ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第33回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2017/1/12By

 
新年第1回目ということで書評回になります。[編集部]

ウゴ・パガロ『ロボット法』(書評)

 

1.インターネット上の名誉毀損とロボット法

インターネット上の名誉毀損との関係で最近注目されるのがロボット法である。

昨年(2016年)、コミュニケーションAIがツイッター上の投稿を学習して投稿した結果、 ヘイトスピーチを行ったというニュースが話題になった。例えば「9・11事件はブッシュ大統領がやった」などのツイートをしたと言われているが、こういうAIの発言が名誉毀損にならないかといった問題はロボット法とインターネット上の名誉毀損の関係として重要であろう(注1)。

また、インターネット上の違法情報にはアーキテクチャによる対応が注目されているが(注2)、このような現状で名誉毀損に対応するのは困難である(注3)。しかし、それは現状の問題であって、今後はより進歩したAIによる確度の高い識別が可能となる等、アーキテクチャによる対応が進むことが期待される(注4)。

このように、ロボット法はインターネット上の名誉毀損とも浅くない縁がある。

筆者はロボット法にも関心を持ち昨年11月の情報ネットワーク法学会においてもドイツ等のロボット法研究の現状について発表する機会を頂戴したが、ここで、ロボット法について重要な書籍といえるUgo Pagallo著『The Laws of Robots』をご紹介したい。
 

2.Ugo Pagallo著『The Laws of Robots』の紹介

ロボット工学の進展は、法学にどのような挑戦を投げかけるのだろうか。

このテーマについて論じた文献は近年急激に増加しているが、民法、刑法、国際法といった多くの法分野に関する問題をまとめた書籍としては、イタリア・トリノ大学法学部Ugo Pagallo教授のThe Laws of Robotsが極めて参考になる。

同書は、法哲学的アプローチと、実定法に基づく解釈論のアプローチの双方を採用することで、ロボット法とは何か、ロボット技術の発展が法に投げかける挑戦とは何で、法はどのように対応すべきかを明らかにしようとする(注5)。

メタ技術としての法(Law as Meta-technology)や、人間とロボットの間の相互作用を規律する環境デザイン(environmental design)の一部としての法といった興味深い法哲学的分析に加え、本書で特筆すべきは、ロボット技術の進展に伴い発生する実定法上の問題を27種類に分類し、それぞれの優先順位を検討しているところだろう。
 
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Ugo Pagallo”The Laws of Robots”13頁より
 
 まず、(表の横の行として)どのような場合におよそ責任を逃れることができるのか(例えば、罪刑法定主義による刑事免責)、どのような場合にその故意・過失を問わず責任を負うのか(厳格責任)、(それ以外の場面で)不当な損害が発生した場合において、故意・過失等に基づく責任を負うかという3種類の問題が指摘される。

次に、(表の縦の列として)ロボットに完全な法的人格を与える場合、ロボットは完全な法的人格はないが、適法な行為主体(エージェント)になり得る場合、単なる第三者(製造者、所有者、利用者等)に責任を発生させるだけの場合の、3つの場合分けがなされる。

このような3×3のマトリックスに加え、さらなる複雑性として、刑法、契約法そして不法行為法の3種類を提示する。

このようにして、ロボット法における27種類の法律問題を提起した上で、この中には単純な事案であるプレイン・ケース(注6)と、意見一致が見られないハード・ケースがあり、検討の優先順位付けをすべきだと指摘する(注7)。

重要なことは、その結果、多くの分野で法律家の意見の一致が見られるということである(注8)。例えば刑法分野において、ある当事者が故意をもってロボットを利用して(刑罰法規の規定する構成要件に該当する方法で)法益を侵害した場合、当該当事者に刑事責任が認められること等については大きな争いがない。

本書は、上記のとおり27種に分類した各問題類型について検討を加え、喫緊の課題として検討すべき法律問題は何かを抽出する。結論から言えば、著者は、27類型のうち、
 
・損害源としてのロボットに関する関係者の刑法上の免責(上記I-3のうちの刑法)
・契約法及び不法行為法上の適格なエージェントとしてのロボットが厳格責任を負う場合(上記のSL-2のうちの契約法・不法行為法)
・契約法上の適格なエージェントとしてのロボットが不当な損害を与えた場合の責任(上記UD-2のうちの契約法)
・損害源としてのロボットに関する関係者の刑法、契約法及び不法行為法上の故意・過失責任(上記UD-3のうちの刑法、契約法及び不法行為法)
 
の8つの類型の優先順位が高いと指摘する(注9)。

たしかに、問題を27個に絞るという本書のアプローチは、問題を過度に単純化しているのではないかという疑問を生むことは否定できない。また、そのうちの8個の問題の優先順位が高く、19個の問題の優先順位が低いという著者の結論に対しても異論がある可能性は否定できない。もっとも、一つの試論としてこのような「頭の整理」のためのフレームワークが提示されたことは、(それが今後多くの学者によって支持されるにせよ、反対にあうにせよ、)学問としてのロボット法の発展させる上で重要な一歩を踏み出したと評価することができるだろう。

本書は決して学問としてのロボット法の到達点ではない。むしろ、ロボット法の研究を今後深めていく場合において、どのような問題をどのような観点から研究していくべきかを考える際に参考になるフレームワークを提示した本という位置づけが妥当であろう。その意味では、一定の限界はありながらも、今後ロボット法を研究していきたいという学者や、ロボット法の実務に対する影響を考えたい実務家にとって、本書はまさに必読書と言えるだろう。
 
Ugo Pagallo 『The Laws of Robots』の邦訳書は、本年(2017年)4月に勁草書房より刊行予定!乞うご期待(編集部)
 
【次ページ】注と書籍紹介

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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