あとがきたちよみ
『職場学習の心理学』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2020/3/5

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
伊東昌子・渡辺めぐみ 著
『職場学習の心理学 知識の獲得から役割の開拓へ』

「まえがき」「コラム6 ワークモチベーションと仕事の意味づけ」(pdfファイルへのリンク)〉
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まえがき
 
 『職場学習の心理学』は,職場に成員として参入し,職務を果たすべく仕事に携わっている成人を対象に書かれています。それらの人々の中でも,特にナレッジワークに携わる人々を支援したいという想いを持って,筆者らは書いています。ナレッジワークとは,ドラッカー(Drucker, 1999)やダベンポート(Davenport, 2005)が提唱したナレッジワーカーの定義に基づけば,高度な知識や専門性を培い,それに基づいて知識・情報社会に求められる創造的な仕事,付加価値を生み出す仕事,複雑な問題解決に関わる仕事です。現代では,新たな問題解決法を生み出したり,他領域の人々と協働して新たな価値を創出したりする仕事は,あらゆる職場で求められます。ナレッジワークに従事することは,既に存在する手法や知識を吸収するだけではなく,知識や手法それ自体を創出する生産的学びを開拓し続けることへの挑戦でもあります。
 
関連領域としての人材育成
 職場学習は職場への正規参入後の学びを扱いますから,最も関連する領域は人材育成領域です。しかし,従来の人材育成の概念では,本書の内容を十分には扱えません。かつて人材育成は人事労務管理の一部として捉えられ,人事労務管理は経営戦略から独立した存在でした。人材は企業を維持管理していくための代替可能な財に過ぎませんでした。北村(2006)によれば,人材は管理対象であり,人材への支出は削減したいコストとして扱われました。また,人材育成は人づくり的精神論のもとに行われ,明確な目的や目標はなかったのです。このような背景から,入社年次ごとに開催される階層別研修と現場に任せるOJT(on the job training)が人材育成の主流でした。
 ところが現代では,変化の速い市場や技術革新,さらにグローバルな変化に対応すべく,人材は競争力の源泉とされ,個人が仕事経験を通して蓄積する知識や技能は,資源として認識されています。その活用と開発は,競争優位を保つために有効であるとされ,人材は管理から有効活用へ,さらに開発へと重点が変化してきました。また,事業領域によって求められる専門が異なるため,単に人づくりという曖昧な目標ではなく,事業戦略に対応する人材開発が目指されるようになりました。このように事業戦略と連動した人材開発を「戦略的HRM(Strategic Human Resource Management)」といいます。
 北村(2006)は人材の育成・開発における重点の変化を,コンピテンシー開発,知的生産性の向上,職場学習の観点から論じています。
 
①コンピテンシーに基づく人材育成
 コンピテンシーとは「特定の業務を遂行し,高い水準の業績をあげることができる個人の内的な能力(古川,2002, p. 13)」とされます。例えば,業績の高い個人と伸び悩む個人の振舞いや実践知は,特定の調査手法により顕在化させ測定することが可能です。その差の共有化も可能です。コンピテンシーを明確化して共有することにより,人材を高度化することができます。
 コンピテンシーに着目する背景には以下の事情があります。第一に,年功主義や職能給のような伝統的人事制度が,若年層のモチベーション低下を招いたことです。第二に,職能の名の下に示される能力と業績との関連の弱さが,問題視され始めたことです。コンピテンシーの導入によって,高業績に共通する行動特性が明らかにされ,その学習を促進する活動が支援されるようになりました。コンピテンシー開発を目的とした配置転換も実施され始めています。個人の能力開発が重視されるようになってきたと言えるでしょう。
 
②知的生産性の向上
 人材育成は,事業戦略上の知的生産性を向上させるための人材開発やキャリア形成と関連づけて,各事業部や各職場が関与すべきテーマになりつつあります。企業の人事教育部門といった総括的部門のみが行うことではありません。また職場のマネジャーは,職場の成員が外部研修で獲得した知識やスキルを仕事に結び付け,生産性を上げる学習促進の役割も担うようになってきています。
 
③職場学習(ワークプレイス・ラーニング)
 ワークプレイス・ラーニングとは,一般に「個人が組織のパフォーマンスを改善する目的で実施される学習やその他の介入の統合的な方法」とされます(Rothwell & Sredl, 2000, p. 5)。その目的は「個人や組織のパフォーマンス改善」です。つまり職場の成員が現在の組織状況に適応するだけではなく,そのパフォーマンスを上げるための変化をもたらす学習を開発し支援する領域と言えます。このような職業人の学びとその開発への注目が,従来の教育中心主義に変化をもたらし,ナレッジワークに従事する組織成員の学習メカニズムや熟達化の解明を促進しました。さらに学習メカニズムや熟達化への注目は,学習支援環境としての人事制度や仕事の進め方なども含め,組織が学習環境としてどう機能しているかを問い直す契機になりました。
 心理学の観点からすれば,学習科学,認知科学,発達論,熟達論,生涯学習論,社会心理学,動機づけ論,教育工学,組織行動学など,多くの理論が関わる領域です。ワークプレイス・ラーニングは,組織の戦略・制度・学習など,経営学や社会学の問題とも関わるため,個人と組織の学習がぶつかる接面の問題を発見し解消をめざす領域でもあります。科学としての基礎心理学や応用心理学が,社会を変化させる力を持つ組織体とその成員の学習に,他分野と協働して貢献できる時期になってきたと言えるでしょう。
 
ペダゴジーとアンドラゴジー
 ところで心理学の基礎理論や応用心理学の理論が,そのまま職場学習に適用できるかというと,そうではありません。例えば,個人の学習に関係の深い心理学領域として,教育心理学があります。教育心理学の理論的背景は「ペダゴジー(pedagogy)」です。ペダゴジーはもともと12 世紀までにヨーロッパの修道学校において「子ども(ギリシャ語でpaid)」に「指導する(agogus)」の意味で使用され,子どもに基本的技能を教育する技術として発展しました。このモデルは19 世紀までに普及発展した学校教育においても採用されました。実験科学が教育心理学に導入される20 世紀になっても,子どもや動物に外部知識や望ましい行為を獲得させることが,主な関心事でした。
 成人教育に関しても,成人は大きくなった子どもとして,同様の教育原理と技法が採用されていました。ノールズ(Knowles, 1980)によれば,当初,その対象者の多くは学習の機会に恵まれなかった人々であり,平均的標準に追いつかせるためと考えられていました。しかし,近年では,その対象は変革の担い手となる人々へと変化してきています。変革を担う人々を対象とする成人学習が研究され始めたのは1960 年代です。成人の学びの特性が明らかになるにつれて,ペダゴジーとは異なる理論モデルを構築する必要性が認識され,成人を指導する意味の「アンドラゴジー(andragogy)」の名称が,ヨーロッパにおいて生み出されました。両者は対立する概念ではなく,求められる学習や指導に応じて,ペダゴジー的手法あるいはアンドラゴジー的手法が用いられます。
 それでは成人の学びをどう捉えればいいのでしょうか。橋本(2006)は成人の学習を設計するときには,6 つの事項をふまえる必要があると主張しています。成人の学習は,実利的(practical)であり,動機(motivation)を必要とし,自律的(autonomous)であり,仕事との関係性(relevance)が必要で,目的志向(goal-directed)であり,各々の人物の人生経験(experience)をもふまえることが求められます。これらはP-MARGE と呼ばれ,ウェブ上でよく引用されています。しかし,6 項目は具体的な設計指針ではありませんので,解釈に幅が出てしまう記述と言わざるを得ないでしょう。ただし,少なくともペダゴジー的アプローチでは,成人の学習を引き起こせないとの注意喚起であろうと考えられます。
 
本書が取り組む疑問と話題
 成人学習の焦点が教育から学習の開発へと変化してきましたが,さまざまな疑問が湧きおこります。例えば,学校の学びと職場学習とはどう違うのでしょうか。新人が一人前やそれ以上の熟達を遂げるまでに,職場や仕事にどのように適応し,さらにどう熟達していくのでしょう。高業績の人の実践知は外部からは伺い知ることができませんが,どのように研究・調査して明らかにできるのでしょう。経験の蓄積と経験から学ぶことは違うのでしょうか。複数の人々と協働して仕事をすると,どういう問題が生じるのでしょう。職場におけるマネジメントは,リーダーシップと違うのでしょうか。個性と仕事はどのような関係にあるのでしょう。ナレッジワーカーの動機づけの特徴はどのようなものなのでしょう。キャリア開発と職場学習はどう関連するのでしょう。本書では,これらの疑問に答える理論的手がかりと実例を整備しました。また,具体的な話題をコラムとして掲載しました。
 
本書における各章の内容
 1 章では,新人の組織への参入を契機として始まる組織社会化とリアリティ・ショック,そこに影響し,また影響される心理的側面を解説します。さらに,学びとしての組織社会化を促進する周囲の人々の役割を紹介します。大学生の人にとっては,知っておくと社会人への備えができる内容です。
 2 章では,発達としての熟達化を考えます。どのような段階をふむか,いつどのような停滞があり得るかを,学習の問題と関係づけて解説します。現代では,組織においても学習開発を目指すようになっていますから,ある段階に満足して留まることのリスクについても紹介します。
 3 章では,実践知が獲得される状況,暗黙知の種類,それらを解明する認知心理学的手法を解説します。例として,高い業績を示す営業担当者と平均的な営業担当者の差がどこに現れるかを示しますが,それらの手法はさまざまなナレッジワーカーの実践知を解明する手法として利用できます。営業には興味がない読者も手法に着目してみると,その有用性が理解できます。
 4 章では,日々の経験から“学び”のために必要な知的活動を,経験学習論に従って解説します。経験から学ぶためには,日々の実践経験を省察して知識や教訓を見出し,それらを実践の中で意識的に実験してみる必要があります。さらに人の経験学習と組織の学習がどのように異なるかを組織学習論に従って解説します。両者を理解すれば,組織に適応する学びと変革を引き起こす学びの違い,また個人と組織の学習が状況的にぶつかり合う接面で発生する問題やジレンマを知ることができます。
 5 章では,まず心理学における伝統的学習観を紹介します。その学習観とは異なり,組織の中で役割を持つ成員として実践に参加すること,その参加形態と役割の変化こそが学びであり,学びの軌跡であることを説明します。そして組織の中に埋め込まれた学びの仕組みを紹介します。
 6 章では,集団で仕事を進めるときに発生しがちな心理特性を解説します。さらに,集団とチームの違い,そしてリーダーシップとマネジメントの違いを説明します。また,プレーヤーからマネジャーになるときの問題や葛藤についても述べます。
 7 章では,個人と仕事との関係性の問題として,適性と自己理解について解説します。適性の概念とコンピテンシーを解説したのちに,自己理解の方法として知識・スキル・能力をアセス(評価)する方法,内部特性,興味・指向,スタイルなどをアセスする代表的方法を紹介します。また,適性という考え方から開発という考え方に変化している状況についても説明します。
 8 章では,職場学習を持続させ,学習の開発に挑戦させるモチベーション(動機づけ)に関する理論を解説します。また,ナレッジワーカーの動機づけの特徴を説明します。さらに,満足と動機づけの関係についても述べます。
 9 章では,職場学習の開発に密接に関係するキャリアについて,主要な理論を解説します。現代のキャリア開発において考慮すべきキャリア地震についても述べます。さらに,女性の活躍に関連して,女性がマネジメント層に挑戦するときの問題と,マネジャーとしての女性の影響力を紹介します。
 10 章では,看護師の学習と熟達化について,緩和ケア領域でおこなった質問紙調査の結果に基づいて解説します。看護師は従来,医師の判断に従い的確な医療技術を行う職でしたが,この20 年の間に,状況を読んで自律的に判断し,医師以外の多職種とも協働を行う職へと大きく変貌しています。緩和ケア看護は看護師が自律的・主体的に活躍できる典型的な職場です。その実践経験の中で生じる変容学習と適応的熟達化について紹介します。
 11 章では,障がい者を雇用する企業,団体側に生じている問題,雇い主への支援の現状について解説します。障がい者雇用促進の社会的要請が高まる中,職場側の障がい理解や対処方法が不十分なところに,社会人スキルが未熟な労働者が雇用されれば,トラブルは必至です。どのようなシステムがあればトラブルが防げるのかを紹介し,インクルーシブな労働環境を作るために雇用者側と労働者側の相互理解を進めるツールの必要性を論じます。
 
本書で紹介する事例やトピックスとしてのコラム
 本書では,各章の内容をより深く知っていただくために,関連する事例やトピックをコラムとして掲載しました。楽しんで読んでみてください。

コラム1 一人前への標準的カリキュラムと履修項目はない
コラム2 新興プロフェッショナル達
コラム3 暗黙知研究と有能性の罠(competency trap)
コラム4 プロジェクト科目の経験と経験からの学びの違い
コラム5 ソーシャルスタイルへの動物や歴史的人物の当てはめに注意
コラム6 ワークモチベーションと仕事の意味づけ
コラム7 緩和ケア病棟の結婚式──全人的ケアの創発
コラム8 障がい者の仕事力をアップする魔法

まとめとして
 1 章から9 章を担当した筆者は,30 代後半に心理学の学識だけを武器に企業内起業を提案し,ある企業の事業部においてビジネス実務を10 年余り経験しました。その領域は,現在では「人間中心設計」や「ユーザ経験の設計」という確立した専門的実務領域になっています。興味がある方は調べていただくとして,企業の事業部で実務を担う毎日は,それまでとは質の異なる学びの連続でした。学びの連続と並行して,お客様からいただいた問題の解決法を,日々新たに編み出していくことが求められました。
 自分一人の力ではどうにもならない経験,組織を動かす経験,上司の方々や同僚に助けられる経験,お客様に学びの場を与えていただく経験,大失敗の経験,部下を育てる経験,営業,契約書作成,事業プロセスのマネジメント経験など,大学の中では決して学べない体験の連続でした。一方で,直面する問題の背景に働く力や状況を概念的に見通すときに,心理学の理論,研究法,分析・解析法は強力な武器になりました。また,職場における学びは,既存の知識や手法を取り入れることではなく,それは学びの手段の一部であり,むしろ異なる専門領域や生活領域に生きる方々との協働により新たなモノやコトを創造するプロセスを共有することでした。
 後に筆者は大学に移籍しましたが,企業での学びの経験と持続的な業務開拓を支援してくれた心理学に基づき,大学に移籍した2003 年度から「職場学習の心理学」として講義を続けました。心理学科の科目でしたが,毎年,経営学科の学生が熱心に出席してくれていました。このたび,筆者の講義科目に勁草書房の永田さんが注目して下さり,出版する運びとなりました。勁草書房さんには心よりの感謝を表します。
 10 章,11 章の筆者である渡辺めぐみ氏は,看護領域や障がい者雇用の領域における職場学習の問題を取り上げています。看護職では自身の専門領域を超えて多職種の専門家や患者さんから学ぶ拡張的熟達が求められる現実を解説し,障がい者雇用については適性の観点から雇用側と障がい者と雇用支援機関の学びの必要性を説いています。
 人の内部特性や学びの特性,そして組織学習との接点の問題を解き明かす科学としての心理学は,広く社会の未来を創り出す人々の営みに貢献し,多くの領域で卒業生が活躍しています。基礎心理学や応用心理学が,社会を動かす成人の学びの解明と設計・開発に貢献していることを理解していただけると幸いです。
 
伊東昌子
 
引用文献
Davenport, T. H.( 2005). Thinking for a Living: How to get better performance and results from knowledge workers. Harvard Business School Press.
Drucker, P. F.( 1999). Management challenges for 21st century. NY: Harper Business.
古川久敬(2002).「コンピテンシー:新しい能力指標」JMAM コンピテンシー研究会(編)
『コンピタンシーラーニング』日本能率協会マネジメントセンター.pp. 12-39.
橋本諭(2006).「オトナの学び方」中原淳(編著)『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社.pp. 37-43.
北村士朗(2006).「「企業は人なり」というけれど」中原淳(編著)『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社.pp. 1-10.
Rothwell, W. J. & Sredl, H. J. (2000). Workplace learning and performance: Present and future roles and competencies, Vol. 1. MA: HRD Press.
Knowles, M. S. (1980). The modern practice of adult education: From Pedagogy to
Andragogy.(堀薫夫・三輪建二(訳) (2002).『成人教育の現代的実践:ペダゴジーからアンドラゴジーへ』鳳書房)
(傍点は省略しました。pdfファイルでご覧ください)
 
 
コラム6 ワークモチベーションと仕事の意味づけ
 
 武田・藤田(2011)は動機づけに関し次のような例を紹介しています。

ある男が道を歩いていると,レンガを積んでいる人がいた。彼はその人に声をかけた。「あなたは何をしているのですか?」
すると,その人は答えた。「私はレンガを積んでいるんだよ」
男はそこから少し離れたところで,やはりレンガを積んでいる人を見つけ,その人にも声をかけた。
「あなたは何をしているのですか?」
二番目の人は「私は,ここに壁を作っているんだよ」と答えた。
男はさらに,そばにいたレンガを積んでいるもう一人の人に同じ質問をした。「あなたは何をしているのですか?」
三番目の人は答えた。「私は教会を作っているんだよ」
男は,少し離れた場所で,同じ作業をしている人を,もう一人発見し,彼の所に行き,また同じ質問をした。
「あなたは何をしているのですか?」
四番目の人は答えた。「私は,世の中の人が平和に穏やかな暮らしができるように,ここに人々の心の安らぎの場を作っているんです」 (p. 199)

 一番目の人は仕事を命令された作業と捉え,二番目の人は壁という目的に対し担当する仕事と捉えているのでしょう。三番目の人は文化的・宗教的な建物物を建築するという事業を担っている視点があり,四番目の人はより広い社会的思想的ビジョンを持って仕事に向き合っているのでしょう。上司が仕事を与えるときも自分が仕事を受けるときも,抽象度が高いけれども具体的なビジョンや意味を与えられた方が動機づけも高まり,品質意識も工夫する意識もわくでしょう。不用意な間違いも防げるでしょう。5 章で述べたように,雑用もその意味づけ次第で,仕事の仕方,学び方,工夫の仕方が変わってきます。そこから得られるものも異なるでしょう。
 しかし,職場に参入した当時は作業の意味がわかりません。現実として,つまらないと思うこと,意味のない雑用と思うことも多くあるでしょう。そのときは,意味やビジョンを見つけようとすることも(結果的に見つからないとしても)職場の学びの一つです。いずれにしても,まずはやってみることです。
 新人の時期ではないですが,筆者も意味が見つからない作業を何度か経験しました。一例を紹介します。筆者はかつて企業の事業部で管理職をしており,後に大学に転職しました。大学教員に関しては,研究と教育の仕事以外にどのような仕事があるか見当がつきませんでした。大学教員になり,教員はいくつかの委員会(教務や入試や予算ほか)の委員を順に担当することがわかりました。その中である委員会委員の作業として,当時は禁煙ではなかった学内のポイ捨てタバコを,昼休みにヒバサミで一個ずつ拾い,拾った本数を数えて事務方に報告する作業がありました。企業においては,職階と給料に見合う(それだけのコストや投資に見合う)仕事(新規事業の開拓や事業戦略の策定など)が厳しく要求されますので,転職当時の筆者にとっては,耳を疑う驚愕の作業でした。しかし,当時はʻ何か意味があるのかなʼと考えながら作業に従事し,結局,答えが見つからないまま終わりました(この作業は,学内禁煙になった現在はありません)。意味がよくわからない作業でも,わからないながら役割を果たすと,本来の仕事へと近づく経験をしました。
 職場に参入すると,その組織における組織社会化という学びが始まります。1 章の図1-2 で示したように,役割主体の日々が始まります。その役割の内容は,組織共同体に依存します。まずは新規参入者としての役割を果たし,一方で本来の職務への持続的挑戦の過程を進みましょう。
 
引用文献
武田正樹・藤田依久子(2011).『 個と集団のアンソロジー:生活の中で捉える社会心理学』ナカニシヤ出版
(イラストは省略しました。pdfファイルでご覧ください)
 
 
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