「茎わさびがきざんでのっているおそばもおいしかったけど、
かねの音がね、よかった。」
「碌山美術館のかね。
駅からすこし歩いたところにあって、あ、着いた、けっこう近かったねえ、どこからみようか、と庭をあっち、こっち、としはじめたときにすぐそばでなったんだ。
ちょうど正午で。
建物のうえから、かねの、あつみのある金属をたたいてる、肌から骨につたわってくる、耳にはもちろんだけど、もっとからだぜんたいをゆらす、ううん、ゆらすんじゃない、外からなかにはいってくる、そんなかんじ。」
めいのサイェが母親と行ってきた長野、穂高にある美術館は、以前から写真で知っていた。ヨーロッパの山にでも建っているような、つんと空につきだすように鐘楼がある。
「あの先にはね、鳥の像がついてるんだよ。よこをむいてるんじゃなくて、まっすぐ上をむいてる。あんまりみたことがなかったな、ああいうの。」
サイェがいう。
「建物の扉のあたりには、かねをならす舌につながっている紐の取手、といっていいのかな、があった。これを引くとなるんだ、うえのほうでかねがなるんだ、さっきみたいな音が、って。」
ほかにもみたんだよね、美術館だし。
「荻原碌山だけじゃなくて、高村光太郎のとかもあったよ。十和田湖畔に立っている乙女の像の小さいのとか、高村智恵子の、切り紙も。竹橋で何度もみたことのある光太郎のなまず、おなじようだけど、べつのなまずもあったし。これは好きだな。」
「でもね、碌山美術館から駅のそばのお蕎麦屋さん、バスで大混雑のわさび園にも行ったけど、かあさんのお友だちが安曇野に住んでて、くるまで連れていってくれたいわさきちひろミュージアムにね、シデロイホスがあったんだ。建物に入る前にシデロイホスに熱中して、ふたりにあきれられちゃった。」
あぁ、サイェが前から好きな金属の……音響……彫刻?
「ちらりと横目でみただけだと、椅子かとおもって、通りすぎてしまう人があるみたい。八角形だし。上にはひびみたいのがはいってるけど、ひとつのところから風車みたいになびいてて、椅子じゃないらしいってわかるんだけど。あれをね、いろんなふうに、たたく。たたいていると時間を忘れちゃう。」
「おもいだしていたのは、もっと小さいとき、バリ島に行ったでしょ。おかあさんも、おじさんも一緒に。ロスメンで夕ごはんを食べていると、むこうのほうからガムランの音がきれぎれに、風にのって聞こえてきたり、聞こえなくなったり。
陽が高いときに、からからと竹の音がする風鈴みたいなのじゃなくて、夜の、暗くなったなかでむこうから、っていう金属の音が、ね。長野の山のなかと、バリ島とだと、空気がちがったけど。」
あのガムランの、遠くからの音はさ、旅のときには言わなかったけど、サイェとはちがったことをおもってた。子どものとき、ほら、おばあちゃんちの畳間の八畳がある、あそこにかなり背の高い扇風機があって、それが古い型だったから全部金属なんだ。薄い緑色をしていたんだけど。スウィッチをいれて、はねがまわりだす。それにむかって、顔を寄せて、声をだすんだ。そうすると、声が風で押しかえされて、ちょっとエコーがかかる。そんなのをね。
「かね、がね、金属がね、やっぱりいいな、って。
音がなる、そのときも、あ、っておもう。つよかったりかたかったりでもいいし、よわくてやわらかくてもよくて、どちらも、消えていくのに、その音のかたちごと、のこってる。ずっとあと、ずっとずっとあとまで、のこってく。」
碌山美術館のかねがバリ島までいったり。
「おなじもの耳にしてても、いろいろなんだね、おもいだすこと。おかあさんはどうだったのかな。帰ったら訊ねてみないと。」
[参考]
シデロイホス Σιδερο ηχοσは、鉄の響きの意味で、原田和男が1987年に鉄だけでつくった音響彫刻。いろいろなタイプがある。
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「東日本大震災」復興支援チャリティ書籍。ろうそくの炎で朗読して楽しめる詩と短編のアンソロジー。東北にささげる言葉の花束。
[執筆者]小沼純一、谷川俊太郎、堀江敏幸、古川日出男、明川哲也、柴田元幸、山崎佳代子、林巧、文月悠光、関口涼子、旦敬介、エイミー・ベンダー、J-P.トゥーサンほか全31名
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html</div