2.裁判所の判断
裁判所は、まず、このAの記述が、料理の評論に関するものであったことから、料理評論の特徴に関する一般論を述べています。つまり、料理の評価については、基本的には個々人の趣味嗜好に依拠した主観的評価にゆだねられる部分が大きいと述べました(注7)。
そのうえで、特定の飲食店(甲)とその料理に関して複数の異なる評価ないし論評がされ、これをめぐってある評論家(A)から、別の評論家(B)の評価ないし論評自体に対する批判、あるいは当該評論家(B)の料理評論のあり方に対する批判がされたとしても、一般人にとってみれば、各人の趣味嗜好を基準とした好き嫌いというレベルでの主観的評価の対立の一場面として受け止めるのが通常であるとしました。
要するに、単にお互いの趣味や嗜好の違いを表明し合っているのであって、そのような文章を読んだ一般読者として、相手の料理評論家の信頼性を揺るがすものとまでは受け取られないということです。
その結果、甲の料理を絶賛するBを、Aが否定的に評価したとしても、ただちにはBの社会的評価は低下しないとしました(注8)。
3.本判決の教訓
判決では、AがBをこっぴどく批判したことは事実であるものの、料理の評価に関する主観的な論評にすぎないことが重視され、名誉毀損が否定されました。
本判決は、直接には、飲食店口コミサイトや食べ歩きブログ等に言及していませんが、おいしいかおいしくないかの判断が主観的評価にすぎないという点を強調していることは、いわゆるネット上の口コミやブログ記事が「セーフ」か「アウト」かを判断するうえでも参考になります。
つまり、料理の味の評価は主観的なものであり、同じ料理店の同じ料理について、ある人が「おいしい」と考え、別の人が「おいしくない」と考えるというシチュエーションは十分にありえます。
このような、主観的な事柄について、ある人がマイナスの論評をした場合、(本人の「感情」は害されるとしても)それを読んだ読者(社会)の評価が低下するとは限りません。この判決は、食べ歩きブログ等である店の料理を「おいしくない」と評しても、それがそう簡単には名誉毀損にはならないということを示唆するでしょう。
なお、この判決が示唆する、名誉毀損になりにくい(=社会的評価が低下しにくい)領域というのは、あくまでも、「主観的な判断があるにすぎず、絶対的評価基準が存在しない領域」です。
たとえば、評価に関する部分ではなく、事実に関する部分であれば、そのような事実が存在するかどうかを客観的に評価できるので、比較的容易に名誉毀損になるでしょう。たとえば、あるレストランが不衛生であって食中毒になった等と書き込んだ場合、社会的評価を低下させる可能性が高いといえます(注9)。
その意味で、この判決が適用されうる範囲(射程)については、注意が必要でしょう。
(注1)なお、別途侮辱(名誉感情侵害)等が成立する可能性があり、この点については今後の連載で説明する予定です。
(注2)あえていえば、全員に「この人をどう評価していますか」というアンケートでもとれば判断できるかもしれませんが、現実的ではありません。
(注3)東京地判平成20年11月5日ウェストロー2008WLJPCA11058005
(注4)東京地判平成24年8月1日ウェストロー2012WLJPCA08018004
(注5)東京地判平成27年5月18日2015WLJPCA05188005L07030545
(注6)東京地判平成23年7月19日判タ1370号192頁
(注7)「そもそも、食材や料理の味、ひいてはこれを提供する飲食店の善し悪しについては、一定の範囲ないし限度ではおおまかな形での共通了解が成り立ってはいるものの、万人に共通する絶対的な評価基準が存在しているわけではなく、 基本的には個々人の趣味嗜好に依拠した主観的評価にゆだねられる部分が大きいものであるし、飲食店やその料理に関する論評についても、その内容の当否ないし優劣を判定する客観的な基準ないし方法は存在せず、論評を読む者において、自らの趣味嗜好や知識経験、当該論評の内容や当該評論家に対する評価等を踏まえて、場合によっては自ら当該飲食店で飲食した上での意見や評価とも照らし合わせて、当該論評に賛同することができるかどうかについて検討ないし評価するという性質のものである。」
(注8)「本件コラムの連載記事の一つとして掲載された本件記事を読んだ一般の読者は、本件記事につき、本件店及びその料理を絶賛する原告の評価を契機とした料理評論に対する検証という観点から、被告Aにおいて料理評論の対象として同じく本件店とその料理を取り上げてこれに関する意見ないし論評を発表することを主眼としつつ、これと異なる評価を下した原告の料理評論に対する批判を展開したものとして受け止めるのが通常であると認められるから、 本件記事中に本件店及びその料理を絶賛する原告に対して否定的評価を加える記述部分が含まれていたとしても、そのことから直ちに原告の社会的評価が低下するものとまではいえない。」
(注9)ただし、内容が真実であれば、真実性の法理で免責される可能性があります。『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』181頁以下参照。
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松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』
時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html