「名もなき家事」の、その先へ――“気づき・思案し・調整する”労働のジェンダー不均衡
vol.01 見えないケア責任を語る言葉を紡ぐために/平山亮

ジェンダー研究者・山根純佳×『介護する息子たち』著者・平山亮による、日常に織り込まれたジェンダー不均衡の実像を描き出し、新たなジェンダー理論の可能性をさぐる交互連載(月1回更新予定)。「ケアとジェンダー」の問題系に新たな地平を切り拓き、表層的な“平等”志向に陥らない「家族ケア」再編への道筋を示します。
平山亮著『介護する息子たち』(2017年2月刊)では、「感覚的活動」と名付けられた、“sentient activity”の議論に多くの反響が集まりました。ツイッター上の「#名もなき家事」「#名前のない家事」ハッシュタグなど、SNS上で現在注目を集めているこのsentient activityの全容を、介護や放射能汚染と母親の責務など、家事にとどまらぬ各種事例のケーススタディを通じて明らかにし、日常生活に織り込まれた見えないジェンダー不均衡を可視化すべく、平山亮氏と山根純佳氏が6つの同じテーマを月替わりで交互に書き下ろしていきます。これまで語りようにも言葉がなかったところへ切り込む、いま、この二人だからこその連載が始まります。どうぞお楽しみください。[編集部]

 

「名もなき家事」の、その先へ

――“気づき・思案し・調整する”労働のジェンダー不均衡

 
vol.01 見えないケア責任を語る言葉を紡ぐために
 
 
山根純佳さま
 
 冬の足音がそろそろ聞こえてきそうな季節の変わり目、いかがお過ごしですか。
 
 改まったお手紙を差し上げるのは初めてなので、筆をとる手が少し緊張しています。山根さんが博士論文をもとに書かれた『なぜ女性はケア労働をするのか』[1]は、後輩であるわたしにとって、頭の整理をしたくなるたびにいつも開いて、思考を助けていただいている大切な一冊です。女性が家事や育児などのケア労働を引き受けることが、当人にすら合理的に思えて(思わせて)しまうメカニズムをクリアに描き出した山根さんのご著書は、裏を返せば、なぜ男性はケア労働から一抜けしやすいのか(させてもらえるのか)を的確に説明したものでもあります。だからこそ、男性とケア/男性のケアをテーマに研究するわたしが、山根さんのご著書から学んだことは、数えきれません。
 
「名もなき家事」――語られ始めたもう一つの家庭内労働
 
 実は今こうしてお手紙を書いているのは、まさにそのケア労働について、山根さんときちんとお話をさせていただきたいと思っているからです。それは、ケア労働のなかでもこれまであまり議論の的になってこなかったこと、いわば、見えないケアの負担についてです。
 
 ここ最近、インターネット上で「名もなき家事」(あるいは「名前のない家事」)という言葉が話題に上っていることはご存じでしょう。写真家の長島有里枝さんのインタビュー記事[2]がその端緒のようですが、一言で言えば、家事の前提となる仕事を指す言葉、とまとめても差し支えないと思います。
 
 長島さんは例として、毎日の献立を考えること、生活用品の残りを把握してストックを用意すること、などを挙げていますが、これらはすべて、それをしておかないと家事を始めることができないものばかりです。晩ごはんに何をつくるか具体的なアイディアがなければ、料理を始めることはもちろん、買い物にも行けませんし、洗剤が切れたままでは、必要なときに洗濯や掃除をしようにもできないからです。付け加えると、献立を考えたり必要な道具や材料を揃えたりという仕事は、お財布と相談しながら行う必要があります。家事は定期的に、毎日のように行わなければならないもの。だとすれば先々を考えて、経済的に無理なく続けられる範囲で行わなければいけないからです。必要な家事を必要なときに行えて、それによって家庭生活を回していけるのは、「名もなき家事」という名のアレンジメントが行われているからこそ、だといえます。
 

 「名もなき家事」は、その名の通り、これまで家事としては明確に名指されてきませんでした。取り上げられてきたのはたいてい、上にも挙げたような料理、買い物、洗濯、掃除という「名前のある家事」の数々です。そういえばわたしたち社会学者も、ある人が家事にどれくらい携わっているかを調べるとき、その人が「名前のある家事」に従事している時間を尋ねることは珍しくありません。対照的に、献立を考える、生活用品の在庫管理をする、という仕事には、家事としてのわかりやすい名前がついていません。名指され、目に見えるかたちで取り上げられてこなかったからこそ、その存在も意義も、家事をめぐる議論のなかにはほとんど登場してこなかったのです。
 
 ↓ ↓ ↓
 
つづきは、単行本『ケアする私の「しんどい」は、どこからくるのか』でごらんください。
ジェンダー研究者・山根純佳×『介護する息子たち』著者・平山亮による、日常に織り込まれたジェンダー不均衡の実像を描き出し、新たなジェンダー理論の可能性をさぐる交互連載(月1回更新予定)。「ケアとジェンダー」の問題系に新たな地平を切り拓き、表層的な“平等”志向に陥らない「家族ケア」再編への道筋を示します。
Go to Top