MatsuoEyecatch
ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第27回

10月 13日, 2016 松尾剛行

 
インターネット時代には名誉毀損だけではなくプライバシーについても新たな考察が必要ですね。[編集部]
 

忘れられる権利

 

1.名誉毀損と密接な関係にあるプライバシーの問題

連載第Ⅱ期では、インターネットの名誉毀損に関する問題に密接に関係する別の問題についても検討していきたい。例えばプライバシー権、個人情報保護その他の問題である。

その際は、できるだけ本文は分かりやすく記載し、難しい内容は脚注に落とすよう努力するものの、もう1つの「名誉毀損に関する最新の実務的な問題についてのわかりやすい解説」シリーズとは異なり、どうしても学術性が高くなってしまうことから、「です/ます」調が内容とそぐわないため、「だ/である」調とさせていただきたい。

概ね、毎月1回プライバシー権や個人情報保護等に関する記事を第2木曜に、名誉毀損に関する最新の実務的な問題についての分かりやすい解説を第4木曜日に掲載するというペースを考えている。
まずは、以下のような事例を考えてほしい(注1)。

 

相談事例:実名で検索すると、検索結果の上位に「逮捕」等が出てくる事案

Aは12年前に○○罪で逮捕され、罰金刑を課された。その後5年が経過して、刑の言渡しが効力を失った(刑法34条の2第1項)ものの、いまだにインターネット上には、Aの逮捕事実を報じる掲示板の書き込み等が残っており、大手検索エンジンBで「A」というキーワードで検索すると検索結果の上位に、○○罪による逮捕に関するサイトが表示される。

Aは、Bの行為がAの名誉やプライバシーを侵害していると考え、Bにおける「A」の検索結果からこのような○○罪に関するものを削除してもらいたい。

インターネットを利用する上で、GoogleやYahoo!等の検索エンジンの重要性はますます高まっている。そして、検索エンジンで特定のキーワードを検索すると、ウェブサイトのタイトルとその下にスニペットといわれるサイトの説明文(多くの場合はそのキーワードの前後の文章)が表示される。本件では、「A」で検索すると、Aの犯罪についてのウェブサイトが検索結果の上位に表示され、当該ウェブサイト中のAの犯罪に関する記載の一部がスニペットとして表示されるという状況が発生していると理解される。

このような場合、Aは犯罪行為に関する事実の摘示として名誉毀損を主張することも考えられるが(注2)、前科等は広義のプライバシーに関する事実であるとしてプライバシー権侵害を主張することも考えられる(注3)。

このように、インターネット上の(広義の)表現に関する1つの事案の中で名誉毀損とプライバシーが同時に問題となることも少なくない。インターネット上の名誉毀損とインターネット上のプライバシー侵害は、その意味で相互に密接な関係があると評しても差し支えなかろう(注4)。
 

2.忘れられる権利とは?

ところで、上記の相談事例は、通常の名誉毀損やプライバシーを理由とする削除請求とは少し異なっている。

すなわち、Aの名誉毀損やプライバシー侵害の有無が直接的に問題となるのは掲示板等、Aの○○罪での逮捕事実が記載されているウェブサイトそのもののはずである。しかし、今回は、Aはそれらのウェブサイトではなく、検索エンジンであるBを訴えて、検索結果の削除を求めている。

こうした特殊性のある領域について、現在「忘れられる権利」の問題として論じられることが多い。

中央大学の宮下紘准教授は、比較的平易にこの「忘れられる権利」の問題意識をまとめている。
 

人は忘れる。しかし、インターネットは忘れない。

ひとたびインターネット上に公開された個人情報は反永続的に残されてしまう。事実に反する不正確な情報や、たとえ真実であっても住所や電話番号などの個人情報が公開されてしまえば、私生活の平穏は侵害されてしまう。また、名誉を損ねるような情報がインターネット上で拡散されてしまうことで人格形成にも大きな影響を及ぼしてしまう。そこで、インターネット上の世界で「忘れる」ことを権利として保障する必要性がでた。(注5)

 
 「忘れられる権利」(“Droit à l’oubli”、“Recht auf Vergessen”、“right to be forgotten”)という用語が最初に使われたのは、2009年に提出されたフランスの法案と言われる(注6)。2012年に公表されたEUデータ保護規則案(注7)には「忘れられる権利」が明記され、注目を集めた後(注8)、2014年5月3日の欧州司法裁判所は、スペインの個人が社会保障費の滞納により自宅が競売されたとの10年以上前の情報が検索結果として表示されることが、EUデータ保護指令で保護された個人データ保護の権利を侵害するという判決を下した(注9)。

こうした世界的な状況を踏まえ、日本でも、2015年3月にYahoo! Japanが検索結果からプライバシー関連情報を削除する上でのガイドラインを公表したり(注10)、また、後述のように複数の忘れられる権利に基づく削除を命じる決定が出されたりする等、「忘れられる権利」は最近の「熱い」分野であると言って差支えないだろう。
 
【次ページ】削除権との違い

1 2 3
松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。