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『ダイバーシティ経営と人材マネジメント』

 
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佐藤博樹 編著
『ダイバーシティ経営と人材マネジメント 生協にみるワークライフバランスと組織理念の役割』

「はじめに」「序章 ダイバーシティ経営と人材マネジメント」(pdfファイルへのリンク)〉
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はじめに
 
 本書は,生協総合研究所に設置されたワーク・ライフ・バランス研究会における成果を研究書としてとりまとめたものである。研究会は,生協において人手不足と定着率の低さが重要課題となっている状況を受けて,生協職員が活き活きと働き続け,定着できる職場づくりのための具体策を検討するためことを目的として2017 年4 月に設置された。
 2017 年度には,日本生活協同組合連合会が地域生協を対象として実施した『人事労務実態調査』と『生協職員意識調査』の2 つの個票データの2 次分析と,地域生協の店舗で働く職員を対象としてヒアリング調査を実施した。2 次分析とヒアリング調査の分析結果は,生協総合研究所が刊行する『生協総研レポート』(No. 88)の「生協職員の働き方の現状と課題─ワーク・ライフ・バランス研究会2017 年度の成果まとめ─」として刊行している。本書と合わせて参照していただきたい。
 本書が分析に利用している調査は,2017 年度の研究成果を踏まえ,2018 年度に3 つの地域生協の協力を得て,各生協の店舗と宅配事業で働く職員約6,000 名を対象として実施した『生協職員の仕事と生活に関するアンケート調査』である。アンケート調査とは別に,2017 年度に続けて2018 年度にも生協で働く職員へのヒアリング調査を実施した。アンケート調査の実施方法や分析に利用している設問の内容などは,本書の付録を参照されたい。
 研究会の2018 年度の成果に関しては,2019 年10 月に開催された第29 回全国研究集会で報告を行った。研究集会の概要は,『生活協同組合研究』(No.528)の「生協職員が活き活きと働き続け,定着できる職場づくりのために:生協の未来を担う人材の確保と育成」として刊行されている。この全国研究集会における生協の皆さんとの議論は,本書の執筆に大いに役立つものであった。
 研究会の運営やアンケート調査の実施では,生協総合研究所の前専務理事の小方泰氏と現事務局長の小熊竹彦氏,日本生活協同組合連合会人づくり支援センターのセンター長スタッフの村田二三男氏に大変お世話になった。お三方のサポートなくしては,今回の調査研究は実現できないものであった。また,この場をお借りして,調査にご協力いただいた3 生協とお忙しいなか,アンケート調査にご回答いただいた職員の皆さんにお礼を申し上げたい。
 2018 年度のアンケート調査の実査と分析では,労働調査協議会の加藤健志事務局長と湯浅論研究員のお二人の研究サポートが極めて有益であった。本書の刊行では,勁草書房編集部の宮本詳三氏に大変お世話になった。当初の刊行予定時に出版できたのは,氏の進捗管理の手腕によるものである。
 最後に,本書が,ワーク・ライフ・バランス研究会の設置目的であった「生協職員が活き活きと働き続け,定着できる職場づくり」に少しでも貢献できることを期待している。
 
2019 年12 月 研究会を代表して
佐藤博樹(中央大学大学院戦略経営研究科教授)
 
 
序章 ダイバーシティ経営と人材マネジメント
 
佐藤博樹
 
本書の問題意識
 日本企業の人材マネジメントでは,多様な人材の円滑な活用が最大の課題になっている。具体的には,雇用形態や属性の多様性のみならず,さまざまな就業志向や価値観を持った人材を受け入れ,こうした多様な人材が意欲的に仕事に取り組むことができ,それぞれが仕事を通じて経営成果に貢献できるようにすることである。この取り組みが,いわゆるダイバーシティ経営である。
 人材マネジメントとしてのダイバーシティ経営が成功するための鍵は,①多様な価値観を持った人材を経営目標に統合する「理念統合経営」,②多様な人材をマネジメントできる職場管理職の育成,③多様な人材の仕事へのコミットメントを支えるワーク・ライフ・バランス(WLB)支援の3 つである。①は,多様な価値観を持った人材を受け入れ,かつ組織としての求心力を維持するためには経営理念の社員への浸透が極めて重要になることによる。②は,人材マネジメントを担うのは職場の管理職であり,その管理職が多様な部下をマネジメントできるかどうかが,ダイバーシティ経営定着の鍵となることによる。③は,仕事のみならず仕事以外にも取り組みたいことや大事にしたいことがある人材が増えた結果,仕事や組織へのコミットメントが,仕事要因のみならず,仕事と仕事以外の生活の両立を可能とするWLB の実現度に左右されることによる。
 本書は,上記の問題意識を踏まえて,小売業の中でも生活協同組合(生協)の店舗と宅配の事業に従事する多様な人材を対象とし,雇用形態別に職員の就業継続意思に影響すると想定されるWLB 満足度,仕事満足度,職場のマネジメントを担う上司のリーダーシップのあり方,正職員転換制度などを取り上げる(第2 章,第3 章,第5 章)。とりわけ生協は非営利組織として経営理念が担う役割が大きいと想定されることから,生協における経営理念の職員への浸透と就業継続意思との関係に着目する(第3 章,第4 章)。さらに,非正規職員の中でも中核層を構成する女性パート職員を取り上げ,配偶者など家族内分業に関する意識や実態との関係を含めて,仕事満足やキャリア志向を分析する(第6 章,第7 章,第8 章)。第8 章では,パート職員の中でも職場の基幹的な業務を担うキャリアパートの育成上の課題を検討する。
 本書は,小売業の中でも生協で働く人々を対象とした研究であるが,分析結果は,他の小売業だけでなく,日本企業の人材マネジメントに対しても有益な情報を提供するものと考える。
 以下では,各章の概要を簡単に紹介する。なお,本書の分析に利用する『生協職員の仕事と生活に関するアンケート』の実施方法や分析に利用している設問の内容などに関しては,付録を参照されたい。
 
各章の概要
 第1 章「生協で働く職員の現状と課題」(小熊竹彦・近本聡子)では,本書で分析対象とする「生活協同組合(以下,生協)」の概要と生協が直面している人材活用上の課題を整理し,さらに『生協職員の仕事と生活に関するアンケート』を利用し,生協で働く職員の特徴を紹介する。生協の事業内容は,購買や共済,医療福祉など幅広いが,本書が研究対象とするのは,食品,日用品,衣料品などの仕入れ・小売を行う事業のうち宅配と店舗で働く職員である。店舗と宅配の職員の特徴を見ると,かつては職員の中核層を「男性正規職員」が担っていたが,最近は,男女正規職員に加えて,パート職員,アルバイト職員など多様な雇用形態で働く職員が増え,とりわけ「女性正規職員」と「男性パート・アルバイト職員」が増加する傾向にある。つまり,生協の人材マネジメントでは,多様な雇用形態で働く多様な属性の職員を確保するだけでなく,就業継続意思を高め,さらには意欲的に仕事に取り組めるようにする職場マネジメントが求められていることがわかる。
 第2 章から第5 章では,多様な雇用形態の職員の就業継続意思に影響する要因として,経営理念,リーダーシップなど管理職の部下マネジメント,労働時間など仕事と仕事以外の両立を可能とするワーク・ライフ・バランス支援,仕事満足度,正社員転換の機能などを取り上げる。また,第3 章と第4 章では,生協の経営理念と就業継続意思との関係に着目する。 
 第2 章「多様な人材のマネジメントの課題──就業継続意思とワーク・ライフ・バランス」(佐藤博樹)では,企業の人材マネジメントの課題の一つである就業継続意思を取り上げ,職員の就業継続意思とWLB 満足の関係を検討する。分析では,生協職員のWLB 満足の代理変数として仕事と仕事以外の「時間配分」に関する満足を取り上げ,WLB 満足と実労働時間や有給休暇の取得の容易さなど働き方との関係を,男性正規職員,女性正規職員,男性パート・アルバイト職員,女性パート・アルバイト職員の4 つの雇用区分別に明らかにしている。職員計では,WLB 満足が職員の就業継続意思を規定し,WLB 満足は,1 日の拘束時間と有給休暇取得の容易さに影響されることが明らかになった。さらに重要な発見として,職員計や男性正規職員別,男女パート・アルバイト職員別のいずれでも「仕事内容・仕事のやりがい」満足が職員の就業継続意思にプラスに影響している。つまり,職員の就業継続意思を高めるためには,WLB満足に加えて,「仕事内容・仕事のやりがい」満足を高める取り組みが極めて重要となる。また,パート・アルバイト職員では,男女共通して,「上司との人間関係」満足が就業継続意思にプラスに影響している。パート・アルバイト職員の就業継続意思を高めるためには,職場の管理職によるパート・アルバイト職員との円滑なコミュニケーションの構築が重要になる。この点は,第3 章での生協組織への就業継続意思を高める効果として,パート・アルバイト職員では,上司のリーダーシップ実践度の影響が経営理念の浸透度よりも大きいとの分析結果と対応する。
 第3 章と第4 章では,すでに述べたように生協の経営理念の職員への浸透に着目する。第3 章「経営理念の浸透と上司のリーダーシップ実践が生協職員の就業継続意思に与える効果──組織コミットメントに注目して」(島貫智行)は,これまで生協組織では経営理念の浸透が組織運営の基盤とされてきたが,パート・アルバイト職員が増えるなど雇用形態の多様化が進むなか,現在も生協職員の就業継続意思の向上に対して経営理念の浸透が貢献しているかどうかを取り上げる。分析結果によると,第1 に,正規職員とパート・アルバイト職員の双方とも,経営理念の浸透度が高いほど,また直属上司が部下に対して自生協4 序 章 ダイバーシティ経営と人材マネジメントの方針や業務知識,経験等を伝えて情報共有を図り,部下への配慮や相談に乗るなど上司のリーダーシップ実践度が高いほど,生協組織への就業継続意思が高い傾向が確認された。第2 に,経営理念の浸透度と上司のリーダーシップ実践度それぞれの職員の就業継続意思への影響度を分析すると,正規職員では経営理念の浸透度の影響が上司のリーダーシップ実践度よりも大きく,他方,パート・アルバイト職員では上司のリーダーシップ実践度の影響が経営理念の浸透度よりも大きいことが確認できた。第3 に,正規職員とパート・アルバイト職員の双方とも,経営理念の浸透度が高いほど,また上司のリーダーシップ実践度が高いほど,情緒的コミットメントが高くなる傾向があり,生協組織への情緒的コミットメントの向上を通じて就業継続意思を高める効果があることも確認できた。以上を踏まえると,生協職員の就業継続意思を向上させるためには,経営理念の浸透や上司がリーダーシップ実践を図り,職員の情緒的コミットメントを向上させることが重要といえる。また,正規職員とパート・アルバイト職員が混在して働く職場においては,経営理念の浸透に加えて,リーダーシップに関わる上司の能力開発やスキル向上が重要な取り組みとなるといえる。
 第4 章「生協職員の就業継続意思に理念や社会活動が与える影響」(小野晶子)では,生協職員がどのような非営利組織固有の意識を持ち,それが就業継続意思に影響しているかを分析する。また,地域活動やボランティア活動等の社会活動への参加の程度が,生協で働くうえでの非営利組織固有の意識や就業継続意思とどのように関係するかも検討する。分析によると,生協職員の継続就業意思には,非営利組織固有の意識が大きな影響を及ぼしていることが明らかになった。この点は,正規職員のみならず,パート・アルバイト職員も該当し,とりわけ非営利組織であることを選好して入社し,利他的意識が強い人は,入社後も継続就業意思が高いことが確認できた。他方,生協の経営理念や社会目的への共感などが入社時点に高くても,それが現在では低くなっている職員では,就業継続意思が大きく低下することが確認できた。つまり,入社時における生協の経営理念や社会目的への共感を,職員が入社後も維持できるように,職場の管理職などが支援することが極めて重要となる。他方,入社時に生協独自の経営理念や方針について理解や共感していなくても,入社後に理解や共感を高めることができれば,職員の就業継続意思が高くなることが明らかになった。以上によると,正規職員やパート・アルバイト職員を含めて,就業継続意思を維持向上するためには,生協の経営理念の職員への浸透と持続の取り組みが極めて重要といえる。
 第5 章「就業形態の多様化が職員の就業継続意思に与える影響──仕事満足度に注目して」(中村由香)では,雇用形態別に仕事満足度と就業継続意思の関係を分析し,正規職員,非正規職員のいずれにおいても仕事満足度が高い者ほど勤務先での就業継続意思が高いことを明らかにしている。また,勤務地や職域が限定されていない,いわゆる「無限定型」の正規職員に比べて,勤務地や職域などが「限定」されている正規職員の就業継続意思が高いことが確認された。そのため正規職員への「限定型」の雇用区分の導入・普及は,正規職員の確保・定着策として効果的だと考えられる。また,正規職員への転換希望を持つ非正規職員は,転換希望を持たない非正規職員よりも就業継続意思が高く,さらに非正規職員から内部登用された正規職員は,仕事満足度が高く就業継続意思も高い。つまり,正規職員への転換を希望する非正規職員を積極的に内部登用していくことは,就業継続意思の高い正規職員の増加に貢献しよう。したがって,正規職員への転換を希望していない職員に関しても,正規職員転換にメリットを感じることができるようにしたり,正規職員として働くイメージを持ちやすくしたりすることで,正規職員へと転換し職場に定着する可能性がある。
 第6 章,第7 章,第8 章では,非正規職員の中核層を構成する主婦パートを取り上げる。その際,主婦パートの家庭内における役割にも着目する。
 第6 章「主婦パート職員の家庭内役割と自らの働き方の選択」(梅崎修)は,女性パートが家庭内の役割と働き方の選択を決定する要因に関して,仕事と家庭の両立という課題を抱えている24 名の主婦女性パート職員(離別を含む)へのグループ・インタビュー調査で分析する。主婦パートの多くは,結婚・出産を契機に専業主婦になっているが,労働供給の多様な制約や目的のもとで,パートとして働き始めたり,労働時間を増やしたりしている。主婦パートが直面している課題は,インタビュー調査によると,仕事も家事・育児も求められる「新・性別役割分業」の問題であることが明らかになった。多くの夫はフルタイム就労という時間的制約に加えて,家事・育児を手伝うことが少ないことが確認できた。共稼ぎ世帯でありながら,女性パートの夫は,一人稼ぎ専業主婦世帯の性別役割分業意識を持っているのである。夫の性別役割分業意識に対して,主婦パートは,批判的な意見を持っている者も多いものの,同時に彼女たちは,子育てに関しては強い規範意識を持っている。そのため子どものために働くし,育児にも手を抜かないという仕事と子育ての「二重負担」を強いられている。このことが,主婦パートが正規職員を希望しない大きな理由である。また,将来的にも正規職員転換を希望する主婦パートが少ないことには,同じ職場で長く一緒に働いてきた同僚主婦パートに対して,強い仲間意識を持っており,仲間である同僚を「管理する」側に回りたくないという意識が影響していることが確認できた。
 第7 章「性別役割分業意識が仕事と家庭に与える影響」(梅崎修)によると,主婦パートの性別役割分業意識は,労働時間の増加希望には影響を与えないものの,性別役割分業意識の「愛情規範」は,正社員転換希望という質的変化に対しては負の効果を持つことが確認された。同時に,正社員に転換すると,労働時間だけでなく,仕事の内容が「管理する」側に変化するため,主婦パートで性別役割分業意識が強い人(弱い人)は,正社員を選択しない(選択する)ことになることも明らかにされた。さらに「家事・育児のやりがい」と「狭義の性別役割分業意識」が,職業生活満足と生活満足の両者に対して負の影響を及ぼしている理由は,性別役割分業意識が,仕事と家庭の両立に対して主婦のみに担わせるという「新しい性別役割分業」をもたらし,その結果,職業生活や生活満足を低下させていると解釈できよう。
 以上の第6 章と第7 章の分析を踏まえると,企業として女性パートの人材マネジメントを検討する際には,主婦パートが直面している労働供給の制約や目的(「仕事も育児も」という家庭内分担のあり方),夫婦間の関係や性別役割分業意識,さらに同僚への仲間意識などを十分に考慮する必要があるといえる。
 最後の第8 章「キャリアパート職員のモチベーションを規定する要因」(平田未緒)は,パート職員の中でも職場の要であるキャリアパート職員に着目する。店舗運営の成否は,リーダーとしての役割を担えるキャリアパートの育成に依存するものの,キャリアパート職員の育成は簡単ではない。それは,女性パート職員は,キャリアを積む以前に離職したり,勤務時間や勤務時間帯を限定したりして働きたい人が多いことがある。さらに,第6 章や第7 章の分析にもあるように,女性自身がキャリアパート職員を「希望していない」背景には,本人の意思のみでなく,家庭内の「性別役割分業意識」が強く影響していることがある。また,女性が,キャリアパート職員を避ける一因として,リーダーとなれば,これまでパート同士強い仲間意識を培ってきた職場において「一人だけ外れてしまう」ことへの抵抗感もある。上記の課題の解消策を検討するために,「キャリアパート職員」およびその予備軍として働いている12 名のインタビューを実施した。その結果によると,リーダー職を打診され,これを受け入れて「キャリアパート職員」として働くことになった要因として,次のような背景を抽出できた。具体的には,指示されたことをただやるのではなく「自ら考えて仕事ができること」,「上司や会社による直接的な教育・育成」,「仲間や家族からの応援」である。さらにリーダー職一歩手前の若手のパート職員では,男女にかかわらず仕事を通じた「自分自身の新たな可能性の発見」が,勤続を促しさらに成長意欲を高めていた。もちろん彼女たちがキャリアパート職員を選択するようになった動機は,上記のうちの一つだけではなく,複合的である。重要な点は,上記の要因は,パート職員に対する管理職のマネジメントに依存する部分が大きく,例えば,管理職がパート職員に対して「自ら考えて仕事ができる環境の提供」という「裁量性付与」や,「成長できる環境の提供」という「成長支援」などを行うことをあげることができる。管理職のマネジメントのあり方によって職場の中核を担うキャリアパート職員の育成の可能性が高まるのである。
 
 以上の分析結果は,すでに指摘したように,生協に働く正規職員や非正規職員だけでなく,多様な業種の人材マネジメントに参考になるものと考える。
 
 
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