めいのレッスン 連載・読み物

めいのレッスン ~はるおちば[第2回]

5月 19日, 2017 小沼純一

 
 

  さざんか さざんか さいたみち
  たきびだ たきびだ おちばたき
 
冬に掃き掃除をしていたとき、わたしが口ずさんでいたのは《たきび》だった。サイェもよく知っているとおもっていたのだけれど、めいは言うのである。知ってはいるけど、よく知らない、と。こちらは、いまはそうなのかな、教えないのかな、と顔にも口にもださなかったけれど、かなり驚いていた。
 
――おちばたき、って、なに?
 
え、わからない?
うたをよく知らないよりも、ことばを知らないのに驚いて、今度は、え?と表情を変えてしまった。
 
――おちばたき、ルリビタキ、みたいだな、って……。
 
はは。これはあまりおもしろくないな。まあ、いいや。
それにしても、いま、焚火なんてすることなど、ついぞ、ない。いや、ついぞない、どころか、してはいけないことになっているらしい。火をつかうのが危ない。火事になるかもしれない。葉っぱを燃やすとガスがでて有毒だ。焚火なんかしたら通報されてしまう――らしい。うたを教えなくなって当然なんだろう。禁じられていることを歌う、なんてできない。そうできたら、それはそれでおもしろいけれど。こんなふうに、人から人へとわたされるものがあったり、切れてしまったりするんだろう。世代、っていう言い方をくだらないとおもったりもするけど、そんなにかんたんじゃないんだな、きっと。
 
おちばたき、って、落葉を、集めて、火をつける。ほら、ご飯を炊く、とかいうだろ。あの炊く、じゃなくて、焚く、だな。字が違ってる。
前には、この庭でも焚火をしたんだ。父親、サイェのおじいちゃん、は会社に行ってていなかったけど、もうけっこう自由にしていたサイェのひいおじいちゃんは、庭いじりとかもまめにしていて、落葉を集めて焚火をしたりしたんだ。うたは、秋のうた、十月くらいとおもってたけど、いまはもっと遅いかんじだな。ただ焚く、葉っぱを燃やすだけだともったいないから、なかにサツマイモとかをいれて焼く。焼き芋、つくるんだ。一石二鳥。そのころは、いまの冬より寒い記憶があるんだけど、どうしてかな。しもやけ、あかぎれ、もふつうだった。サイェ、知らないだろ。いまでもそういうのできる子いるのかな。
 
――ここに来るとき、むこうの駐車場の前で、落葉が一枚、飛んできてね。それがとてもかわいた音をたてた。アスファルトの上、右からきて、ちょこっと左にまわって、そのときに。あ、枯葉なんだ、って、落葉っていっても、枯れて、からからになった葉っぱなんだ、って。
もすこし来たとき、あそこのうち、というより、こぶりなマンションの入り口のところで、今度は何枚か落葉がうごいて。やっぱりとてもかわいた音なんだけど、何枚かあるから、ちょっとずれたり、重なったりする。それで、ちょっと踏んでみた。これもまたかわいた、つぶれた音がして。
 
サイェはちょっとことばを切ってから言う。
 
――おちばたき、どんな音がするのかな。
 
え?
 
――火がついて、燃える、その音。かわいた葉っぱがどんな音をたてるのかな、って。

 
 

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[執筆者]小沼純一、谷川俊太郎、堀江敏幸、古川日出男、明川哲也、柴田元幸、山崎佳代子、林巧、文月悠光、関口涼子、旦敬介、エイミー・ベンダー、J-P.トゥーサンほか全31名
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html
小沼純一

About The Author

こぬま・じゅんいち。 音楽・文芸批評家。早稲田大学文学学術院教授。おもな著書に『オーケストラ再入門』『映画に耳を』『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『発端は、中森明菜――ひとつを選びつづける生き方』など。『ユリイカ』臨時増刊「エリック・サティの世界」では責任監修を務めている。2010年にスタートした音楽番組『スコラ 坂本龍一音楽の学校』(NHK Eテレ)にゲスト講師として出演中。