虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 連載・読み物

虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第11回 量子論的な多宇宙感覚/『涼宮ハルヒの消失』『ゼーガペイン』『シュタインズゲート』(1)

11月 16日, 2016 古谷利裕

 
 

並行宇宙の存在証明/量子自殺

マックス・テグマークは、エヴェレットの並行宇宙を実在だと思っていると公言し、彼がニュートンやアインシュタインと並ぶ天才として評価される日が来るに違いないと書く理論物理学者です。そしてテグマークは、並行世界の存在を証明するための、とても奇妙な実験を考案しています。それは「量子自殺」と呼ばれます。しかしこの方法では、並行宇宙の存在を自分自身に対してだけしか証明できないという欠点があるのですが。

まず、量子測定の結果に基づいて弾を発射する量子マシンガンを用意します。引き金を引くたびに、二つの状態に等しく重ね合された量子が用意され、それが観測されます。たとえばそのスピンが「up」なら弾を発射し、「down」なら発射しないと設定します。もう一つ必要なのは、測定から弾の発射までの時間が、人間が何かを認知する時間よりも短いものであることです。そしてマシンガンを自動の連射モードで起動して、1秒につき1発の弾が発射されるようにします。そして、その銃口の前に自分の頭を置くのです。

この場合、「私」がn秒後に生きていられる確率は2のn乗分の1なので、1分後の確率は、10の18乗分の1未満となります。もし並行宇宙が存在するならば、弾が撃たれるたびに、「私」が血だらけで死んでいる宇宙と、生き残っている宇宙とに分岐します。ここで、死ぬ方の「私」は弾が瞬時に発射されるため死を認識する前に死んでいるとすると、「私の意識」は、常に一つは存在する「私が生き残った世界」にのみ存在するので、「私」は空撃ちの音ばかりをつづけて聞くことになるはずだというのです。空撃ちが10回つづけて聞こえたとすると、「私」は並行宇宙の存在を99.9パーセントの確かさで知ることができるのだ、と。

このような、悪趣味ともいえる思考実験が考え出されるくらいに、並行宇宙の実在を証明するのは難しいことだといえるでしょう。なので、並行宇宙を否定する人が、ブラックホールを否定したアインシュタインのような立場になることは、当分ありそうもないことなのでしょうか。
 

多重的な多宇宙

ブライアン・グリーンは、現在の物理学が理論的に予想する多宇宙には、それぞれ異なる根拠、異なる組成をもつ5種類のものがあると書いています。(1)空間の無限性と、そこにある物質の配列パターンの有限性から導かれる多宇宙、(2)インフレーション理論から導かれる多宇宙、(3)ひも理論(M理論)から導かれるマルチブレーンとしての多宇宙、(4)量子力学の波動関数に関する多世界解釈によって導かれる多宇宙、(5)ブラックホール研究の量子力学化によって導かれたホログラフィックな並行宇宙としての多宇宙、です。これをみると、宇宙は、多重的に多宇宙的であることになり、現代では、「この宇宙」が存在する唯一の宇宙であると考えることの方が不自然だとさえ感じられるほどです。

このなかでは、(3)の、ひも理論(M理論)によるマルチブレーンや、(5)の、ホログラフィックな並行宇宙に関しては、現時点では観測や実験で検証しようのない、純粋に理論的な水準のものらしいのですが、(2)のインフレーション理論については、それを採用することでビッグバン理論の多くの不備を埋められて齟齬がなく、また、現在のところ理論と観測結果とが問題なく合致していて、かなり確実性が高く正しいと考えられている理論であると前述したテグマークは書いています。そして、一般相対性理論が正しいのなら必然的にブラックホールが存在するというのと同様に、インフレーション理論が正しければ必然的に宇宙は無限個存在することになる、と(インフレーションは、至る所で永遠に起こりつづける)。現代の物理学の理論は、かなり高い確率で、宇宙が無限個存在していることを予測していることになり、私たちのリアリティの底は、かなり揺るがされていると感じざるを得ません。

今回は、具体的に作品について考えるための準備作業として、現在の物理学の一端の概要をみてきました。次回からは作品について考えていきます。
 
 
この項、つづく。次回12月7日(水)更新予定。
 
次の本を参照しています。
『「ファインマン物理学」を読む 量子力学と相対性理論を中心として』(竹内薫、講談社サイエンティフィク)
『量子という謎』(白井仁人、東克明、森田邦久、渡部鉄兵、勁草書房)
『魂のレイヤー』(西川アサキ、青土社)
『世界の究極理論は存在するか』(デイヴィッド・ドイッチュ、朝日新聞社)
『数学的な宇宙』(マックス・テグマーク、講談社)
『隠れていた宇宙』(ブライアン・グリーン、早川書房)
 
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