あとがきたちよみ
『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2019/2/28

 
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松尾剛行・山田悠一郎 著
『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版』[勁草法律実務シリーズ]

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※初版はしがき、詳細目次は上記pdfファイルでご覧ください。
 
第2版はしがき
 
 インターネット上の名誉毀損に関する実体法に関する研究、特に裁判例分析に基づく研究が少なかった2016年当時の状況を踏まえ、主に平成20年代の最新裁判例の分析を元に、裁判所の具体的判断基準とその理論的根拠を明らかにし、理論と実務に貢献しようと2016年2月に松尾が出版した本書初版(以下「初版」という。)は、望外のご好評を頂いた。初版は多くの実務家にご利用頂き、比較的早期に増刷することもできた。その後約3年を経て、大きく3つの状況が変わったように感じられる。
 まずは裁判例と実務であり、松尾が初版出版後も引き続き代理人等として様々な類型の事件に、かつ、表現者側・対象者側・プロバイダ側という様々な立場(注1)で関与させて頂く中で、東京地裁民事9 部を含む実務の変化を肌で感じた。この約3年の期間には、その実務を反映した大量の裁判例も公表されている。例えばハンドルネームと同定についての#281018(177頁)、掲示板への投稿と共同不法行為に関する#281216E(188頁)等、(その先例的意義については議論があるとしても)興味深い新たな裁判例が積み重なっており、このような裁判例の展開を速やかにフォローしなければ、本書はあっという間にアウトオブデートになってしまう。
 次に、関連の研究や出版が続き、名著『名誉毀損の法律実務』が改訂(注2)された他、関連する多数の良書が出版されている(注3)。
 更に、松尾にとっては、初版出版を契機に勉強会等に参加させて頂くことが増え、その中で様々な意見に触れたり、相互に知見のやり取りをさせて頂くことで、大変勉強になると共に、初版の記述の修正の必要性を感じた。
 今回の改訂では、初版の構成を基本的に維持しながらも最新の裁判例や実務に対応し、また、最新の研究成果や書籍の内容を可能な限り取り込むとともに、これらの勉強会の一つでご一緒させて頂いている山田悠一郎弁護士(職務経験中判事補)に、中立的な観点から事例へのアプローチについてご執筆頂いた(詳細は「おわりに」参照)。初版で取り上げた分野の新たな裁判例を取り込む他、ルーメン(197頁)、晒し、(168 頁)、サジェスト汚染(92 頁)等の新たな問題を検討している。本書が、初版と同様、実務家のために少しでもお役に立てれば幸甚である(注4)。
 
2019年2月
共著者を代表して 松尾剛行
 

(1)当然ながら、別々の案件において、という意味である。
(2)佃克彦『名誉毀損の法律実務』(弘文堂、第3 版、2017)。
(3)例えば、田中辰雄・山口真一『ネット炎上の研究』(勁草書房、2016)、プロバイダ責任制限法実務研究会編『最新 プロバイダ責任制限法判例集』(LABO、2016)、電子商取引問題研究会『発信者情報開示請求の手引』(民事法研究会、2016)、関原秀行『基本講義 プロバイダ責任制限法』(日本加除出版、2016)、岡田理樹他『発信者情報開示・削除請求の実務』(商事法務、2016)、中澤佑一『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル』(中央経済社、第2 版、2016)、清水陽平著『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル』(弘文堂、第2 版、2016)、清水陽平・神田知宏・中澤祐一『ケース・スタディ ネット権利侵害対応の実務』(新日本法規、2017)、清水陽平『企業を守るネット炎上対応の実務』(学陽書房、2017)、総務省総合通信基盤局消費者行政第二課『プロバイダ責任制限法』(第一法規、改訂増補第2 版、2018)、関述之・小川直人『インターネット関係仮処分の実務』(きんざい、2018)他。
(4)本書は、2018年12月24日時点のWestlaw、第一法規、TKC、判例秘書(50音順)に掲載されている名誉毀損に関する裁判例のうち、インターネット上の名誉毀損実務において参考になると考えたものを厳選して掲載している。なお、一部その後に報道ベースで知得した裁判例や情報提供を受けた裁判例を追加で紹介している。
 
 
はじめに
 
1 インターネット時代の名誉毀損法
 
 インターネットは既に社会に不可欠のインフラとなっているが、インターネット上で行われる多種多様なコミュニケーションの中には、他人の権利を侵害するものが存在する。そのうち、名誉権が侵害される、いわゆる「インターネット上の名誉毀損」も数多くみられる。
 インターネット技術の急速な発展と変化に伴い、人々のオンライン上のコミュニケーション方式も急速に変化している。そのようなコミュニケーション方式の変化に伴い、インターネット上の名誉毀損もまた変化している。
 かつては、パソコン通信(注1)上の名誉毀損が問題となっていた。
 その後、5ちゃんねるのような匿名掲示板(注2)における名誉毀損が重大な社会問題となり、2001年にはプロ責法も制定された。近年ではその比重が相対的に落ちているものの、掲示板(注3)上の投稿をまとめたいわゆる「まとめサイト(注4)」等による名誉毀損や、まとめサイトへの転載による被害拡大も問題となっている。
 また、ブログ(注5)時代の到来につれ、ウェブサイト上の名誉毀損から、ブログ上の名誉毀損へと問題の焦点が移るという歴史的展開が存在した。
 さらに、近年のSNS(注6)の隆盛により、SNSにおける名誉毀損が重要な焦点となっている。SNSにおいては、自分の友人と会話をするつもりで気軽に投稿するユーザーも少なくないことから、不注意で他人の名誉等を傷つける事例がより多くみられるだけではなく、特に、気軽に情報を転載・共有できることから、(少数の)「友達(Facebookの場合)」や「フォロワー(Twitterの場合)」等と会話し、ないしは愚痴を述べただけのつもりが、瞬く間に「祭り」「炎上」という形で多くの人の目に触れることになり、対象者の名誉を大きく傷つけることになる可能性がある(注7)。そこで、近年では少なからぬ企業がSNS規程等を作成したり、従業員に対して研修を行う等によって、(勤務時間外についても)従業員がSNSを利用する際に注意すべきことを明確化し、企業の信頼を失墜する事態を回避しようとしている(注8)。
 本書は、このようなインターネットの急速な変化に伴い、急速に変化を遂げつつあるインターネット上の名誉毀損の実情を踏まえ、インターネット上の名誉毀損に関する法理論と法実務がどのように変化したのかを考察する。
 特に、インターネットの発達により、これまで発信手段をもたなかった一般私人が発信の機会を得たことは重要である。もちろん、発信の機会があるといっても個別の投稿が多くの人に「読まれる」とは限らない。しかし、多種多様な事実や意見が公開され、それが公的な討論の対象になり得るということの意義は決して小さくないだろう。インターネット時代には、マスメディアによって濾過された後の意見のみが公開されていた時代よりも、「質の低い(注9)」情報の数が必然的に増えることにはなるものの、(上記のような、意図せず「炎上する」事案とは異なり)無名の一般私人の調査結果や意見が、その内容のよさからスポットライトを浴び、多くの人の意思決定に影響を与えることも場合によってはあり得るという意味で、一種の「思想の自由市場」が出現したことの意義は否定できないだろう(注10)。
 このような背景を踏まえ、インターネット上の名誉毀損においては特に表現の自由の保障と名誉権の保障との間の微妙なバランスをいかにとるかが特に重要な問題となってくるであろう。そのバランスのとり方によっては、極端な場合には、インターネットが誹謗中傷も野放しの「無法地帯」になるかもしれないし、逆に、名誉毀損と指弾されることによる萎縮効果のため、思っていることを自由に表現できなくなり、「思想の自由市場」が消滅するかもしれない。その意味で、双方のバランスを探る営為は非常に重要である。
 本書は、このような問題意識を踏まえ、インターネット上の名誉毀損における諸問題について、従前の理論と実務の蓄積(注11)を踏まえながら、この理論と実務がどのように変わったか、変わるべきかを裁判例分析の手法を中心に検討する。
 ここで、法実務という意味では、手続法(37頁)は確かに重要である。インターネットの匿名性により簡単に表現者を特定できず、また投稿が原則としてそのままインターネット上に残ることから、プロバイダ(注12)に対し表現者の情報の開示を請求したり、表現の削除(送信防止措置)を請求するといった手続が新たに必要となった。実務においては、プロ責法や関係ガイドライン(38頁)に基づき従来型の名誉毀損とは異なる、固有の手続が運用されている。そこで、このような手続に関する情報は、インターネット上の名誉毀損に関する法実務を考察する上で一定の重要性があることは否定できない。
 もっとも、このような手続については、既に類書が出ている(例えば関小川、清水及び清水神田中澤)ばかりではなく、ウェブサイト毎に実務が異なり、同じウェブサイトでも比較的短期間に実務が変わるばかりか、被害が多発する重要なウェブサイト・サービスも比較的短期間のうちに新規に登場する、書籍という媒体で情報を提供する場合には相当高頻度での改訂が必要で(注13)、さもなければ急速に情報が陳腐化しかねないという問題が指摘できる(注14)。
 そこで、本書においては、インターネット上の名誉毀損の問題に関する実体法の解釈及びその適用に焦点を当てて検討したい。実体法というのは、民事でいえば主に、ある表現が名誉毀損として不法行為(民法709条)や人格権侵害が成立するのかという問題である。刑事でいえば主に、それが名誉毀損罪(刑法230条)の構成要件に該当する違法で有責な行為であり、公共の利害に関する場合の特例(刑法230条の2)にも該当しないものであるかという問題である。
 なお、インターネットのインフラ化(35頁)に伴い、マスメディアもインターネットを活用するようになっている。例えば、ニュースサイトや大手新聞社や雑誌社のウェブサイトには、新聞記事や雑誌記事等が掲載されている。そこで、新聞記事や雑誌記事による名誉毀損という従来型の名誉毀損が中心的な問題となっているものの、それと同時に当該記事がインターネット上にアップロードされていることから、インターネット上でも名誉が毀損されるという事例がままみられる(#280428A(#281109Bで上告不受理)等多数)。
 このような事例では、実体法上の論点が従来型の名誉毀損とほとんど変わらないことも多い。そのような事例を含めてしまえば、従来型の名誉毀損固有の問題も含めすべての論点を検討しなければならなくなってしまう。
 本書の趣旨は、「インターネットによって、従前の法理論はどのように変容したのだろうか」という問題意識からの、インターネット上の名誉毀損法の研究である。そこで、本書は、従来型名誉毀損における議論はあくまでも、インターネット上の名誉毀損を検討する上で必要な限りで参照することとした。その結果、従来手厚く検討されていた論点のうち、メディアスクラムの問題(注15)等についてはあえて記載していない。もちろん、表現内容の特定、社会的評価低下の有無、真実性・相当性の法理、公正な論評の法理等、従来型でもインターネット上の名誉毀損でも共通して重要な論点については、従来型の名誉毀損に関する理論と実務について触れている。ただし、同様のことを述べる裁判例が複数存在する場合には、最高裁判例がある場合を除き、2008年以降の比較的新しい裁判例を中心に引用した。もちろん、従来型名誉毀損においては必ずしも重要な論点ではなかったものの、インターネット上の名誉毀損で頻繁に問題となる対抗言論の法理、転載・リンクに関する問題等についてはこれを厚く論じることとしている。
 
2 インターネットの特徴毎の留意点
 
(1)はじめに
 上記のような目的をもってインターネット上の名誉毀損法を検討する上では、インターネットの特徴と、その特徴毎の名誉毀損法に関する論点を最初に頭出ししておくことは有益であろう。
 ここで、インターネットの特徴及びインターネット上の名誉毀損の特徴というものについては、それぞれの論者毎に異なる議論がされている。例えば、佃170〜171頁は双方向性、匿名性、損害拡大の容易性、表現者と管理者の分離を挙げる。堀部9頁は、プロ責任法の文脈で、個人の情報発信、匿名性、コピーの容易性、国際性、複数のプロバイダを渡り歩くことの容易性等を指摘する。
 松井名誉毀損373頁は、相当性の理論のインターネット上の名誉毀損への適用という文脈であるが、信頼性が確かとはいえないこと、ジャーナリスト以外による発信、反論の可能性、言論市場の個人への開放等を指摘している(注16)。
 これらの多様な見解のうちの、どれかが正しく、どれかが間違っているということではなく、まとめ方や説明の問題という点が大きいと思われるので、説明の便宜上、一般私人による公衆への発信と読者数(層)の激変可能性、匿名性、リンク・転載の容易性、時間・空間の超越、そしてインフラ化(多様化)という切り口で、インターネットの特徴がそれぞれ名誉毀損法のどの論点と関連するのかについて、主に実体法の観点から、簡単に触れたい。
 なお、名誉毀損の要件については、59頁以下で詳述するが、結論からいえば、民事でも刑事でも、公然と対象者の社会的評価を低下させた場合(ただし刑事では事実の摘示によるものに限る)に原則として名誉毀損が成立するが、表現の自由との調和のための重要な例外があり、対象者の社会的評価が低下した場合でも、事実を摘示することによる名誉毀損については真実性・相当性といわれる法理により、意見・論評による名誉毀損(ただし民事に限る)については公正な論評の法理といわれる法理により、表現者を救済している。
 
(2)一般人による公衆への発信(双方向性)と読者数(層)の激変可能性
 事実上マスメディアのみが公衆に対して発信できたにすぎない時代と異なり、インターネットの発達によって、一般私人が公衆に向けて発信することができるようになった。
 しかし、「公開の場」での発信であっても、一般私人が行う大量の「発信」のうち、多くの読者に受信されるものは極一部であり、大多数は、友人等の限定的な範囲の人に読んでもらえるにすぎない。特にSNS時代においては、SNSでつながっている友人(・知人)が主な読者であることを念頭に置いて(注17)、投稿がされることも少なくない。従来、少数人しかいない密室で行われる「居酒屋談義」において類似の表現がなされた場合には、公然性がない等として名誉毀損の問題にされることはほとんどなかった。インターネットで公開された表現について公然性を否定するのは容易ではない(139頁)ものの、一般私人による投稿の場合、「公開」されているとはいえ、通常は読者数は少ない。しかし一旦「炎上」して「祭り」となると、多数の人がそれを読み、拡散していくことから、それまでとは全く異なる桁の人数、全く異なる層の人がその投稿を読むことになる(注18)。
 これを名誉毀損の文脈でいえば、まずは、公然性(139頁)の有無が問題となる。例えばSNSでは公開範囲を制限できるが、友人限定や友人の友人に限定して公開した情報が名誉毀損となるのかが問題となり得る。
 次に、友人等の自分の意図が通じる人を読者として念頭に置いている表現が少なくないため、その表現の趣旨が明らかではないことも多い。そこで、その意味をどのように理解すべきか、例えば、どのような事実を摘示したものか(61頁)、どのような意見を表明したものか(279頁)等が問題となり得る。
 さらに、このように一般人の投稿であり、事前に慎重な調査や検討が必ずしもなされていないことや、あくまでも「一個人の感想・意見」というレベルの内容にすぎないことも少なくないことから、当該摘示された事実(96頁)や意見(287頁)が社会的評価を低下させ、名誉毀損として不法行為や犯罪が成立するというべきかが問題となる。
 そして、仮に当該表現が対象者の社会的評価を低下させるものであった場合には、いわゆる真実性・相当性の法理(199頁)や公正な論評の法理(302頁)といった抗弁事由(違法・責任阻却事由)が問題となるが、これまでのマスメディアによる名誉毀損について採用されてきた、内容が公共の利害に関するか、表現の目的が公益を図るためか、取材を十分に行っていたかといった判断基準をそのまま用いることが果たして合理的かも問題となり得る。
 さらに、一般私人が発信できるということは、表現者だけではなく対象者も発信、反論ができるということである。そこで、対象者の不当な投稿に誘発されて表現者が投稿を行った場合や、対象者が事後的な対抗言論によりその社会的評価を回復できる可能性をどのように考えるか等が問題となる(316頁)。
 
(3)匿名性
 次に、インターネット上においては、匿名・仮名でも投稿することができ、ハンドルネーム等を使ってインターネット上で活動する人も少なくない。
 表現者の匿名性という点を捉えれば、対象者が自分の名誉を毀損されたとして権利を行使する場合に、誰が表現者か分からないことから、その権利行使が容易ではないという点が挙げられる。この問題の解決のために、プロ責法に基づく開示請求等、表現者を明らかにする方法の検討が必要となる(37頁)。
 また、対象者の匿名性という点では、果たして当該表現により「対象者」の名誉が侵害されたのかという問題が生じる。従来型の名誉毀損においても、いわゆる匿名報道等の場合にはこの問題が生じていたが、インターネット上の名誉毀損においては、例えば、ハンドルネームを用いてインターネット上で活動する対象者について、そのハンドルネームを摘示して名誉を毀損する表現がなされた場合の問題も生じ得る(169頁)。
 
(4)リンク・転載の容易性
 インターネット上では、リンク・転載が容易である。表現者が、例えば第三者の作成したウェブサイトにリンクを貼って、それに対するコメントを記載したり、場合によっては第三者の投稿のURLだけを発信することもある。また、第三者の作成した情報を転載することもでき、SNS時代には、「いいね!」やリツイート等の形で非常に簡単に転載することができる。もちろん、新聞記事や雑誌記事を転載するといったこともあり得るため、従来型名誉毀損でも転載の問題はあったものの、その容易性は大きく異なる。
 表現者のリンク転載行為が名誉毀損とされるか否かを判断する際には、表現者の表現内容の特定(344頁)や、その表現が対象者の社会的評価を低下させるかに関して、リンク先の内容がどのように影響するかが問題となる(348頁)。
 また、このような既に公表されている内容へのリンク・転載が対象者の名誉を独自に毀損するか検討が必要だろう(351頁)。
 加えて、転載等が繰り返されると、情報の削除が困難となり、また、被害が甚大なものになりかねない。この点は損害の算定で考慮されるだろう(注19)(359頁)。
 なお、「第三者」が表現にリンクを貼り、ないしはこれを転載してしまい、「祭り」ないし「炎上」する可能性があるという点は既に述べた。
 
(5)時間・空間の超越
 インターネットは時間と空間を超越する。インターネット上の表現は日本国内だけではなく、世界中から閲覧することができる(注20)。また、表現者の投稿後、いつでも閲覧することができることも多い。
 空間の超越という面は、国際名誉毀損と関係する(53頁)。日本国内であれば最終的には不法行為の成否や名誉毀損罪で有罪となるか否かは日本の裁判所で日本法に基づき判断されるということになる。しかし、例えば外国企業が日本企業の名誉を毀損するプレスリリースを出した場合(注21)には、これがどこの国(地域)の裁判所で争われるべきかという国際裁判管轄(53頁)や、どの国(地域)の法律に従い争われるかという準拠法(55頁)の問題が生じ得る(注22)。
 時間の超越により削除されるまでは名誉毀損結果が継続するので削除請求(40頁)を必要とする。また、時効の起算点(392頁)や損害算定の際の考慮事由にもなる(359頁)。逆に、アーカイブの問題も生じる(239頁)。
 
(6)インフラ化(多様化)
 最後に、インターネット上の名誉毀損法の理論と実務を考える上で意外と重要なのが、インターネットがインフラ化したということである。
 「インフラ化」というのは、インターネットが私的にも公的にも、あらゆる場所におけるコミュニケーションの不可欠なインフラとして活用されるということである(清水1頁)。
 インターネットが一部の人だけが使うものであった時代には、インターネットが利用されるシチュエーションは限定されており、そのような限定された場合に関する「インターネットの名誉毀損の特徴」を考えればそれがほぼすべての場合にあてはまるといっても差支えなかった。しかし、既に、インターネットの利用形態が多様化した。従来型の名誉毀損法において、マスメディアにも新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等多種多様なものがあることから、それぞれの特色を検討する必要があるように(例えば、佃145頁以下)、インターネット上の名誉毀損法においても、インターネット上の各サービス(媒体)やそれが用いられるシチュエーション(紛争類型)毎に検討しなければならない。
 例えば、公然性(139頁)に関する、インターネットは世界に公開されているから、インターネット上の言論には原則として公然性があるという議論(注23)は、ウェブサイト等では基本的に首肯し得る議論である。しかし、1人の相手にメールを送る場面や、SNSのメッセージ機能を使って2人で相互にメッセージを送りあう場面等、従来型の名誉毀損における電話や手紙のアナロジーで公然性を否定すべき場合も少なくない。さらに、公開範囲を友人に限定して行われたSNSの投稿等の場面では、単純な従来型の名誉毀損におけるアナロジーを適用しにくい。
 このように、インターネットの各サービスの多様性を考慮せず、一律に「インターネットだから○○すべきだ」という理論は説得力を欠くだろう。例えばインターネット上の名誉毀損に関する有名な最高裁決定である#220315は、個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって、おしなべて、閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって、相当の理由の存否を判断するに際し、これを一律に、個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はないと判示しているが、これは、このことを示唆している(注24)。インターネット上の名誉毀損の成否を検討する際に、各サービスの多様性に鑑みて判断することは、最高裁の考え方とも整合的である。 このような各サービス、シチュエーション(紛争類型)毎の検討については、第1編総論において「サービス毎の特徴」(27頁)として、裁判例で取り上げられている各サービスに関する特徴の抽出を行った上で、第3編実務編において、最近のインターネットの実情に鑑み実務で発生することが多そうなシチュエーションの具体的事例について検討することとしている。
 
3 本書の構成
 
 以上のような特徴に鑑み、インターネット上の名誉毀損を理解する上では、
・サービス毎の特徴
・法律上の要件
・シチュエーション(紛争類型)毎の相違
等を理解することが必要である。また、いくら実体法を重点的に検討するといっても、インターネット上の名誉毀損を理解する上で最低限触れておくべき手続法の問題も存在する。
 以上のような点に鑑み、本書の構成は、3編構成とすることとした。
 第1編では総論として、各サービスの特徴や、手続法の基礎的な内容を含む前提となる事項を説明する。
 第2編では名誉毀損の法律要件及び効果に関して問題となる各論点について、従来型の名誉毀損に関する議論の蓄積を簡単に紹介した上で、インターネット上の名誉毀損に関してその法理論は変容したのか、どのように変容したのか、そのような変容でよいのかを検討する。
 第3編は実務編として、第1 編と第2 編での検討結果を踏まえ、インターネット上でよくみられる名誉毀損のシチュエーションを紛争類型毎に分類し、具体的な相談事例において弁護士が表現者・対象者にそれぞれどのようなアドバイスをするべきかを説明することとする。その上で、山田が、中立的立場からのコメントを付している。
 

(1)ニフティサーブ等の特定のネットワーク内でユーザー同士が会議室、掲示板、チャットルーム等で交流する通信サービス。パソコン通信は厳密な意味での「インターネット」とはやや異なるが、本書では、パソコン通信上の名誉毀損についてもインターネット上の名誉毀損として扱う。
(2)インターネット上で誰でも匿名で投稿ができる掲示板であり、個別のテーマ毎にスレッドといわれる個別の掲示板が作成される。なお、本書初版時代は「2ch」であったが、「5ch」になった(当該掲示板は途中で複数に分かれており、2019年2月時点でも「2ch」も残っている)。
(3)本書で「掲示板」というのはインターネット上の(匿名)掲示板のことを指す。
(4)他のウェブサイト等のインターネット上の情報を編集しまとめたウェブサイト。掲示板だけではなく、最近ではSNS上の投稿をまとめたまとめサイト等も出現している(後述#300628(#301211で上告不受理)等参照)。
(5)日記作成機能をもったオンラインサービスのうち、SNSを除くもの(総務省調査15頁)。
(6)人と人とのつながりを捉進サポートする機能をもち、ユーザー間のコミュニケーションがサービスの価値の源泉となっている会員専用のウェブサービス(総務省調査16頁)。
(7)そればかりではなく、炎上の結果として、表現者自身やその所属先が大きな批判を浴びる可能性もある。
(8)松尾剛行『AI・HR テック対応 人事労務情報管理の法律実務』(弘文堂、初版、2018)333頁も参照。
(9)そもそも何をもって質が高いかという問題があるが、結果的に名誉毀損・名誉感情侵害と判断される違法な投稿は少なくとも「質の低い」といってもよかろう。
(10)もっとも、筆者(松尾)が関与した案件では、一般私人である表現者が、SNS上で何万ものフォロワーを獲得して、誹謗中傷を大量に拡散する事例もあり、問題はその「使い方」であって、必ずしも伝達・拡散の可能性の広がりそのものをもって諸手を挙げて賞賛すべきとは限らない。
(11)特に実務を踏まえた論点の頭出しとそれに関する従来型名誉毀損に関する判例の分析という意味では佃の貢献が大きいと考えており、本書でも必然的に同書を引用することが多くなっている。
(12)インターネットに関するサービスを提供する業者(40頁)。
(13)今回は、勁草書房様のご厚意で、初版から3 年後という比較的早期の改訂が可能となったが、この間にも、例えば、ログイン情報問題(関小川163 頁)等手続については様々な変遷が極めて速いスピードで発生しており、これらにリアルタイムでキャッチアップをすることのは容易ではない。
(14)その意味では、例えば電子書籍やウェブサイト等の迅速な更新が可能な媒体で情報提供するのが望ましいかもしれない。
(15)例えば、佃は本文633頁のうち、メディアスクラムを中心とする名誉毀損の報道に関する諸問題について27頁を費やしている。
(16)その他、岡村坂本117頁、関小川4~5頁等も参照。
(17)場合によっては、世界中の誰でもが「見ようと思えば」見ることができることを完全に忘れて投稿がなされることもある。
(18)なお、匿名掲示板とSNS との間では、大きく分けて、テーマ・トピックへの関心でつながるという特徴のある匿名掲示板と、表現者への関心でつながるという特徴のあるSNSという違いがあり、炎上した場合の予想外の人への拡散の問題は、特にSNSにおいてあてはまりやすいと思われる。
(19)情報がインターネット上に流出すると、その伝播性・波及性から全世界に情報が広がる可能性があり、情報を完全に削除することは困難とした#260115(#270414が引用。また#241015等も同旨)やインターネット上の電子掲示板に投稿された情報が容易に転載等により伝播し得るもので、現に、記事が少なくとも600 ものサイト(いわゆるミラーサイト)に転載されたことが認められるとした#260424B等参照。
(20)もちろん言語の問題があるので現実的には日本語の記事は日本で読まれることがほとんどであろう。
(21)#280310A、道垣内正人・古田啓昌編『実務に効く国際ビジネス判例精選』(ジュリ増刊、有斐閣、初版、2015)148 頁〔内藤順也・松尾剛行〕。
(22)筆者(松尾)も、シンガポール法が適用されるかそれとも日本法が適用されるかといった点が問題となったインターネット上の国際名誉毀損事件を取り扱った経験があるが、外国弁護士との協力が必要である等、固有の問題が多いと感じている。
(23)不特定多数人が容易に閲読することのできるインターネット上でなされたものであるから、公然性のある表現行為であることは明らかであるとした上記#220315の原々審である#200229等も参照。
(24)また、同決定の調査官解説も(対抗言論の成否の文脈において)「インターネットには、無数の掲示板、ホームページ、メーリングリスト等、分散した多種多様な表現手段があ」るとしている(平成22年度調査官解説)。
 
 
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