ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第25回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/9/8By

 

3.行政による公表の適正化のための手続的規律の行方

松尾

:このように、行政による公表が、事後的な賠償では償うことのできないような結果を生じさせることもあり得るのですから、事前に慎重な手続、例えば、公表の対象者が異議を述べる機会を確保すべきではないか、というのが私の問題意識です(注12)。

大島

:確かに行政法学では公表は行政指導の性質を有するものにすぎず、業務停止命令等のハードな行政処分と比較すると、ソフトな行政手法として整理されてきました。しかし、ご指摘のとおり現代のインターネット社会において何らかの違法行為の疑いがあるとひとたび公表されてしまえば、当該企業は実は行政処分を受ける以上の財産的損害を被る可能性もあります。そのため、公表前の事前の慎重な手続を課す要請はあるでしょう。

松尾

:ご指摘のとおりであって、行政指導は拒否の自由があるという建前ですが、公表に対して拒否の自由はなく、反対しても行政が勝手に公表してしまいますよね(注13)。

大島

:このような要請を踏まえて、例えば、消費者安全法38条1項に基づく公表においては、通達で「事業者に特別の損失を生じさせるおそれがある場合等には、公表前に事業者に対して意見陳述の機会又は意見書の提出の機会を付与する。ただし、緊急性が高く止むを得ない場合は例外的な取扱いができる。」(注14)とされています。ただ行政指導としての公表をめぐりどのような事前行政手続を採るべきかは行政手続法等の通則法では整理されておらず、個別法や運用による配慮にとどまっている状況です。消費者行政法分野における公表制度をめぐる知見を行政法全体にフィードバックして行政法学的な見地からも公表制度を批判的に規律する術を見出していくべきでしょう。

松尾

:イメージとしては「A社はチャイルドシートを製造・販売している。最近、B社がA社のチャイルドシートに外観やロゴを似せているものの、衝突安全性の全くない模造品を製造・販売していることが発覚した。そこで、A社は、ホームセンターや子ども用品店等に対し、B社の模造品の安全性に対して警告をし、B社に対する訴訟提起等を検討していたところ、B社製品で死亡事故が起こった。消費者庁は、消費生活用製品安全法の重大事故等に係る公表制度に基づき『A社製チャイルドシートで死亡事故が起こった』という公表をしようと準備している。A社は、このような事実と異なる公表がされれば、A社製品の不買運動にもつながりかねず、A社の存続にも影響をしかねないと、危機感を感じている。」、こういう事案における適正手続の確保の必要性と、新たな事故を避けるための緊急の対応の必要性をどのように調和させていくのか、そのためには例えば通達による内部的制約で十分なのか、それとも、立法や司法といった外部的な制約をかけるべきかというのが私の問題意識です。

大島

:ご指摘の消費生活用製品安全法の重大事故等に係る公表制度の問題は難しいですね。公表は「国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」ではなく(注15)、いわゆる処分性(行政事件訴訟法3条2項参照)がありません。そのため、行政事件訴訟法上の処分の差止訴訟をすることはできません。他方で、事業者の信用を被保全債権として民事保全法に基づく差止めの仮処分を提起する方法も『消費者行政法』100頁で指摘されています。また公法上の当事者訴訟としての公表差止訴訟または公表を受けない地位の確認訴訟を提起することが可能と思われ、これを保全するための民事仮処分を申し立てる方法もありえます(行政事件訴訟法7条、44条参照)が、これらの方法でも仮処分の申立ての手続内において疎明を事業者が十分なしうるかは、難しい部分もあります。現在、係争中の案件であり,消費生活用製品安全法ではありませんが、東京地裁の決定(注16)では、景品表示法6条に基づく当該表示が景品表示法に違反するものであることを一般消費者に対して周知徹底すること等を命じる各措置命令の効力停止を求める申立てを認めています。ここでは「本件措置命令の効力の停止は、あくまで同命令に基づき申立人らが周知措置等を義務付けられることを一時的に停止するものであり、同命令を取り消すものではないから、消費者庁のウェブページによる同命令の公表が今後許されなくなるわけではない」とされています。本案において消費者庁側が勝訴すれば消費者庁側の公表措置は正当という方向に傾きますが、他方で本案において事業者側が勝訴した場合に公表による損害を十分に回復できるのかというと、これは難しいのではないかと思われます(念のため付言すると、係争中の案件ですので、当該訴訟においていずれの結論をとるべきかについて申し上げているわけではありません)。このように訴訟での救済方法が十分ではないことから、行政法的な事前行政手続での配慮が求められると言えるでしょう。

松尾

:そうすると、私がイメージしている事例では、仮の差止めの訴え等の行政訴訟を起こしても、民事保全法に基づく仮処分を求めても、いずれにせよA社が負けてしまう可能性が高い、ということなのでしょうか。それがA社の倒産等の最悪の事態を招きかねないことを考えますと、そのような結論が果たしてやむを得ないといえるのか、大いに疑問があります。処分性についての従来の判例・通説によれば、公表は(事実上の)名誉権侵害をもたらし得るものの、必ずしも当該公表行為が権利義務を直接形成し、またはその範囲を確定するとは解されてこなかったということでしょうが(注17)、上記事例を考えると、A社に対して例えば消費者安全法40条2項に基づきチャイルドシート販売停止を命じる(注18)場合と同様の結果が生じているのではないでしょうか。

大島

:A社の勝敗は具体的な事案次第ですね。学説では情報提供目的の公表と制裁的趣旨の公表を分類したうえで、後者について処分性を認める見解も唱えられていますし、一理あると思います(注19)。ただ、大田区ゴミ処理場事件の処分性の定式の下で積み重ねられた我が国の法律実務における、公表は処分ではないという結論を動かすのは、それなりに難しいことかと思います。個別法の仕組みに照らして公表が例外的に処分性を獲得してしまうことはあるかもしれませんが。

松尾

:制裁的公表のみならず、情報提供としての公表を含めれば、天気予報等も含まれますので、これらについて常に処分性を認め、例えば行政事件手続法の手続を常に履践させるというのはやりすぎのような気もするのですが、事前に何らかの手続的制約を課せないかとは考えているところです。

大島

:そうですね。行政法上の「公表」とひとくちに言っても、公表の目的、態様等は様々であり、公表制度の実情に応じた手続的制約を構築していくべきでしょう。通達等の行政運用で公表を受ける企業または個人の利益を守るだけというのは望ましくなく、議論を重ねて事前行政手続の実定化も検討すべきでしょう。

松尾

:立法論として、消費者行政法上の公表に関する、あるべき制度設計としてはどのようなものが考えられますか。

大島

:立法論としては、①公表に処分性を与える前提で個別立法を作り込み、行政処分と同等の事前行政手続の保護を与える方法、②処分性のない形で公表制度を構想しつつも、意見陳述の機会等を明文で規定しておく方法などがあるかもしれません。これは事前行政手続内での救済方法ですが、同時に現状の訴訟法の枠内でも十分に司法的な救済がなされるような判例政策が採られるべきだと思います。

松尾

:事後的に公表が違法として損害賠償を命じられている事案も散見するところですし、適切な立法的・司法的措置を講じることによって、行政が、当該公表による対象者の名誉・信用に対する侵害・制約が行政目的の実現と均衡するのかを比例原則に照らし、より慎重に検討する仕組みができるといいですね。例えば公表のタイミングについて、対象となる私人の意見を聴く等もう少し慎重な調査をした後で行うべきではないかを検討するとか、まあ、上記の事例だと難しいのかもしれませんが、会社名・個人名を出す必要が本当にあるのか検討するといった慎重な検討が制度的に担保されるようにすべきでしょう。

大島

:消費者行政法分野の場合、すでに述べたとおり公表制度には比例原則違反による違法行為にならないようにせよという消極的要請と消費者被害の発生・拡大防止のための公表という積極的要請——いわばブレーキの要素とアクセルの要素がぶつかり合います。やはりその場その場のアドホックな仕切り方ではなく、何らかのルールに基づく手続的規律が要請されそうですね。

松尾

:ご指摘のとおりだと思います。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

大島

:こちらこそ、ありがとうございました。

  
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まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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