連載・読み物 ベルクソン 反時代的哲学

『ベルクソン 反時代的哲学』22

1月 06日, 2016 藤田尚志
§63. 来たるべき承認のための闘争:哲学と科学

ベルクソンの目的論と生気論の密接な関係についての概観を試みた本章を閉じるにあたって、ぜひとも我々の論述の「枠組み」とでも言うべきものに注意を喚起しておかねばならない。分子遺伝学者フランソワ・ジャコブの代表作は『生命、、の論理』と訳されているが、原題はLa logique du vivantであって、厳密には「生物、、の論理」と訳されるべきものだ。実際、ジャコブはこう言っている。

事実、熱力学の誕生以来、生命という概念の操作的な価値は薄められ、その抽象的思弁としての力は衰えさせられるだけであった。今日、我々はもはや実験室の中では生命を問題としない。我々は、もはやその輪郭を切り開こうとは努めない。我々はただ、生きている系、その構造、その機能、その歴史を分析しようと努めている。

これこそが、サイエンティストのあるべき、基本的な立場である。つまり生という計量・計測可能な「物」についてしか有意味に語ることはできないとする立場だ。生物学者にとって、生一般について語ることは、抽象的な思弁の領域に属することであり、具体的な生一般について有意味に語ることができるなどと彼らは思ってもいない。少なくとも科学的な手法に則る限り無理だと彼らは考えるだろう。ここが哲学にとってのロードス島であることは言うまでもない。ベルクソンは、「存在の学」たる哲学が存在論的解明に成功することによって、「存在者の学」にすぎない生物学を包含し領有するのだとも考えていないし、また(時にそう見えるとしても)哲学と科学が同じ地平で領土を半分ずつ領有しているとも考えていない。彼の本当の答えは、哲学と科学は、時に交差することがあっても、基本的にはまったく異なる平面で展開される、というものだ。科学は発見し、哲学は創造する。科学は、概念をいわば職人(artisan)にとっての日常の生活用品として割り切って使いきる。哲学は、概念をいわば芸術家(artiste)にとっての芸術作品の素材として何度でも再利用する。哲学がいつまでも温故知新を旨とする所以である。科学研究の重点はいつも実証性におかれているが、その本当の進歩は、研究成果の量的・一方向的集積によって生じるのではなく、むしろたいていそのような知の体系的組織化から反作用的に押し出されてくる、それぞれの領域の構成そのものに関する根本的な問いかけによって生じるものだ。諸科学の本当の「動き」は、その基礎概念に加えられる改訂作業の中で起こっているのである。これこそが、哲学の平面と科学の平面の切線となるものだ。哲学と科学は同じ地平で動いているのではないし、かといってまったく絶縁しているのでもない。異なる地平で共同作業を行なっているのだ。

本章冒頭で(§55)、生物学の日陰者としての目的論を、愛人に譬える警句を引いた。ベルクソンは、彼女を認知させようとしているのだろうか。ここで認知を既成の法体系に収まるものと考えるなら、答えは「否」だ。ベルクソンにとって問題はむしろ、認知という概念そのものを再検討に付すことにあるだろうからである。ベルクソンは、心霊研究に関して、哲学者や科学者が務めるべき役割は弁護士でも裁判官でもなく、予審判事だと言っていた。是が非でも被告の無罪を勝ち取るというのでもなく、高みから判決を下すのでもない。裁判そのものを開始すべきかどうかを決定するため、基本的な諸事実を徹底的に洗い出すことが求められているのだ、と。生気論や目的論に関しても事は同様であろう。生気論・目的論の亡霊が今なお徘徊している以上は。
 
 


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[第22回初出:2015年2月28日]
【編集部より】本連載の第29回までは、2013年4月15日から2015年12月28日にわたり、勁草書房サイトに掲載されていたものを移行いたしました。未読の方は、ぜひ第1回からお読みください。第30回からは編集部サイトでの掲載が初出になります。*注は省略してあります。

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藤田尚志

About The Author

ふじた・ひさし  九州産業大学准教授。1973年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。リール第三大学博士課程修了。Ph.D. 専門はフランス近現代思想。共著に、久米博・中田光雄・安孫子信編『ベルクソン読本』(法政大学出版会)、金森修編『エピステモロジー』(慶應義塾大学出版会)、西山雄二編『人文学と制度』(未來社)、共訳に、ゴーシェ『民主主義と宗教』(トランスビュー)など。