ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた ー人生の欠片、音と食のレシピー 連載・読み物

ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた
――人生の欠片、音と食のレシピ〈3皿め〉

6月 14日, 2018 仲野麻紀

フランスを拠点に、世界中で演奏する日々をおくるサックス奏者の仲野麻紀さん。すてきな演奏旅行のお話をうかがっていたある日、「ミュージシャンは料理じょうずな人が多いんですよ。演奏の合間に、そのおいしいレシピを教えてもらうこともありますよ」と。「えー、たしかに耳が繊細な人は舌も繊細そう(思い込み?)。そのレシピ、教えてもらえないでしょうか!」ということで、世界中のミュージシャンからおそわったレシピをこちらでご紹介いただきます。
料理は、その人が生まれ、育ってきた文化や環境を物語るもの、人生の欠片ともいえます。世界各地で生きる人たちの姿、人生の欠片のレシピから多様なSaveur 香りが届きますように。【編集部】

 
 

〈3皿め〉コートジボワール・セヌフォ人、同一性の解像度
――Sauce aubergine 茄子のソースとアチェケ――

 
 

 
パリの北、クリニャンクールといえば蚤の市、骨董街で有名な界隈だ。掘出し物を探す観光客を横目にプレジール(喜び)通りを曲がると、窓のない灰色の物騒な建物がある。扉を開ける合図は2秒ごとの間をおいた3回のベル。ラスタ姿の兄さんが出てきて階段を上がると、5坪もない小さなスタジオの扉が並ぶ。
目的のドアを開ければ、煙が立ち込める部屋で男ばかりのミュージシャンが一斉にこちらを見る。スネアの音はレゲエ特有の乾いた高音。白人ベースのラスタの髪は床に付くほどに長い。
 

 
女一人でこのスタジオに入れば内心怖気付く。そんな機微は知られてはいけない。ドラムを叩く目的の男に堂々と自己紹介をする。サックスを習いたい人がいるのだけれど、と友人に紹介され、この巣窟にたどり着いたわけだ。レッスンに観客はいらない。4、5人の男どもをスタジオの外に出してまずはロングトーンの練習から始めよう。
 
何度かのレッスンの後、レストランへ行こう、と誘われた。レゲエのコンサートにも誘われた。ヨガや、展覧会、何度かの喧嘩、何度かの抱擁……こう書くと生徒との色恋物語のはじまりのようだが、今もって彼とはそういう関係になったことはない。冬のレッスンはスタジオで、暖かくなればセーヌ河岸でおもいっきり吹く。河岸でデートをするカップルや、ひとり水面を眺めるおじさんの邪魔をしない範囲での音量。テイクファイブのベースラインを私が吹き、生徒はメロディーを。通りがかりの散歩者が拍手をする。
レッスンの後、家でごはんをたべないかと誘われた。真っ赤な茄子のソースとアチェケ。そう、彼の出自はコートジボワールなのだ。名前はアブゥとしておこう。
 

 
アフリカの人々は着倒れが多い。彼も例外ではない。真っ白の上下に、ベージュのモカシン。指10本にはめた指輪。ある時は肘までつけた腕輪の色彩のセンスに唸った。こんな男を隣に連れて歩いたら、パリジャンからの羨望の眼差しに少し酔いながら、しかし目立って仕方ないだろうな、なんて思うも、実のところ、彼は不法滞在者=sans papiersなのだ。
この出で立ちは虚勢なのか、開き直っているのか、彼の心情に深く寄り添うことはできないが、社会の外側で生きてきた男を前に、社会的人間の生存とは何なのか考えた。
当の本人はこの現実、実感を超越してしまったのか、今や宇宙との呼応に熱心だ。ニーチェにスピノザ、天文学の本などがアブゥの部屋には積まれている。
 

 
どこの街でも、大都市郊外では様々な輩がそれこそ社会の外側で生活をしている。2007年サルコジ政権になったと同時に、冒頭のクリニャンクール、この界隈の取り締まりがあるとの噂をきいたアブゥはある日姿を消した。その週、案の定このスタジオには警察が踏み込み、おそらく豚箱入りした者も多かったことだろう。
その後一時的な恋人の家を転々とし、あるいは田舎や郊外の家々に隠れていた。しばらくして、パリ環状線前のホテルにいると連絡がくる。
 
一ヶ月以上ものホテル暮らしとなれば、お金も嵩むだろうがなにより自分でごはんを作ることのできぬストレスが心配だ。19区の、コートジボワールの母さんがつくるプラカリやソースグレンを差し入れた。これらのごはんについては後ほど詳しく説明するとしよう。
薄い壁、止むことのない環状線の騒音、ごわごわのタオル。すべては彼の心情を表している。
 

 
ある時、兵装姿の写真を見せてくれた。腕の細い、若い男が抱えるカラシニコフ銃。彼が兵士として生きていた国は、2000年はじめに内戦が勃発。アブゥの立場がどんなものだったか詳しくはわからないが、仲間から逃げたほうがいい、という情報を得たそうだ。時間差で友人は殺されたという。反乱軍と、アビジャンの中央政府軍の間にいたのだろう。彼の女家族はともかく金をかき集め、着の身着のままで彼を国から逃した。
フランスにはシエラレオネの難民として入国したという。それ以来、彼のコートジボワール人という同一性は、どこかに置き去りになった。
この話を聞いた時、クリニャンクールでの危機からの脱走劇は、彼の感知能力のたまものだったのだとわかった。
 
左腕の、銀細工でできたブレスレットの裏には彼の本名が刻まれている。
人生を語るだけで本が一冊書けてしまいそうなアブゥの話はひと休みして、茄子のソースの作り方の手順を記すとしよう。
 

 
材料はいつも18区のアフリカ人街で買う。アフリカ茄子と呼ばれているは小さな白い茄子は、パリにして地べたに座り、パーニュ布の服を着た女たちがカゴに入れて売っている。店頭でも買えるが、できれば彼女たちの収入に還元すべく道端で買いたい。
普通、茄子のソースはソース・クレール sauce claire(澄んだソース)と呼ばれるものだが、アブゥのそれにはマダガスカルのカニの爪が入る。カニの爪の固い殻がフォークで叩いても割れるくらいまで煮込むのだから、旨味が滲み出るソースの美味は想像に難くない。しかしながらこのカニを買うのはいつも華僑の店。それもこれもグローカルの流儀なのだろうか、アブゥはコートジボワールの店主のところでは買いたくないそうだ。
 

 
日本でこのソースを作る場合、入手に苦労するかもしれないもの、それが真っ黒な燻製魚 である。今回使うのは鯰の燻製。プラスチックのおもちゃのようなこの魚、これが重要でソースの出汁の決め手となる。日本で作る場合、ニジマスやニシンの燻製で代用できる。あるいは鰹の生節、もしくは厚削りの鰹節、乾燥した氷下魚などで応用がきくかもしれない。
オクラはニカラグア産をパリでは多くみかける。色の鮮やかな、あまり大きくないものを。まあるい唐辛子は素手で触った日には大変な目にあうので、ビニール袋を手にかぶせて掴むように。
ソースと一緒に食べるアチェケとは、キャッサバ芋をすり潰し澱粉発酵させたもの。粒々のそれはクスクスの形状に似ているが、独特な酸味と粘りが何ともいえない。前述のプラカリはアチェケ同様。ただ餅のような塊にする。ソースグレンとはアブラヤシの実を煮込んだもの。こちらも真っ赤なソースだが味は濃厚。だからプラカリとの相性がいい。
さて、材料を洗い台所仕事としよう。
 

 
BGMには彼が敬愛するレゲエのチューンから、まずはマックス・ロメオMax Romeoを。もちろんアビジャンで青春期を過ごしたからにはアルファ・ブロンディAlpha Blondyも忘れてはいけない。
 

◆材料 4人分
アフリカ茄子8個 / トマト1個 /トマトペースト100g / カニの爪400g / 玉ねぎ2個 / スコッチ・ボンネットと呼ばれる唐辛子1個 / オクラ10個 / チキンブイヨン 1L / 燻製魚1匹(前述の代用できる魚を参照)/ ピーナッツ油 / ローリエ1枚 / 塩胡椒 / アチェケ(ごはんやクスクスでもいい)

 
【1】鍋に水と茄子を入れ茹でる。10分したら水を切り半分に切る。
 

【2】燻製魚をぬるま湯の中でほぐす。湯は捨てる。
 


 

【3】たっぷりの油でくし切りにしたたまねぎを炒める。きつね色になったらトマトペーストを加え、同様に炒める。
 

【4】ブイヨンを注ぎ、塩、胡椒、トマト、なす、燻製魚、カニを入れる。家庭で食べるならば、好みでキャベツやパプリカを入れてもよい。
 

 
【5】15分位してから茄子を取り出し潰し、鍋に戻す。唐辛子を入れ煮込む。
 

【6】別の鍋でヘタを取ったオクラを5分湯がく。オクラを潰して乾燥オクラパウダーと共にソースに入れるとネバネバのソーズゴンボとなるが、今回は潰さずにソースに添える。
 

 
【7】ソースは45分位すると油分がソースと分離し、赤い油が浮いてくる。これが煮込み完了の合図。
 

【8】アチェケを蒸す。
 

【9】皿にアチェケを盛りソースをかけ、好みでオクラを添える。鍋の中の唐辛子を取り出し、少量ずつちぎり皿に添える。
 

 
 
ここで重要なのは唐辛子の扱いです。火が通っているので壊れやすく、しかし鍋のソースの中で破裂してしまうと、舌が燃え上がるような辛いソースになってしまいます。
とはいえ、茄子のソースにアフリカの唐辛子は必須。
 
コートジボワール産、あるいはカメルーン産のギネスを飲みながら食べたいところだが、ビールと一緒に食べるとアチェケが腹の中で膨らむ気がするため、わたしはこのソースを食べる時は邪道ですがコートデゥローヌの赤にします。
 

 
 
さて、伊達男のアブゥは女には困っていないようで、まるでドラマのような話や、アビジャン時代の、象牙海岸での微笑ましい話など、色々な恋愛遍歴を語ってくれた。
 
ある日、アパートの住人である女性から声をかけられたそうな。早速彼は彼女を家に招いて四方山話。音楽の話となれば、なんと彼女はジャズピアニスト、レニー・トリスターノの娘だという。その後、サンサイドというジャズクラブにサックス奏者のライブに一緒に行ったとか。
 

 
 
サックスを習い始めてから聴くようになったコルトレーン、ミンガス、モーガン。そして大好きなレゲエ。ボブ・マーリーはもちろん、息子のダミアン・マーリーとマリの盲目の二人組アマドゥ&マリアムのSabaliを大音量で聴く”黒い”音が染み付いた体に今、クールジャズの音が交わる。彼の家では、トリスターノやリー・コニッツのCDがかかるようになった。
彼自身の肌がマーブル色になるというか、こうやって音の混じりはひとりの人間の人生の中で交歓されるようだ。
 

 
 
音の世界が広がる。彼の同一性は、彼が作るコートジボワールのソースと、腕輪の裏に刻まれた名前にある。そこにまだ知らぬ音楽が加わることだろう。
 


 
 
《バックナンバー》
〈1皿め〉サックス奏者、仲野麻紀がつくる伊勢志摩の鰯寿司
〈2皿め〉シリア人フルート奏者、ナイサム・ジャラルとつくるملفوف محش マルフーフ・マハシー Malfouf mehchi
〈3皿め〉コートジボワール・セヌフォ人、同一性の解像度――Sauce aubergine 茄子のソースとアチェケ――

仲野麻紀

About The Author

なかの・まき  サックス奏者。2002年渡仏。自然発生的な即興、エリック・サティの楽曲を取り入れた演奏からなるユニットKy[キィ]での活動の傍ら、2009年から音楽レーベル、コンサートの企画・招聘を行うopenmusicを主宰。フランスにてアソシエーションArt et Cultures Symbiose(芸術・文化の共生)を設立。モロッコ、ブルキナファソなどの伝統音楽家たちとの演奏を綴った「旅する音楽」(せりか書房2016年)にて第4回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。さまざまな場所で演奏行脚中。ふらんす俳句会友。好きな食べ物は発酵食品。