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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第16回

6月 16日, 2016 松尾剛行

 
こっぴどい論評をしても「セーフ」だったり、結構簡単に「アウト」になったり、難しいですねぇ。[編集部]
 

料理評論家をブログ記事等で酷評した事案から、意見・論評による社会的評価の低下の程度がどのラインを超えると「アウト」か「セーフ」かを探る

 
 法律上、「名誉を毀損される」とは、社会的な評価が低下することをいいます。社会的な評価が低下していなければ、いかに本人が嫌がる表現を用いていようと、名誉毀損は成立しないのです(注1)。

もっとも、社会がある人をどのように評価しているかを客観的に把握することは困難です(注2)。そこで、この点をどう判断するかが問題となるのですが、法制度上は、表現の具体的な内容とその表現がなされた文脈を元に、裁判官が、その表現が社会的評価を低下させるか、いわばその表現が「アウト」か「セーフ」かを判断することになっています。

今回は、インターネット上の名誉毀損で、この「社会的な評価が低下しているかどうか」が問題となった東京地方裁判所の判決(注3)を取り上げ、一緒に検討してみましょう。

*以下の「相談事例」は、判決の内容をわかりやすく説明するために、判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。判決の事案の詳細は、判決文をご参照ください。

 

相談事例:料理評論家に対する手厳しい論評

 相談者AがM弁護士のところに相談に来た。

AもBも料理に関する論評活動を行っている。従前、AとBの間で、相手が料理や酒についての知識が不十分であるという趣旨の論争があり、相互に険悪な関係にあった。

そんななか、Bが「超美食会」という食事会を主催し、甲料理店で料理と酒を参加者に提供した。

Aは、Bの資質に疑問を持っていたことから、超美食会の内容を確認しようと考え、甲料理店を訪れ、「超美食会」にできるだけ近い食事と酒を出すように依頼した。その結果を踏まえ、ウェブサイトおよびタブロイド紙に、「甲料理店の食事は全てが居酒屋料理に過ぎない」「Bは、勘違いしており、先生とおだてられて井の中の蛙になっているが、普通のレベルの店や食材を読者に薦めるBの罪は重い」「このようなBは甲料理店の何の検証もなく垂れ流しまくる癒着ライターに過ぎない」等と手厳しい批判を掲載した。

BはAのこのような記事に激怒し、Aを訴えると言っている。Aの記事はBの名誉を毀損するものであろうか。

 

1.法律上の問題点

今回、AがBをこっぴどく批判し、その結果、Bが不愉快に思ったのは事実でしょう。しかし、言論の自由が保障されている日本社会においては、批判すること自体が一切許されないわけではないはずです。批判的な表現が一定の限度を超え、社会的評価を低下させる表現を用いた場合にはじめて、名誉毀損が成立するのです。このケースでも、Aの批判がこのような「限度」を超え、Bの社会的評価を低下させたかが問題となります。

裁判所は、これまで、インターネット上の名誉毀損が問題となった事案の解決の際に、「原告に損害賠償請求権が発生する程に、原告に対する社会的評価を低下させるものであるということはできない。」(注4)、「損害賠償を必要とするほどの社会的評価の低下が発生したとまでは認められない」(注5)、「相当と認められる限度を超えないものというべきであるから、原告らの名誉を不当に毀損する違法な行為であるとは認められない」(注6)等との考え方から、名誉毀損を否定したことがあります。これらの事例を参考にしますと、ここでいう「限度」は、不法行為を成立させて損害賠償支払義務を生じさせる程度、ないしは名誉毀損罪という犯罪を成立させる程度である必要があるといえるでしょう。

要するに今回のAによる手厳しい批判が、そのような程度ないし限度を超えるものか、これが問われています。

【次ページ】一定限度とは?

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。