あとがきたちよみ
『計算論的精神医学』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2019/2/7

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
国里愛彦・片平健太郎・沖村宰・山下祐一 著
『計算論的精神医学 情報処理過程から読み解く精神障害』

「まえがき」(pdfファイルへのリンク)〉
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まえがき
 
 本書が扱う「計算論的精神医学」とは,精神障害の理解において,情報処理システムである脳の計算原理を数理的に表したモデルを用いる研究手法のことであり,精神医学の新しい研究分野である。海外では2012 年頃から,神経科学・精神医学の一流誌に次々と,計算論的精神医学に関するレビューが掲載され,2016 年に“Computational Psychiatry”(Redish & Gordon, 2016)と題する書籍が出版されたのを皮切りに,複数の書籍が出版されている。また,米国国立精神衛生研究所(NIMH)の現所長Joshua A. Gordon 氏は,各所でたびたび計算論的精神医学に言及し,NIMH において“Computational Psychiatry Program” を開始するなど,今後の精神医学研究における計算論的アプローチの重要性を強調している。
 本書の内容は,計算論的精神医学の概要から最先端の具体的な研究事例,実際的な理論的知識まで幅広くカバーしている。したがって,本書の読者としては,精神医学の知識をもっていて,計算論的手法について理解したいと考えている精神科医や心理士などの精神医学研究・医療の関係者,あるいは,数理モデル・計算理論についての知識を持っていて,精神障害の研究への適用方法について学びたいと考えている情報系・神経科学系の研究者・大学院生などを対象とする。数理モデルの解説については,計算論的手法をはじめて学ぶという初学者にも理解できるよう心がけた。自身で計算論的精神医学の研究を始めようと考えている実践レベルの方々向けには,参考文献と公開されているサンプルコードへのリンクなどの情報を盛り込んだ。本書で紹介する数理モデルは,脳のモデルとしてはどれも最先端のものであるので,精神医学を研究対象としていない読者にとっても,脳の数理モデル・計算理論のわかりやすい入門書として十分役立てていただけるものである。
 精神医学の歴史においては,現在隆盛を極める生物学的な研究方法に限らず,様々な方法論が用いられてきた。たとえば,記述現象学という立場では,症状と脳や身体との対応をとりあえず保留にして,いわば「心身二元論」の立場で精神障害を記述し,その病態理解を試みるという研究手法をとる。このようなアプローチは,現在,精神科医療の臨床で実際に用いられる精神症候学の基盤をなす理論である。また,精神分析などの,より心理的,人間学的,実存的アプローチをとる研究手法も,精神療法技法の開発などの実際的な場面で貢献してきた歴史がある。しかし本書では,基本的に精神障害は脳・神経回路機能の異常・変調に起因すると想定し,その生物学的基盤を理解することで,精神障害の病態理解,診断,治療法の選択に貢献しようとする医学モデルに基づくことにする。現代の脳・神経科学は,多くの高度な心理現象,人間学的,実存的な問題などを扱うのに十分な知見を蓄積できていないのが実情である。したがって,本書で扱う計算論的精神医学も,その制限の範囲を超えてはいないことにご留意いただきたい。
 本書は,大きく3 部構成になっている。
 第1部では,現代精神医学が抱える基本的問題をとりあげ,これらの問題の克服に,計算論的アプローチが貢献できる可能性について概説する。現在の精神障害の疾病分類が,生物学的基盤や病因論に基づいていないこと,近年の生物学的知見の蓄積によっても,その疾病分類の生物学的妥当性が否定されつつあることについて解説する。続いて,本書で扱う計算理論とはどのようなことを指すのか,計算論的精神医学では,どのような研究デザインが組まれるのかなどについて解説する。脳の情報処理過程を数理モデル化するという意味での計算理論と,高度な数理的テクニックを用いてデータを解析するデータサイエンス・機械学習との関係についても概説する。なお,データ解析を目的とする機械学習を用いた研究手法も,広義の計算論的精神医学として言及されることがある。しかし,本書で中心的に扱うのは,脳の情報処理過程を数理モデル化した,という意味での計算論的アプローチであり,機械学習を用いた研究手法については多く触れないことにご留意いただきたい。
 続いて第2部では,計算論的精神医学において用いられる最も代表的な方法論について概説する。ここで解説されるのは,生物物理学的モデル,ニューラルネットワークモデル,強化学習モデル,ベイズ推論モデルである。ここでの解説は,関連する理論を網羅的に理解することよりも,第3部で紹介する,これらのモデルが用いられた具体的な精神障害研究事例の理解を助ける内容に特化されている。理論の重要な概念を理解するために欠かせない部分以外は,極力数式による表現を避けて,初学者が理論の概要を理解しやすいように心がけている。なお,実際に計算論的精神医学の研究を実施しようとする読者に向けた,個別の理論のより詳細な参考文献,公開されているサンプルコードへのリンクなどの情報は,巻末に付録として収録している。なお,本書の内容についての訂正や補足情報は,以下のサポートページで提供していく予定なので参照されたい。https://cpcolloquium.github.io/cp book/index.html
 第2部ではさらに,精神障害の疾病分類学における問題の克服に向けた取り組みを紹介する。近年NIMH により提案された,従来の疾患カテゴリー分類の枠組みにとらわれない,全く新しい精神医学の研究方略である研究領域基準(Research Domain Criteria: RDoC)について解説し,その有効性を議論する。また,計算論的アプローチにより,従来の疾病分類学と統合した新しい精神障害の疾病分類学について解説する。これらは,精神医学を専門としない読者はもとより,専門家にとっても有益な精神医学研究動向の情報となるはずである。
 第3部では,具体的な計算論的精神医学研究事例を紹介・解説する。代表的な精神障害の症例と疾患の概要に続いて,第2 部で紹介した方法論が,どのように用いられているのかを,最先端の具体的な研究事例をもとに解説する。
 著者らはいずれも,国内では他に先駆けて計算論的精神医学研究に取り組んできた研究者である。2015 年からは「計算論的精神医学コロキウム」と題する研究会を開催し,この分野に興味を持つ研究者のネットワーク構築を行ってきたが,この分野により多くの優秀な研究者に参入してもらうためには,研究手法のわかりやすい解説や普及の努力が必要であることを議論してきた。本書はそこでの議論の成果から生まれた,国内最初の計算論的精神医学の解説書である。
 なお本書の内容には,「計算論的精神医学コロキウム」に参加した多くの研究者との議論から受けた刺激が反映されている。ここに感謝の意を表したい。また本書の作成にあたり,JSPS 科研費JP16H05957(国里愛彦),JP18K03173・JP17H05946・JP15K12140(片平健太郎),JP18K07597・JP17H06039・JP25330301(山下祐一),JP26120002(山下祐一・沖村宰),JST CREST JPMJCR16E2(山下祐一)の助成を受けた。
 
 
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