ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 13〉被害者の実名・匿名の判断は誰がする?

2月 21日, 2017 畑仲哲雄

 
 

3:: まとめと解説

相反する考え方がにらみ合う場面を離れ、一歩引いて冷静に見下ろし、この事例をすこし学問的に考察してみたい。
 
 日本のマスメディア界で本格的な匿名報道論争に火を点けたのは、浅野健一が1984年に出版した『犯罪報道の犯罪』であった[1]。実名報道によって容疑者の人権が著しく侵害されていることを浅野は問題にした。刑事裁判に推定無罪の原則があるが、報道各社は逮捕時に犯人視報道している。そうした批判は業界内外に反響を巻き起こした。
 ただ、それ以前からも、メディア各社は部分的に匿名で報道していた。たとえば読売新聞社では半世紀以上前から「記事にしない場合」の内規を設けている[2]。そのなかで代表的なものを抜粋する。

  • ・犯罪記事
  • 一、婦女暴行事件の被害者
    一、暴力団事件の被害者で、お礼まいりなど後難をうけるおそれが明白な場合/本人が氏名を公表されることを好まない場合

  • ・家出
  •  正式に捜索願いが出されず、家族の者も家出内容の公表に同意しない場合は原則としてとりあげない。

  • ・心中、自殺
  • 一、未遂に終わった未成年者の公表/心中で1人が死亡、1人が未遂の場合、母子心中で子供だけが助かった場合

  • ・事故(災禍)
  • 一、アベック、人妻などの事故で、家庭の不和、生活権の侵害をまねくと思われる部分にはふれぬこと

 他社もほぼ同様の基準を掲げており、報道各社は被害者や犠牲者に対し、早い段階で一定の配慮をしていたことがうかがえる。今日の個人情報やプライバシーなどの概念を、半世紀前のメディア関係者が意識していたとは考えられないが、「新聞沙汰」という言葉に象徴されるように、加害者には可罰的で、被害者には同情的であった。その傾向は太平洋戦争後の事件記者たちも受け継がれ、加害者側の人権は後回しにしてきた。
 だが、その被害者・犠牲者側が、ある時期からマスメディアに対して「ノー」を突きつけるようになった。犯罪に留まらず、事故や自然災害の被害者や遺族たちも、警察に匿名発表を依頼したり、取材に訪れたジャーナリストを追い払ったりするケースも珍しくなくなった。ここに至るまでには、いくつもの要因が絡み合っている。
 1点目に挙げられるのは、「報道被害」という言葉で一括りにされるマスメディア側の相次ぐ失態と、それに伴う信用失墜がある。それらは80年代から90年代にかけて起こった。
 1981年創刊の『FOCUS』、84年の『フライデー』に代表される写真週刊誌は著名人のみならず、事件や事故の当事者の私生活を容赦なく暴いた。84年には『週刊文春』が「ロス疑惑」キャンペーンを始め、民放各局のワイドショーを巻き込む社会現象となった。85年はテレビ朝日「アフタヌーンショー」で「やらせリンチ事件」が刑事事件に発展し、89年は『朝日新聞』の写真記者がサンゴ礁を自ら傷つけた捏造報道が批判を招いた。いくつもの「虚報」「誤報」も相次いで明るみに出た。
 その後もマスメディアの不祥事や事件は相次いだ。95年に松本サリン事件の冤罪報道、97年の神戸酒鬼薔薇事件、98年の和歌山カレー事件、2000年の付属池田小事件ではメディアスクラムによる人権侵害が起こった。99年にはテレビ朝日「ニュースステーション」による「ダイオキシン風評被害」も大きな批判を浴びた。97年の東電OL殺人事件では深刻なプライバシー侵害が発生した。
 日本弁護士連合会(日弁連)は1987年に「人権と報道に関する宣言」を発表し、メディア各社にプライバシーに配慮することや、犯罪報道における匿名の範囲を拡大することなどを早くから求めていた。99年には「報道のあり方と報道被害の防止・救済に関する決議」を公表し、87年の「宣言」に加え、情報公開制度を活用することや、社内オンブズマンの創設、「報道評議会」などの第三者機関を設置して報道被害の救済の実現に努めることを強く要求した。
 放送倫理・番組向上機構(BPO)の初代理事長を務めた清水英夫はマスメディアが間違いを犯す理由を以下の5点にまとめている[3]。
 

  • ・傲慢さ
  • ・ジャーナリストとしての不勉強、経験不足
  • ・予断・思い込み
  • ・過剰な視聴者サービス
  • ・過剰な自己規制

清水の指摘は注目に値するが、引きも切らず起こってきた不祥事や報道被害の原因を、一部の社員だけに帰責できない。たしかに、自己顕示欲や出世欲に憑かれた問題社員もいただろう。だが不祥事を起こしたメディア組織には、視聴率や部数獲得への圧力や、読者視聴者は低俗な関心しか持っていないと考える風潮があったはずだ。リスクを取材現場だけに押しつける体質のメディアもある。
 2点目に挙げておきたいのは、「メディア規制」と「匿名社会」への流れだ。
 政府は2002年と03年の国会に「人権擁護法案」を提出した。差別や虐待、セクハラになど加え、報道機関による過激な取材も人権侵害とするこの法案に対し、報道各社は「取材・報道の自由」の抑圧につながると反発した[4]。
 人権擁護法案は廃案となったが、政府は03年に「個人情報保護法」を、翌04年には「犯罪被害者等基本法」を相次いで成立させた。この2つの法律がマスメディアの萎縮と匿名化の風潮を促してきた。
 05年に全面施行された個人情報保護法は、報道機関の取材に対して官公庁や民間企業が個人情報を出さない理由に使われてきた。この法律は、大学等の研究者などともに報道機関や取材者も「適用除外」としていて、役所や企業が情報提供しても違法性を問わない。しかし現実は、「個人情報なので……」と情報提供を断るケースが相次いだ[5]。
 犯罪被害者等基本法は、警察の匿名発表をもたらした。この法律に基づいて05年に閣議決定された「犯罪被害者等基本計画」が、事件の被害者を実名で発表するか、匿名にするかの判断を名実ともに警察に委ねたからだ[6]。
 権力による「メディア規制」は、メディア関係者の取材をやりにくくさせるだけに留まらない。国家が情報を一元管理する体制を強めるとともに、報道の権力監視機能を弱める状況を引き起こしたといえる[7]。
 同時に、市井の人々が個人情報に過敏になる「匿名社会」と呼ばれる現象が浸透した。学校現場では児童宅の電話連絡網を廃止し、卒業アルバムに住所や電話番号を載せなくなった。患者を名前で呼ばず、「○番の患者様」と番号で呼ぶ病院も現れた[8]。個人情報の扱いを恐れる匿名社会は、コミュニティの空洞化や無縁化にとどまらず、他者を信頼しないムードを広げたように思われる。
 こうしたいくつもの要因が絡み合うなか、人々のコミュニケーションと表現の道具としてのソーシャルメディアが普及した。報道各社が匿名にしている少年事件の加害者の実名や顔写真が暴露される。事実か嘘かわからない情報が一人歩きし、フェイクニュースがインターネットの検索サイトで、報道機関のニュースに混じって読まれる。
 報道機関の使命とはなにか。たとえば日本新聞協会は以下の3つにまとめて説明している[9]。

  • ・「知る権利」への奉仕
  • ・不正の追及と公権力の監視
  • ・歴史の記録と社会の情報共有

 さらに実名で報道する意味として、以下の項目に分けて解説している。

  • ・訴求力と事実の重み
  • ・権力不正の追及機能
  • ・訴えたい被害者
  • ・実名の尊厳

 上記の説明は、マスメディア内部の意見のすり合わせや、権力に対する説明として一定の効果があるとしても、「そっとしておいてください。名前も顔も出さないでほしい。心ない電話や手紙をもらいたくありません」と取材を拒む人に響くだろうか。
 報道機関のニュースは、民主的な社会を維持するため、公共の関心に応える情報を広く伝えることに意義がある。その条件として、ニュースは正確な事実に基づく必要がある。歴史を記録し、後の世に検証の手がかりを残すためだ[10]。

Photo credit: Brad Ruggles via VisualHunt /  CC BY-NC-SA
Photo credit: Brad Ruggles via VisualHunt / CC BY-NC-SA
 だが、事件事故や災害の被害者・犠牲者家族たちと向き合うときに必要なのは、「知る権利」「報道の自由」「権力監視」「歴史の記録」などの言葉を尽くした説得術だろうか。
 たとえば、朝日新聞記者で犯罪被害者問題に詳しい河原理子は「記者は石のハートでなければならないか」と題した論考で、新人記者のころに子供を失った家庭を訪れて思わず涙をこぼした経験が原点であったと記している[11]。ひとりの生身の人間として、傷ついた人たちの権利擁護のため試行錯誤しながら報道を変えようとするプラグマティックな実践こそが、被害者や犠牲者家族への回路を再び開く道となるのではないか。
 

4:: 実際の事例

警察をはじめ公的機関による匿名発表が顕著になったのは2005年以降だ。事件や事故で犠牲になった人の氏名が匿名にされた代表的な例としては、以下のものが挙げられる。
 2005年、兵庫県尼崎市で起こったJR福知山線脱線事故で、兵庫県警は4人を匿名で発表した。理由は「遺族の強い要望」だった。またこの事故では一部の病院が個人情報保護法を理由に死傷者の名前の公表を拒否したという[12]。
 2013年、アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス施設が、武装勢力に襲撃され、プラント大手「日揮」の社員を含む40人が亡くなった事件(アルジェリア人質事件)では、当初、邦人名が公表されなかった。政府はその理由を「日揮が(被害者側の意向を考慮し)、公表しないでほしいということだった」と説明した[13]。
 2016年、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害された事件で、神奈川県警は当初、死亡者も負傷者も実名を公表しなかった。「被害者家族が強く匿名を希望している」「知的障害者施設での事件で、プライバシー保護の必要性が極めて高い」などが理由だった。
 これらは、実名か匿名かの判断は事件事故の当事者側がおこなうべきだとする、いわば当事者主義的な論理が前面に打ち出されている。じっさいに当事者がそう言ったかどうか確証はないが、政府や警察が弱者の気持ちを代弁しているという構図だ。だが、すべての当事者側が実名報道を拒むわけではない。
 2005年、広島市で小学1年生の木下あいりちゃん(当時7歳)がペルー国籍の男に殺害された事件は、性的暴行が疑われたため匿名で報道された。だが1審判決の前になって、あいりちゃんの父親が「あいりは世界に一人しかいない。実名で出して」と希望したため、実名報道に切り替わった[14]。
 2014年、いじめを訴えるメモを残して自殺した青森県立八戸北高2年大森七海さん(当時17歳)の母親は、娘の氏名と写真の公表に踏み切った。母親は「いじめによる自殺がなくなってほしい。ごく普通の子が、ある日突然亡くなるということがあり得る。それを考えるきっかけにして」と話したという[15]。
 2016年には、青森県黒石市で開催された写真コンテストで、受賞が内定していた作品の被写体が自殺した女子中学生であったため内定を取り消された。少女の父親が、写真を公表し氏名を「葛西りま」と明らかにした。実行委員担当者は「写真鑑賞とは違う目的で話題となり、他の出展者に迷惑がかかる」と判断したというが、父親は「いじめられている子の力になれば」と公表に踏み切った[16]。
 実名報道するか、匿名報道するか。マスメディアはみずから判断したいと訴えるが、当事者主義的な考え方が社会に浸透していけば、マスメディアはよりいっそう当事者とのコミュニケーションが必要となる。
 

5:: 思考の道具箱

 
■サツ回り 警視庁や警察本部の記者クラブなどに所属し、警察内部を取材する事件記者の俗称。読売新聞東京本社のエース記者として鳴らした本田靖春は自身の経験をもとに『警察(サツ)回り』を著し、この言葉が広く知られるようになった。一般に、警察を担当する記者は「サツ担」と呼ばれる。日本では新人記者に警察を担当させることが多い。ただ、警察だけを取材するのではなく、街全体の取材範囲とすべきとの考え方から、毎日新聞大阪本社では「街頭班」と呼ばれている。
 
■犯罪被害者支援 犯罪で損害を被った人は、加害者に賠償請求できる。だが現実は、加害者側に資力がないなど、泣き寝入りを強いられることが少なくなかった。精神的な打撃や経済的な困難を緩和するため法制度として1981年に「犯罪被害者等給付金支給法」が施行された。2000年には犯罪被害者保護法が成立し、刑事裁判で被害者が意見を述べられるようになった。05年には犯罪被害者等基本法が施行された。犯罪被害者を支援する組織としては「全国犯罪被害者の会(あすの会)」や「少年犯罪被害当事者の会」などがある。
 
[注]
[1]浅野健一(1984)『犯罪報道の犯罪』学陽書房
[2]マスコミ倫理懇談会全国協議会編(1966)『マスコミの社会的責任』日本新聞協会,pp.210-213.
[3]清水英夫(2009)『表現の自由と第三者機関』小学館
[4]朝日新聞「法相、人権侵害と取材の具体的基準示さず 報道に自主規制要求」2002年4月24日朝刊
[5]伊藤正志(2008)「各地で相次ぐ匿名発表、情報隠し:全国の取材網を通じた実態調査から考える」『新聞研究』(685), pp.14-17
[6]警視庁「犯罪被害者等基本計画 ― 犯罪被害者等施策ホームページ」(2017年2月18日取得、https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/kuwashiku/keikaku/keikaku.html)
[7]大石泰彦(2006)「プライバシーと取材・報道の自由:匿名発表問題をどう見るか(上・下)」『AIR21』(189) pp.2-9;(190) pp.14-21
[8]「徹底追及第2弾! 異常匿名社会の「正体」/卒業アルバムも作れなくなる!? 教育現場を蝕む「個人情報過敏症」」『週刊朝日』2005年3月3日、通巻111(9), pp.29-31
[9]日本新聞協会編集委員会(2006)『実名と報道』日本新聞協会
[10]朝日新聞「犠牲者の氏名伝える意義は/朝日新聞「報道と人権委員会」」2013年3月4日朝刊
[11]高橋シズヱ・河原理子(2005)『〈犯罪被害者〉が報道を変える』岩波書店
[12]毎日新聞「マスコミ倫理懇:全国大会/朝日・虚偽報道/戦後60年報道/広がる「匿名社会」」2005年10月04日朝刊
[13]朝日新聞「犠牲者名公表、あるべき形は/バングラテロ、報道が政府に先行」2016年7月9日朝刊
[14]毎日新聞「新聞週間:『開かれた新聞』委員会座談会(その2)/機械的処理脱却を」2006年10月16日朝刊
[15]毎日新聞「青森・14年高2死亡:「いじめ自殺、考えて」/母親が氏名公表」2016年11月7日朝刊
[16]毎日新聞「青森・中2自殺:写真コン、いじめ生徒被写体/最高賞内定取り消し/「被害者の力に」父が公表」2016年10月19日朝刊
 
[参考文献]
朝日新聞事件報道小委員会(2012)『事件の取材と報道 2012』朝日新聞出版
梓澤和幸(2006)「市民社会の危機に本格的な取り組みを:急がれる現場取材の理論化と記者訓練」『新聞研究』(655), pp.10-14
岡部耕典(2016)「パンドラの箱の暗闇を問い続けよ : 事件の意味と新聞報道への期待」『新聞研究』(783), pp.66-69
川名壮志(2014)『謝るなら、いつでもおいで』集英社
河原理子(1999)『犯罪被害者:いま人権を考える』平凡社
佐々木健「よりよい事件・事故報道めざし制度改革や社会の変化に対応」『Journalism』(265),pp.4-12
人権と報道関西の会編(2001)『マスコミがやってきた!取材・報道被害から子ども・地域を守る』現代人文社
少年犯罪被害当事者の会公式ホームページ(2017年2月19日取得、https://hanzaihigaisha.jimdo.com/)
全国犯罪被害者の会(あすの会)公式ホームページ(2017年2月19日取得、http://www.navs.jp/)
日本弁護士連合会編(1976)『人権と報道』日本評論社
野澤和弘(2016)「匿名発表がもたらすもの : 事件を社会が熟慮するために何が必要か」『新聞研究』(783), pp.50-53
「犯罪被害者等施策」警視庁公式ホームページ(2017年2月19日取得、https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/index.html)
福永英男(1981)「警察広報所懐:『支店長はなぜ死んだか』をベースに(上・下)」『警察学論集』34(5), pp.1-16;34(6);pp68-91
 
[担当者の匿名]「別に名前はなくてもいいんじゃないか」と思うものの、検証性の問題に加え、たとえば「統計よりも「1人のストーリー」が有効な理由」(『wired』)といった実験にもあるように、名前の入った具体的なストーリーはその瞬間、印象深く、伝わりやすくもあります。 なにより必要なのは、実名があっても中傷がない社会づくりでしょうか。
 
 
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