6.最高裁決定
(1)はじめに
2017年2月にこれまで「忘れられる権利」の問題として議論がなされてきた検索結果の削除の事案について初めて最高裁判所が判断を下し(最決平成29年2月1日判例集未登載)、極めて大きな反響を呼んだ。
特に、原々審であるさいたま地決平成27年6月25日判時2282号83頁が「忘れられる権利」という言葉を使って、新しい権利としての忘れられる権利を肯定したことから、「最高裁は、忘れられる権利を肯定するのか、それとも否定するのか」等、決定が下される前から既に注目を集めていた。
以下、簡単に事案をまとめたうえで、原々々審から原審までの簡単な流れを紹介し、最後に最高裁決定の内容を紹介したい。
(2)事案の概要
最高裁決定の判示および原審までの判示を参考にすると、本件の事案は概ね以下のようなものである。
Xは、児童買春をしたとの被疑事実に基づき、児童ポルノ法違反(注2)を理由に平成23年11月に逮捕され、同年12月に同法違反の罪により罰金刑に処せられた。Xが上記容疑で逮捕された事実(以下「本件事実」という。)は逮捕当日に報道され、その内容の全部または一部が掲示板等に多数回書き込まれた。
それから約3年が経過した平成27年においても未だに本件事実に関する掲示板の投稿が多数存在し(注3)、Google検索を利用してXの名前と県名で検索すると、本件事実等が書き込まれたウェブサイトのURL並びに当該ウェブサイトの表題および抜粋が49個表示された(注4)。そこで、Xは平成27年1月29日(注5)、さいたま地方裁判所に、検索結果削除の仮処分を求めて提訴した。
(3)原々々審から原審までの流れ
ア 原々々審
原々々審であるさいたま地決平成27年6月25日判時2282号83頁は、Xの申立てを是認し、仮処分命令を発令した。
まず、更生を妨げられない利益が問題となるとしたうえで、「日常的に利用される検索エンジンで、Xの住所の県名と氏名を入力して検索するだけで、3年余り前の逮捕歴が、インターネット利用者にいつでも簡単に閲覧されてしまう状況にあれば、Xにとって、社会生活の平穏を害され更生を妨げられない利益が、著しく侵害され、あるいは容易に侵害されるおそれがあるといえる」とした。
もっとも、検索結果削除の可否は、当該更生を妨げられない利益への侵害が受忍限度を超えるものかどうかによって決せられるべきであり、これを決するについては、侵害行為の態様と程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の公共性の内容と程度、被害の防止または軽減のため加害者が講じた措置の内容と程度についての全体的な総合考察が必要だとした。そのうえで、本人のその後の生活状況を踏まえ、検索結果として逮捕歴が表示されることによって社会生活の平穏を害され更生を妨げられない利益が侵害される程度を検討し、他方で検索エンジンにおいて逮捕歴を検索結果として表示することの意義および必要性について、事件後の時の経過も考慮し、事件それ自体の歴史的または社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動およびその影響力について、その検索エンジンの目的、性格等に照らした実名表示の意義および必要性をも併せて判断し、その結果、逮捕歴にかかわる事実を公表されない法的利益が優越し、更生を妨げられない利益について受忍限度を超える権利侵害があると判断される場合に、検索結果の削除請求が認められるべきとした。
本件では、本人側の事情としては、罰金刑が確定し、罰金を支払って罪を償ってから3年余り経過した過去の児童買春の罪での逮捕歴が、インターネット利用者であれば誰でも簡単に閲覧されるおそれがあり、そのため知人にも逮捕歴を知られ、平穏な社会生活が著しく阻害され、更生を妨げられない利益が侵害されるおそれがあって、その不利益は回復困難かつ重大だとした。そして、検索結果を表示する意義及び必要性についてみると、逮捕歴は、一般的には社会一般の関心事である刑事事件にかかわる事実であるものの、本件の事件自体に歴史的または社会的意義があるわけでもなく、Xに社会的活動等からみた重要性や影響力等が認められるものでもなく、Xが公職等の公的活動を営んでいるものでもない上、罪を償った後3年も経過した過去の逮捕歴を表示することの公益性はそれほど大きいとはいえず、検索結果を今後とも表示すべき意義や必要性は特段認められないとした。以上の検討を踏まえ、受忍限度を超えたと判断した。
原々々審は、検索結果削除の可否の問題をいわゆる更生を妨げられない利益の問題であるととらえ、特に『忘れられる権利』に言及せずに比較衡量をして検索結果削除を認めたと言えるだろう。
イ 原々審
原々審であるさいたま地決平成27年12月22日判時2282号78頁では、「忘れられる権利」を肯定して原々々審の仮処分命令を認可した。
同決定は、基本的には説示を一部補足しただけで、原々々審と同様の判断をしているが、更生を妨げられない利益が受忍限度を超えて侵害されたかの判断について、以下のような補足をした。
「罪を犯した者が、有罪判決を受けた後、あるいは服役を終えた後、一市民として社会に復帰し、平穏な生活を送ること自体が、その者が犯罪を繰り返さずに更生することそのものなのである。更生の意義をこのように考えれば、犯罪を繰り返すことなく一定期間を経た者については、その逮捕歴の表示は、事件当初の犯罪報道とは異なり、更生を妨げられない利益を侵害するおそれが大きいといえる。
一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者といえども、人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し、更生を妨げられない利益を有するのであるから、犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から「忘れられる権利」を有するというべきである。
そして、どのような場合に検索結果から逮捕歴の抹消を求めることができるかについては、公的機関であっても前科に関する情報を一般に提供するような仕組みをとっていないわが国の刑事政策を踏まえつつ、インターネットが広く普及した現代社会においては、ひとたびインターネット上に情報が表示されてしまうと、その情報を抹消し、社会から忘れられることによって平穏な生活を送ることが著しく困難になっていることも、考慮して判断する必要がある。
債権者は、既に罰金刑に処せられて罪を償ってから3年余り経過した過去の児童買春の罪での逮捕歴がインターネット利用者によって簡単に閲覧されるおそれがあり、原決定理由説示のとおり、そのため知人にも逮捕歴を知られ、平穏な社会生活が著しく阻害され、更生を妨げられない利益が侵害されるおそれがあって、その不利益は回復困難かつ重大であると認められ、検索エンジンの公益性を考慮しても、更生を妨げられない利益が社会生活において受忍すべき限度を超えて侵害されていると認められるのである。」
ひとたびインターネット上に情報が表示されてしまうと、その情報を抹消し、社会から忘れられることによって平穏な生活を送ることが著しく困難になっているという実態を踏まえ、「ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から「忘れられる権利」を有する」という原々審の判断は、話題を呼んだ(注6)。
ウ 原審
原審である東京高決平成28年7月12日判タ1429号112頁は、「忘れられる権利」を否定したと読める以下のような判示をした。
「Xが主張する「忘れられる権利」は、そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく、その要件及び効果が明らかではない。これを相手方の主張に即して検討すると、Xは、インターネット及びそれにおいて抗告人が提供するような利便性の高い検索サービスが普及する以前は、人の社会的評価を低下させる事項あるいは他人に知られると不都合があると評価されるような私的な事項について、一旦それらが世間に広く知られても、時の経過により忘れ去られ、後にその具体的な内容を調べることも困難となることにより、社会生活を安んじて円滑に営むことができたという社会的事実があったことを考慮すると、現代においても、人の名誉又はプライバシーに関する事項が世間に広く知られ、又は他者が容易に調べることができる状態が永続することにより生じる社会生活上の不利益を防止ないし消滅させるため、当該事項を事実上知られないようにする措置(本件に即していえば、本件検索結果を削除し、又は非表示とする措置)を講じることを求めることができると主張しているものである。そうすると、その要件及び効果について、現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても、その実体は、人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシーに基づく差止請求権と異ならないというべきである。」
このように、「忘れられる権利」と言われる内容がプライバシーや名誉権に解消されることから、名誉権ないしプライバシー侵害に基づく差止請求の存否とは別に「忘れられる権利」を判断しないとした。つまり、インターネットの特徴(「現代的な状況」)を踏まえて要件を変化させる余地があるとしても、請求原因となる権利としては、やはりプライバシーや名誉権であって、新しい「忘れられる権利」ではないとしたのである。
そのうえで、プライバシー侵害に関しては、「ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべき」という逆転事件の規範を引いたうえで、「インターネットは、情報及び意見等の流通において、その量の膨大さ及び内容の多様さに加え、随時に双方向的な流通も可能であることから、単に既存の情報流通手段を補完するのみならず、それ自体が重要な社会的基盤の1つとなっていること、また、膨大な情報の中から必要なものにたどり着くためには、抗告人が提供するような全文検索型のロボット型検索エンジンによる検索サービスは必須のものであって、それが表現の自由及び知る権利にとって大きな役割を果たしていることは公知の事実である。このようなインターネットをめぐる現代的な社会状況を考慮すると、本件において、名誉権ないしプライバシーの侵害に基づく差止請求(本件検索結果の削除等請求)の可否を決するに当たっては、削除等を求める事項の性質(公共の利害に関わるものであるか否か等)、公表の目的及びその社会的意義、差止めを求める者の社会的地位や影響力、公表により差止請求者に生じる損害発生の明白性、重大性及び回復困難性等だけでなく、上記のようなインターネットという情報公表ないし伝達手段の性格や重要性、更には検索サービスの重要性等も総合考慮して決するのが相当である」とした。
そのような規範を前提に、「本件犯行は、児童買春行為という、子の健全な育成等の観点から、その防止及び取締りの徹底について社会的関心の高い行為であり、特に女子の児童を養育する親にとって重大な関心事であることは明らかである。このような本件犯行の性質からは、その発生から既に5年程度の期間が経過しているとしても、また、Xが一市民であるとしても、罰金の納付を終えてから5年を経過せず刑の言渡しの効力が失われていないこと(刑法34条の2第1項)も考慮すると、本件犯行は、いまだ公共の利害に関する事項である」とした。そして、「また、本件犯行は、その発生から既に5年が経過しているものの、相手方の名前及び住所地の県名により検索し得るものであり、そもそも現状非公知の事実としてプライバシーといえるか否かは疑問である。」としたうえで、「一私人として平穏な生活を送っているXの周囲の者に本件犯行について知られないようにするために、Xが本件検索結果の削除を請求することが認められる余地があること、本件検索結果の数は49であり、個々の元サイトに対する削除請求には相当の手間がかかること等の事情が認められるとしても、前記のとおり本件犯行はいまだ公共性を失っていないことに加え、本件検索結果を削除することは、そこに表示されたリンク先のウェブページ上の本件犯行に係る記載を個別に削除するのとは異なり、当該ウェブページ全体の閲覧を極めて困難ないし事実上不可能にして多数の者の表現の自由及び知る権利を大きく侵害し得るものであること、本件犯行を知られること自体が回復不可能な損害であるとしても、そのことによりXに直ちに社会生活上又は私生活上の受忍限度を超える重大な支障が生じるとは認められないこと等を考慮すると、表現の自由及び知る権利の保護が優越するというべきであり、相手方のプライバシーに基づく本件検索結果の削除等請求を認めることはできない」とした。
原審は、名誉権ないしプライバシー権に基づく判断を行うとした上で、犯罪の性質や判決後まだ刑の効力が失われていないこと等の情報の内容そのものに関する事情に加え、インターネットという情報公表ないし伝達手段の性格や重要性、更には検索サービスの重要性等を重視して、原々審の判断を覆したものと言えよう。
(4)本決定の内容
本決定は、前科照会、逆転事件、石に泳ぐ魚事件、長良川事件及び江沢民事件の判決をそれぞれ引いたうえで、「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである」として、この問題についてプライバシー侵害の問題としてとらえた。
そのうえで、反対利益として、「検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」こと、そして、「検索事業者による検索結果の提供は、公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」ことを強調した。
このような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえる、検索結果が違法となるかは「当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情」を比較衡量すべきとした。
そして、ある違法な検索結果の削除を求められるかについては、そのような比較衡量の「結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に削除を求められるとした。
そのうえで、具体的な事案につき、①児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえること、②検索結果はXの居住する県の名称およびXの氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえること、③抗告人が妻子と共に生活し、罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなど等の事情を総合判断した結果、「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」とした。
【次ページ】試論的評釈