ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第7回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/4/7By

 
上司の命令に従っただけなのに名誉毀損に問われるの?[編集部]
 

従業員の業務上の行為によって名誉が毀損された場合、従業員個人は免責されるのか?

 
 名誉毀損の責任を負うのは、いうまでもなく名誉毀損を行った者です。

インターネット上であれば、ウェブサイト、ブログ、掲示板、SNS等に「投稿した人」やメールを「送付した人」が通常その投稿やメールについて名誉毀損の責任を負うことになります。

しかし、会社のような組織による名誉毀損においては、誰が名誉毀損の責任を負うのかが問題となることがあります。たとえば、会社の業務でメールを送付したところ、そのメールがある人の名誉を毀損するものであった場合、①メールの送信者(個人)、②メールの送信を命じた上司(個人)、③取締役(個人)、④会社そのもの(法人)等の責任が考えられます。

これらの責任の詳細については、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』151頁以下で詳論していますが、今回はそのうち、この連載の読者にとって最も身近で、関心の深いと思われる「実際にメールを送付した『部下』は、上司の命令に従ってメールを送付しただけなのに名誉毀損に問われるのか?」に焦点を当てて説明したいと思います。

会社員ならば、業務上、上司の命令(ないしは指示)に従ってメールを送付することも少なくないでしょう。上司から、「取引先に対し、これこれこういう内容を告知したいから、メールを送るように」と言われた場合、シチュエーションにもよりますが、なかなか断りにくいこともあります。では、その告知文の内容が、ある人の名誉を毀損していたとき、責任を負うのは「送付を命じた上司」なのでしょうか、「実際にメールを送付した部下」なのでしょうか、それとも両方でしょうか?

会社の業務上の行為による名誉毀損において、従業員個人が責任を負うかが問題となった事案(注1)について、東京高等裁判所の判決を題材に検討してみたいと思います。
 
*以下の「相談事例」は、本判決の内容をわかりやすく説明するために、本判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。本判決の事案の詳細は、判決文をご参照ください。

 

相談事例:従業員が業務上送信した名誉を毀損するメール

AがM弁護士のところに相談に訪れた。

Aは、甲社の従業員である。

甲社元社員である乙らは、甲社の取引先に対し、甲社が行った業務の報酬について「丙社に報酬金を払ってほしい」等と依頼し、乙の実質経営する丙社に対し、本来甲社が受け取るべき報酬を送金させた。

この件が発覚した後、甲社は、社員であるBに対し、乙らによる報酬金詐取事件が発覚したと告げ、調査に対し協力を求めた。Bは一度は調査に協力することを確約したが、突然甲社に出社しなくなり、甲社は、Bを懲戒解雇した。その後Bは丙社に入社し、執行役員に就任した。そこで、甲社はBもまた報酬金詐取事件に関与していると考えた。

そのような状況のもとで、甲社は事情を説明するため、多数の取引先に対し、報酬金詐取事件が発覚し、それにBも関与していたとのメールを送信することとした。

平社員であるAは、上司に命じられ、そのような内容のメールを取引先に送信した。

Bは、自分は報酬金詐取事件に関わっておらず、Aの行為はBの名誉を毀損するもので、法的措置を講じると主張した。

M弁護士はAにどのようなアドバイスをすべきか。

 

1.法律上の問題点

まず、メールによる名誉毀損が問題となります。もしこれが1、2人の受信者に対してメールを送付しただけであれば、公然性(連載第4回参照)がないとして名誉毀損が成立しない可能性がでてくるでしょう。ですが、このケースでは、多数の取引先に送信している以上、公然とBの名誉を毀損した(つまりは公然性がある)ということになるのは争いがないでしょう(注2)。

また、送信したメールの内容について、Bが報酬金詐取事件に関与したことが本当であれば免責の余地がありますが、ここではそのような事実は立証されていません(注3)。

そうすると、Aが送信したメールがBの名誉を毀損したと認められる可能性は高いところです(注4)。そして自分自身が他人の名誉を毀損するメールを送ったのだとすれば、Aが名誉毀損の責任を負わなければならないという結論は十分にありえます。

しかし、Aは、単に上司に命じられて、上司が決めた内容のメールを送付しただけであり、そのようなAに重い責任を負わせることがはたして妥当かが問題となります。

このような、上司(ないしは会社)のいわば手足として名誉毀損行為をした部下について、名誉毀損の責任を問うことはできるのでしょうか。
 
→【次ページ】はたして部下の責任は……?

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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