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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第10回

4月 28日, 2016 松尾剛行

 
今回は通常の連載内容から離れた特別編第1弾。さきごろ『憲法の地図』(法律文化社)を出版された大島義則弁護士をお迎えして、インターネット上の名誉毀損と憲法の関係等について、われらが松尾剛行弁護士と対談いただきました。[編集部]
 

【対談】憲法の地図(大島義則)×最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務(松尾剛行)

 

◆対談の前に:名誉毀損の民法論・刑法論・憲法論(松尾剛行)

『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』を執筆する上で、名誉毀損に関する多くの判決を読みました。

その過程で浮かび上がってくるのは、名誉毀損の問題は、「名誉権」と「表現の自由」、2つの重要な権利の間の調整、ないしは「綱引き」の問題だということです。

人は誰しも名誉権という権利をもっています。周囲から相応の評価をされたいというのは誰もが当然にもつ欲求ですから、これを保護することは重要です。

同時に、表現の自由というのも重要な権利です。例えば政治家を選挙で選ぶ際に、どのような資質の人かというのは重要でしょう。立候補者のある発言がその人の社会的評価を下げるような内容を含む場合、その発言を一切発信できないとすれば、有権者は適切な選択ができなくなると思われます。
 
 名誉毀損に関する事案の多くは「民法(不法行為等)の問題」や「刑法(名誉棄損罪等)の問題」というかたちをとります(注1)。そこで、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』では、名誉毀損を主に民法・刑法の問題として取り扱いました。

ところが、名誉権も表現の自由もいずれも憲法の保障する権利です。したがって、この問題を根源的に考えるためには、憲法に立ち返り、憲法論としての名誉権と表現の自由の調整問題を考える必要があります。たとえば名誉毀損罪による処罰は、表現の自由に対する一種の制約ですが、それがどの程度まで許されるか(合憲・違憲)という問題を考える必要があるのです。

とはいえ、このような場合に参考になる本は何かと考えてみると、なかなか難しいものがあります。憲法に関する定評のある本は、ある学説に基づく論述が展開されており、判例もそのような学説に基づき整理されていて学術的意義は大きいのですが、必ずしも裁判所ないしは最高裁の考え方と一致しているとは限りません。「最高裁の立場」をベースとして憲法を解きほぐす本というのはなかなかありませんでした。

ここで、本年4月に公刊された、大島義則『憲法の地図』(法律文化社)は、まさにこのような観点から見ると「理想的」な本といってよいでしょう。

『憲法の地図』は、特に憲法の学習者を念頭に置いて、最高裁(最高裁判所調査官室)の考え方を重要な憲法の条文・人権に即して解説します。

詳しくは、『憲法の地図』56頁以下をご覧になっていただきたいのですが、最高裁は、名誉を毀損する表現を「低価値表現ないしは保障の程度の低い表現」の一種とみて、そのような表現に対する規制(たとえば名誉毀損罪による処罰)は、比較的緩やかな基準を満たせば合憲だとしています。そして、このような表現の自由に対する制約が合憲とされる基準と、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』で取り上げた種々の裁判例において民事上ないしは刑事上の責任の有無を画する基準とは一致しているとされます。

ここでは、非常にざっくりと要約してしまいましたが、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』とあわせて、『憲法の地図』で憲法的背景を学んでいただくと、憲法的背景も含めて、インターネット上の名誉毀損をより立体的に理解できるのではないかと考えております。
 
 以上の点を踏まえて、以下では、『憲法の地図』の著書である大島義則弁護士と『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』著者の松尾で対談を行い、表現の自由と名誉毀損の関係、憲法論を学ぶ必要性などについて、具体的に明らかにしていきたいと思います。
 
→【次ページ】対談スタート!

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。