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あとがきたちよみ
『大災害と情報・メディア』

 
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三友仁志 編著
『大災害と情報・メディア レジリエンスの向上と地域社会の再興に向けて』

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はじめに
 
 宮城県気仙沼市にあるリアス・アーク美術館に,「東日本大震災の記録と津波の災害史」という常設展示がある。ここには被災物と併せて多くの写真が展示されている。写真には,【東日本大震災を考えるためのキーワード】が添えられており,被災地あるいは被災者として見えてきた課題や後世に伝えるべき教訓が記されている。
 キーワードのなかに,「情報」,「情報…ラジオ」,「情報…テレビ」,「情報…インターネット」といった,本書に関連深い項目があり,その内容は示唆に富む。例えば,「情報…インターネット」には,次のような解説が加えられている。

 インターネットを活用したコミュニケーション,情報の活用が普及していたことにより,東日本大震災では様々な難局が解消されたことだろう。ネットを利用した救難要請,安否確認や,被災地情報,避難所情報,物資情報の収集など,様々な用途でインターネットが有効活用された。また多くの商店が被災したことで生活用品の購入が困難になった被災地ではネットにより通信販売等を利用する機会も増えている。
 インターネットの機能は,今後さらに進化を続けるだろう。その進化の方向性の一つとして,災害への対応能力をさらに強化してもらいたい。
(リアス・アーク美術館,2013 年10 月5 日訪問時に収集)

 そのほか,現代人が情報に命を託しているという現実,しかし情報から行動を起こす機序の必要性,震災の混乱のさなか最も信頼できる情報源であるはずのテレビが使えなかったこと,ラジオの重要性など,震災の経験から得られた教訓には,心を動かされる。
 大災害時に適切な情報の提供が重要であることは論を俟たない。テレビやラジオなどの伝統的なマスメディアおよび近年急速に利用が拡大しているソーシャルメディアから提供される情報は,人びとの行動や認知に多大な影響を与え,社会生活において必要不可欠なものとなっている。スマートフォンの普及に伴い,日常生活においてはソーシャルメディアあるいはパーソナルメディアがコミュニケーションの主流となり,情報の提供,伝達においてもそのウェイトはますます高くなっている。しかし,ソーシャルメディアは従前からあるマスメディアに対して必ずしも代替的ではなく,時には補完的にあるいは相乗的に利用者に情報を伝達する役割を果たしている。大災害時には,アクセス可能なメディアは限られていることが多く,また適切に情報が提供,伝達されるとは限らないので,どのように情報を得るか,あるいはどのような情報を得るかによって,ときに命運が左右される。
 情報は災害の渦中にある人びとの意思決定と行動にとり決定的な役割を果たす。加えて,メディアによって拡散した情報は,ショックを伴って多くの人びとにインパクトを与える。その衝撃によって,その後のボランティア活動への参加や寄附などの援護活動,さらには新たな災害に備えるといった行動が惹き起こされる。
 情報の必要性,重要性は,それを受け取る側にとっては「情報の価値」としてとらえられる。情報の価値はきわめて主観的であるが,主観的価値を客観的に評価することは重要である。同時に,情報の重要性は,その情報を提供するメディアの価値にも反映する。なぜならば,情報の伝達には媒介が必要であるから,重要な情報が伝達されたということは,すなわちそのメディアの重要性に通ずるのである。
 
 東日本大震災は,防災・減災および大規模災害からの復興における情報通信およびメディアの役割を再考する大きなきっかけとなった。早稲田大学「通信とメディアが大災害からの復興と地域社会の再興に果たす役割の解明」プロジェクトでは,地域社会やコミュニティの役割に着目し,通信およびメディアの提供する情報が,大規模災害からの復旧・復興に果たす役割を解明することを目的として,2013 年度から研究を続けてきた。災害に関しては,土木などの工学的な研究に注目が集まるが,発災後の人びとの的確な行動や,安心・安全を保つためには,情報をいかに適切に提供するかが重要であるとの認識に立ち,情報と人びとの行動の関係,情報を効率的にかつ的確に提供するための方策,災害の記憶をとどめるための工夫に関する研究を推進してきた。
 本書は,プロジェクトに参加する研究者が,上記の目標に向けて進めてきた研究に基づき,その成果の一部をとりまとめたものである。各研究者の興味は多様であるが,一致していることは,情報通信あるはメディアが災害時に社会において果たす役割を,社会科学的視点に基づいて研究を行っている点である。
 ときに災害はわれわれの予想を超えて発生するが,それでも経験を科学的に分析し,今後起こりうる大災害やそれに伴う社会の混乱を適切に管理するための準備を進めることはきわめて重要である。発災時のみならず,その後の復旧・復興においても情報の適切な提供をロングテールで提供することが求められる。すなわち,的確な情報の提供とコミュニケーションの形成,コミュニティの活用を通じて,情報が市民のモチベーションを高め,再興に向けた動きを加速し,地域社会を活性化することが期待されているのである。本書は,そのための方向性を示すことを目指している。以下,各章の概略を示す。
 
 第1 章では,熊本地震,九州北部豪雨,西日本豪雨等の近年の大規模災害の教訓を踏まえて,地区防災計画,事業継続計画等の地域住民や企業によるボトムアップ型のコミュニティ防災・企業防災の手法に着目しつつ,社会の脆弱性を減少させているICT の役割について考察を行っている。ICT を活用して地域コミュニティの防災力を向上させていくにあたってのポイントとして,①人間の判断とICT・AI の融合,②身近な普段使いのアプリの多面的な活用,③災害を我が事と考えるためのICT の活用,④記憶の風化を防ぐためのICT の活用,⑤防災を意識させない防災(結果防災・生活防災)のためのICT の活用等がポイントであることを明らかにしている。
 
 第2 章では,災害時における自治体公衆無線LAN の整備とその効果について分析している。全国の自治体が整備を進めている公衆無線LAN は,平時の観光利用により地域経済へのプラス効果を期待する一方で,防災時には情報通信ネットワークの確保を担当するという2 つの機能を1 つの物理的設備で満たすというリバーシブル活用が志向され,設置箇所が増加している。しかし,設置後の維持・改善への取り組みは十分とはいえず,事業の維持に必要なPDCAサイクルが十分に回せているとはいいがたい。2016 年度以降,筆者が実施している公衆無線LAN の実効品質調査,および全国地域情報化推進協会が2017年11 月に実施したアンケート調査の結果を踏まえ,自治体公衆無線LAN 提供の実態および問題点を明らかにし,有効活用のための戦略について提言している。
 
 第3 章では,情報を受容する人びとの主観的評価に基づいて,情報がメディアを通じて人びとにどのようなインパクトを与え,災害後の行動に結びつくかを解明する。東日本大震災では,被害や影響が広域にわたったため,とりわけ情報の役割が大きくクローズアップされた。テレビの地デジ化がほぼ完了し,アナログ地上波テレビ放送が間もなく停波を迎えるタイミングであったことから,停電を免れた地域では,発災直後の生々しい被害の様子が高精細の映像によって家庭に配信され,人びとに強いインパクトを与えた。映像は,実際に経験したと同じほどの,あるいはそれ以上のインパクトを見る者に与えることがありうる。メディア情報の持つインパクトを実際の被災体験との対比から検証している。
 
 第4 章では,マスメディアとインターネットメディアが統合されつつある今日のデジタル社会において,メディアは同質化あるいは異質化いずれの方向へ進みつつあるかという疑問に対し,2016 年の熊本地震を事例に,メディア情報の受容者の視点から答えを求めている。メディア研究におけるメディアシステム依存と知覚されるイメージという概念に基づき,災害時の異なるメディア利用,異なるメディアによる災害報道を視聴者がどのように知覚するのか,さらには,知覚されるイメージは異なるメディア利用に関係しているのか否かという3 つの視点から分析を行っている。
 
 第5 章では,震災復興期における地域放送メディア,特に民放テレビの地方局の役割について検討を行い,利用者が復興期の民放テレビの地方局の役割にどれくらいの価値を見出しているかを考察する。東日本大震災や熊本地震などの震災に直面した際には,多くのメディアがその長所を活かして多面的な貢献を行っている。なかんづく,震災復興期には,地域放送メディアすなわちテレビの地方局や地域ケーブルテレビはきめ細かい報道を行い,地域に根差した番組を放送することで,震災地域住民に対する「力づけ」となることが期待されている。本章では,復興期において地域放送メディアがどのように力づけの役割を果たしているかを考えるとともに,仮想的なシナリオを背景とした複数の価値測定結果を比較検討している。
 
 第6 章では,災害対応における「自助」の重要性,今後の巨大地震の発生確率と被害想定,大災害時の通信手段と通信各社によるサービス,およびビッグデータ利活用の意義と課題について述べ,「大震災時にビッグデータを活用したサービス利用に関する実証研究」の目的,先行研究,対象,研究方法を説明し,調査の概要と結果を詳述している。Contingent Valuation Method(CVM)を用いて,個人情報に対する支払意思額の推定結果と属性による影響の推定結果を示している。最後に,研究の課題とパーソナルデータ活用の事例を述べている。
 
 第7 章では,「災害時における個人情報利活用サービスにおいて,いかなる要因がプライバシーに対する懸念に影響を与えるか?」という点を明らかにする。地震等による災害が発生した場合,医療体制の整備やライフラインの確保が重要となるが,これらを効率的に実施するために,ICT の利活用が重要となる。例えば,避難経路の検索,避難場所の把握,不足物資の状況の把握,医療施設の状況の把握などでICT は非常に役に立つ。災害時には個人情報を利用したICT サービスが有効であるものの,プライバシーの侵害に対する懸念もあることから,サービスを展開するためには,個人のプライバシーに対する懸念を低減させる必要がある。研究を通じて,個人がプライバシーに関して懸念を抱かずに利用できるサービスが実現でき,災害時のサービス利用拡大に貢献できることを明らかにする。
 
 第8 章では,2011 年の東日本大震災と2016 年の熊本地震において,地元ローカル局が発災の一報から被災後の支援に至る各フェーズで果たした役割と機能を,被災者への調査と事業者へのヒアリングなどから検証している。結論として,東日本大震災ではラジオ,熊本ではテレビがほぼすべてのフェーズ,情報分野において最も有用なメディアとして被災者から認識されており,信頼性も最も高いメディアであった。一方,今後の課題としては,不確かな情報が錯綜する大規模災害時に情報の信頼性を確保するシステムの構築や東日本大震災時の津波からの避難情報や悲惨な被害情報の伝え方のような,情報の効果的かつ適切な伝え方の問題などがあることを明らかにしている。
 
 第9 章では,東日本大震災に関するアーカイブの3 つの事例を,インタビュー,参与観察および二次資料の分析に基づき,比較検討する。第1 の事例である「311ドキュメンタリーフィルム・アーカイブ」(在山形市)をアカデミック・アーカイブ,第2 の事例である「3 がつ11 にちをわすれないためにセンター」(在仙台市)をコミュニティ・アーカイブ,さらに第3 の事例であるリアス・アーク美術館常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」(在気仙沼市)をアヴァンギャルド・アーカイブとそれぞれ特徴付けることによって,多様なアーカイブ活動を許容する空間を保証することが,シビック・メディアとしてのアーカイブの役割であるという結論を導き出している。
 
 第10 章では,L アラートを事例に,自治体におけるレジリエンス向上の方策について分析している。東日本大震災後にICT 活用型の防災・減災のメカニズムの構築が進められ,その典型として,自治体が入力する警報・避難情報を自動的に複数のメディア等に伝送するシステムのL アラートが挙げられる。L アラートでは,地上波テレビやラジオのほか,データ放送やネットニュース,モバイルアプリにも情報を伝達可能である。一方,官民データ活用推進基本法の成立により,自治体や企業の持つデータの公開と利用がさらに進むと見られる。ここでは,その仕組みづくりに向けた検討として,市民へのアンケート調査結果,L アラートのメディア企業側へのアンケート調査結果,および自治体へのインタビューに基づき,データ・リテラシーの観点が必要であることを指摘するとともに,先進事例から得られる示唆をまとめている。
 
 本研究は,早稲田大学を通じて国際メディア財団から得た研究助成金の成果の一つである。ここに記して,国際メディア財団および早稲田大学に感謝の意を表したい。本書が災害時における情報の重要性をあらためて認識する新たなきっかけとなり,情報提供の観点から将来起こりうる災害時に効果的に対処するための一助となれば幸いである。
 
2019 年2 月
早稲田大学「通信とメディアが大災害からの復興と地域社会の再興に果たす役割の解明」プロジェクト代表
三友仁志
 
 
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