あとがきたちよみ 本たちの周辺

あとがきたちよみ
『なぜ民主化が暴力を生むのか』

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
田中(坂部)有佳子 著
『なぜ民主化が暴力を生むのか 紛争後の平和の条件』

「あとがき」(pdfファイルへのリンク)〉
〈目次・書誌情報はこちら〉


あとがき
 
 本書のもととなった博士学位申請論文の題名には,紛争後社会,民主化,国家建設,そして政治暴力という4 つのキーワードがあった。これらのキーワードが,おぼろげながら著者の頭のなかをめぐるようになったのは,東ティモールの人々と関わり合うようになってからである。著者が初めて当地へ赴いたのは2004 年の春,東ティモールが平和構築の成功例として謳われるようになったころだ。当初は長い間の暴力がもたらしたさまざまな課題に葛藤する人々の様子に触れながらも,東ティモールは「安全な」紛争後社会だなと感じていた。しかし,2006 年の急速な治安悪化では一変して出歩くことすら困難となり,やはり民主主義の導入も国家機関の構築も一筋縄ではいかないことを実感した。
 着任当時,仕事でご一緒した東ティモールの官僚の方(独立運動では相当に活躍された)はこんなことを呟かれた。「東ティモールは東ティモールなりの道を歩んでいくのだと思う」。彼らからみて「外部アクター」であった著者に,彼らのペースや進め方があるのだということを伝えたかったのだろう。
 こうした著者自身の実体験が,本書で取り上げた主題の着想の源となった。本書が紛争後社会の政治暴力を的確に捉えられたのかは読者のご批評を待ちたいが,この主題を問うひとつとなればと願ってやまない。
 早稲田大学大学院政治学研究科に入学してから,本書の主題に取り組むことは心中では決まっていたが,どのように分析し,アウトプットしてよいのか,試行錯誤の日々が長らく続いた。入学当初の指導教員の伊東孝之先生からは,東欧やロシア,ヨーロッパの経験を大局的な視角で論じることを教えていただいた。先生には東ティモールから何を学べるのかを問い続けられ,このテーマで研究を継続することを見守っていただいた。河野勝先生からは,学部時代から節目ごとにアドバイスをいただき,しばらく遠ざかっていた学術研究の場に戻る機会を提供していただいた。2007 年の東ティモール議会選挙監視でご一緒したときからお世話になっている山田満先生には,東ティモールの政治状況のみならず,平和構築がもつ諸課題について,共同研究などを通じたびたびご教示いただいた。栗崎周平先生には,フォーマルモデルの構築で悩んでいた際にアドバイザーになることを快諾頂き,著者の関心をいかにモデルの構築につなげられるかを親身に助言してくださった。窪田悠一先生には,2015 年のMidwest Political Science Association(MPSA)の研究大会の折に,最新の紛争研究の知見を共有のうえ激励していただいた。そして久保慶一先生には,このテーマに最後までお付き合いいただき,方向性を見失いかねない博士論文(そして本書)の議論が意味あるものとなるように,辛抱強く指導してくださった。こうした先生方のお力添えなしには,本書は完成しなかった。
 博士課程在籍中に出席した伊東研究ゼミ,河野研究ゼミ,久保研究ゼミ,栗崎研究ゼミの皆さん,また,浅野塁,Lisa Blaydes,土井翔平,東島雅昌,広瀬健太郎,飯田健,稲田奏,鎌原勇太,川中豪,長辻貴之,中井遼,大矢根聡,尾崎敦司,佐々木智也,高井亮佑,武井槙人,武内進一,玉水玲央,田中久稔,谷口友季子,豊田紳,鷲田任邦,安井清峰の各氏(姓アルファベット順,敬称略)からは,研究や草稿に有益なコメント,力添えをいただいた。渡辺綾さん,吉川純恵さんとは子育てをしながらの論文執筆を,互いに助言しあい,励ましあった。同僚としてご一緒して以来,井上実佳さん,川口智恵さん,山本慎一さんとは平和構築の議論を重ねており,本書の分析と政策上の課題がどう接合しうるかを検討する貴重な機会であった。2018 年日本比較政治学会,2017 年ISA Asia-Pacific Conference,2015 年MPSA ならびに日本比較政治学会,2013 年アジア研究機構次世代国際研究大会,2013 年日本国際政治学会,2011 年日本比較政治学会では,発展段階の論文にパネリストや参加者の方々からご批判,コメントを頂戴し,多大な示唆を得た。記して感謝申し上げたい。
 さらに,東ティモールへの赴任以来,紛争後社会が抱える課題に現場で取り組む,実に多くの方々との交流があったゆえ,本書を仕上げることができたと思う。目前にある自分たちの課題を解決しようとする東ティモールの人々,そして彼らをサポートする専門家の方々の活動には,頭が下がる思いである。この場を借りて御礼を申し上げたい。
 本書は,博士論文『紛争後社会における民主化,国家建設の取り組みと政治暴力の発生』(早稲田大学大学院政治学研究科提出,pp.1 250,2016 年)を加筆修正したものである。ただし第3 章については,「紛争後社会における反政府勢力の政治参加と暴力:政治体制と政治制度が及ぼす影響」田中愛治監修,久保慶一,河野勝編著『民主化と選挙の比較政治学:変革期の制度形成とその帰結』勁草書房,pp.123 151,2013 年が初出であり,改訂を重ねた。また,第4 章は“Mitigating Violence by Solving the Commitment Problem in Post-Conflict Negotiations-The Case of Timor-Leste,” Asian Journal of Comparative Politics, Vol.3 No.2, pp.149 166, June 2018 をさらに修正・改訂した内容である。
 日本財団・東京財団のヤングリーダー研究奨励奨学金(2010 年度),山根奨学基金(2011 年度),原口記念アジア研究基金フィールド・リサーチ補助金(2011 年度),科学研究費助成事業(特別研究員奨励費)「紛争後社会における民主化と国家建設の取り組みと政治暴力の発生」(2012 2013 年度,課題番号12J05622),科学研究費助成事業(若手研究(B))「紛争後社会における民主化,国家建設による政治暴力の発生:アジアの事例分析とモデル構築」(2015年度~現在,課題番号15K16990)の助成を受けることにより,研究を進めることが可能となった。あわせて御礼を申し上げる。
 そして,この本書を上梓することができたのは,現職において研究を続ける環境に恵まれたことと,青山学院大学国際政治経済学会出版助成をいただいたことによる。また遅筆でご迷惑をおかけしたが,勁草書房の上原正信氏の的確なサポートなしには,改訂作業を終えることはなかった。各支援に感謝申し上げたい。
 最後に,長期間の論文執筆を温かく見守ってくれ,そして精神的支えとなってくれた両親たち,弟,義妹,夫と娘に,深い感謝の意を表して。
 
2019年処暑
田中(坂部)有佳子
 
banner_atogakitachiyomi