ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 16〉経営破綻を報じる時宜と大義

4月 25日, 2017 畑仲哲雄

 
 

3:: まとめと解説

相反する考え方がにらみ合う場面を離れ、一歩引いて冷静に見下ろし、この事例をすこし学問的に考察してみたい。
 
「民間の信用調査会社の調べによると……」
 企業倒産のニュースで、たびたび言及される信用調査会社は、東京商工リサーチか帝国データバンクかのどちらかだ。この2社は企業の営業状況や財務内容を調査し、調査によって得られた倒産情報がマスメディアを通じて報道されている。
 半年以内のうちに民間企業が不渡り手形を2回目出せば、銀行取引が停止される。そうした長年の商慣行を手がかりとする情報が、信用調査会社から提供され、報道各社はその時点で「(事実上の)倒産」と表記してきた。
 金融不安が広がった90年代半ば以降、報道各社は「倒産」のかわりに「破綻/破たん」を用いるようになった。「倒産」という言葉が、廃業や解散のように「会社がつぶれる」という印象を与えかねないため表現をやわらげた。
 たとえ経営に行き詰まったとしても、会社更生法や民事再生法の手続きを経て、再建・再生に成功した企業は少なくない。「倒産」と報じられても銀行を通さずに決済して営業を続けることは可能だ[3]。危険な賭けや法律すれすれの綱渡りをして倒産の危機を切り抜けた「武勇伝」を自慢げに語る経営者もいる。
 過去形で語られる波瀾万丈の会社物語なら安心して聞いていられる。しかし、現在進行形の経営危機を知ったとき、その「危機」を右から左へ速報することは、はたして正しいおこないといえるだろうか。
 企業の経営状態は、取引銀行も信用調査会社も、ある程度は把握しているし、経済記者たちにも噂として伝わってくる。だが、真の内情は、極論すれば、経営者にしかわからない。報道機関がじぶんの責任で、よその会社について「経営危機」「再建困難」と断定して報じるには、確固とした根拠と大義が必要だ。
 この問題を考えるうえで有益と思われるのは、1995年のコスモ信用組合(東京)の破綻をめぐる毎日新聞と朝日新聞社の紙上論争である。
 コスモ信組の破綻をスクープしたのは毎日だった。スクープの5日後、朝日は、メディア欄で、毎日の報道を検証した。具体的には、コスモ側が会見で述べた毎日への抗議を載せ、毎日の大沼孝司経済部長と、朝日の桐村英一郎経済部長のコメントを掲載した[4]。すこし長いが、毎日と朝日の言い分を見てみよう。

毎日新聞東京本社・大沼孝司経済部長 コスモ信組問題でもまず預金者保護と長期的信用維持を最優先に考え、混乱を最小限にとどめることを念頭に置き新聞社として最も適切な報道をしました。/当局がコスモ信組を「自主再建は困難」と判断したことをはっきりと確認した時も、すぐには記事にせず、土曜、日曜の二日間の余裕がある七月二十九日付朝刊で初めて報道しました。特に善良な預金者に不利になるようなことのないよう、当局が万全の救済策を準備していることを確認したうえで記事掲載に踏み切っています。(中略)当局が自主再建断念という厳しい判断を下したのは当然です。この当局の判断をつかんだ以上、混乱を最小限に抑える配慮をしたうえで記事にするのは報道機関として当たり前の行動です。(後略)

 このコメントに続いて経済評論家の談話が載り、続いて朝日の弁明が綴られた。

朝日新聞東京本社・桐村英一郎経済部長 コスモ信組の行き詰まりは早くからつかんでおり、マークしていた。しかし、金融機関全体が不良債権問題という“地雷原”の上にあるような現状で、特定金融機関の危機を報道するのは、普段に増して、慎重にならざるを得ない。今回の場合は、救済策がはっきり固まったとか、「けさ業務停止命令」などと書けるのなら別だが、あの時点では、踏み切れなかった。(中略)今回は朝日新聞の報道姿勢でよかったと思うが、資金繰りのために世間相場から外れた高金利の預金を集める危うさを、どのように書けるかなど、悩ましさもある。(後略)

 朝日の報道は毎日に対しかなり批判的だった。これに対して数日後、毎日は「記者の目」欄で、朝日の姿勢を徹底批判した[5]。

朝日の主張を分析すると「おれは全部知っている。だがわけもわからん人に知らせると大騒ぎになる。だから知らせないことが立派なのだ。心配はおれがしてやるから、みんなは安心して暮らしていろ」というイメージになる。(中略)コスモ問題で金融パニックを起こすほど読者を愚かと想定するのは朝日のおごりではないか。(中略)コスモは当局が経営破たんを確認した。預金者にはそれを知る権利がある。新聞に載ったからつぶれたというのは本末転倒だ。信用不安に対して新聞が当局とうりふたつの見解を持つ必要はない。

 「記者の目」は記者個人の見解や問題提起を書くコーナーで、筆致はかなり辛辣であった。すると朝日はその翌日、夕刊のコラム「窓」欄で、「倒産の引き金」と題する記事を掲載し、「経済報道にはひとつの原則があると思う。読者に事実を知らせるのが新聞の第一の使命であるのは当然だが、倒産の引き金を引く権利はない」と反駁した[6]。
 だがそんな朝日も1975年には、「『興人』経営、重大危機に」と報じて、化繊業界の大手企業に引導を渡している。興人の負債額は当時、戦後最大で大ニュースだった[7]。
 ただ、2000年に入ると朝日は連載記事のなかで、コスモ問題に関する慶應義塾大学教授の草野厚のコメントを紹介した[8]。草野は「政策当局はいつも、報道を引き金とした金融パニックの危険性を強調して、金融機関の経営危機について報じることの自粛を求める。しかしメディアの基本は、知る権利を満たすことだ。原則として報道は自粛すべきでない」と述べ、毎日を擁護している。
 読売新聞調査研究本部の森本光彦は、ジャーナリズムの入門書に寄せた一文のなかでコスモ問題に触れ、「金融当局などによって破綻後の処理計画がまとまる、ぎりぎりの時点まで待つのが望ましい」という立場を明らかにしつつも、「破綻報道は経済報道の永遠の課題といえる」と述べる[9]。
 ところで、ジャーナリズムの指針とされる「新聞倫理綱領」には次のような戒めが記されている[10]。

新聞は報道・論評の完全な自由を有する。それだけに行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない。

 この考え方をコスモ問題に当てはめれば、どうなるだろう。「経営破綻」のニュースは、当該企業の関係者はもちろん、関連企業の関係者にも大きなショックを与える。連鎖倒産などの副次的な被害を誘発するかもしれない。破綻状態にあるのが金融機関なら、「取り付け騒ぎ」や金融パニックが広がることも考えられる。そのような事態を引き起こしてしまったら、倫理綱領に記された「公共の利益を害する」ことになる。
 だが、「新聞倫理綱領」は、国民の「知る権利」の「担い手であり続けたい」と謳っている。新聞記者には特別な権利が与えられているわけではない。かみ砕いていえば、記者たちは、国民1人ひとりがもっている「知る権利」を、取材活動で行使しているにすぎない。「知る権利」を使って公共の利害に関する情報を得たのに、それを報道しないことは「知る権利」を否定することになり、「公共の利益を害する」張本人となる。
 金融当局はメディアに対して「信用秩序の維持」を訴え、基本的に報道の先走りに神経をとがらせるが、そもそも経営者の乱脈融資や放漫経営によって危機が作られ、刑事責任が追及されるような悪質なケースも場合もあり、ときに報道機関はいち早く警鐘を鳴らす責務もある。
 報道機関が足並みを揃える必要もないし、どういう報道が道徳的かという線引きもできない。その都度、手探りで模索していくしかない。大切なことは、自分たちが超越的な立場にいられないということを自覚することだろう。
 

4:: 実際の事例

金融当局と報道機関がせめぎ合った例として、山一証券をめぐる報道自粛が挙げられる。四大証券の一角を占めていた山一証券は1965年5月、深刻な経営危機に陥り「日銀特融」を受けた。その影で、報道各社が協定を結び山一危機の報道を自粛していた。
 杉山隆男『メディアの興亡』によると、その年の1月、日刊工業新聞記者の松本明男が、日本興業銀行頭取の中山素平を訪ねて「山一危機」を報じると通告した。日興銀は山一の後ろ盾となっていた銀行である。中山は大蔵官僚の加治木俊道に相談した。

Photo credit: DocChewbacca via VisualHunt.com / CC BY-SA
 加治木は、かつておこった昭和2年の「金融恐慌」の再来を避けようと、在京の朝日・毎日・読売・共同通信など7社の経済部長でつくる「七社会」に自粛を申し入れた。七社会は報道協定を結んだ。日刊工業新聞も七社会準加盟のため、松本明男のスクープは陽の目を見なかった。大蔵省に入れ智恵したのは日経新聞の圓城寺次郎だと杉山は記している。「どのような口実をつけようとも、新聞社が政府に手を貸して国民に目隠しをした事実に変わりはない」「おそらく政府は『山一危機』をめぐる新聞社の協力ぶりを目にして、日本の新聞はくみしやすいと思ったに違いない」[11]。
 上述のとおり、杉山が権力に迎合しがちな日本の報道機関を批判してから9年後、毎日新聞がコスモ信用組合の経営破綻をスクープした。1995年7月29日土曜日朝刊1面の下方で「『コスモ信用組合、自主再建は困難』 東京都と大蔵省・日銀、収拾策の協議入り」と記した。中面では「信用秩序の維持を優先 東京都と大蔵省・日銀が一致 コスモ信組問題」との見出しで、大蔵省と日銀の判断と動向を詳しく報じた[12]。
 この報道を受け、ライバル各紙が夕刊から追いかけた。朝日の見出しは「『自主再建困難』の報道/コスモ信組側は否定」、産経も「『自主再建困難』報道を全面否定/コスモ信組理事長」という見出しをつけ、「コスモ発の世界恐慌となったら死んでも死に切れない」というコスモ信組理事長の毎日に対する怒りの声を紹介した。
 東京のコスモ信組の破綻報道から約1か月後の1995年8月、こんどは大阪の木津信用組合が経営破綻した。木津は信組としてはありえない1兆円を超える預金を集めており、日銀特融が実施された。報道各社はほぼ横並びで、大阪府が木津信組に業務停止命令を出す見込みであると、夕刊で前打ちをした。その日が水曜日だったこともあり、預金者が店頭に殺到し、怒号が飛び交う光景がお茶の間のテレビに映し出された。
 朝日の週刊誌『アエラ』は翌9月、「金融破綻をどう伝えるか 各社が悩む使命と取り付け」という特集を組んだ[13]。記事によると、朝日と読売は「窓口の営業時間を意識し、午後四時ごろから家庭へ配られる遅い版に記事掲載を絞った」といい、NHKも午後5時まで報道しなかった。一方、毎日は特別の配慮をしなかった。日経と共同は専用端末を通じて、午後1時半に破綻の速報を会員向けに流した。コスモ信組のときとは異なり、各社の判断はまちまちだった。
 1997年11月には、総会屋グループに違法な利益供与をしたとして、証券取引等監視委員会と東京地検特捜部から捜索を受けていた山一証券が再建を断念し、自主廃業した。週刊誌や夕刊紙などが危機を連日報じていたが、報道各社の“勇み足”はなかった。
 2000年4月には、金融監督庁から経営改善を求められていた第一火災海上保険が、自主再建を断念した。毎日が「断念する方針」と書き、朝日が翌日後追いした。損害保険会社の経営破綻は戦後初めてだった。
 このニュースをめぐり読売は、金融監督庁長官のコメントを「異例の批判談話」として紹介している。コメントは「第一火災は資本充実を図るため、他社との提携交渉に向け、最後の努力を行っていたが、報道を契機に、契約者に混乱をもたらす恐れが生じたことから、事業継続を断念した」という内容だった。
 

5:: 思考の道具箱

 
■特ダネ 英語圏のスクープ(scoop)や独占ニュース(exclusive news)と同じ。日本の報道界では、ライバルが知らないニュースを伝えることを「抜く」という。そうして特別に伝えられた情報が「特ダネ」と呼ばれ、他のニュースよりも大きく派手に扱われる傾向がある。特ダネには、いずれ明らかになる情報をライバルに先駆けて伝えるものや、だれにも気づかれずにいた情報を発掘して伝えるものがある。一般に後者のほうが価値があるとされるが、市場を左右する金融や証券に関する情報は、秒単位での競争が繰り広げられている。
 
■倒産法 破産法や会社更生法など、個人や企業が経済的に行き詰まった際に適応される法律の総称を倒産法という。倒産法は「清算型」と「再生型」に大別される。清算型は、破産法や会社法の特別清算手続きで、債権者への弁済を目的とする。再生型は会社更生法と民事再生法とがあり、事業を継続させて更生を目指したり、債務者に再生を促したりするためのものだ。「破綻」「倒産」と報道されても、会社が消えてなくなるわけではない。
 
[注]
[1]毎日新聞「豊川信用金庫で取り付け騒ぎ デマにつられて走る」1973年12月15日朝刊
[2]朝日新聞「記者必携の“ルールブック”(読者と新聞 編集局から)」1990年12月02日朝刊
[3]朝日新聞「『倒産ではない』再び強弁 シーガイア問題で松形知事」2001年6月22日朝刊宮崎版
[4]朝日新聞「経営危機報道に一石 毎日新聞のコスモ信組再建困難報道(メディア)」1995年08月03日朝刊
[5]菊池哲郎「記者の目 コスモ信組めぐる報道 朝日新聞の批判に反論する」毎日新聞、1995年8月8日朝刊
[6]朝日新聞「倒産の引き金(窓・論説委員室から)」1995年08月09日夕刊
[7]朝日新聞「検証 昭和報道 企業の昭和史」2009年11月26日朝刊
[8]朝日新聞「金融報道 破たん次々メディア惑う(わたしたちの15年:19)」2000年5月21日朝刊
[9]読売新聞社調査研究本部編(2002)『実践ジャーナリズム読本:新聞づくりの現場から』中央公論新社
[10]「新聞倫理綱領」日本新聞協会ホームページ(取得2017/04/21、http://www.pressnet.or.jp/outline/ethics/)
[11]杉山隆男『メディアの興亡〈上〉』文春文庫
[12]毎日新聞「『コスモ信用組合、自主再建は困難』 東京都と大蔵省・日銀、収拾策の協議入り」1995年7月29日(土)朝刊
[13]鈴木直哉・高橋淳子「金融破綻をどう伝えるか 各社が悩む使命と取り付け 金融不安・報道」『アエラ』1995年9月11日号
 
[参考文献]
朝日新聞「特設ニュース面 山一の経営危機(戦後50年 メディアの検証:10)」1995年4月8日朝刊
小野展克(2008)「経済報道と企業信用」『生活経済学研究』28(0), pp.55-70
軽部謙介(2016)「経済報道の現状と課題」『証券レビュー』56(4), pp.1-30
駒橋恵子(2005)「経済事件の発覚過程と報道の役割:2004年の経済報道を題材として」『コミュニケーション科学』(22), pp.113-137
高野郁郎(1978)「倒産報道で厳しい基準を設定」『新聞研究』(321), pp.43-45
藤井良広(2000)「そごう破たん報道を振り返る:十分な情報発信ができたか疑問は残る」『新聞研究』(592), pp.73-76
山田厚史(1998)「うろたえず冷静に:改革・破たん報道の視点(不安の時代、新聞は)」『新聞研究』(559), pp.27-30
 
[担当者の破綻] 「たぶん書くべき」と思った数分後、「でもやっぱり」という躊躇する気持ちが浮かび上がりました。影響力の大きさを熟知している現場であれば、判断はもっと揺れるでしょう。朝日毎日間で交わされたような議論を続けられるかどうかが大事になりそうです。
 
 
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