ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 15〉「忘れられる権利」か、ネット上での記事公開か

4月 04日, 2017 畑仲哲雄

 
 

3:: まとめと解説

相反する考え方がにらみ合う場面を離れ、一歩引いて冷静に見下ろし、この事例をすこし学問的に考察してみたい。
 
「忘れられる権利」という新しい考え方の前に、まず「プライバシーの権利」について、簡単におさらいしておきたい。プライバシーを権利として提唱したのは、S・ウォーレンとL・ブランダイスが1890年に著した論文「プライバシーの権利(The Right to Privacy)」とされる[1]。
 この論文が書かれた19世紀後半のアメリカでは印刷や写真の技術が向上し、私生活を暴露するゴシップや扇情的な記事を売り物にする大衆紙が都市部で大流行していた。本来、ジャーナリストには権力を監視することが期待されていたはずだ。だが、この時期のアメリカの大衆紙はときに、中世の人々にとって見せ物であった公開刑のような働きをしていたといってよい[2]。
 プライバシーという考え方が日本で広く知られるようになったきっかけは、1964年の小説『宴のあと』裁判だ。登場人物のモデルが、プライバシーを侵害されたとして三島由紀夫と新潮社を訴え、東京地裁がプライバシーの権利を認めた。プライバシーは当初、私生活をみだりに公開されないという意味で、消極的な権利と考えられていた。これが情報化社会の進展と歩調を合わせるように、じぶんに関する情報を制御し、訂正や削除ができる積極的な権利(自己情報コントロール権)へと変化していった。このことから、メディアや情報環境の変化が、プライバシーという新しい権利を産み落とし、その意味を拡張させてきたという見方もある。そんな歴史を踏まえたうえで、今世紀に入って登場した「忘れられる権利」を概観してみたい。
 「忘れられる権利」という考え方は、ヨーロッパ連合(EU)で芽吹いた。具体的には、2012年1月にEUが加盟各国に提案した一般データ保護規則(GDPR)案の17条に「忘れられる権利および消去する権利 Right to be Forgotten and to Erasure」が明記され[3]、2016年4月の欧州議会で可決されたときに「削除権(忘れられる権利) Right to Erasure (Right to be Forgotten)」としてまとめられた(「削除権」は「消去権」ともいわれる)[4]。
 この削除権について、中央大学准教授の宮下紘は以下のように説明する[5]。

1995年に成立したEUデータ保護指令の中にも個人情報の削除を認める「削除権」はありました。しかし、この削除権とは別に、インターネット上に拡散された「リンク、コピーまたは複製の削除」としての「忘れられる権利」が規定されることになりました。

 つまりEUは、自らは情報を発信せず、ネット利用者を情報発信者に誘導する検索エンジンに規制をかけたことになる。
 EU司法裁判所は2016年の可決に先立つ2014年5月、スペインの男性が「忘れられる権利」を掲げてGoogleに検索結果のリンク削除を求めた訴訟で、男性の主張を認めた。

新聞は紙でよみますか? タブレットですか?
Photo credit: Street matt via VisualHunt.com / CC BY
 弁護士の神田和宏によれば、原告の男性は不動産の競売をめぐる地元新聞の記事が、問題解決から16年たってもネット検索で表示されることから、Googleにリンクの検索結果を削除するよう求めていた。請求の理由は「男性が訴えを求めた時点で債務は完済されている上に、その当時は妻帯者だったが現在は離婚しているなど、現在の状況を正確に表現した情報ではなくなっている」ということ。判決は「時間の経過と共に意味を持たなくなった情報などは、個人の求めに応じて一定の条件の下でリンクを削除する義務がある」として、男性の訴えを認めた[6]。
 この判決に批判的な『ニューヨークタイムズ』や『ワシントンポスト』は、表現の自由や報道の自由を制約する懸念を記事や論説で表明している[7][8][9]。Googleは早い段階で削除フォームを公開するなど対応に乗り出したが、イギリスのBBCと『ガーディアン』『デーリーメール』が共同で「グーグルはEU司法裁判所の判断をあまりにも早急に実行に移しすぎだ」と抗議した[10]。言論の自由や報道の自由を至高の価値と仰ぐ英米圏のジャーナリストらしい主張といえる。
 英米では、インターネット上の表現の自由はどこまで許容されるのだろう。この問題をめぐり、毎日新聞記者の大野靖史が大阪版で興味深い記事を書いている[11]。

 米国では容疑者が逮捕された際にその顔写真を公開します。警察や州政府が出す公的な情報です。この顔写真を英語では「mugshot(マグショット)」と言いますが、それを全国から自動的に収集して再掲載する「マグショット・サイト」がネット上に何十も存在します。その一つを開くと、ずらりと顔写真とその名前、逮捕された場所や容疑などが掲載されています。そして検索で特定の人物の名前を入力すると、もし過去に逮捕歴があるとヒットするのです。誤認逮捕や後に不起訴になっていてもおかまいなしです。

 アメリカでは、性犯罪常習者から子供を守るため、地域ぐるみで監視するための立法がなされており、1994年にニュー・ジャージー州で殺害された当時7歳の少女の名前から、各州で成立した法がメーガン法(ミーガン法)と総称されている。マグショット・サイトは、メーガン法にも通じる自警団的な性格をもつものといえるかもしれない。
 ところで、インターネットには新聞社のニュースサイトなどを自動巡回して、リンク情報をかき集めるプログラム(クローラー)がいくつもある。Googleニュースもクローラーが収拾したニュースのリンクを自動更新しているページのひとつだ。リンクが一時的に集められるだけならまだしも、膨大なリンク情報が日々蓄積され、キーワード検索で記事見出しが表示され、メディア企業が記事をサーバーから削除しない限り、表示され続けることになる。
 インターネット上に膨大なニュース情報が提供されていることのメリットは計り知れない。Googleのような大手検索サイトや、人々が情報を共有したり交流したりするソーシャルメディアも欠かせないコミュニケーション手段となっている。報道各社も検索サイトのクローラーに最適化したニュースサイトを運営したり、取材記者にもツイッターを積極的に使わせたりしている。
 ニュースサイト、検索エンジン、ソーシャルメディアの三者の相互作用が社会に利益だけをもたらしていれば問題はない。だが、ときに特定の人のプライバシーが侵害されたり名誉が傷つけられたりするケースが起こっている。そのことに気づいていながら、なにもできずにいる。
 たとえば、EU司法裁判所がGoogle敗訴の判決を下す1か月前、毎日新聞千葉支局長の森本英彦が2014年4月の千葉版に、次のようなコラムを書いている[12]。

毎日新聞の本社や支局にも、「自分が逮捕された時の記事がいまだにネット上にある。再就職に支障があるので何とかならないか」といった問い合わせが時折ある。

 こうした問題に直面している大手の新聞社では、ネットで記事を公開する期間を比較的短く設定している。メディア各社から記事の提供を受けている Yahoo! Japan によれば、記事の公開期間は「24時間~120日間」だという[13]。
 ただし、ニュースサイトから削除されたとしても、新聞各社が提供している有料の記事データベースを使えば、むかしの犯罪記事をピンポイントで見つけ出すのは容易で、それらの記事を引用してネットでブログを書くことは可能だし、結婚相手や取引先、採用応募者の過去を調べることだって、やろうと思えばできる。
 毎日新聞のように署名記事の多いメディアでは、記者の名前がブログやツイッターで晒されることはよくあり、先述の森本もコラムの末尾で、じぶんを「ばか記者」呼ばわりするブログ記事が10年以上にわたって公開されていることについて、「やはり気持ちが良いものではない」と憤ってみせる。
 検索エンジンやソーシャルメディアなどとの共存を求められているニュースサイト。そこに記事を投下するマスメディア・ジャーナリズムには、ネットが普及していなかった時代とは異なるルールが必要となる。ビジネスとしては、紙のビジネスを補完する補助的なものかもしれないが、もはやネットの特性を勘案したジャーナリズムの規範と倫理を別途構築していくべきだ。
 新聞紙というひとまとまりのパッケージなら、「これは1面トップ」「こちら地方版ベタ」などのように、専門職のジャーナリストが公共性や公益性などを考慮して記事の軽重を制御できる。だが、オンラインの読者は新聞社の価値付けとは無関係に、気に入った記事だけを断片的に読む。
 2008年当時、Yahoo! ニュースの編集をしていた元読売新聞記者の奥村倫弘によると、芸能やスポーツ記事がよく読まれる一方、コソボ自治州がセルビアから独立したといった硬い記事はあまりクリックされないという[14]。そうした傾向は5年や10年で変わるものではあるまい。もしかすると、芸能人の犯罪や不祥事、スキャンダルには、冒頭で記したような、中世の公開刑のような要素があるのかもしれない。
 事件報道を原則的に匿名化すべきだという主張は数十年前から唱えられている。だが、「匿名社会」が危惧されはじめた昨今、一足飛びに匿名報道に移行するのは容易ではないだろう。それでも、紙面では実名を維持したまま、ネットでは匿名にして、軽微と思われる事件は載せないというルールを設けることは十分可能だ。
 「忘れられる権利 vs 表現の自由」の問題を考えるとき、これまでの「報道被害者vs報道機関」から、「検索結果の被害者vs検索サイト+ネット利用者」に移行しつつあるのかもしれない。だが、報道各社のニュースサイトが検索サイトやソーシャルメディアにネタを提供していることも事実だ。
 いずれにしても、紙面とニュースサイトの記事を同じように扱うことは、困難になっていくことは容易に想像がつく。
 

4:: 実際の事例

「忘れられる権利」が初めて法的な権利として認められたのは、2014年5月のEU司法裁判所判決だ。ここで注意しておきたいことがある。この事例の出発点は、新聞社が原告男性にとって不名誉な記事を長年ネットで公開し続けていたことだ。新聞社がネットから記事を削除していれば、Googleが訴えられることはなかった。
 男性は当初、スペインのデータ苦情処理委員会(AEPD)に、Googleだけでなく新聞社に対しても記事の非公開を訴えた。だがAEPDは新聞社に対する苦情を退けていた。
 「忘れられる権利」をめぐる日本国内の裁判としては、2014年8月の京都地裁判決がある。毎日新聞の報道によると、原告の男性は「自分の名前を検索すると過去の逮捕記事が表示され、名誉を傷つけられたとして」ヤフー・ジャパンに、検索結果の表示中止を求めた。男性は京都府迷惑行為防止条例違反(盗撮)容疑で逮捕され、執行猶予3年の有罪判決が確定していた。対ヤフー訴訟の判決は「原告の逮捕事実は社会的な関心も高く、公共の利害に関する事実。原告の人格権が侵害されているとは言えない」として、男性の訴えは認められなかった[15]。
 この男性は自分の逮捕を報じた報道機関に対して、ネットの記事の非表示や削除を求める訴訟を起こしたという報道はない。Googleを相手に勝訴したスペインの男性の場合もそうだが、新聞社は訴訟の対象にならなかった。
 京都地裁判決から2か月後の10月、検索結果の削除を求めた仮処分申請で、東京地裁の関述之裁判官がアメリカのGoogle本社に一部の削除を命じる決定を出した。朝日新聞の報道によると、仮処分申請をしたのは、Google検索の結果表示される情報に悩まされていた男性。Googleに削除を求めた237件のうち約半数の122件の検索結果について、東京地裁は検索結果のタイトルと、その下に表示される抜粋文(スニペット)の削除を命じる決定を出した[16]。
 朝日新聞のこの記事をみる限り、この男性が過去に「逮捕」されかどうかの情報は記されておらず、犯罪を連想させる検索結果が出ることで「現在の生活が脅かされる」と訴えているだけであった。申請の代理人を務めたのは先述の神田和宏で、神田は自著でも「この決定が出たあと、多くのマスメディアが好意的に決定を報じてくれました」「日本における『忘れられる権利』にとって大きな一歩と捉えています」と述べた。
 しかし翌2015年12月、この男性がヤフーに検索結果の削除を求めた仮処分申請で、東京地裁(関述之裁判官)がGoogleの仮処分決定のときとは逆に、「削除不要」の決定を下した。朝日新聞の記事によれば、この男性は未成年のときに「反社会的集団の幹部」だったことがある。削除申請に対し、ヤフー側は男性が「約10年前に複数の雑誌のインタビューで、集団幹部だった過去を自ら公表していた」という証拠を提出。地裁が「プライバシー権で保護される法的利益を放棄した」と判断した[17]。
 2015年12月にさいたま地裁が、じぶんの逮捕歴がわかる検索結果を削除するよう申請した男性の仮処分について「ある程度の期間が経過すれば犯罪を社会から『忘れられる権利』がある」として、Googleに削除を命じた。だが、東京高裁は翌2016年7月に「忘れられる権利」が「法で定められた権利ではない」として、削除命令を取り消した。さらに2017年1月末、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)は削除を認めない決定をした[18]。
 この決定について、毎日新聞は社説で、以下のように論じた。

プライバシーを公開されない利益が、表現の自由との比較で「明らかに優越する」場合に削除を認める。最高裁はそう見解を示した。児童買春は強い非難の対象で、今も公益性があるというのが今回の判断だ。/一方、最高裁は、書かれた事実の性質や公表されることによる被害の程度など、削除請求に対し考慮すべき要素を6項目挙げた。削除をめぐる争いが増える中、一定の基準を掲げたことは評価できる。

 6項目とは、①表示された事実の性質・内容、②プライバシーに関わる事実が伝達される範囲と具体的な被害の程度、③申立人の社会的地位や影響力、④記事の目的・意義(公共性)、⑤社会的状況、⑥その事実を記載する必要性[19]。
 「忘れられる権利」への言及はなかった。
 

5:: 思考の道具箱

 
■マグショットと雁首 アメリカで警察が公表する逮捕者の写真は「マグショット(mugshot)」と呼ばれ、逮捕写真を収集するソーシャルメディアが多数作られている。他方、日本では逮捕写真は記者クラブを通じて警察から報道各社に提供されており、報道関係者の隠語で「雁首がんくび」と呼ばれる。雁首を共有するウェブサイトは管見の限り見当たらない。もし存在するとしても、利用者限定の“地下サイト”程度にとどまるだろう。犯罪をめぐる日米の文化差は大きい。
 
■自己情報コントロール権とアクセス権 マスメディアを通じて市民が言論活動することを保障しようとする考え方をアクセス権と呼ぶ。アメリカのJ・バロンが1960年代に議論を提起した[20]。バロンは、合衆国憲法修正1条がよりどころにする「思想の自由市場」という考え方が、寡占化するマスメディアの実態にそぐわず、一般市民がマスメディアに登場する機会を保障する必要を論じた。この権利を自己情報コントロール権に結びつけようとする議論がある。2003年5月、衆議院の憲法審査会が、基本的人権の保障に関する質疑をおこなった際、自民党議員が「マスメディアに対するアクセス権の内容としての自己情報コントロール権も認められるべき」と主張した[21]。
 
[注]
[1]Warren, S. D., & Brandeis, L. D. (1890). “The right to privacy”, Harvard Law Review, 193-220.
[2]大井眞二(1993)「センセーショナリズムを考える:アメリカ・ジャーナリズム史の文脈から」『マス・コミュニケーション研究』(43), pp. 45-62.
[3]European Commission(2012)“Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on the Protection of Individuals with Regard to the Processing of Personal Data and On the Free Movement of Such Data (General Data Protection Regulation)” (Retrieved May 27, 2017, http://ec.europa.eu/justice/data-protection/document/review2012/com_2012_11_en.pdf)
[4]European Commission(2016)“Article 17 EU General Data Protection Regulation (EU-GDPR)” (Retrieved May 27, 2017, view-source:http://www.privacy-regulation.eu/en/17.htm)
[5]宮下紘(2017)『ビッグデータの支配とプライバシー危機』集英社
[6]神田知宏(2015)『ネット検索が怖い:「忘れられる権利」の現状と活用』ポプラ新書
[7]The New York Times, May 13, 2014, “Ordering Google to Forget”, (Retrieved 26 August 2017, https://www.nytimes.com/2014/05/14/opinion/ordering-google-to-forget.html)
[8]David Streitfeld (13 May 2014). “European Court Lets Users Erase Records on Web” New York Times(Retrieved 26 March 2017, https://www.nytimes.com/2014/05/14/technology/google-should-erase-web-links-to-some-personal-data-europes-highest-court-says.html)
[9]Craig Timberg and Sarah Halzack(14 May 2014)” Right to be forgotten vs. free speech” Washington Post (Retrieved 26 March 2017, https://www.washingtonpost.com/business/technology/right-to-be-forgotten-vs-free-speech/2014/05/14/53c9154c-db9d-11e3-bda1-9b46b2066796_story.html)
[10]朝日新聞「「名前検索される、恐怖」 「忘れられる権利」判決で注目」2014年11月16日朝刊1面
[11]毎日新聞「15歳のニュース:「忘れられる権利」とは ネットが変えた記憶のかたち」2014年6月7日朝刊大阪版
[12]毎日新聞「つれづれに千葉:忘れられる権利」2014年4月22日朝刊千葉版
[13]Yahoo!ニュースヘルプ:記事の掲載期間(2017年3月26日取得、https://www.yahoo-help.jp/app/answers/detail/p/575/a_id/44387)
[14]奥村倫弘(2010)『ヤフー・トピックスの作り方』光文社
[15]毎日新聞「名誉毀損:ヤフー検索、逮捕歴表示の中止棄却 「人格権侵害ない」-京都地裁判決」2014年8月7日夕刊
[16]朝日新聞「グーグル検索結果の削除命令 名前入力で犯罪思わせる内容 東京地裁」2014年10月10日朝刊
[17]朝日新聞「ヤフー検索結果「削除不要」 グーグルと判断一転 東京地裁仮処分」2015年12月16日朝刊
[18]朝日新聞「検索結果の削除、表現の自由と考量 プライバシー保護「明らかに」上回るか 最高裁」2017年2月2日朝刊
[19]産経ニュース「ネット検索削除、「表現の自由」と「プライバシー」比較 最高裁、判断要素に6項目」2017年2月1日(2017年3月30日取得、http://www.sankei.com/affairs/news/170201/afr1702010035-n1.html)
[20]Banon, Jerome A.(1967) “Access to the Press: A New First Amendment Rights,” Harvard Law Review, 80: 1641-1678.
[21]衆議院憲法審査会、第156回国会、基本的人権の保障に関する調査小委員会(第3回)平成15年5月15日(木)(2017年3月28日取得、http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/156-05-15jinken.htm)
 
[参考文献]
宮下紘「「忘れられる権利」、日本でも真剣に考える時」2016年08月24日、WEBRONZA-朝日新聞社(2017年3月30日取得、http://webronza.asahi.com/national/articles/2016081000003.html)
 
[担当者の検索]  前回、前々回につづきここでも実名の記録性問題が背景にあります。100年後に振り返れば歴史の一部として検証に有用かもしれません。が、10年後であれば問題の質が変わってきます。デジタル時代のアーカイブでいわゆるセンシティブ情報をどうするか、報道各社だけでなく横断的に考える場所があればと思いました。
 
 
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