虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 連載・読み物

虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第23回「ここ-今」と「そこ-今」をともに織り上げるフィクション/『君の名は。』と『輪るピングドラム』 (2)

8月 23日, 2017 古谷利裕

 
 

世界の外にある「入れ替わり」という事実

宮水システムが作動し、500人以上の人々が亡くなった世界から、奇跡的に住人が無事だった世界へと「世界の現実」が移行した後では、三葉と瀧との間に入れ替わりが起こり、そして、二人が協力して糸守の町を救ったという事実や経験のすべてが、この世界のなかから消え去ってしまっています。口噛み酒は飲んでしまったし、組み紐は作り手に返されてしまったので、この世界に証拠は何一つ残っていないでしょう。『serial experiments lain』のラストでこの世界のすべての人の記憶から消えてしまうレインや、『魔法少女まどか☆マギカ』のラストで過去から未来永劫にわたってこの宇宙に存在しなくなるまどかと同様に、二人の経験ははじめから存在しなかったことになります。

しかし『君の名は。』では、それでもこの二人は、自分が何かを忘れているような気がしていて、何一つ証拠をみつけることのできない、世界の外にある「忘れた何か」を探しているのです。彼らが、「何かを忘れた」ということを信じるに足りる根拠(証拠)は、この世界の内には見つけられません。世界は、何かを忘れたことを完全に忘れてしまっています。それは客観的に考えれば、妄想や恣意的な願望と区別のつかないものです。ただ、一つ確実なのは、彼らがティアマト彗星が落下したその日から、なぜだか分からないが「何かが消えてしまった」という強い確信をもつようになったというその「事実」です。何か分からないが何かを忘れてしまったというひどくあやふやな感覚が、その感覚を支持するに足りる何の理由もないまま、しかし起源としての日付だけはっきり分かる形で、なぜか「強い確信」として存在しているのです。

彼らの確信は、自分がかつて特別な経験をもっていた特別な人物だったと思いたいという、たんなる幼稚な願望の表れである可能性を否定できません。あるいは、特別な体験を共有した「運命の人」が存在してほしいという願望が、客観的判断を歪めているのだと言われても否という根拠はありません。誤った確信ほどやっかいなものはないでしょう。しかし、「確信がある」という説明できない事実が、願望よりも先にあり、彼らの存在の様態よりも先にあるというふうに考えることもできるのです。

この、個人の願望より先にあるかもしれない、「事実としての確信」が意味するところのものは、世界が別様であり得る(あり得た)可能性でしょう。彼らが確信し、そして探し求めているのは、「世界が別様であり得た可能性がある」ということそれ自体と言えるのではないでしょうか。そして、この世界から完全に忘却された二人の関係が、二人が再び出会うことで、この世界において再現されたとしたら、そこで証されるのは、この世界の因果関係の束に囚われない、「この世界が別様にあり得る可能性」ではないでしょうか。

世界が別様であったという根拠は、世界のなかにはありません(世界のなかの証拠はすべて消えています)。そして、世界が別様であったはずだという確信は、三葉や瀧という主体、あるいは彼らがもつ願望よりも以前に存在していると想定することができます。だとすれば、この確信の由来は世界のなかにはありません。ではどこにあるのでしょうか。考えられるとすればそれは、世界1と世界2とが入れ替わったという事実そのものでしょう。「入れ替わった」という出来事は、世界1にも世界2にも属さず、その外に(あるいは、その「地」として)あります。

世界の入れ替わりの実現のためにたまたま「使われた」当事者である三葉と瀧は、この世界の内部にいながら、世界の外にある「入れ替わり」という出来事とのリンクが切れていないと考えることができます。別様な世界への根拠のない確信はそこからやってくると言うことはできないでしょうか。

この世界のなかでは何の繋がりもない二人が再び出会うことができたとしても、この世界内の言語ではそれは「偶然」としか記述できません。しかし、世界の外の事実に導かれて、二人はいつか必ず「偶然出会う」でしょう。しかし、失われてしまったかつての世界で同級生として出会った三葉と瀧は、この世界では3歳の年の差をもって出会い直します。なので、二人の関係は、かつて「別様であった世界」の再現ではなく、今後の「別様であり得る世界」へと向かうものになるでしょう。それは二人の関係の失敗可能性にも開かれたものです。
 
この項、つづく。次回9月13日(水)更新予定。
 
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