※本書の「たちよみ」公開が書誌情報ページにあります。ぜひご覧ください。⇒<https://www.keisoshobo.co.jp/book/b10154377.html>
単行本『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』をゼミやワークショップで使っていただく機会も増えたようです。著者の畑仲哲雄さんから、「こんなふうに使っていますよ」という使い方の紹介記事が届きました。今回は具体的なケースではありませんが、番外編の使い方事例をお届けします。[編集部]
「『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』を授業でどう使ってるの?」――。ある日、他大学の教員から問われ、なるほど、そういうことも書いておくべきだったかなと反省しました。
この本を授業でどのように使うかは、著者のわたし自身が試行錯誤して、いい方法があったら逆に教えてもらいたいところですが、さしあたり、わたしが勤務先の龍谷大学でどのように使っているかを述べてみたいと思います。
■小グループで討論
わたしはこの本をグループディスカッションで使っています。授業では学生たちを4~5人のグループに分けて、小グループで討議させています。グループの作り方は、誕生日チェーンやケータイ番号下2桁チェーンなど、毎回なるべく異なるメンバーが顔を合わせるようにするのが良いと思います。
ところで、この本には計20の事例(ケース)が収録されています。大学の授業は半期15回なので、1つの講義で1つのケースを採りあげると5つ余ります。学生のリアクションを確かめながら、「これは難しいかな」と思うものは、飛ばしてもいいでしょう。ちなみにわたしは授業のなかほど(7~8回目あたり)で「今後どのケースを考えてみたい?」と学生に問いかけ、学生に選んでもらっています。
■ルール説明
学生たちには、次のような説明をします。
計20のケースは、すべて【思考実験】→【異論対論】→【実際の事例と考察】の3つの部分で構成されています。
ディスカッションは2回おこないます。最初に【思考実験】を読んだところで1回目のディスカッションをおこない、素朴な感情を表明し合ってもらいます。次に【異論対論】のところで2回目のディスカッションをしてもらい理性的な討議を試みてもらいます。
どのケースも「絶対正しい答え」はありません。勝ち負けもありません。
さて、誕生日チェーンやケータイ番号下2桁チェーンでグループができたら、グループ内で自己紹介してもらいます。たんに名前を言うだけではつまらないので「昨夜から今朝にかけて気になったニュースについて一言述べよ」などのルールを課すのも一考。各グループにチーム名をつけさせると内部に連帯感が生まれるから不思議です。
■ノートに記入欄を作る
まずは準備作業。まず受講生全員にペンを握らせ、ノートを開かせます。そして、その日の日付とケースの名前(取材謝礼を要求されたら、など)を記入させたあと、下記のような小見出しを書かせます。
①直観
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____________________
②多数意見と少数意見
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■第1ラウンド(直観を受け入れる)
さて、ようやく本番です。教員であるわたしは【思考実験】の見開きページを感情こめて朗読します。その際、分かりにくい用語については、適宜ミニ説明します。学生も教員も、このスタイルの授業に慣れないときは、朗読は2回やってもいいです。学生には、心に一番引っかかったところに赤ペンでアンダーラインを引かせてもいいです。
思考実験の朗読が終わり、AとBの選択肢を読み上げた段階で、【①直観】を記入してもらいます。Aの立場か、Bの立場か。その理由は何か。感想の箇条書きでもOK。あまり深く考えず、心の中に浮かんだ気持ちを理屈抜きでつづることが大切です。
【①直観】の記入が終わったら、1回目のグループディスカッションを始めてもらいます。ノートに何を書いたかを1人ずつ述べるのが良いでしょう。それが終わると、グループ内の意見が集約できるはずなので、ノートに【②多数意見と少数意見】に各自記入させます。各自のノートに記入するのではなく、グループごとにA3サイズの紙を配布して書かせてもいいです。
そして、各グループの代表者に、「自分たちのグループでは、4対1でAの意見が優勢でした」みたいな発表をしてもらいます。教員のわたしは、各グループの第一印象を黒板に記録して、クラス全体で共有できるようにします。
■各グループの結果報告
次に、各自のノートに以下の項目を作るよう指示します。
③熟考
________________________
________________________
④グループの結論
________________________
________________________
④については、各自のノートに記入するのではなくグループごとのA3の紙に書いてもらってもいいです。大切なのは、他のグループの議論の内容を知り、共有することです。
■第2ラウンド(理性を引き出す)
準備ができたら、わたしは【異論対論】のページを、こんども感情タップリに(ときに青筋立てて!?)読みあげます。あたかも2人の人間が議論しているように体の向きを交互に変えるのもいいでしょう(落語家のようにはいきませんけどね)。
【異論対論】のページは直観や気分ではなく、論理がメインになります。学生たちはじぶんの直観がどういう理屈に基づいているのかを確認できます。いわゆる理論武装ができるわけです。しかし学生たちは同時に、自分が依拠したい論理には、とても強力な反論があることにも気づかされます。つまり、にっちもさっちもいかない状態になるわけです。これぞジレンマですね。
そして、こんどは【③熟考】の項目に、【①直感】のときのA/Bの見解をいったん捨て、自分の理性的な見解を記入してもらいます。その際、【①直感】のときと見解を変えても構いません。わたしは学生たちに自分の意見を変えてみることを奨励しています。
【③熟考】を書き終えたら、各グループで2回目のディスカッションをしてもらいます。一人ずつ【③熟考】を読み上げたあと、しばらく自由に意見交換できる時間を作ります。このとき、グループによっては激論が交わされたり、笑いが起こったり、一番楽しい時間になります。
最後に【④グループの結論」をノートに書かせるか、グループごとのA3用紙に書かせるかして、リーダー役に発表してもらいます。
■議論の筋道を大切に
各グループの発表が終わったら、議論が二転三転したグループのリーダーをしっかり褒めるのが良いと思います。全員はじめから最後まで意見が同じで「私たちはブレなかった!」みたいに胸を張るグループがあったら、他のグループと議論をさせたり、教員が疑問をぶつけたりするのもいいでしょう。
最後に教員が【実際の事例と考察】を適度に端折りながら解説します。学生たちが発表した議論とシンクロする箇所があるはずなので、そこをできるだけ丁寧に読み、口頭で解説していけば60~70分の時間が過ぎているはずです。
残りの時間をミニレポートの執筆に充てられます。道徳的ジレンマには「絶対に正しい」という答えがないので、学生たちのレポート内容にも熱を帯びがちで、教員の側が逆に教えられる可能性もあるでしょう。
上記のほか、人数にもよりますが、哲学カフェのように自由な発言を促したり、各グループの模造紙とフエルトペンを配布してグループ発表させたりするのもアリ。対立する2つの立場に別れてディベートしてもいいでしょう。
■オマケ:社会人や記者とのワークショップ
わたしは龍谷大学の社会人向けの公開講座(RECコミュニティカレッジ)や、現役ジャーナリストの勉強会でも、この本を使ってワークショップを担当しています。その場合でも、基本的に学生向けと同じように、AかBかというシンプルな問いかけをして、計2回のディスカッションをします。
しかし、社会人やプロの記者たちはとても手強くて、「AでもBでもなく、Cという考え方もあるのでは?」という提案がなされることもあります。人生経験が豊富なひとが参加するワークショップは、ファシリテーターの側にも学びが多いですね。
以上、使い方の事例、ご参考になったでしょうか。不定期更新の本連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」ですが、次のケースをどうぞご期待ください。[編集部]
報道倫理のグレーゾーンへようこそ。ジャーナリズム現場で直面する20の難問を巡る思考実験に、さらなる理論的考察を加え増補改訂!
2026年1月17日発売
畑仲哲雄 著『増補改訂版 ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』
A5判並製・256頁 本体価格2500円(税込2750円)
ISBN:978-4-326-60387-9 →[書誌情報]
【内容紹介】 フェイクやヘイトが跋扈する今、メディア不信を放置していいのか? 緊急時に避難するには訓練が必要なように、思考も訓練しなければならない。これまでにジャーナリストが直面したジレンマを徹底考察。旧版の事例を一部差し替え、理論解説を追加し、実名報道、取材謝礼、内部告発、オフレコ取材、性暴力報道などを倫理的に問い直す。
【目次】
はじめに――報道現場のグレーゾーンへようこそ
第1 章 人命と報道
CASE:01 最高の写真か、最低の撮影者か
CASE:02 人質解放のために報道腕章を警察に貸すべきか
CASE:03 原発事故が起きたら記者たちを退避させるべきか
CASE:04 家族が戦場ジャーナリストになると言い出したら
〈その先へ〉 物語の第二幕
第2 章 被害と危害
CASE:05 被災地に殺到する取材陣を追い返すか
CASE:06 遺族から実名を出さないでと懇願されたら
CASE:07 加害者家族を世間からどう守るか
CASE:08 企業倒産をどのタイミングで書くか
〈その先へ〉 不幸を減らす第三の選択肢はあるか
第3 章 約束と義務
CASE:09 オフレコ取材で重大な事実が発覚したら
CASE:10 記事の事前チェックを求められたら
CASE:11 取材謝礼を要求されたら
CASE:12 ジャーナリストに社会運動ができるか
〈その先へ〉 義務をはたす第三の選択肢はあるか
第4 章 原則と例外
CASE:13 「選挙ヘイト」とどう向き合うか
CASE:14 組織ジャーナリストに「自由」はあるか
CASE:15 事実の検証か、違法な取材か
CASE:16 その両論併記は大丈夫か
〈その先へ〉 専門職への長い道のり
第5 章 立場と属性
CASE:17 その性犯罪は、いつ暴くべきか
CASE:18 内部告発者の悲劇とジャーナリストの称賛
CASE:19 宗主国の記者は植民地で取材できるか
CASE:20 犯人が正当な主張を繰り広げたら
〈その先へ〉 善いジャーナリズムへの理論と思想
あとがき――ジャーナリズムはだれのものか
索引
■思考の道具箱■
傍観報道・特ダネ /メディアスクラム・合理的な愚か者 /犯罪被害者支援・サツ回り・発生もの /黄金律 /被疑者と容疑者・世間 /知る権利・取材源の秘匿 /ゲラ /小切手ジャーナリズム /地域紙 /倫理規程・良心条項 /DEI /コンプライアンス・マスコミ倫理 /ポストコロニアリズム

