【「双書現代倫理学」シリーズ紹介】
お金に困っている友だちに16万円を貸すかどうかについて

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2017/3/3

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2014年から刊行が始まった「双書現代倫理学」のシリーズ3冊目『倫理的反実在論』が刊行されました。そこで、編集担当者が1冊目刊行後にシリーズ紹介として『人文会ニュース』に寄稿した2015年の記事を転載いたします。[編集部]
 

お金に困っている友だちに16万円を貸すかどうかについて

渡邊 光(勁草書房編集部)

 
正しい行為ってなんだろう
 
 勁草書房は「双書現代倫理学」シリーズという、20世紀の英米倫理学の重要著作の刊行をはじめた(まだ1冊しか出ていないが。全巻の一覧は本稿の末尾を参照)。この文章ではそのシリーズを紹介するわけなのだけれども、その前に次の問題を考えてみたい。

ある日の夕食時、高校時代の友だちが家にやってきた。話を聞いてみると、どうも預金がないにもかかわらずクレジットカードを使い込んだらしい。金額は16万円。返済に困っているのでお金を貸してほしいという。

 さて、あなたならどうするだろうか。ここに書かれた程度のことでは何とも言えないかもしれない。その友だちと親しかったのか、そうでもないのか。どの程度の関係だったのかは貸すかどうかに大きく関係しそうだ。あてがないのに使い込んだくらいなのだから、返してくれるかどうかはかなりあやしい。返してもらえるとしてもそれはかなり先のことになりそうだ。
 そもそも貸せるのかどうかだって問題だ。頼まれる側も借金持ちだったりしたら、お金を貸すのは難しいだろう。借金がないにしても、こっちだってギリギリの生活費で何とかやっているんだから、他人様に貸すお金なんかない、ってのもありうる答えだ。お金があったとしても、預金もないのにクレジットカードで物を買うなんてのはまったく話にならない、「自己責任」なんだからお金を貸してやる必要なんかない、いや貸すべきでさえない、という答えもありそうだ。でも、その友だちがとても仲の良い人で、自分自身が金銭的に全然困ってなくて、いやむしろ余裕があるくらいなので(貸して)あげるよ、という奇特な人もいるかもしれない。
 このようなケースでお金に困っている友だちを助けるのは正しい行為なのだろうか。お金を貸すべきなのかどうか。貸すのだとしたら、全額? それとも半分くらい? あるいはお金を貸すのではなくて、きちんと返済できるように生活を助けてあげるなり、仕事を紹介するのが良いのだろうか。母親のダイナマイト心中を起点に自殺する人への優しいまなざしを1冊の本(『自殺』朝日出版社、2013年)にまとめた末井昭さんは、「最初は面倒だからお金を貸してあげてたんだけど、次から次へとぼくんとこに人が来るようになっちゃったもんだから、お金の話になる気配を感じたらもう電話を切るようになった」と言っていた(ちなみに末井さん自身も数億の借金を負ったことのある人だ)。1回限りでなくて、繰り返しの経験が判断を変えることもあるようだ。こういうとき、どういうふうに考えて行動すべきなのだろう。
 
行為の選択と倫理学
 
 このような道徳的、倫理的な価値判断を筋道立てて学問的に考えるのが倫理学のやっていることだ(そのはず。倫理学への入門書としては、伊勢田哲治『動物からの倫理学入門』名古屋大学出版会、2008年がおもしろい。以下の規範倫理学に関する記述もこの本を参考にしている)。とくにこういった、どのような行為を選択すべきか、どのように生きるべきかといった日常生活にも関わるような基礎的な価値判断は、規範倫理学と呼ばれる分野に含まれる。学問としての倫理学には、他に、もっと具体的な事例(妊娠中絶のような問題を検討する生命倫理や温暖化などの問題を扱う環境倫理、動物の権利について考える動物倫理など)を扱う応用倫理学と、そもそも「正しい」や「善い」という言葉の意味とは何かという、より抽象的なことについて考えるメタ倫理学がある。じゃあ、規範倫理学から見ると、16万円のお金の件はどうなるだろうか。
sukueruinochi_mini 規範倫理学には、三つの有力な立場がある。功利主義、義務論、徳倫理学だ。まずは功利主義の立場からするとどんな判断を下すことになるかを見てみよう。世界的に有名な功利主義者にピーター・シンガーという人がいる。動物の解放を最初に主張しだした人で、いまはプリンストン大学の教授だ。彼だったら、16万円をその友だちに貸す(あげる)くらいなら、途上国支援のために寄付するべきだと言うだろう(ピーター・シンガー『あなたが救える命――世界の貧困を終わらせるために今すぐできること』児玉聡・石川涼子訳、勁草書房、2014年)。その16万円で複数の人を、命の危機から救うあるいは極度の貧困状態から脱出させることができるかもしれないからだ。16万円を友だちに渡しても助かるのはその人ひとりだけだ。「最大多数の最大幸福」と、できるだけ多くの人に幸福をもたらす行為を善しとする功利主義からすれば、友だちにお金を貸すのは正しい行為とは言えなさそうだ。
 では義務論からすると、どんな結論が出てくるだろうか。義務論の一番有名なフレーズは「きみの意志の準則が、つねに同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ」(カント『実践理性批判――倫理の形而上学の基礎づけ』熊野純彦訳、作品社、2013年、64頁)だろう。つまりは、誰もがそのルールに従うべきだと考えられるような行為のみが義務とされるということだ。功利主義の場合、その行為によって、どのような結果が生じるかが行為の選択の際に重要になるけれど、義務論の場合、結果は問題にならない。何かの条件が付けば正しかったり、間違っていたりするのではなく、正しいことは常に正しいし、間違っていることは常に間違っているというわけだ。だから、義務論の立場からすれば、殺人は悪いことである以上、たとえヒトラーのような大虐殺を行った独裁者であっても殺してはならない。功利主義者だったら、多くの命が失われるくらいならひとり殺すことの方を選ぶだろう。でも、16万円を貸すかどうかは義務と言えるだろうか。「困っている人は助けなければならない」というのは義務になるだろう。だから友だちであるかどうかにかかわらず、目の前の困っている人を助けるべきだとは言えそうだ。けれども、具体的にどのように助けるべきか、お金を貸すべきなのかどうかについてはちょっとはっきりしない。
tokurinnrikihon_mini 最後に徳倫理学の立場からは何が言えるだろうか。徳倫理学は先の功利主義や義務論のように「行為のあり方」を問題にするのではなく、「人のあり方」を重視する(フィリッパ・フット『人間にとって善とは何か――徳倫理学入門』高橋久一郎監訳、筑摩書房、2014年/『徳倫理学基本論文集』加藤尚武・児玉聡監訳、勁草書房、2015年)。困っている人を見たときに、その人を助けることが人々の幸福につながるかどうか、義務かどうかを冷静に考えるのではなく、自然と手を差しのべることができるような「いい人」が望ましい人だと考える。「人徳」を備えていない人はどうすればいいのかと困ってしまうが、行為の指針としては「徳のある人ならばどう行動するだろうか?」を考えて行為を決定すれば良いということになる。16万円を貸してほしい友だちの件で考えると、「貸す金なんかないからさっさと帰ってくれ」と言うのは「いい人」とは言えないだろう。徳倫理学からすれば、少なくともその友だちがどのような状況にあるのか話を聞き、可能な範囲で必要な手立てを講じるべきということになりそうだ。
 
双書現代倫理学と普段の価値判断
 
kouritochokkan_mini 20世紀後半の規範倫理学は、功利主義と義務論の対立に(児玉聡『功利と直観――英米倫理思想史入門』勁草書房、2010年はもともと功利主義と対比されていたのは直観主義であり、20世紀に入ってから義務論との対立として理解されるようになったと指摘している。直観主義から義務論への変遷や倫理学の議論の歴史に興味がある方はぜひご一読ください)、徳倫理学が両者を批判するかたちで割って入るという構図だった。

needs_minishoei ようやく本題に入ると、「双書現代倫理学」シリーズにはこの三者のうち、とくに徳倫理学に関係する著作が多く入っている。徳倫理学はアリストテレスの議論に依拠することが多く、新アリストテレス主義とも呼ばれる。すでに刊行したデイヴィッド・ウィギンズ『ニーズ・価値・真理』もニーズ、必要とするということについて、アリストテレスに影響を受けながら議論している。また、ウィギンズの教え子でもあるジョン・マクダウェル(『徳と理性』2016年刊行)はメタ倫理学の分野で徳倫理学と同調する議論を展開した。マクダウェルとサイモン・ブラックバーン(『倫理的反実在論』2017年刊行)の論争は、20世紀後半の倫理学のなかの大きな軸だった。tokutorisei_minishoeirinritekihanjituzai_minishoei
 いま名前を挙げた3人よりも年長格のバーナード・ウィリアムズも功利主義を批判し、徳倫理学に繋がる主張をした人だ。功利主義者のJ・J・C・スマートとの共著『功利主義――擁護と批判』(続刊)はタイトル通りスマートの擁護とウィリアムズの批判、二つの論考からなる。また、ウィリアムズ『道徳的な運』(続刊)は、表題となっている論文など、彼の著名論文を集めた論文集だ。『現代倫理学基本論文集Ⅰ・Ⅱ』(続刊)では、規範倫理学やメタ倫理学のその他の著名な論文が収録されている。今回の紹介で興味を抱かれた方には、ぜひ『現代倫理学基本論文集Ⅱ 規範倫理学篇』を手に取っていただきたい(刊行の暁には)。
 どの本もわれわれの普段の価値判断を顧みるのに役立つはずだ。日常生活のなかの様々な判断をどのようなかたちで下しているのか、よくよく考えてみたい方に、読んで楽しんでいただければ嬉しい。
 
jinbunkai121cover※『人文会ニュース』2015年8月号初出。編集部より転載許可をいただきました。ありがとうございます。また掲載後に刊行された書籍は刊行年を記載し、一部修正をいたしました。

現代英米倫理学の古典を紹介する翻訳シリーズ
「双書現代倫理学」全10巻(四六判・上製、一部仮題)

 
needs_minishoei『ニーズ・価値・真理――ウィギンズ倫理学論文集』
D・ウィギンズ/大庭・奥田編・監訳
2014年7月刊行 3,700円 →書誌情報

tokutorisei_minishoei『徳と理性――マクダウェル倫理学論文集』
J・マクダウェル/大庭・荻原編・監訳
2016年2月刊行 3,300円 →書誌情報

rinritekihanjituzai_minishoei『倫理的反実在論――ブラックバーン倫理学論文集』
S・ブラックバーン/大庭・荻原・奥田編・監訳
2017年2月刊行 3,800円 →書誌情報
 

以下続刊――
『現代倫理学基本論文集Ⅰ――メタ倫理学篇』大庭健編/島村・古田ほか訳
『現代倫理学基本論文集Ⅱ――規範倫理学篇』大庭健編/田原・円増ほか訳
『利他主義の可能性』T・ネーゲル/蔵田伸雄監訳
『功利主義――擁護と批判』J・J・C・スマート&B・ウィリアムズ/坂井・田村訳
『「正しい」ことと「よい」こと――倫理的直観主義の可能性』W・D・ロス/立花幸司訳
『すっぱい葡萄――合理性の転覆について』J・エルスター/玉手慎太郎訳
『道徳的な運――哲学論集一九七三-一九八〇』B・ウィリアムズ/伊勢田哲治監訳

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