めいのレッスン ~風鈴の

About the Author: 小沼純一

こぬま・じゅんいち。 音楽・文芸批評家。早稲田大学文学学術院教授。おもな著書に『オーケストラ再入門』『映画に耳を』『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『発端は、中森明菜――ひとつを選びつづける生き方』など。『ユリイカ』臨時増刊「エリック・サティの世界」では責任監修を務めている。2010年にスタートした音楽番組『スコラ 坂本龍一音楽の学校』(NHK Eテレ)にゲスト講師として出演中。
Published On: 2016/8/19By

 
 
風鈴とほおす_き

ヴェランダにある風鈴がなっている。
ガラスの、かるい音がいくつか、ピッチを違えて。鉄でできた風鈴は、すこし暑さがおちついたころ、ひとつ、ながい余韻を残すのがいい。そんなのにくらべると余韻が短かい。おととし、去年、今年とひとつずつふえ、3つになった。吊り下がっている柄もガラスだから、ガラスがガラスにあたって、ひびく。
 
サイェは昼をすこし過ぎたころにやってきた。夏休みだから、来る時間はまちまち。卓袱台にむかいあって麦茶を飲んでいると、ついさっきより、ずいぶん暗くなっている。
 
風鈴13度?
サイェが、ふと、言う。
そうだね。
ファ♯、ラ?
ファ♯・ソ・ラで3度。
それとも、
ソ・ラ・シ?
どっちかなあ。
そのあいだくらい、じゃないか。
風鈴は、オリーヴの枝をちょっとしならせて、揺れる。
ほおずき市で買ってきた鉢についていたのを、サイェが移し、大きな実がなっているみたいでもあり。
ふたつが透きとおっていて、花火と水草が、もうひとつは赤い地にはなびらだろうか。
 
風のつよさやむきで音は変わる。
聞こえるのはファ♯とラ。だけど、さ、風鈴は3つあるんだよ。
ふたりして揺れる枝を、風鈴をみていたが、サイェはすっと立ち上がる。網戸をあけ、つぶれたサンダルをつっかける。腰をおとし、風鈴に手をのばす。
ひとつ、をゆらし、もうひとつをゆらす。ふたつを交互にならしてから、のこったひとつをならす。それから、最初のをならす。そうするあいだにも風はゆらしつづけていて、音もやまない。
左の枝がファ♯、手前がラ。
で、こっちのがファ♯だけど、ちょっと低い。
まざってなると、まぎれちゃうのかな。
はなしをしている、と、サイェは、あ、雨、とひとりごちる。
 
風鈴2まだとうぶん夕方にはならないし、まだ昼すぎだけど、夕立ち。
雨のにおい、きらいじゃないな。
雨がつよくなり白く網がかかったようになると風鈴はふっと黙ってしまった。風もほとんどなくなった。サイェは濡れるのもかまわず、ヴェランダから雨をみつづける。わたしたちは黙っている。
むこうの空が白くなる。
ものの5分で雨はすっとひき、セミがなきはじめる。
おしめり、だな。
おしめり?
うん、そんな言い方があってさ。地面がかわいてるのを濡らすくらいの雨、ってところかな。これくらいだとまだ少ないかもしれない……
陽がでて空が明るくなる。
枝がすこし揺れるが、もう風鈴はならない。かわりにセミがほうぼうでないている。

 

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[執筆者]小沼純一、谷川俊太郎、堀江敏幸、古川日出男、明川哲也、柴田元幸、山崎佳代子、林巧、文月悠光、関口涼子、旦敬介、エイミー・ベンダー、J-P.トゥーサンほか全31名
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html

About the Author: 小沼純一

こぬま・じゅんいち。 音楽・文芸批評家。早稲田大学文学学術院教授。おもな著書に『オーケストラ再入門』『映画に耳を』『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『発端は、中森明菜――ひとつを選びつづける生き方』など。『ユリイカ』臨時増刊「エリック・サティの世界」では責任監修を務めている。2010年にスタートした音楽番組『スコラ 坂本龍一音楽の学校』(NHK Eテレ)にゲスト講師として出演中。
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