あとがきたちよみ
『核武装と知識人』

About the Author: 勁草書房編集部

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Published On: 2019/8/22

 
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岸 俊光 著
『核武装と知識人 内閣調査室でつくられた非核政策』

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あとがき
 
 本書は、二〇一七年度に早稲田大学に提出した博士論文「日本の非核政策形成と「現実主義者」の役割(1952-1974)─佐藤栄作政権期の内閣調査室「核保有研究」を中心に─」を加筆・修正したものである。新聞記者の筆者が早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に入学したのは二〇一二年九月のことで、本業のかたわら、関係者のオーラルヒストリーを試みたり、史資料を渉猟したりする日々が五年半続いた。一年ほどで書き上げた学位論文は、それなりに勢いはあっても粗が目立ち、証言や史資料を再検討し、推敲する必要を感じていた。時間不足で答えが出せなかった課題も抱えたままだった。それらのすべてに対応できたわけではないが、博士論文を再吟味し、書籍として世に出すことができて、いまはホッとしている。
 筆者が日本の非核政策を本格的に調査するようになったのは、二〇〇九年十月から半年余り、アメリカ・ワシントンのジョンズ・ホプキンス大学ポール・H・ニッツェ高等国際問題研究大学院(SAIS)に客員研究員として滞在したときからである。日本では、政権交代した民主党内閣が日米「密約」問題の調査を精力的に進めていた。太平洋の彼方から伝わってくる「密約」のニュースに聞き耳を立てながら、自分なりの視点で日本の非核政策を調査することはできないだろうかと考えた。アメリカ国立公文書館やアメリカ議会図書館に足繁く通っては、日本の先輩記者たちが残したラロック証言やライシャワー発言など「密約」報道の系譜を辿った。筆者をSAISに招いてくれたケント・カルダー先生は偶然にもライシャワー教授の教え子であり、核持ち込み発言が報じられた当時のライシャワー教授の様子を生き生きと語ってくれた。
 さらに後藤乾一先生の手になる若泉敬教授の伝記『「沖縄核密約」を背負って─若泉敬の生涯』(岩波書店)が二〇一〇年一月に公刊されたことを知ると、日本からいち早く取り寄せ、若泉の隠密行動を手助けしたモートン・ハルペリン氏にも会いに行った。アメリカを去る直前、手探りで進めたこの調査をSAISで口頭発表することになり、アメリカ議会図書館の職員だった吉村敬子さん、谷口真弓さんの全面的な協力を仰いで英文のペーパーとパワーポイントを用意したことも、ありがたく、懐かしい思い出である。自己流の「密約」調査研究はここで終わらなかった。帰国後すぐに後藤教授を訪ねてインタビューしたことがきっかけで、後藤先生のお誘いを受け、二十七年ぶりに母校の早稲田大学で学ぶことになったのだった。
 アジア太平洋研究科に進んだ当初、関心の一つは新聞記者の取材記録を日米の外交文書を補完するものとして再評価することだった。ワシントンでの調査を新聞に連載したのが縁になり、ライシャワー発言を取材した先輩記者が残した詳細な取材メモを手元に預かっていたからだ。もう一つの関心は、外務省の「密約」調査がいちおう決着したことを踏まえ、非核三原則に代表される表看板の非核政策を、あらためて研究することだった。しかし、非核政策の形成過程にどうやって迫ればいいか、簡単にはその糸口が見つからなかった。
 このときヒントになったのも、ジャーナリストの仕事だった。被爆国日本の核をめぐる「裏事情」を綴った「NHKスペシャル」取材班の本や、中国核実験を受け若泉教授が内閣調査室に提出した報告書の記事に強い興味を覚えた。内調が一九六〇年代に核保有研究をしていたことは、ワシントンの図書館で借りた通信社記者の本である程度知っていた。
 電話帳で調べた元内閣調査室幹部、志垣民郎氏の自宅を初めて訪ねたのは二〇一四年五月初めのことである。以来、三十回以上志垣氏への聞き取りを重ねることになった。志垣氏の証言は戦後日本の裏面史ともいうべきもので、新たな発見に満ちている。内調の核政策研究は若泉教授や永井陽之助教授、蠟山道雄教授らの報告書だけにとどまらず、六〇年代に急に始まったものでもなかった。内調はなぜ中国情勢に強い関心を抱くのか、政府を陰で支える知識人人脈はいかに形成されたのか。数多くの報告書が政策決定過程の中でどう用いられたのかを知るためにも、内調そのものを研究しなければならないと痛感した。
 内閣調査室は、ごく限られた先行研究しかない政府機関である。日本の独立直前に始まる組織の歴史を残しておらず、強面のイメージが先行していると言っていいだろう。他方近年は、官邸機能強化により、内調のインテリジェンスが重視されている。内調の草創期に迫るのは容易なことではないが、長年内調を追及してきたジャーナリスト、吉原公一郎氏の協力によって一歩を踏み出すことができた。インテリジェンス機関の研究については、NPO法人・インテリジェンス研究所代表の山本武利先生、メディア史が専門の吉田則昭先生にも重要なご教示をいただいた。
 筆者の内調研究は、とくに元内調幹部の志垣氏と、内調ウォッチャーの吉原氏という立場の異なるお二人に負うところが大きい。お二人の仕事はそれぞれに特筆すべきものであり、双方の見解が分かれるのも内調というインテリジェンス機関の評価がひと筋縄ではいかないものだからだろう。任務の重要性について広く国民の理解を得ようとするなら、内調はもっと情報公開を進め、自らの来し方行く末を見つめなければならないと思う。
 結果的に、本書は内閣調査室の知識人人脈に光を当てることになった。全国紙の論壇担当記者として長年多くの学者とつきあい、原稿を依頼してきた筆者にとって、「現実主義者」の系譜を辿ることは年来の願いでもあった。また内調の業務には、新聞、通信、出版など既存メディアが陰に陽に関係してきた。記者出身者が率先して取り組むべきテーマであり、今後の宿題としたい。もう一つの関心事だった核「密約」報道の取材記録公開については、中島琢磨教授のご指導を仰ぎ、『アジア時報』で連載を始めたことをご報告させていただく。
 本書をまとめるにあたっては、この他にも多くの方々にお世話になった。李鍾元先生には、目次の在り方や註釈の付け方など、研究のイロハをみっちりご指導いただいた。李鍾元先生のご教示なくして、非核政策と内閣調査室という「二眼レフ」の論文をまとめることはできなかった。我部政明先生には、沖縄研究、「密約」研究の第一人者として多くのことを学ばせていただいている。振り返れば、我部先生の著作に感化され、核問題に関心を持つようになったことに気がつく。長年のご教示に感謝申し上げたい。後藤乾一先生は、先述したように筆者を研究の道に導いてくださった恩人である。本書でも、若泉敬教授の業績など、さまざまな示唆をいただいた。篠原初枝先生には、研究のあるべき姿を折々にご指導いただいた。先行研究に敬意を払い、少しでもそれを前進させる大切さを、今後も胸に刻みたいと思う。
 諸外国の核政策や安全保障政策については、岩間陽子先生に日々ご教示いただいている。先生が主宰される政策研究大学院大学の研究会では中堅・若手の研究者らが成果を発表し、刺激を受けることが多かった。メディア出身の筆者に学会発表の機会を与えてくださったことにもあらためて御礼を申し述べたい。インテリジェンス分野の研究では、先にもふれたように山本武利先生にお世話になっている。本書の研究についても、NPO主宰の研究会で発表の機会をいただいた。著名なメディア史研究者である先生のNPO活動にも敬意を表したい。
 本書の軸となる「現実主義者」若泉敬教授ゆかりの方々には、多くの貴重なご助言をいただいた。吉村信二氏からは、若泉教授の国に捧げる情熱や教育者としての真摯な姿勢を懇切丁寧に教えていただいた。若泉聡一郎氏にお聞きした父・敬先生の言動も、書物では得られない大切なものである。お二人の変わらぬご厚情には感謝の言葉しかない。
 もう一人の重要な「現実主義者」蠟山道雄教授の研究については、ご息女のはるみさんにお世話になった。ご自宅で祖父・蠟山政道教授の代からのものとみられる蔵書に囲まれて話をうかがっていると、道雄教授が晩年まで非核の提言を続けられた思いが伝わってくるようであった。
 佐藤栄作のブレーンによるノーベル平和賞受賞スピーチ検討会の音源などは、和田純教授にご協力いただいた。貴重な資料を快くご提供くださった和田教授に感謝申し上げたい。
 日本の現実主義をめぐる論点に関しては、土山實男先生、神谷万丈先生のご研究やご助言から多くの示唆を得た。
 本書の編集は、勁草書房の上原正信氏にお骨折りいただいた。筆者にとっては、故・大沼保昭教授との共編著『慰安婦問題という問い』に次ぐ共同作業である。今回も難しいテーマの原稿を精読し、出版の道筋を整え、多くの読者に届くよう、きめ細かい助言をくださった上原氏にあらためて御礼を言いたい。
 最後に、筆者の研究を支え、励ましてくれた家族に感謝の言葉を伝えたい。とくに母・桂は自身が入退院を繰り返す苦しい日々の中でも、筆者を最後まで気遣ってくれた。二〇一八年早春、学位取得を見届けるようにして逝った母に本書を捧げる。
 
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