認められた届出業者リスト」が表示されることにつき、これをもって、原告に対する違法な名誉毀損とはいえないこと、および、「検索サービスは,本件プログラムによって,インターネット上から自動的かつ機械的に収集されたウェブサイトの情報を解析して索引情報を作成した上,それらのサイトで公開しているテキスト,タイトル,情報源等の特徴に照らして利用者が入力した検索キーワードに関連するウェブサイトを自動的かつ機械的に抽出した検索結果を一覧の形式で表示するものであって,被控訴人が作為的に前記表示をさせているものではないものであること」等から原告の請求を棄却(注21)。
7 京都地判平成26年8月7日判時2264号79頁 × 原告の氏名で検索すると、原告の逮捕に関連する事実が表示されるところ、リンク部分は、リンク先サイトの存在を示すに過ぎず、被告自身がリンク先サイトに記載されている本件逮捕事実を摘示したものとみることはできないし、スニペット部分も自動的かつ機械的に抜粋して表示するものであることからすれば,被告がスニペット部分の表示によって当該部分に記載されている事実自体の摘示を行っていると認めるのは相当ではない、検索結果の表示は,本件検索サービスにおいて採用されたロボット型全文検索エンジンが,自動的かつ機械的に収集したインターネット上のウェブサイトの情報に基づき表示されたものである等の理由で請求を棄却。
8 京都地判平成26年9月17日ウェストロー2014WLJPCA09176003 × 原告の氏名で検索すると、原告の逮捕に関連する事実が表示されるとして日本法人を訴えたところ、検索エンジンを運営する主体は米国法人である等として請求を棄却
9 東京地決平成26年10月9日プロバイダ責任制限法実務研究会『プロバイダ責任制限法判例集』21頁参照 インターネットの検索サイトで自らの名前をキーワードとして検索すると、特定の犯罪に関与したような検索結果が表示されるところ、検索結果の削除を肯定(注22)。
10 大阪高平成27年2月18日D1-Law28230863、LEX/DB25506059 × No.7の控訴審。「被控訴人(検索エンジン)は、本件検索結果の表示のうちスニペット部分につき、自動的かつ機械的にリンク先サイトの情報を一部抜粋して表示しているにすぎず、被控訴人が表現行為として自らの意思内容を表示したものということはできず、名誉毀損となるものではない旨主張する。しかしながら、その提供すべき検索サービスの内容を決めるのは被控訴人であり、被控訴人は、スニペットの表示方法如何によっては、人の社会的評価を低下させる事実が表示される可能性があることをも予見した上で現行のシステムを採用したものと推認されることからすると、本件検索結果は、被控訴人の意思に基づいて表示されたものというべき」としたところに特徴があるが、逮捕後わずか2年であること等から控訴棄却(注23)。
11 大阪高判平成27年6月5日判例秘書L07020221 × No.8の控訴審。基本的にはNo.8の判断を是認しており、また、日本法人に検索結果監督義務も検索結果表示阻止義務もないとされて控訴棄却。
12 さいたま地決平成27年6月25日判時2282号83頁 債権者の本名と住所所在地の県名を入力すると、債権者の逮捕歴が表示される事案において、一般論として検索エンジンには「知る権利に資する公益的、公共的役割を果たしていること、また、このような検索エンジンの果たす公共的役割が、検索結果の表示になるべく人為的な操作が介在しないことによって基礎付けられる」としたものの、比較衡量により、仮の削除を命じる。
13 札幌地決平成27年12月7日ウェストロー2015WLJPCA12076001 債権者の本名で検索した際に上位3番目に掲載されるリンク先である掲示板に債権者が●●罪で逮捕された等と掲載されていること等につき、名誉毀損及びプライバシー侵害を理由に仮の削除を命じる(上記相談事例の事案)。
14 さいたま地決平成27年12月22日判時2282号78頁 No.12の保全異議申立事件。「結局のところ、検索エンジンに対する検索結果の削除請求を認めるべきか否かは、検索エンジンの公益的性質にも配慮する一方で、検索結果の表示により人格権を侵害されるとする者の実効的な権利救済の観点も勘案しながら、原決定理由説示のように諸般の事情を総合考慮して、更生を妨げられない利益について受忍限度を超える権利侵害があるといえるかどうか」という枠組みで原決定を是認。なお、「検索の検索結果として、どのようなウェブページを上位に表示するか、どのような手順でスニペットを作成して表示するかなどの仕組みそのものは、債務者が自らの事業方針に基づいて構成していることは明らか」と判示(注24)。
15 東京地決平成28年7月12日ウェストロー2016WLJPCA07126002 × No. 13及びNo.14の保全抗告審。「忘れられる権利」を否定し、名誉権・プライバシー権侵害の主張も否定した(注25)。

 
 以上でまとめたもの以外にも、関連する裁判例は多数存在する(注26)。

これらの裁判例からは、初期の段階においては、検索エンジンは、単に自動的・機械的に表示をするだけであるという点が1つの理由となって削除等が否定されてきたところ(No.4、No.6、No.7等)、近年では、例えばNo.13が「検索の検索結果として、どのようなウェブページを上位に表示するか、どのような手順でスニペットを作成して表示するかなどの仕組みそのものは、債務者が自らの事業方針に基づいて構成していることは明らか」と判示するように、検索エンジン自身の独自の寄与の重要性が認識されるようになり、削除が認められる例も増えているという傾向がみられる(注27)。

そして、その削除を認める理由付けにおいて、No.12及び14が「忘れられる権利」を認めたことは広く報道され、その後同事件でNo.15がこれを否定したことから、「忘れられる権利」についての論争が学術界のみならず、メディア等で広く行われるようになった。

No.15は、名誉権及びプライバシー権(注28)に基づく差止の余地があるとした上で、「「忘れられる権利」は,そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく,その要件及び効果が明らかではない。」「その要件及び効果について,現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても,その実体は,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないというべきである。」として、いわゆる「忘れられる権利」に基づく削除等の請求を名誉権及びプライバシー権に基づく差止請求権に解消したところに特徴がある(注29)。

その上で、プライバシー権の侵害の有無の判断については「本件犯行はいまだ公共性を失っていないことに加え、本件検索結果を削除することは、そこに表示されたリンク先のウェブページ上の本件犯行に係る記載を個別に削除するのとは異なり、当該ウェブページ全体の閲覧を極めて困難ないし事実上不可能にして多数の者の表現の自由及び知る権利を大きく侵害し得るものであること、本件犯行を知られること自体が回復不可能な損害であるとしても、そのことにより相手方に直ちに社会生活上又は私生活上の受忍限度を超える重大な支障が生じるとは認められないこと等を考慮すると、表現の自由及び知る権利の保護が優越するというべきであり、相手方のプライバシー権に基づく本件検索結果の削除等請求を認めることはできないというべき」として、検索結果の削除を否定した(注30)。

これらの裁判例からは、日本の法律実務でも「忘れられる権利」特有の問題意識が生じており、これを従来のプライバシーや名誉毀損の延長線で考える立場と、新たな権利(「忘れられる権利」)として考える立場の双方があるものの、現時点ではまだどちらが将来の主流を占めるかは不明という総括が可能だろう。なお、新たな権利としての「忘れられる権利」を認める立場が存在するとはいえ、上記の裁判例を見る限り、不適切な情報や、無関係な情報、もはや関連性が失われた情報、過度の情報等、「違法ではない情報」の削除が認められた例は未だに存在しないようである。そこで、少なくとも日本の裁判例を見る限り、EUのような意味での「忘れられる権利」は認められたとはいえず、その意味では、これを新たな権利と評するかという問題はともかく、現在の裁判実務を見る限り、従来のプライバシーによる削除や名誉毀損の削除の議論から大きく乖離した判断はまだ出てきていないと言えるだろう。
 

5.「忘れられる権利」をどう考えるべきか

このような「忘れられる権利」の問題は、非常に複雑であり、軽々に論じることはできないものの、以下の3点に注意して考えていくべきであろう。

まず、1点目は、情報が流通するに至った経緯の相違に着目することの必要性である。「忘れられる権利」は前科に限られるものではなく、様々な事項の削除を含む(注31)。そして、例えば、逮捕や前科の事案のように、公的機関が公表したり、少なくとも発生時点では一定の社会的関心の対象と言える事案においては、基本的には、当該事項がどのような事項であるかや、その事実発生後どの程度の期間を経たのか等が重要な判断基準となり(注32)、その際には、刑法の定める刑の消滅期間は重要な目安になるだろう(注33)。これに対し、自らが公表したり、一度は公表に同意をした事実については、同意の範囲や同意の撤回が問題となる。いわゆる「忘れられる権利」の事案ではないものの、例えば、芸能人である原告が過去にいわゆるブルセラショップで下着姿の写真を撮影され、それが愛好家に売られることを承諾していたという事実及び当該写真を雑誌記事として掲載したことが、同意の範囲を超えたとして違法とされた東京地判平成15年6月20日(注34)や引退した元アダルトビデオ女優が過去に出演したビデオについて性交渉等の内容を原告の写真及び当該ビデオのキャプションを掲載しつつ描写した雑誌記事が同意の範囲を超えたとして違法とされた東京地判平成18年7月24日(注35)等が参考になるだろう。

2点目は、検索エンジンが対象となっているという要素が、削除を認める方向にも、削除を否定する方向にもいずれにも働き得るということである。伝統的には、検索エンジンは機械的に表示しただけではないかという点が問題となってきたのは上記の裁判例のとおりであり、これは削除を否定する要素であろう(注36)。しかし、オリジナルの情報は削除されず、オリジナルの情報をアップロードすること(例えば新聞社が公式ウェブサイトにニュースをアップロードすること)による表現の自由が直接侵害されるわけではない。すると、検索エンジンという要素が削除を肯定する方向に働く可能性がある。さりとて、検索エンジンが知る権利や表現の自由等に与える影響、特に上述した検索エンジンに表示されなければ、事実上発見し、それが読まれることが困難になることに鑑みると、検索エンジンという要素が削除を否定する要素になるという点もあるだろう(注37)。

3点目として、関係する権利が「名誉毀損」か「プライバシー」か問題になるという点にも留意が必要である、例えばNo.13やNo.15は、「名誉毀損」による検索結果の削除の可否と「プライバシー」による検索結果の削除の可否を分けて論じており、同じ「忘れられる権利」として議論される問題であっても、その根本にある権利が何かによって、要件が異なっていることは否定できない。例えば、前科の公表についていえば、名誉毀損の文脈では長期間を経過したことからもはや公共の利害に関する事項ではなくなるのではないかという問題意識が重要であるところ(注38)、プライバシーの文脈では、「その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断」した場合に「前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越する」か(注39)や「予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量」した結果(注40)等が重要となるだろう。これらの判断の結果類似した判断となることは多いと思われるが、やはり、問題となる権利を軽視して、「忘れられる権利だから~」という議論をしてしまうと、議論が雑だとの批判を免れ得ないだろう。

以上のような検討を踏まえ、「忘れられる権利」が何かについてさらに精緻な議論が行われることを期待したい(注41)。「忘れられる権利」というのはどのような内実があり、どのような要件の下でどのような効果を生じさせるものなのか、その要件・効果等はその元となる権利(プライバシー、名誉権)が何かで違うのではないか等を踏まえた、より包括的な議論が行われることを期待したい(注42)。
 
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。