自社の立場を説明しないといけない状況になってしまいました。でもその発表資料にどこまで書いていいのか微妙なこともあります。名誉毀損になるおそれは回避できるのか?[編集部]
企業による発表等の名誉毀損が問題となった事案から、事実の摘示による社会的評価の低下の程度がどこまでだと「アウト」か「セーフ」かを探る
本連載の第3回は、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(「本書」)第2編第2章「摘示内容が社会的評価を低下させるか」に関して理解を深めていただくための裁判例を紹介します。
企業はたとえば不祥事が起こると、経緯について説明をしなければなりません(注1)。しかし、その説明の内容によっては、関係者の名誉を毀損するおそれがあります。今回は、このような企業の発表が問題となった事案に関する東京地方裁判所の判決(「本判決」)(注2)から、事実の摘示による社会的評価の低下の程度がどのラインを超えると「アウト」か「セーフ」かを一緒に考えてみましょう。
*以下の「相談事例」は、本判決の内容をわかりやすく説明するために、本判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。本判決の事案の詳細は、判決文を参照してください(注3)。
相談事例:プレスリリースの表現
A社の社長であった甲が親しく付き合い、A社とも長年の取引関係があったB1ファンドの代表者のB2(以下、「B」と総称する)が反社会的勢力ではないかという疑いが生じ、取引銀行等からBとの関係を懸念する声がA社に伝わった。A社では、Bについての調査を行ったところ、その結果、やはりBが反社会的勢力である可能性が相当高いものと判断して、甲に対して辞任を求め、甲は辞表を出した。
当初A社は、甲が病気のため辞任したと対外的に説明していたものの、甲が、「病気というA社の発表はウソである。Bとの関係を理由に辞任を強要されたが、BはA社の他の役職員とも長いつきあいがある。このような古くからの取引先であるBが反社会勢力とは到底思えないし、仮に反社会的勢力だとしても、なぜ自分だけが辞めさせられるのかわからない」等との主張を始めたため、世間の注目を集めるようになった。
そのため、A社は記者会見や公式ウェブサイト上のプレスリリース等の形で、要旨、「銀行等から社長甲が親しく付き合っているファンド関係者が反社会的勢力ではないかという情報が寄せられ、A社としても調査会社を使って調査をしたところ、反社会的勢力とのつながりが疑われるなどの好ましくない結果が報告された。このような者と甲が親密な関係を継続していることから、甲はA社の社長としてふさわしくないと判断し、辞任をしてもらった。」という内容の公表を行った。
これに対し、Bは、A社の発表によって自己の名誉が毀損されたことは許せないと考え、法的措置を講じると主張した。
この場合、M弁護士は、A社に対し、どのようなアドバイスをするべきであろうか。
1.法律上の問題点
まず、今回のA社の発表においては、Bという実名を用いておらず、「甲が親しく付き合っているファンド関係者」という表現を使っているので、これがBに対する名誉毀損となるかという問題があります。この問題については、連載第6回(本書第2編第5章)で詳しく扱いますが、結論としては、本件判決では、 甲に関するスキャンダルが大々的に報道され、一部の報道ではBの実名が出されていたこと等を前提に、A社の公表における「甲が親しく付き合っているファンド関係者」はBのことを意味すると判断されました(注4)。
これを前提とすれば、A社の表現の内容は、Bが反社会勢力である、ないしは反社会勢力の可能性があるということものでしょう。
ここで、ある人に対して何らかのマイナスの情報を公表する行為が常に名誉毀損となるものではなく、一定の限度を超えてはじめて名誉毀損として不法行為が成立するということには留意が必要です。
インターネット上の名誉毀損が問題となった事案でも、たとえば「原告に損害賠償請求権が発生する程に、原告に対する社会的評価を低下させるものであるということはできない」(注5)とか、「損害賠償を必要とするほどの社会的評価の低下が発生したとまでは認められない」(注6)等と判示され、名誉毀損が否定された判決があります。
そこで、今回のA社の公表が、そのような限度を超え、名誉毀損の不法行為となるかが問題となります。
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