ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 11〉メディアスクラムという名の人災

1月 10日, 2017 畑仲哲雄

 
マスメディアをめぐる問題の筆頭にもあげられる「メディアスクラム」。今回は、被取材者の視点をかりて、メディアスクラム、さらにその先にあるものを考えてみたいと思います。[編集部]
 
 
 取材をめぐるジレンマに直面したとき、なにを考え、なにを優先するのか? あなたならどうするだろう。

1:: 思考実験

「迷惑だ、帰ってくれ」
 そんな怒号が避難所の出入り口から聞こえてきた。なにごとかと町会長が駆けつけたところ、取材陣が避難所に入ろうとしているのを、地元の若者たちが腕組みをして食い止めていた。狭い玄関口は数十人の記者であふれている。
 町会長は取材陣と若者たちのあいだに割って入った。
 記者たちの態度はおしなべて丁寧で、取材に際しては被災者の心情やプライバシーに配慮すると頭を下げる。対する若者たちは、「見世物じゃない」と声をあげた。
 町会長は、若者たちが乱暴な者たちではないことを知っていた。この町で生まれ育ち、お祭りや盆踊りなど地域活動に参加する真面目な青年たちだ。彼らの怒りは、昨夜のことを思えば、町会長にも理解できた。
 災害で混乱の極みにあった小さな町に、取材陣がやってきたのは、昨夜7時をすこし回ったころだった。急ごしらえの避難所に、一眼カメラを手にした新聞記者がひとり、またひとりとやってきた。
 当初は町会長がひとりずつ応対して避難所内を案内したが、そのうち記者が相次ぎ、避難所で勝手に取材しはじめた。気がつけば、テレビの中継車が3台ほど避難所に横付けされ、映像カメラを肩に担いだテレビ局のクルーたちも避難所内を動き回っていた。
 町会長は、気が気でなかった。家を失ったばかりの人や、家族と連絡が取れずにいる人もいる。けが人や高齢者の介助の邪魔にもなる。元気に見えても、被災のショックが大きい人もいるだろう。
 案の定、毛布にくるまって放心状態になったお年寄りや、配給のおにぎりを震えながらほおばる子供たちに取材が殺到し、マイクやカメラがいっせいに向けられた。どの取材者もていねいに取材しているのだろうが、これだけ数が多いと圧迫感がある。
 地元の若者たちの目には、断ることを知らず求められるまま取材に応じる町民が、メディアの餌食になったように映っていたのだろう。口が重い人にしつこくマイクを向ける記者に、若者たちが抗議する一幕があった。
「町会長さんにお願いします」
 取材陣の最前列にいた記者が町会長に名刺を差し出した。大手テレビ局だった。避難所の中に入るのはあきらめる代わりに、入り口から中のようすを望遠で30秒ほど撮らせてくださいという。
「それくらいなら」と言いそうになった次の瞬間、何人もの記者たちが口々に言った。うちはモザイクをかけます。昨夜取材した人は今日来ていいと言いました。活字メディアは迷惑の度合いが低い。携帯電話を手渡す約束をした人がいます……。
 新聞・テレビ・雑誌・ネットメディアなど十数社の記者たちの群れは、それぞれに取材したいことが違うのかもしれない。特定の社だけを特別扱いもできないだろう。避難所の実情を報道してもらいたい気持ちもあるが、若者たちが危惧するような混乱を未然に避けるのが賢明にも思える。
 そのとき、取材陣のひとりが抗議した。「地元新聞の記者が先刻、中に入れてもらっていました」
 町会長は耳を疑った。若者たちは地元メディアを特別扱いしていたのである。
「あの記者は、何年も前からの知り合いで、地元民だ」若者が反論した。「あんたら東京のマスゴミとは違って、タダで新聞届けてくれたよ」
 取材陣が反発した。地元民であったとしても取材者に変わりはない。全国メディアを必要としている被災者もいる……。
 避難所の責任者として、町会長はこの場をどう収めればよいのだろう。

    [A] 全国メディアに帰ってもらおう。いまは非常時で、取材など二の次だ。悶着を避けるためなら、地元新聞に遠慮してもらってもかまわない。
     
    [B] 全国メディアにも入ってもらおう。大手メディアには、地元新聞にはない大きな影響力がある。その力を利用して、広く支援を訴えるべきだ。

 

2:: 異論対論

抜き差しならないジレンマの構造をあぶり出し、問題をより深く考えるために、対立する考え方を正面からぶつけあってみる。
 
[帰ってもらう立場] 最優先事項は被災した人のケアだ。いまは役場の防災担当者や医療機関、警察など公的機関との連絡が欠かせない時期。報道機関に応対している余裕はない。地元メディアは、地域の一員だが、東京からやってきたメディアはしょせん部外者だ。悪くいえば、視聴率や部数競争という自己利益のためにやってきたにすぎない。追い返そう。
 
[入ってもらう立場] 過去の災害を振り返ると、被災者支援が公的機関だけでまかなえると思ったら間違いだ。NPOやボランティア、企業、各種団体の力も借りたいし、マスメディアによる情報活動も欠かせない。記者たちは被災した人たちを直接支援するわけではないが、事実を記録して伝達する専門家だ。全国メディアにもその役割をはたしてもらおう。
 
[帰ってもらう立場からの反論] ニュースになる対象があれば、マスメディアの記者たちは反射的に取材するように訓練されている。避難所のような限られた空間で自由な行動を許せば、過度な競争が起こりかねない。昨夜も特定の人に記者が殺到して混乱が起こった。個々の取材者に悪意がなくともメディアスクラムは起こる。予見できる危険は回避するべきだ。
 
[入ってもらう立場からの反論] 新聞やテレビ業界では過去のメディアスクラム問題の反省から対策が講じられてきた。すべての取材者を十把一絡げに危険視して遠ざけるのは間違っている。ダメな記者もいれば、優れた記者もいる。ダメな記者には抗議し、優れた記者とはよい関係を築いて復旧・復興に役立つニュースを報道してもらうのが、町全体の利益にかなう。
 
[帰ってもらう立場からの再反論] ダメな記者と優れた記者を簡単に選別できない。若者たちが、地元紙記者だけを優遇したのは、よそ者ではない安心感があったから。この地に暮らす記者は地域のしがらみに埋め込まれているし、愛郷心もあるはず。のぞき見趣味の報道に終止せず、復旧に尽くしてくれるだろう。よそ者の記者は、まずじぶんが信用に足ることを証明すべきだ。
 
[入ってもらう立場からの再反論] なるほど地元記者は地域共同体の一員だが、企業としてはどうだろう。地元の政治勢力や経済界と密接な関係があり、地域メディアはどうしても権力性を帯びる。その点、大手メディアはしがらみが少ない。記者の数も多く、防災問題に強い専門記者もいる。地元メディアがあれば、あとは要らないという考え方は、閉鎖的で前近代的だ。
 
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