ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈第22回〉番外編・授業で『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』を使う方法

About the Author: 畑仲哲雄

はたなか・てつお  龍谷大学教授。博士(社会情報学)。専門はジャーナリズム。大阪市生まれ。関西大学法学部を卒業後、毎日新聞社会部、日経トレンディ、共同通信経済部などの記者を経て、東京大学大学院学際情報学府で博士号取得。修士論文を改稿した『新聞再生:コミュニティからの挑戦』(平凡社、2008)では、主流ジャーナリズムから異端とされた神奈川・滋賀・鹿児島の実践例を考察。博士論文を書籍化した『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房、2014)でも、長らく無視されてきた地域紙とNPOの協働を政治哲学を援用し、地域に求められるジャーナリズムの営みであると評価した。同書は第5回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞受賞。小林正弥・菊池理夫編著『コミュニタリアニズムのフロンティア』(勁草書房、2012)などにも執筆参加している。このほか、著作権フリー小説『スレイヴ――パソコン音痴のカメイ課長が電脳作家になる物語』(ポット出版、1998)がある。
Published On: 2019/6/4By

 
昨年夏、本連載をまとめた『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』が単行本になりました。その後、ゼミやワークショップで使っていただく機会も増えたようです。著者の畑仲哲雄さんから、「こんなふうに使っていますよ」という使い方の紹介記事が届きました。今回は具体的なケースではありませんが、番外編の使い方事例をお届けします。[編集部]
 
 
「『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』を授業でどう使ってるの?」――。ある日、他大学の教員から問われ、なるほど、そういうことも書いておくべきだったかなと反省しました。
 
この本を授業でどのように使うかは、著者のわたし自身が試行錯誤して、いい方法があったら逆に教えてもらいたいところですが、さしあたり、わたしが勤務先の龍谷大学でどのように使っているかを述べてみたいと思います。
 
■小グループで討論
 
わたしはこの本をグループディスカッションで使っています。授業では学生たちを4~5人のグループに分けて、小グループで討議させています。グループの作り方は、誕生日チェーンやケータイ番号下2桁チェーンなど、毎回なるべく異なるメンバーが顔を合わせるようにするのが良いと思います。
 
ところで、この本には計20の事例(ケース)が収録されています。大学の授業は半期15回なので、1つの講義で1つのケースを採りあげると5つ余ります。学生のリアクションを確かめながら、「これは難しいかな」と思うものは、飛ばしてもいいでしょう。ちなみにわたしは授業のなかほど(7~8回目あたり)で「今後どのケースを考えてみたい?」と学生に問いかけ、学生に選んでもらっています。
 
■ルール説明
 
学生たちには、次のような説明をします。
 
計20のケースは、すべて【思考実験】→【異論対論】→【実際の事例と考察】の3つの部分で構成されています。
ディスカッションは2回おこないます。最初に【思考実験】を読んだところで1回目のディスカッションをおこない、素朴な感情を表明し合ってもらいます。次に【異論対論】のところで2回目のディスカッションをしてもらい理性的な討議を試みてもらいます。
どのケースも「絶対正しい答え」はありません。勝ち負けもありません。
 
さて、誕生日チェーンやケータイ番号下2桁チェーンでグループができたら、グループ内で自己紹介してもらいます。たんに名前を言うだけではつまらないので「昨夜から今朝にかけて気になったニュースについて一言述べよ」などのルールを課すのも一考。各グループにチーム名をつけさせると内部に連帯感が生まれるから不思議です。
 
■ノートに記入欄を作る
 
まずは準備作業。まず受講生全員にペンを握らせ、ノートを開かせます。そして、その日の日付とケースの名前(取材謝礼を要求されたら、など)を記入させたあと、下記のような小見出しを書かせます。
 
①直観
 
 ____________________
 
 ____________________
 
②多数意見と少数意見
 
 ____________________
 
 ____________________
 
■第1ラウンド(直観を受け入れる)
 
さて、ようやく本番です。教員であるわたしは【思考実験】の見開きページを感情こめて朗読します。その際、分かりにくい用語については、適宜ミニ説明します。学生も教員も、このスタイルの授業に慣れないときは、朗読は2回やってもいいです。学生には、心に一番引っかかったところに赤ペンでアンダーラインを引かせてもいいです。
 
思考実験の朗読が終わり、AとBの選択肢を読み上げた段階で、【①直観】を記入してもらいます。Aの立場か、Bの立場か。その理由は何か。感想の箇条書きでもOK。あまり深く考えず、心の中に浮かんだ気持ちを理屈抜きでつづることが大切です。
 
【①直観】の記入が終わったら、1回目のグループディスカッションを始めてもらいます。ノートに何を書いたかを1人ずつ述べるのが良いでしょう。それが終わると、グループ内の意見が集約できるはずなので、ノートに【②多数意見と少数意見】に各自記入させます。各自のノートに記入するのではなく、グループごとにA3サイズの紙を配布して書かせてもいいです。
 
そして、各グループの代表者に、「自分たちのグループでは、4対1でAの意見が優勢でした」みたいな発表をしてもらいます。教員のわたしは、各グループの第一印象を黒板に記録して、クラス全体で共有できるようにします。
 
■各グループの結果報告
 
次に、各自のノートに以下の項目を作るよう指示します。
 
③熟考
 
 ________________________
 
 ________________________
 
④グループの結論
 
 ________________________
 
 ________________________
 
④については、各自のノートに記入するのではなくグループごとのA3の紙に書いてもらってもいいです。大切なのは、他のグループの議論の内容を知り、共有することです。
 
■第2ラウンド(理性を引き出す)
 
準備ができたら、わたしは【異論対論】のページを、こんども感情タップリに(ときに青筋立てて!?)読みあげます。あたかも2人の人間が議論しているように体の向きを交互に変えるのもいいでしょう(落語家のようにはいきませんけどね)。
 
【異論対論】のページは直観や気分ではなく、論理がメインになります。学生たちはじぶんの直観がどういう理屈に基づいているのかを確認できます。いわゆる理論武装ができるわけです。しかし学生たちは同時に、自分が依拠したい論理には、とても強力な反論があることにも気づかされます。つまり、にっちもさっちもいかない状態になるわけです。これぞジレンマですね。
 
そして、こんどは【③熟考】の項目に、【①直感】のときのA/Bの見解をいったん捨て、自分の理性的な見解を記入してもらいます。その際、【①直感】のときと見解を変えても構いません。わたしは学生たちに自分の意見を変えてみることを奨励しています。
 
【③熟考】を書き終えたら、各グループで2回目のディスカッションをしてもらいます。一人ずつ【③熟考】を読み上げたあと、しばらく自由に意見交換できる時間を作ります。このとき、グループによっては激論が交わされたり、笑いが起こったり、一番楽しい時間になります。
 
最後に【④グループの結論」をノートに書かせるか、グループごとのA3用紙に書かせるかして、リーダー役に発表してもらいます。
 
■議論の筋道を大切に
 
各グループの発表が終わったら、議論が二転三転したグループのリーダーをしっかり褒めるのが良いと思います。全員はじめから最後まで意見が同じで「私たちはブレなかった!」みたいに胸を張るグループがあったら、他のグループと議論をさせたり、教員が疑問をぶつけたりするのもいいでしょう。
 
最後に教員が【実際の事例と考察】を適度に端折りながら解説します。学生たちが発表した議論とシンクロする箇所があるはずなので、そこをできるだけ丁寧に読み、口頭で解説していけば60~70分の時間が過ぎているはずです。
 
残りの時間をミニレポートの執筆に充てられます。道徳的ジレンマには「絶対に正しい」という答えがないので、学生たちのレポート内容にも熱を帯びがちで、教員の側が逆に教えられる可能性もあるでしょう。
 
上記のほか、人数にもよりますが、哲学カフェのように自由な発言を促したり、各グループの模造紙とフエルトペンを配布してグループ発表させたりするのもアリ。対立する2つの立場に別れてディベートしてもいいでしょう。
 
■オマケ:社会人や記者とのワークショップ
 
わたしは龍谷大学の社会人向けの公開講座(RECコミュニティカレッジ)や、現役ジャーナリストの勉強会でも、この本を使ってワークショップを担当しています。その場合でも、基本的に学生向けと同じように、AかBかというシンプルな問いかけをして、計2回のディスカッションをします。
 
しかし、社会人やプロの記者たちはとても手強くて、「AでもBでもなく、Cという考え方もあるのでは?」という提案がなされることもあります。人生経験が豊富なひとが参加するワークショップは、ファシリテーターの側にも学びが多いですね。
 
 
以上、使い方の事例、ご参考になったでしょうか。不定期更新の本連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」ですが、次のケースをどうぞご期待ください。[編集部]
 
 

【単行本のご案内~本連載が単行本になりました~】

 
取材先でセクハラに遭ったら?
被害者が匿名報道を望んだら?
取材で“ギャラ”を求められたら?
被災地に記者が殺到してきたら?
原発事故で記者は逃げていい?
 etc.
 
現場経験も豊富な著者が20のケースを取り上げ、報道倫理を実例にもとづいて具体的に考える、新しいケースブック! 避難訓練していなければ緊急時に避難できない。思考訓練していなければ、一瞬の判断を求められる取材現場で向きあうジレンマで思考停止してしまう。連載未収録のケースも追加し、2018年8月末刊行。
 
〈たちよみ〉はこちらから「ねらいと使い方」「目次」「CASE:001」「あとがき」(pdfファイルへのリンク)〉


【ネット書店で見る】

 
 

畑仲哲雄 著 『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』
A5判並製・256頁 本体価格2300円(税込2484円)
ISBN:978-4-326-60307-7 →[書誌情報]
【内容紹介】 ニュース報道やメディアに対する批判や不満は高まる一方。だが、議論の交通整理は十分ではない。「同僚が取材先でセクハラ被害に遭ったら」「被災地に殺到する取材陣を追い返すべきか」「被害者が匿名報道を望むとき」「取材謝礼を要求されたら」など、現実の取材現場で関係者を悩ませた難問を具体的なケースに沿って丁寧に検討する。
 
これまでの連載一覧》》》バックナンバー一覧

About the Author: 畑仲哲雄

はたなか・てつお  龍谷大学教授。博士(社会情報学)。専門はジャーナリズム。大阪市生まれ。関西大学法学部を卒業後、毎日新聞社会部、日経トレンディ、共同通信経済部などの記者を経て、東京大学大学院学際情報学府で博士号取得。修士論文を改稿した『新聞再生:コミュニティからの挑戦』(平凡社、2008)では、主流ジャーナリズムから異端とされた神奈川・滋賀・鹿児島の実践例を考察。博士論文を書籍化した『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房、2014)でも、長らく無視されてきた地域紙とNPOの協働を政治哲学を援用し、地域に求められるジャーナリズムの営みであると評価した。同書は第5回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞受賞。小林正弥・菊池理夫編著『コミュニタリアニズムのフロンティア』(勁草書房、2012)などにも執筆参加している。このほか、著作権フリー小説『スレイヴ――パソコン音痴のカメイ課長が電脳作家になる物語』(ポット出版、1998)がある。
Go to Top