ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第26回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/9/23By

 

5.「ポエム」も名誉毀損になるのか?

さらに、これもたまに見かける抗弁ですが、「これは「ポエム」だから名誉毀損ではない」があります。

この点がまさに問題となった東京地方裁判所の判決(注13)では、ポエムないし歌詞であっても名誉毀損となると判断しています。

 

裁判例4:歌詞が名誉毀損とされた事案

舞台監督で音楽家でもあるAは、女優であるBに舞台の主役を依頼したが、AとBの間に対立が生じた。AはBの名前をローマ字読みにしたタイトル(注14)で、
「おまえのいかれた笑い声が、あたまのなかで、ノイズのように響く
常識のかけらもない、最悪女」
「おまえは、厚化粧のその顔のしわを隠してスター気取ってるけど
みんなもうバレてるぜ おまえの腹黒ささえ」
「若かった頃は、カリスマなんておだてられその気になって
男あさりのevery night」
といった内容の楽曲を作成し、自分で演奏する動画をYouTubeにアップロードした。

 
 裁判所は、この歌詞は、Bの客観的な社会的評価を低下させるもので、専らBを誹謗中傷して憂さを晴らすために作られて公開されたものだと認定しました。そして30万円の慰謝料と3万円の弁護士費用の支払を命じました(注15)。

この裁判例が示すように、ポエムや詩であるといっても、その内容が一般読者の基準からみて相手の客観的な社会的評価を低下させるものであれば十分に名誉毀損が成立する可能性があります。表現行為はその形式を問わず、名誉を毀損する内容ではないかについて、十分に注意が必要です。
 

6.まとめ

以上、最近の実務において出てくる「抗弁」に関連する判断をした4件の裁判例を概観しました。

これらの裁判例から、引用、褒める表現、「登場する人物、団体、設定は架空」といった注意書き、そしてポエムであっても、なおその内容によっては十分名誉毀損が成立しうることが明らかになったと言えるでしょう。

これらの判示は、名誉毀損紛争解決実務に活かせる部分が多く、私のようなインターネット上の名誉毀損事案を扱う弁護士にとって役に立つと同時に、表現の際に気をつけるべき点を示唆するという点で、インターネット上で日常的に表現をされる皆様にとっても役に立つと思われます。


 
(注1)大島義則先生のブログ「インテグリティな日々」の「2016-03-14 松尾剛行『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(勁草書房、2016年)」における「動きの速い分野でありますが、この点は、松尾先生によるけいそうビブリオフィルでの連載により、最新事情はカバーされるようです。」という期待に応えるものになるよう努力したい。
(注2)そこで、以下の裁判例は実際には『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』刊行前に下されたものであることにご注意いただきたい。
(注3)東京地判平成27年10月13日D1-Law29014504
(注4)LINE株式会社が管理するウェブサイトへの投稿のコメント欄に、このような引用投稿がなされたと認定されている。
(注5)なお、理論的には真実性も問題となり得るが、この事案は発信者開示事件の事案であることから、「摘示事実が真実であることなど」「違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情は見当たらない」とい程度の判示に止まっている。
(注6)「本件ウェブサイト上に全く同じ内容の本件記事1ないし3が約1時間という短時間のうちに投稿されていることからすると、本件記事1ないし3は本件ブログ記事〈2〉部分の内容に疑問を呈するためではなく、本件ブログ記事〈2〉部分で摘示された事実を主張し、拡散させるために投稿されたものと理解することができる。」
(注7)東京地判平成27年9月4日ウェストロー2015WLJPCA09048003、D1-Law29013628、判例秘書L07031054
(注8)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』109頁、東京地判平成24 年11 月27 日ウェストロー2012WLJPCA11278024参照。
(注9)「イ 6月記事には、原告が名誉毀損に該当すると主張する別紙1「記述目録1」2記載の各記述部分があり(甲第7号証)、これは一般の読者の通常の注意と読み方を基準とすれば、原告が認知症に罹患していること、それが薬を服用する理由がわからない程度に進行していること、の各事実を摘示するものと認められる。そして、一般の読者の通常の注意と読み方を基準とすれば、上記の事実の摘示は、原告の社会的評価を低下させるものである。
ウ これに対し、被告らは、6月記事中には、「性格は出る。Xは、どこまでも穏やかな人」「天使のように優しく穏やかなXのことは」、「高名な方だけあって・・上品さは失われていない」、「こんな素敵な家で、養女やヘルパーのケアを受けて、何不自由なく余生を送るX氏は、幸せですね。」の記載があり、6月記事全体をみれば、原告の社会的評価を低下させるものではない旨主張し、6月記事中にそのような記述のあることは認められる(甲第7号証)。しかし、一般の読者の通常の注意と読み方を基準とすれば、上記のような記述の有無にかかわらず、6月記事中における具体的な事実の摘示は、原告の社会的評価を低下させるというべきである。」
(注10)東京地判平成27年3月27日ウェストロー2015WLJPCA03278032
(注11)「全体として、三人称の形式で小説のように記載されており、「この代表取締役Aがその代表取締役と同一人物なのか。それとも改善要望書は単なるイタズラなのか」という問いかけで結び、文末には「登場する人物、団体、設定は架空の物です」と注意書きをしていることから、同記事は、一般読者に対して、発信者が架空の話をしているという印象を与えるに過ぎない旨主張する。確かに、被告NTT(注:プロバイダに対する開示請求の事案であることに留意されたい。)が指摘するとおり、本件記事6はフィクションの形式をとっているが、そのスレッド名が原告の証券コード及び商号名であることに加え、同記事の内容が非常に具体的であり、なおかつ、実際に起きた本件交通事故について具体的な日時、場所態様まで記載していることに照らせば、一般の読者は、その記載内容が、架空の話ではなく、ある程度真実であるとの印象を抱くものと認められる。したがって、この点においても被告NTTの主張は採用できない。」
(注12)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』143頁〜145頁
(注13)東京地判平成28年1月25日D1-Law28241286
(注14)Aは、Bの名前と同じ読みの芸能人は多数いる等と抗弁しましたが裁判所は「本件楽曲は、原告X2と被告Y2との間の紛争である第1事件の訴訟が社会的耳目を集める中で、原告X2が自ら演奏し歌唱したものを動画として公開したものであるから(前提事実(7)及び弁論の全趣旨)、これを聞いた一般視聴者は、「Y2」という名前の著名人が他にも多数いることを考慮しても、通常、本件楽曲の「◎◎」とはY2(被告Y2)を指すものと理解する。」と判示しています。
(注15)「そして、歌詞AないしGはいずれも被告Y2の客観的な社会的評価を低下させるものであるから、被告Y2に対する名誉毀損に該当する。」「前提事実(7)、乙31、35及び弁論の全趣旨によれば、本件楽曲は、専ら被告Y2を誹謗中傷して憂さを晴らすために作られて公開され、原告X2の辞任前の代理人弁護士に制止されたため、販売までには至らなかったものと認められる。歌詞AないしGは、公共に関する事実でも公益目的に出たものでもなく、また確かな根拠に基づいて指摘したものでもない、単なる人格攻撃である。他方、本件楽曲が公開された経緯などからすれば、視聴者の中には本件楽曲の内容をまともに受け取めない者も少なくないと考えられる。これらの諸事情を考慮すると、本件楽曲の公開により被告Y2が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては30万円が相当である。また、これと相当因果関係のある弁護士費用として3万円を認める。」
 
次回更新、10月13日(木)予定。
 


 
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時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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