ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第32回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/12/22By

 
 

4.東京高等裁判所の判断

東京高等裁判所は、A1については、慰謝料700万円と弁護士費用70万円、A2については慰謝料500万円と弁護士費用50万円を認めました(550万円は連帯(注7))。さらに調査費用57万7500円の賠償も認めていますので、計827万7500円となり、それに加え犯行時(注8)以降の遅延損害金の支払をも命じています。

その理由としては、投稿の内容がBの名誉およびプライバシーを著しく侵害すること、検索が容易で、性的欲望の強い者や好奇心の強い者を引き寄せる内容であり、不快な出来事や性犯罪を誘発させる明白かつ現在の危険がある極めて悪質のものであるところ、心身が明白かつ現在の危険にさらされ、著しい不快な行為により実際の生活にも多大な支障を来たしたこと、情報は削除されても完全な被害回復は不可能であって、Bは投稿後2年経っても職場等で不審な出来事が発生するたびに投稿との関係を疑い不安感を抱くなどの多大な精神的苦痛を受け続けていること、A1は発覚を避けるため警察の届出を断念させるようにしたのであり、名誉、プライバシー、生活の平穏を侵害されたことによりBの受けた精神的苦痛は極めて大きいこと等を挙げています(注9)。
 

5.まとめ

このように相談事例のような事案において、東京高等裁判所はA1に対し、計800万円を超える多額の慰謝料を認めています。

控訴審である東京高等裁判所と第一審の判断を比較しますと、基礎となる事実はほぼ変わらないものの、東京高等裁判所の方がよりAらの投稿の危険性およびBの受けた被害の具体的な内容にフォーカスしているように思われます。性犯罪等を誘発させる「明白かつ現在の危険」を生じさせる極めて悪質な投稿を行い、その結果として現実に不審な電話や、職場における不審者による不快な行為が起こっているという点において、単にBが「ふしだらな女性」であると摘示しただけの場合に比べて大きな被害が生じているという点が800万円を超える大きな損害賠償を認めたことの重要な根拠となっているでしょう。また、不貞については別途慰謝料が算定されていますが(注10)、夫であるA1がそのような行為を行い、また、発覚を妨げようとした等の事情も影響を与えていると思われます。

このように、東京高等裁判所の判断は、純粋な社会的評価の低下そのものにとどまらず、プライバシー侵害、生活の平穏侵害等といった、プラスアルファが生じていることに影響されていることは間違いありません。それでも、東京高等裁判所の判断は、以下の2つの意味でインターネット上の名誉毀損の判断において参考になるでしょう。

まず、一般のインターネット上の名誉毀損においても、その結果として迷惑行為の被害にあう等、純粋な社会的評価の低下プラスアルファの被害が発生することがあり得ます。東京高等裁判所の判断は、そのような場合には、慰謝料の算定においてこのようなプラスアルファの迷惑行為の被害等の要素を加重要素として十分に考慮すべきことを示唆しているといえるでしょう。

次に、このような点を相当程度踏まえているにもかかわらず、第一審は慰謝料としてわずか130万円しか認めませんでした。裁判所は、純粋な名誉毀損(社会的評価の低下)とそれ以外の平穏侵害等を分けて慰謝料を算定していないものの、純粋な名誉毀損部分に対する評価としては、二桁万円の後半くらいのものと見ていたといえるのではないでしょうか(注11)。ところが、東京高等裁判所は、それを一気に何倍にも増やしており、純粋な名誉毀損部分についても数百万円と評価しているものと思われます。東京高等裁判所の上記判断からは、純粋な名誉毀損部分の慰謝料についても、ある程度高目でよいのではないかという考え方がうかがわれるところであり、今後の実務に対して示唆的といえるでしょう。(なお、実務家の間では、比較的高額の賠償金が取れそうな事案であっても回収可能性や(上訴された場合等を考えた)解決にまでかかる期間等の諸事情を考えて和解で事件を終了させることも少なくないことから、和解で終了したものの、仮に判決になれば数百万ないしそれ以上の額が認定され得る事案は一定程度存在すると認識されていることを付言します。)
 
最後に、本稿の素材となる貴重な裁判例をご提供くださいました弁護士法人戸田総合法律事務所の中澤佑一先生に改めて感謝の意を表させて頂きます。どうもありがとうございました。
 
【次ページ】注と書籍紹介

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まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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