2016年10月1日(土)~10月31日(月) ジュンク堂書店福岡店で開催中!
八重洲ブックセンター本店、紀伊國屋書店梅田本店でのフェアは終了しました。
1 コーポレート
企業が日々直面する法律問題を解決する一般企業法務を「コーポレート」分野と呼ぶことがある。日々のコーポレート業務でまず参照する概説書として江頭憲治郎『株式会社法〔第6版〕』【62】が挙げられるであろう。また、デスクに置いておくコンパクトな実務解説書としては、『コンパクト解説会社法1~7』【63】がある。
ただ実務家であれば『会社法コンメンタール』(商事法務、全21巻のうち第20巻が既刊)、『逐条解説会社法』(中央経済社、全9巻のうち第1~5、9巻が既刊)等の逐条解説書を常に引く癖をつけておくのも大事である。
2 M&A
M&AとはMergers and Acquisitionsの略で、企業の合併・買収のことを指す。企業の合併・買収は数十億数百億単位に及ぶものから、数千万円〜数億単位のものまで、その規模は様々である。
M&Aの基本プロセスは、買収候補企業の選定→秘密保持契約書の締結→基本合意書の締結→買収対象会社に対する法務監査(デューデリジェンス)の実施→株式譲渡契約等の締結→クロージングというものであり、各ステージに応じた法務対応が求められる。デューデリジェンスの対応については、長島・大野・常松法律事務所編『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版)』【64】、関連契約作成・交渉関係については藤原総一郎編著『M&Aの契約実務』【65】が最良の基本書であろう。
3 国際法務
国際法務は家族法等でも生じることがあるが、ここでは企業法務を念頭に、国際法務に役立つ本を紹介したい。
国際法務では、どこの国の法律が適用されるかが頻繁に問題となり、この点について定める法適用通則法についてはコンメンタールも出ているが、手元に小出邦夫編著『逐条解説 法の適用に関する通則法[補訂版]』【66】を置いておくと安心だろう。
また、英文ビジネス契約書をドラフトないし修正する場合には、山本孝夫『英文ビジネス契約書大辞典〈増補改訂版〉』【67】を辞書として持っておくと良い。さらに、中国法務を行う場合には、藤本豪『中国ビジネス法体系』【68】がわかりやすく情報をまとめている。
清水陽平『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル』【69】
ネット炎上の定量分析を行うとともに炎上に対する一定の処方箋を示した田中辰雄・山口真一『ネット炎上の研究』(勁草書房、2016年)が話題になったことに象徴されるように、現在、ネット炎上の問題が実務上非常にホットである。幼少時代からインターネットに親しみのある若手弁護士や若手法務パーソンに事件処理が依頼されることも多い分野である。
本コラムの筆者である松尾は、弁護士として情報法の案件を対応することが比較的多く、ネット炎上についても、企業や個人から、「自社/自分についての誹謗中傷がインターネット上で拡散して困っている」等の依頼を受け、対応を行ってきた。
本年(2016年)は、この分野の実務書が頻繁に出版されており、2月に拙著である松尾剛行『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(勁草書房、2016年)が出版された後、プロバイダ責任制限法実務研究会編『最新 プロバイダ責任制限法判例集』(LABO、2016年)、電子商取引問題研究会『発信者情報開示請求の手引―インターネット上の名誉毀損・誹謗中傷等対策』(民事法研究会、2016年)、関原秀行『基本講義 プロバイダ責任制限法―インターネット上の違法・有害情報に関する法律実務―』(日本加除出版、2016年)、岡田理樹=長崎真美=森麻衣子=奥富健=鹿野晃司『発信者情報開示・削除請求の実務―インターネット上の権利侵害への対応―』(商事法務、2016年)、中澤佑一『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル[第2版]』(中央経済社、2016年)等の良書が続々出版されている。
もっとも、このように多くの良書があるネット炎上関係の実務書の中でも、「定番」といえる1冊は、やはり清水陽平『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル』(弘文堂、2015年)であろう。
同書は、インターネット上の誹謗中傷等の名誉毀損案件を多く手掛けられ、豊富な実務経験をお持ちの清水先生が、その経験に基づき、各サイト別の対応をまとめられたものである。
ネット中傷などの削除等の請求には、裁判上の請求、プロバイダ責任制限法ガイドラインといわれるガイドラインに基づく請求、そして、ウェブフォーム等を利用した任意の請求等の種類があるところ、同書は、裁判上の請求やガイドラインに基づく請求に関する説明にとどまらず、特に最後の任意の請求について、豊富な画像を使って分かりやすくそれぞれのサイトごとの特徴となすべき対応を説明しており、実務の役に立つ。
また、単なる実務的な解説にとどまらず、「インターネットのインフラ化」、つまり、多くの人がインターネットを日常的に利用することになり、様々な場面においてインターネットが利用されるようになっているという状況について言及していたところには、「なるほど」と膝を打った。拙著では、同書の影響を受け、裁判例の分析の際、インフラ化を重視し、インターネットが利用される具体的な個別の状況に応じたきめ細やかな分析を心がけている。
一定の法律知識がある企業の法務パーソンであれば、同書を読んでおけば、自社内で対応できるか、それとも専門家に任せるべきかを判断できるだろう。また、弁護士の場合、実際に受任して事件を処理するならば、同書に加え、前掲の一連の実務書、そして総務省総合通信基盤局消費者行政課『プロバイダ責任制限法[改訂増補版]』(第一法規、2014年)や佃克彦『名誉毀損の法律実務[第2版]』(弘文堂、2008年)等も熟読する必要があると思われるものの(事案の難易度によっては他の当該分野に専門性を有する弁護士と共同受任する必要がある場合もあるだろう)、受任前に、まずは同書を読んで事件処理の流れ等を頭に入れておくことが有益であろう。
なお、関係する分野の本として、いわゆる忘れられる権利に関する奥田喜道編著『ネット社会と忘れられる権利』(現代人文社、2015年)、この分野を分かりやすく解説する新書である神田知宏『ネット検索が怖い』(ポプラ新書、2015年)及び鳥飼重和監修『その「つぶやき」は犯罪です』(新潮新書、2014年)も参考になる。
松尾剛行(まつお・たかゆき)
弁護士(桃尾・松尾・難波法律事務所)、ニューヨーク州弁護士。企業法務全般を取り扱っているが、その中でも、ハーバード大学と北京大学への留学経験や情報セキュリティスペシャリスト資格等を活かし、情報法・国際法務等に強みを持つ。日・英・中の三か国語を駆使して実務を行う。松尾剛行『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(勁草書房、2016年)、加藤伸樹・松尾剛行共編著『金融機関における個人情報保護の実務』(経済法令、2016年)、松尾剛行『クラウド情報管理の法律実務』(弘文堂、2016年)等の法律実務書を出版。勁草書房編集部のウェブサイト「けいそうビブリオフィル」にて、ウェブ連載版「最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務」を連載中。
紹介書籍一覧
【62】江頭憲治郎『株式会社法(第6版)』(有斐閣、2015)
【63】阿部・井窪・片山法律事務所編『コンパクト解説会社法1 株主総会』(商事法務、2016)
北浜法律事務所編『コンパクト解説会社法2 取締役・取締役会・執行役』(商事法務、2016)
弁護士法人大江橋法律事務所編『コンパクト解説会社法3 監査役・監査委員・監査等委員』(商事法務、2016)
桃尾・松尾・難波法律事務所編『コンパクト解説会社法4 会社法の議事録作成実務』(商事法務、2016)
シティユーワ法律事務所編『コンパクト解説会社法5 組織再編』(商事法務、2016)
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業編『コンパクト解説会社法6 定款作成・変更の実務』(商事法務、2016)
伊藤 見富法律事務所編『コンパクト解説会社法7 資金調達』(商事法務、2016)
【64】長島・大野・常松法律事務所編『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版)』(中央経済社、2014)
【65】藤原総一郎編著/大久保圭=大久保涼=宿利有紀子=笠原康弘著『M&Aの契約実務』(中央経済社、2010)
【66】小出邦夫編著『逐条解説 法の適用に関する通則法(増補版)』(商事法務、2015)
【67】山本孝夫『英文ビジネス契約書大辞典(増補改訂版)』(日本経済新聞出版社、2014)
【68】藤本豪『中国ビジネス法体系』(日本評論社、2014)
【69】清水陽平『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル』(弘文堂、2015)
■紹介書籍について
*大島義則プロデュース・ブックフェア《法律実務書MAP》で無料配布したブックガイドに掲載の書籍を各パートごとにご紹介しております。
*紹介書籍には品切の書籍が含まれている場合があります。ご了承ください。
*「法律実務書」を紹介するフェアですので、基本書や学術論文集は原則として取り上げておりません。またデスクに置いておく法律実務書を想定しており、逐条解説書やコンメンタールの類も必要に応じて取り上げるにとどめております。
大島義則ほか編著『消費者行政法』
安全法、取引法、表示法、個人情報保護法の分野において、行政庁はどのような法執行を行っているのか。また、その法執行を受ける企業はどのような対応をすべきであるのか。現役消費者庁職員および元職員の弁護士が解説する画期的法律実務書。企業法務担当者、法律実務家、行政職員等必携。2016年8月刊。
松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』
時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。2016年2月刊。
喜多村勝德著『契約の法務』
契約法の基礎、契約書文例の詳細な検討はもちろん、裁判例の考え方を丁寧に紹介しつつ、契約法における民事訴訟法上の論点を解説する。さらには、ユニドロワ原則、債権法改正、契約交渉のポイントも加え、契約法務の全体像を立体的に示す。法曹以外の読者も想定し、法的概念の基本から丁寧に説き起こし、あらゆる場面に応用可能な「契約力」の土台をつくる。2015年8月刊。
大塚正之著『臨床実務家のための家族法コンメンタール(民法親族編)』
条文を本当に理解するとは、どのようなことをいうのか。実務の現場で条文を使いこなせるようになることを目的として、実際にどのように条文が活用されているのかを明らかにしつつ、丁寧に逐条解説を施す。弁護士、司法書士等の法律実務家、調停委員、ADRにかかわる方必携。2016年1月刊。
第一東京弁護士会環境保全対策委員会編『再生可能エネルギー法務』
太陽光、風力、中小水力、地熱、バイオマス等、多様な再生可能エネルギーについて、関連法令等の制度面を中心に、導入・運用(住民に対する説明からファイナンスまで)のポイントまでを解説。企業、地方自治体、市民、金融機関、事業者を法的にサポートする法律家等関係者必読の実務書。2016年改正再生可能エネルギー特別措置法対応。2016年9月刊。
第一東京弁護士会災害対策本部編『実務 原子力損害賠償』
東日本大震災、それにともなう福島第一原子力発電所事故から約5年、この間が積み上げた「原子力損害賠償紛争解決センター」への申立てによる賠償問題解決のノウハウを示す。避難指示による避難・自主避難による損害、営業損害、風評被害、避難関連死等、気になるポイントをわかりやすいQ&A形式で解説。2016年2月刊。