ヴェランダにある風鈴がなっている。
ガラスの、かるい音がいくつか、ピッチを違えて。鉄でできた風鈴は、すこし暑さがおちついたころ、ひとつ、ながい余韻を残すのがいい。そんなのにくらべると余韻が短かい。おととし、去年、今年とひとつずつふえ、3つになった。吊り下がっている柄もガラスだから、ガラスがガラスにあたって、ひびく。
サイェは昼をすこし過ぎたころにやってきた。夏休みだから、来る時間はまちまち。卓袱台にむかいあって麦茶を飲んでいると、ついさっきより、ずいぶん暗くなっている。
3度?
サイェが、ふと、言う。
そうだね。
ファ♯、ラ?
ファ♯・ソ・ラで3度。
それとも、
ソ・ラ・シ?
どっちかなあ。
そのあいだくらい、じゃないか。
風鈴は、オリーヴの枝をちょっとしならせて、揺れる。
ほおずき市で買ってきた鉢についていたのを、サイェが移し、大きな実がなっているみたいでもあり。
ふたつが透きとおっていて、花火と水草が、もうひとつは赤い地にはなびらだろうか。
風のつよさやむきで音は変わる。
聞こえるのはファ♯とラ。だけど、さ、風鈴は3つあるんだよ。
ふたりして揺れる枝を、風鈴をみていたが、サイェはすっと立ち上がる。網戸をあけ、つぶれたサンダルをつっかける。腰をおとし、風鈴に手をのばす。
ひとつ、をゆらし、もうひとつをゆらす。ふたつを交互にならしてから、のこったひとつをならす。それから、最初のをならす。そうするあいだにも風はゆらしつづけていて、音もやまない。
左の枝がファ♯、手前がラ。
で、こっちのがファ♯だけど、ちょっと低い。
まざってなると、まぎれちゃうのかな。
はなしをしている、と、サイェは、あ、雨、とひとりごちる。
まだとうぶん夕方にはならないし、まだ昼すぎだけど、夕立ち。
雨のにおい、きらいじゃないな。
雨がつよくなり白く網がかかったようになると風鈴はふっと黙ってしまった。風もほとんどなくなった。サイェは濡れるのもかまわず、ヴェランダから雨をみつづける。わたしたちは黙っている。
むこうの空が白くなる。
ものの5分で雨はすっとひき、セミがなきはじめる。
おしめり、だな。
おしめり?
うん、そんな言い方があってさ。地面がかわいてるのを濡らすくらいの雨、ってところかな。これくらいだとまだ少ないかもしれない……
陽がでて空が明るくなる。
枝がすこし揺れるが、もう風鈴はならない。かわりにセミがほうぼうでないている。
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「東日本大震災」復興支援チャリティ書籍。ろうそくの炎で朗読して楽しめる詩と短編のアンソロジー。東北にささげる言葉の花束。
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書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html