ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 12〉取材先からゲラのチェックを求められたら

1月 31日, 2017 畑仲哲雄

 
 

3:: まとめと解説

相反する考え方がにらみ合う場面を離れ、一歩引いて冷静に見下ろし、この事例をすこし学問的に考察してみたい。
 
「出版物・映画などの内容を公権力が審査し、不適当と認めるときはその発表などを禁止する行為」(広辞苑)が、一般的な検閲の意味である。すなわち、検閲をする主体は「権力」である。
 歴史上の出来事としては、グーテンベルクが印刷術を発明してから約100年後の1542年、ローマ教皇パウロ3世が反カトリック的な出版物を取り締まるためにおこなった検閲が有名だ。それから約100年後、イギリスでミルトンが検閲に抗議して政治パンフレットを無許可で出版した[2]。これが言論の自由の源流とされる[3]。さらに19世紀には功利主義の思想家J・S・ミルが『自由論』で検閲の害を論じた。
 第二次世界大戦期、各国のメディアは自由を手放して政府のプロパガンダを担い、日本では敗戦後のGHQ占領期にも、厳しい検閲がおこなわれた。なにが権力で、なにが権力でないのか、一目瞭然だった。
 しかし今日、権力者と権力者ではないものとの区別はあいまいだ。インタビューの後、ゲラ(校正刷り)の確認をおこない、表現の修正や削除を求めてきたのが、村役場の臨時職員であれば、それは検閲だと言えるだろうか。民間人であったとしても、巨大企業で宣伝広告担当の役員であればどうだろう。
 他方、メディアも千差万別だ。個人経営の地方出版社もあれば、読売新聞グループのような巨大複合企業体もある。その影響力は政府をも左右する。中規模の企業でも、県内シェアを独占している地方紙は地域限定ながらつよい権力性を帯びているといってよい。
 権力による露骨な介入はわかりやすいが、現代社会における「検閲」の問題はケースごとに判断するしかない。読者や視聴者の側が注意しなければならないのは、メディアが権力の意向を忖度(そんたく)して自主規制する行為だ。メディア企業が内部で自主検閲しはじめれば、読者・視聴者の側は、それを知る手がかりを失う。
   *
 ところで、全国紙や通信社、雑誌社で約25年にわたって報道現場にいた経験から言えるのは、記事を事前にチェックしてもらうことは原則的におこなわれていないということだ。記事の末尾に添える識者談話も、電話で原稿を読み上げて確認してもらう程度で、ゲラをファックスやメールでまるごと送ることはなかった。およそジャーナリズムを掲げる雑誌や放送メディアも、おおむね新聞各社のルールに準じているとみてよい。

© Kunie Suzuki
© Kunie Suzuki
 ただし、現実の運用はケース・バイ・ケースで、最先端の医療や科学技術分野、金融など専門家へのインタビューの場合、正確を期すため取材協力者にチェックしてもらうことはある。他方、研究者や専門家を取材対象とする専門的なメディアでは、原稿をチェックしてもらうことも少なくない。このため、専門誌などのメディアに慣れ親しんでいる人と、一般紙誌や放送局との間でたびたびトラブルが起こっている[4]。
 

4:: 実際の事例

狭義の「検閲」とは言えないが、ニュースとして報じられる前に関係者に取材内容を伝え、事件を誘発したとみられる事例として、TBSビデオ問題が挙げられる。
 TBSは1989年10月、オウム真理教教祖の取材を条件に、教団をかねてから批判していた坂本堤弁護士のインタビューテープを教団幹部に見せた。当時、坂本弁護士はオウム真理教と対立関係にあった。坂本弁護士のビデオを見た教団幹部はTBS側に放送中止を求め、その9日後に坂本弁護士一家は殺害された。TBSは当初、ビデオを見せたことを否定していたが、逮捕された教団幹部の証言により、事実を認めざるをえなくなった[5]。
 出版前の原稿チェックが注目された事件としては、山口県光市の母子殺害事件で死刑判決を受けた元少年の実名を記した単行本をめぐる訴訟がある。元少年側は著者に対して本の出版差し止めや1200万円の損害賠償を求めて訴えた。元少年側は、事前に原稿を見せてもらうことになっていたと主張し、著者側は約束など存在しないと反論していた[6]。著者は少年事件を実名報道したことで激しい批判にさらされた。
 2016年、絵に描いたような原稿の事前チェック問題が『日経ビジネス』を舞台に起こった。同誌記者の林英樹はその顛末を「『記事の事前チェック』はアリなのか」と題する記事で紹介している[7]。
 記事によれば、林は同誌の16年3月号の取材で、スポーツ庁長官の鈴木大地をインタビューし、数日後に長官秘書の政策課職員から記事の事前確認を求められたという。林はメールで「お断り」を伝えたところ、直接電話がかかってきた。そのときの職員の言葉を林は紹介している。
「メディアに事前の原稿確認を断られたのは初めて」
「これまで他のマスコミの取材では掲載前に原稿を確認している」
「ぼくは原稿を出せと迫っているわけではない。[中略]だから検閲には当たりません。他のマスコミは事前に原稿を出している、その事実をただ客観的にお伝えしているだけです」
 林は「国家権力による報道への介入に当たるのではないか」と厳しく批判する。
 国家権力ではなく、ブランド大学が地方紙記者に記事の事前チェックを求めた事例もある。2016年1月、京都新聞社のニュースサイト「記者コラム」コーナーに、「同志社大の『検閲』」という記事が掲載された[8]。
 コラムの記者によれば、同志社大学から学内イベントの案内が届いたが「授業名の明記と記事の事前チェック」が条件であった。記事の事前チェックには応じられないと告げたが、同志社側は「条件は譲らない」の一点張り。記者は「『検閲』のような対応は受け入れられない」と判断してボツにしたという。記者は「言論の自由は、記者や大学人が最も重んじる価値だろう。対極にあるのが『検閲』だ」と厳しく難じた。
 こうした問題を考える上で、最も危惧しなければならない「忖度」の例もある。
 政治家に対してメディアの忖度が指摘されたのは、NHKの番組改変問題だ。朝日新聞の報道によれば、安倍晋三官房副長官(当時)らが2001年1月、NHKのETV特集「問われる戦時性暴力」が放送される前日に、NHK幹部を呼び、「偏った内容だ」などと指摘し、NHK側が番組内容を変えて放送していたという[9]。この報道をNHKは否定し、両社の間で激しい批判の応酬が繰り広げられた。
 番組に取材協力した市民団体が番組を改変したNHKなどに損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は2007年、NHK幹部が放映前に安倍官房副長官らに面談し「相手の発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度して改編した」と認定[10]。09年にはBPO(放送倫理・番組向上機構)が意見書で、NHK幹部が放送前に与党幹部に説明し、国会担当幹部が現場に直接改変を指示した一連の行動を「視聴者に重大な疑念を抱かせる行為」と厳しく批判した[11]。
 

5:: 思考の道具箱

 
■ゲラ 校正刷り、校正紙。原稿通り組まれているか、誤字等はないかを確認するための試し刷りを意味する、印刷出版界の用語。英語のgalley(ガリー/ギャレー)に由来し、元は金属活字を入れる長方形の盆(組みゲラ)を指した。組みゲラに入れたままインクを塗って刷ったものが「ゲラ刷り」などと呼ばれ、今日の新聞や出版業界では、校正刷り全般を意味する。
■地位付与の機能 メディアで好意的に取り上げられた人や集団には権威や威信など社会的地位が与えられる。マスコミュニケーション研究における古典的な理論のひとつで、P・ラザースフェルドとR・マートンが唱えた[12]。ラザースフェルドらによれば、マスメディアには地位付与の機能のほか、人びとに規範意識を植え付け守らせようとする「社会的規範の強制」や、大量に情報提供することでかえって政治的無関心をもたらす「麻酔的逆機能」があると論じた。
 
[注]
[1]「読売新聞が『求ム医師&弁護士』 社告で年収1000万『専門記者』募集」2014年03⽉14⽇、J-CASTニュース(2017年1月22日取得、http://www.j-cast.com/2014/03/14199293.html?p=all
[2]Milton, John(1644) Areopagitica: A speech of Mr. John Milton for the liberty of unlicensed printing to the Parliament of England . (=2008 原田純訳『言論・出版の自由:アレオパジティカ』岩波書店)
[3]香内三郎(1976)『言論の自由の源流:ミルトン「アレオパジティカ」周辺』平凡社
[4]「カルテ情報を勝手に流出、マスコミは「マスゴミ」、遺族に「賠償金がほしいのか?」 患者、遺族を攻撃する「医師限定サイト」の暴走」『週刊朝日』2007年6月1日号、pp.126-128
[5]朝日新聞「2日間で覆った2カ月半の調査(オウム取材 揺れるTBS)」1996年3月26日朝刊
[6]読売新聞「『出版前に見せる約束なし』著者が証言 光母子殺害本訴訟」2011年12月22日朝刊
[7]林英樹「『記事の事前チェック』はアリなのか」2016年4月20日『日経ビジネスオンライン』(2017年1月5日取得、http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/022700176/
[8]京都新聞「【記者コラム】同志社大の『検閲』」2016年01月19日(2016年01月19日取得、www.kyoto-np.co.jp/education/article/20160119000035)
[9]朝日新聞「中川昭・安倍氏『内容偏り』指摘 NHK「慰安婦」番組改変」2005年1月12日朝刊
[10]毎日新聞「NHK特番問題:NHKに賠償命令 番組改変『政治家意図そんたく』 東京高裁判決」2007年1月30日朝刊
[11]毎日新聞「メディア事情:NHK従軍慰安婦番組改変問題 検証番組求める視聴者の声」2009年5月18日朝刊
[12]W・シュラム編(1988)学習院大学社会学研究室訳『マス・コミュニケーション:マス・メディアの総合的研究』東京創元社
 
[担当者のチェック] 原稿やゲラを送っても「最終的に修正要求を飲まなければいい」というのはたしかに正論です。が、目の前にいる取材相手と直接は見えない読者。どちらの利益に傾きやすいかも考えつつ、自己情報コントロール権など最近の議論や著作権の問題ともあわせて、原則とグレーゾーンを悩みたいところです。
 
 
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