ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 10〉取材謝礼のグレーゾーン

12月 13日, 2016 畑仲哲雄

 
 

3:: まとめと解説

相反する考え方がにらみ合う場面を離れ、一歩引いて冷静に見下ろし、この事例をすこし学問的に考察してみたい。
 
 金銭にモノをいわせて取材する「小切手ジャーナリズム」に手を出すかどうか悩んだ記者は多くないだろう。しかし、こちらの無理を聞き入れて丁寧にインタビューに応じてくれた相手には、それ相応の謝礼をすべきだと思ったことがある記者は少なくないはずだ。
 謝礼は取材者にとって身近な問題だ。なのに、明文化されたガイドラインはほとんど見当たらない。取材という行為が多種多様で、一律にルール化するのは不可能に近いからだろう。
 たとえば、簡単な街頭インタビューに協力してくれた人と、数日にわたって危険な取材に付き合ってくれた人とでは、負担の大きさがまったく違う。なにかを犠牲にして取材に応じる人もいれば、メディアに露出して利益を得たいと考える人もいる。新聞や雑誌のように記者が出向くのと違って、テレビでは収録のためにスタジオに来てもらうこともあり負担は大きくなる。
 そもそも、謝礼は感謝の気持ちを言葉や金品で表すものだ。「お世話になりました」「無理を聞いていただきました」「ご助力くださいました」「ご親切を嬉しく思いました」……。そんな言葉とともに、カタチあるものを届ける。それは自然な感情の発露だろう。礼節をわきまえない取材者は、社会規範からの逸脱を指摘される。謝礼とは取引の対価ではなく、コミュニケーションや文化の一環といえるかもしれない。
 だが、「金品」の受け渡しは疑念を伴う。場合によっては犯罪に発展する場合もある。たとえば、特別の配慮をしてもらおうと金品を公務員に渡せば賄賂とみなされる。入院患者が感謝の気持ちを込めて医療者に金品を手渡すことが常態化した病院では、医療者の金銭感覚は麻痺するだろう。教科書を発行する出版社が公立小中学校の教員らに検定中の教科書を見せて謝礼を渡していた事例は、「不透明」で「不適切」と厳しい批判にさらされた[2][3]。
 ジャーナリストが取材相手から金品を受け取るべきでないのは当然だが、逆に、ジャーナリスト側が取材相手に謝礼をしたくなるときはどうすべきだろうか。

「ギャラ」という言葉の意味は、謝礼?報酬?
「ギャラ」という言葉の意味は、謝礼?報酬?
 大手メディアの報道部門ではたいていガイドラインや内規を設けている。だが放送局の番組制作部門や出版社系雑誌では謝礼をめぐるトラブルも伝えられてきた。
 取材相手が属する共同体の慣行や習慣も考慮に入れなければならず、取材者のルールを相手に押しつけるのも傲慢になる。謝礼が人間関係を豊かにすると考える人もいれば、金品を侮辱と考える人もいる。取材相手の考え方も尊重されなければならない。
 謝礼を支払う行為が、読者・視聴者に納得してもらえるものかどうか。「謝礼」ではなく「報酬」や「情報料」「出演料」と勘違いされないかどうか。支払う行為が良心に照らして、それが恥ずべき行為なのかどうか。最前線の取材記者は、その都度考えていかなければならない難しい問題だ。
 

4:: 実際の事例

大勢の人が見ている前で取材謝礼を手渡すジャーナリストは多くない。金品の授受は目立ちにくく、この問題で話題にのぼるのは、トラブルになった例ばかりだ。
 たとえば、若い冒険家の例では、報道各社の判断が分かれた。1992年8月4日付『朝日新聞』によると、ヨットで単独世界一周に成功した鹿児島市の今給黎いまきいれ教子(当時27歳)には冠スポンサーもなく、冒険のため大きな借金を抱えていた。今給黎は、航海状況や無線交信の内容を友人を通じて報道各社に無償で提供したが、鹿児島への帰港前「インタビューを基に航海記を書くには10時間100万円、航海中の写真は1カット2万5000円を基準として4枚1組10万円」と料金を設定した。記事では、「最初にカネありきという感じ」「戸惑いや怒りもあった」という批判も紹介しつつ、理解を示す声も両論併記で紹介した。
 今給黎の立場に理解を示したコメントとしては、「抵抗感があるが、向こうの立場を考えると仕方ない」(毎日新聞鹿児島支局長)、「無料に越したことはないが、相手の立場もわかる」(NHK鹿児島放送局ニュース副部長)、「彼女の財政状態を考えると、すべて無料というわけにはいかない」(南日本新聞社会部長)などがあった[4]。
 このほか、テレビ局が、プロ野球選手に取材謝礼を長年にわたり支払いつづけていた事実も、1994年5月10日付『朝日新聞』の報道で明らかにされた。記事によれば、テレビ各局は「試合後、帰ろうとする監督や選手を引き留める形」でコメントを求める際、「監督やコーチには2万円、(中略)有名選手には5万円」を渡しており、謝礼金だけで生活費が足りていた選手もいたという[5]。
 近年は、著名人の側が「取材謝礼」を要求する姿勢がメディア側から批判される傾向にある。『週刊新潮』のウェブサイトによれば、レスリング選手の吉田沙保里がマネジメント契約した会社が、個別の取材に3万円を要求したとされる。このサイトで「バラエティ番組ならともかく、スポーツ報道にギャラが発生するなんてあり得ません」というスポーツ紙の記者のコメントが記されている[6]。しかしソーシャルメディアで存在感を発揮する著名人のなかには、謝礼を支払わないメディア企業やジャーナリストに対する批判も少なくなかった[7]。
 著名人ではない例はどうか。テレビ東京は2002年、窃盗団に現金35万円を払って、犯行のもようを撮影し、「スクープ 犯行・逮捕の一部始終」と報じた。この問題について『毎日新聞』が報道各社にアンケートを実施したところ、謝礼金の支払いには総じて否定的だった。代表的な見解としては、「情報提供者が記者に迎合して、内容をゆがめる可能性がある」(朝日新聞)、「取材を受けたら金が支払われるのが当然という風潮を生み、報道機関の自殺行為となりかねない」(時事通信)があった。一方、「常識の範囲内の額の図書券などを贈ることはある」(産経新聞)、「バスタオル、Tシャツなどを手渡すことはある」(ニッポン放送)と、現金以外であれば謝礼はありうるという意見も[8]。
 取材謝礼を支払っていないことを明言し、評価を高めた例もある。愛知県の東海テレビが2015年3月に放送した「ヤクザと憲法」では相手に謝礼を払っておらず、収録映像も事前に見せたりしなかった[9]。オウム真理教幹部刺殺事件の取材で、日本テレビとTBSが暴力団関係者に85~90万円の謝礼を支払い[10]、2009年には日本テレビが「謝礼ほしさに虚偽証言をした」という人物に騙されるなど、キー局の不祥事が相次いだだけに[11]、東海テレビの健闘は注目を集めた。
 国際調査報道ジャーナリスト連合ICIJ(The International Consortium of Investigative Journalists)が全容解明に取り組む「パナマ文書」も、その端緒は、南ドイツ新聞に舞い込んだ一通のメールだった。この新聞社では「情報提供者に謝礼を渡さないという原則」があり、データの提供者も金銭要求はしておらず、「犯罪行為を明らかにしたい」と説明したという[12]。
 

5:: 思考の道具箱

 
■「ギャラ」 取材謝礼をめぐる議論で、たびたび混同して用いられるのは、「報酬」「情報料」「出演料」「ギャラ」などがある。「報酬」「情報料」は取材者と情報源の取引内容を示す概念で、小切手ジャーナリズムの文脈で使われる。「出演料」「ギャラ」はどちらかといえば、ラジオやテレビなどの出演者に支払われる報酬の概念で、いわば労働の対価。被災地などでは、報道記者の立ち振る舞いに怒りを覚えた人が「話を聞きたいならギャラ払え」と詰め寄る場面もあったと伝えられる。あらゆる取材で記者が「ギャラ」を求められるようになれば、市場の論理が幅を利かせ、資金力にまさるメディアしか存続できなくなるだろう。
■新聞商品論 新聞紙は天下国家を語るメディアだという常識を覆し、新聞紙もひとつの商品だとする考え方。大阪毎日新聞社の第5代社長・本山彦一が1922年に唱えた。「新聞紙は事実報道の機関にして(中略)社会の木鐸にあらずと信ず」「新聞紙も一種の商品なり」。新聞研究の草分けとされる小野秀雄の『日本新聞発達史』(1922)に、本山本人が寄せた言葉である。当時の新聞各紙が強い党派性をもち財政的に脆弱であったことへの批判がこめられ、新聞は実業界や市民社会からの支持を得て、政府や政党から距離を置くことを指向していたとされる[13]。新聞業界は、新聞を「社会の公共財」と自己宣伝するが、大手新聞社も市場の論理で自らを巨大化させてきた[14]。
 
[注]
(1)「パワハラ基本情報」あかるい職場応援団・厚生労働省ホームページ。(2016年12月11日取得、https://no-pawahara.mhlw.go.jp/foundation/definition/about)
 厚労省の定義は「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」。
(2)「高等学校用教科書の採択の公正性・透明性に疑念を生じさせる不適切な行為に関する調査結果等及び「教科書発行者行動規範」の制定について(通知)」文部科学省ホームページ2016年9月9日(2016年12月7日取得、http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1377193.htm)
(3)「『教科書発行者行動規範』の遵守の徹底について(要請)」文部科学省ホームページ2016年9月9日(2016年12月7日取得、http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1377195.htm)
(4)朝日新聞1992年8月4日朝刊「『有料取材』に波紋/世界一周単独航海の今給黎教子さん」
(5)朝日新聞1994年5月10日朝刊「『謝礼金やめます』テレビ局/プロ野球取材に変化の兆し」
(6)デイリー新潮「吉田沙保里、“取材するなら3万円”で記者から不評」2016年07月30日(2016年11月18日取得、http://www.dailyshincho.jp/article/2016/07300553/?all=1)
(7)イケダハヤト「取材対象に謝礼を払うのは、当然です。 : まだ東京で消耗してるの?」2016年4月26日(取得2016年12月11日、http://www.ikedahayato.com/20160426/58977798.html)
(8)毎日新聞2002年7年20日「テレビ東京窃盗団報道問題 警視庁常駐15社アンケート」
(9)本作は2016年に同名で映画化された。監督は圡方宏史、製作は阿武野勝彦。公式サイトはhttp://www.893-kenpou.com/
(10)毎日新聞1996年4月14日「オウム真理教幹部刺殺事件で暴力団関係者に謝礼/日本テレビ90万、TBS85万円」
(11)毎日新聞2009年3月25日「日本テレビ:岐阜県裏金報道 「バンキシャ」謝礼掲げ告発募る--ネット上で」
(12)毎日新聞2016年5月9日「パナマ文書:調査報道の力示す 入手の独紙記者に聞く」
(13)有山輝雄(2008)『「中立」新聞の形成』世界思想社
(14)Pressnet「公共財として責任果たす 決議採択 山形で新聞大会」日本新聞協会ホームページ、2016年10月18日(取得2016年12月11日、http://www.pressnet.or.jp/news/headline/161018_10440.html)
 
[担当者の謝礼] 同じ活字媒体でも新聞社と出版社、また出版社でも部署によってかなり感覚が異なります。ただ「出してやるんだから」というメディア関係者も一部にいました。それだけは違うと思います。次回は、メディア不信にまつわる問題を考える予定です。
 
 
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