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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第36回

2月 23日, 2017 松尾剛行

 
 

8.まとめ

上記の検討はすべて試論的検討であり、十分な検討時間がないまま公表させていただいたことにつき平にお許しいただきたい。

なお、本稿の元となった第27回原稿へのアドバイスを下さった宮下紘准教授及び本稿へのアドバイスを下さった大島義則弁護士に感謝したい。いずれにせよ、すべての文責は著者にあり、誤りは著者の責任である(注26)。
 
 
(注1)このような検索エンジンの位置づけについての異なる2つの立場については、特にEUにおいて、検索エンジンがデータの「管理者(controller)」であるか、「媒介者(intermediary)」であるかが論じられてきたこととパラレルに理解することができるだろう(宮下紘『プライバシー権の復権』(中央大学出版部、初版、2015)231頁参照)。
(注2)Xは、平成23年7月10日、横浜市所在の公園多目的トイレ内において、B(平成7年○月○日生、当時16歳)が18歳に満たない児童であることを知りながら、同児童に対し、現金8000円の対償を供与する約束をして、同児童に自己の陰茎を手淫させるなどし、もって児童買春をした。
(注3)掲示板のスレッドのタイトル等から推測すると、援助交際のために支払った8000円が一部界隈の相場観より「安い」として話題になった、ということのようである。
(注4)なお、検索結果の末尾の方に表示されるにすぎないものもあった。さいたま地決平成27年6月25日判時2282号83頁(原々々審)参照。
(注5)奥田喜道編『ネット社会と忘れられる権利』(現代人文社、初版、2015)114頁。
(注6)神田知宏「さいたま地裁平成27年12月22日決定における『忘れられる権利』の考察」Law&Technology72号41頁参照。
(注7)「当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情」
(注8)なお、原審には「公表により差止請求者に生じる損害発生の明白性、重大性及び回復困難性等」を考慮するとあるが、これとはまた違う話であろう。
(注9)現在の社会においては、インターネットが全世界に広く普及し、我が国においても社会生活全般において有用なものとして広く利用されており、国民が必要な情報を得るための不可欠な手段の1つとなっている上、インターネット利用者にとっては、極めて多量な情報の中から、その利用者が必要とする情報を入手し、あるいはウェブサイトにアクセスするために、検索サービスを利用することが必要不可欠であることは顕著な事実であり、本件検索サイトも、全世界的に有名な検索サービスとして、表現の自由や知る権利に資する重要な役割を果たしているといえることからすれば、相手方が安易に検索結果を削除した場合には、当該検索結果に係るウェブサイトの管理者の表現の自由やインターネット利用者の知る権利を違法に侵害する結果となるおそれがないとはいえず、その場合の社会的影響や弊害は大きいといえる。

また、前記のとおり、本件検索サイトにおける検索結果は、自動的かつ機械的な方法により形成、表示されるものであり、その過程に相手方による人為的な操作が介在するものではない上、インターネット上には膨大な数のウェブサイトが存在し、しかもその内容は常に更新され得るものであり、かつ、新規に作成されるウェブサイトも多数存在することを考慮すると、相手方が、かかる膨大な数のウェブサイトの検索結果について、名誉権やプライバシー権を侵害する記載が存在するか否かを随時監視することは、極めて困難であるといえる。

さらに、上記1で検討したところによれば、相手方がある検索結果を削除すべきか否かを判断するに当たっては、当該検索結果が名誉又はプライバシーに関する事項を含むものであるか否かの判断に加えて、名誉権又はプライバシー権を侵害されている者の属性等の背景事情をも含めた様々な事情を考慮した上で、最終的な違法性の有無を実質的に判断することが必要となるといえるところ、相手方に対して、膨大な数のウェブサイトの検索結果について逐一かかる実質的な判断をすることを求めるのは、実際上不可能なことを強いることになりかねない。

これらの事情にかんがみると、相手方が検索結果の削除義務を負うのは、相手方において、検索結果の表示がある者の名誉権又はプライバシー権を違法に侵害していることを容易に判断し得る場合に限るのが相当である。

なお、他人の名誉権やプライバシー権を侵害する記載がされているウェブサイトが存在する場合には、これによって名誉権やプライバシー権を侵害された者は、インターネットサービスプロバイダから発信者情報の開示を受けた上で(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条)、当該記載をした者に対して法的責任を追及し、又は当該ウェブサイトの管理者に対して当該記載の削除を求める法的手続をとることもできるのであるから、検索結果に係る相手方の削除義務の範囲を相当程度限定したとしても、法的救済の余地がなくなるというわけではない。

以上検討したところを総合すると、相手方が検索結果の削除義務を負うのは、検索結果として表示されたスニペットやリンク先のウェブサイトの記載が専ら他人に対する誹謗中傷等を内容とするなど、他人の名誉権やプライバシー権を明らかに侵害し、社会的相当性を逸脱したものであることが、当該検索結果それ自体から明らかな場合に限られると解するのが相当である。

また、上記2(1)で検討したとおり、他人の名誉権やプライバシー権を侵害するウェブサイトの記載を削除すべき義務を負うのは、原則として、当該ウェブサイトの管理者であることからすれば、上記の要件に加え、名誉権又はプライバシー権を侵害されたと主張する者が当該ウェブサイトの管理者に対して記載の削除を求めていては回復し難い重大な損害が生じるなどの特段の事情が存在することが必要となると解するのが相当である。
(注10)検索結果に掲げられる既存のウェブページの内容が、他者の権利を害するものであるか否かや、その侵害が不当といえるか否かは、一般には、その真実性や公益性といった実質的な側面にも係るものである。検索結果は、このようなウェブページの存在及び客観的な内容を紹介するに過ぎないものであるから、人格権に基づいて検索結果の削除を求めることができるのは、当該検索結果が、こうした実質的な側面を考慮しても人格権を不当に侵害するものと評価できることが明らかな場合に限られるべきである。

2(1) 個人の逮捕歴・処罰歴は、その者の名誉や信用に直接関わる事項であって、プライバシーに関わる情報であり、みだりに公表されないことにつき法的保護に値する利益といえる。また、逮捕歴・処罰歴を有する者も、判決や刑の執行の後は、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、新しく形成されている社会生活の平穏を害され、その更生を妨げられない利益を有するものといえる。

一方、犯罪に関わる情報は、公共の安全・平穏にも関わり、社会的に正当な関心の対象ともなり得るのであって、事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえず、その者の社会的活動に対する批判や評価の一資料として、前科等に関わる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もある。

(2) また、公務員には、公選され、あるいは直接に公権力を行使する者だけでなく、非権力的な業務、補助的な事務や作業に携わるにすぎない者も含まれるが、これらの者が一体となって、国民・住民の利益のため、法の実現に当たるものであるから、程度の差こそあれ、その資質や清廉性は、広く国民・住民の正当な関心の対象となるものといえる。

(3) 本件では、債権者は、もっぱら技術的な知識をもって公務に携わるにすぎず、また、本件事件もその職務と何らの関連性もないものではあるが、単に世間のひんしゅくを買う行為というにとどまらず、その人格を疑わせる恥ずべき行為と言わざるを得ないのであって、国民・住民の正当な関心の対象となり得るものであって、本件事件当時、その事件自体を公表することには社会的な意義があったものといえるし、これらの関心は、時間の経過とともに薄れてゆくものではあるが、本件事件の内容等に照らせば、短期間で社会的関心が正当でなくなるとはいえない。

また、本件検索結果は、検索サービスを利用して債権者に関する情報を能動的に求める者に対し、本件事件当時の事件報道を引用・転載したウェブページの存在とその抜粋を明らかにするに過ぎないものであって、債権者の本件事件や逮捕歴に対する社会的関心を改めて喚起するものでもない。

そして、疎明資料によれば、債権者が、本件事件以降も同様に公務員として勤務しており、特段新たな生活環境を形成しているわけではないことが認められるのであって、本件事件から3年余りが経過したに過ぎないことなどの事情をも総合すれば、債務者によって本件検索結果が提供されることにより、債権者の人格権が損なわれることがあるとしても、債権者の受忍限度内にあるものというべきであって、現時点では、本件検索結果の提供が債権者の人格権を不当に害するものとは評価できない。
(注11)なお、松尾陽編『アーキテクチャと法』259~360頁(成原発言)も参照。
(注12)なお、検索結果は単に検索キーワードを打ち込んで能動的に情報を求める者に対し客観的にそのようなウェブサイトの存在を明らかにするものであるということ自体は事実ではあるが、例えば求職者について企業側がネット検索をすること等が一般化しつつある現在、そのようなウェブサイトが存在することを客観的に示すことそのものが与える影響の大きさ等についても配慮が必要ではないか、という思いもあるものの、この点はまだ十分に消化できていない。
(注13)逆に、ある行為が犯罪ではない単なる不道徳ないし不当なものに過ぎない場合には、より検索結果からの削除を主張しやすいと思われる。
(注14)実際には、何千件、何万件というかなり深いところまで掘り出さないと見つからない。
(注15)さらに、上記のとおり、一部の検索結果は検索結果の末尾の方に表示されるにすぎないものもあった。
(注16)奥田喜道編『ネット社会と忘れられる権利』(現代人文社、初版、2015)135頁等参照。
(注17)なお、データベース上の判決文からは犯罪の内容が不明である。
(注18)「しかし、インターネット上の情報は、複写が簡単に一瞬で出来るため、同じ内容の情報が多数のウェブページに転載され、掲載されるウェブサイトの管理者が多数に上ることがしばしばであり、ウェブサイトの管理者に対する削除請求は、必ずしも容易でない。これに対し、膨大なインターネット上の情報は、検索エンジンを利用しなければ、その情報に接することは容易ではなく、検索結果に表示されるウェブページが削除されなくても、検索エンジンに検索結果が表示されないようにすることで実効的な権利救済が図られる面もある。」としたさいたま地決平成27年6月25日判時2282号83頁(原々々審)参照。
(注19)「膨大な情報の中から必要なものにたどり着くためには、抗告人が提供するような全文検索型のロボット型検索エンジンによる検索サービスは必須のものであって、それが表現の自由及び知る権利にとって大きな役割を果たしていることは公知の事実である」東京高決平成28年7月12日判タ1429号112頁参照。なお、同決定は、本件犯行とは関係のない事実の摘示ないし意見が多数記載されているものと推認される掲示板へのリンクを消すと、公衆のアクセスを事実上不可能にするものと評価することができ、看過できない多数の者の表現の自由及び知る権利を侵害する結果を生じさせるとするが、検索結果削除の帰結というのは、単に「Xの名前」で検索した場合にアクセスできなくなるというだけで、それ以外の「本件犯行とは関係のない事実の摘示ないし意見」に関するキーワード(例えば「児童買春 ●県」)で検索すればなおアクセスできることには留意が必要だろう。
(注20)「アメリカでみられるような、人の過去の前科や債務関係を含む公的記録をインターネット上で検索して流通・売買するビジネスを、裁判所が奨励しているとも捉えられかねない。」とする宮下紘「『忘れられる権利』、日本でも真剣に考える時」(http://webronza.asahi.com/national/articles/2016081000003.html?iref=comtop_fbox_u06)参照。
(注21)横田明美「民間での利活用が可能に行政機関等からの個人情報提供制度」ビジネス法務2016年11月号参照。
(注22)飯島滋明『憲法から考える実名犯罪報道』(現代人文社、初版、2013)参照。なお、福岡高那覇支判平成20年10月28日判時2035号48頁の「実名報道により控訴人が被る不利益は非常に大きいものであるから、改めて言うまでもなく、被控訴人らとしては、実名報道をするに際しては、控訴人が被る不利益について十分な配慮をする必要がある。したがって、報道の内容としては、もとより、逮捕されたという客観的な事実の伝達にとどめるべきであって、逮捕された者が当然に罪を犯したかのような印象を与えることがないように、節度を持って慎重に対処する必要がある。」という傍論も参照。
(注23)なお、前記のとおり、元記事が残ってその削除が問題となることがある。
(注24)奥田喜道編『ネット社会と忘れられる権利』(現代人文社、初版、2015)50頁が、名誉毀損型、プライバシー侵害型、人格利益混合型の3種類に分類していることも参照。
(注25)なお、さいたま地決平成27年6月25日判時2282号83頁(原々々審)の内容を元にインターネットで検索するとXの特定が可能であり、判例雑誌及び商用データベースにおかれては、匿名化等にご留意いただきたいと考えている。
 

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。