2.裁判所の判断
裁判所は、結論としてAの投稿に「公益を図る目的」がないとしました。
裁判所は、本件サイトが表面上は教材比較サイトを装っているものの実際には、英語教材についてのアフィリエイトサイトであるとしました。
そのうえで、なぜAがBの教材を批判する投稿をしたのかというと、(Bと甲を検討対象として、Bにしようか甲にしようかと考える潜在的購入者が存在することを前提に(注6))Bの教材の評価を下げることで、甲の購入へと誘導し、アフィリエイト報酬を得ることを主たる目的としていたと判断しました。
Aが投稿を行った主たる目的が、公益(潜在的購入者の教材選択への奉仕等)ではなく、いわば「私益」(アフィリエイト報酬の獲得)と判断されたので、公益性が認められなかったのです。
この事案は、裁判所がAの内心がどのようなものかを認定した事案といえます。つまり、Aの主観として、どの教材を選ぼうか悩んでいる閲覧者に対し、B教材というベストセラー教材に悪印象を与えることで、甲という英会話教材に誘導し、結果としてアフィリエイト報酬を得ようというと考えていたと裁判所は判断したのです。
3.判決の教訓
これまでの判決のなかで、公共性が認められるにもかかわらず、公益性を否定した事案はあまり多くありません。公共性と公益性が運命をともにする事案が比較的多いといえます。
それにもかかわらず、この事案において東京地方裁判所は、公益性を認めませんでした。
ここで、東京地方裁判所が、なぜ「内心」という他人が判断をしにくい事柄について、あえて判断をしたのかについて考えますと、①本件におけるAの言説の悪質性と、②アフィリエイト報酬との直接的関係が挙げられるのではないでしょうか。
①Aの言説の悪質性というのは、要するに、教材の内容について批判するといった、言論としてありうる範囲を超え、宣伝方法が詐欺的、欺瞞的である等と、まるでBが詐欺ないしはそれに類する行為を働いたかのような投稿をしており、それはやりすぎだろうということなのでしょう(注7)。
②アフィリエイト報酬の直接性というのは、上記のマスメディアとの違いです。マスメディアはたしかに広告費や定期購読料を受け取っていますが、それと記事・報道の内容は直接はリンクしていません。しかし、東京地方裁判所の事案では、Bを叩く(貶める)ことで、甲を買う人が増えるという関係にあったと思われます。つまり、アフィリエイトサイトであるAのサイトにおいて、甲を買う人が増えれば、それはまさにAの収入増につながります。この点も重要な理由になったと理解されます(注8)。
アフィリエイトサイトでの名誉毀損という、現代的なインターネット上の名誉毀損類型において公益性を特に取り上げて検討し、これを否定したという興味深い東京地方裁判所の判決は、アフィリエイト等の投稿を通じて収入を得ようとするサイトにおいては、その表現の選択についてとりわけ慎重であるべきことを教えてくれます。
(注1)東京地判平成27年7月13日判例秘書L07030752
(注2)本判決も「かかる摘示事実に照らせば、本件投稿は、一般読者に原告及び原告教材に対する同旨の悪印象を抱かせるものであると認められるから、原告の社会的評価を低下させるものであることが明らかであるというべきである。」としている。
(注3)口コミサイトの投稿に公共性が認められた事例についての連載第8回参照。
(注4)なお、本件では、真実性の法理の第3要件である真実性も問題となっていたところ、結論として「また、証拠(甲2、乙5ないし7)及び弁論の全趣旨によれば、原告教材の効果に否定的な意見が複数存在することや原告教材に学習方法についての説明書及び得られる学習結果が具体的に明記されていないことが認められる一方で、原告教材の利用者に対するアンケートでは回答者の約9割が効果があった旨回答したとの結果が得られたことや原告教材で効果が得られたとの体験談があることが原告教材の広告に表示されていることが認められ、原告教材に肯定・否定の両意見があることが認められるところ、かかる状況に鑑みれば、原告が意図的に詐欺的、欺瞞的な宣伝文句を使用して効果のない不適切な商品である原告教材を販売しているためクレームが多発している旨を一方的に摘示する本件投稿の摘示事実が真実であるとはにわかに認められず、真実であると信じることにつき相当の理由があるとも認められないものというべきである。」等と判示している。
(注5)この点については、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』176頁参照。
(注6)このような前提は、判決文には明記されていないが、たとえばBが英語教材で甲がフランス語教材であればBを貶めることで、甲の売上があがるという関係にはないはずで、裁判所の判断の裏側にはこのような前提があったのではないかと推測されます。
(注7)公益性を否定する部分で、「原告教材の内容はもとよりその宣伝手法にも言及して悪印象を与え」たと認定されています。ただし、理論的にいうと、もし本当にBが詐欺的宣伝手法を使っていたのであれば、宣伝手法に言及したとしても、それは正当と解される可能性があることから、この問題は、本当は真実性の問題として検討すべきであり、公益性の問題として検討すべきではないのではないかという疑問がありますが、本文では、東京地方裁判所の判断に乗って説明をしています。
(注8)前記(注7)のとおり、①番目の理由には理論的な難点があることから、理論的にいうと、この②番目の理由が一番重要であるべきとなるでしょう。
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時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
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