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多賀秀敏 著
『平和学入門 1 平和を理解するための思考のドリル』
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本書の目標
平和学は,広範な議論を網羅する学問分野である。このテキスト『平和学入門1』『平和学入門2』では,その中でも,特に,皆さんが大学生として,戦争と平和を学びながら,どのように自分の考え方を鍛えていけばよいのかについて「思考のドリル」のようなことを試みたい。この「思考のドリル」は,この科目のみならず,他の社会科学の学問分野にも応用可能である。すなわち,このテキストは,「平和学」という学問体系の基礎的理解だけでなく,その理解を通じて,国際社会を見ていく「思考の方法論」をも身につけてもらうことを意図している。
ここで,私の講義の目標について,具体的に3 つ挙げておきたい。1 点目に,「平和」概念の明確化,すなわち,「平和とは何か」についての理解を深めることである。平和については,いろいろな定義の仕方があるが,学問上の合意をしておくことをひとつの目標としたい。そして,そのことを通じて,平和学が,なぜ今日のようにこれほど幅広い学問になったのかということを理解してもらおうと思う。2 点目には,平和学の知識を得るだけではなく,平和学が他の学問分野から積極的に援用する「比較・分類」あるいは「因果関係を見抜く方法」も同時に学んでもらうことである。そして,3 点目に,資料への接近方法,検索方法の学びがある。講義を聴いて,それをうのみにするのではなく,それをもとにして「まず自分で調べ,自分の頭で考えること」が大切であろう。
これらの3 点の目標を達成するために,知っておいてもらいたい大切なことがある。大学は「よい答え」のみを得るところではなく「よい問い」を得るところでもある。受講生の皆さんの中には,よい評価を得ようとして毎週毎週,質問をしてくる人もいる。しかし,無理に質問をする必要はない。本当に必要だと思うことだけを質問してくれればよい。「よい問い」を見つけることが大切である。「よい問いは優れた研究成果を生む」,私はこの格言は確かなものだと思っている。これまでの経験から,学生の皆さんからよい質問を受けると,それは本当によい研究成果に結びつくことを感じている。これこそが,講義における知の往還である。この格言は忘れないようにしてほしい。
そのためには,まずは,講義で聞いたことに対して疑問を持つ。その疑問をとりあえず図書館に足を運んで,自分でとことん調べてみる。そして,自分の頭を使って考え抜く癖をつける。その上で,なお解決しない疑問点があれば,ぜひ質問や相談をしてみてほしい。
本書は,私が担当した平和学講義の記録から作り上げたテキストである。教室のライブ感を生かすため,口語的な表現もあえて織り交ぜながら伝えるスタイルをとった。資料も,新しいものに切り替えられるものはアップデートしたが,教室での雰囲気を生かすために,基本的には,そのとき使ったものをそのまま載せている。ご了解いただきたい。読者の皆さんが,私の教室にいるつもりで,このテキストを存分に活用してくれることを願っている。
(『平和学入門2』は2020年中に刊行予定)
序 平和学とは何か
【平和学の目的】
平和は希求するだけでは実現されない。平和の実現に向けて科学的な見地から研究を蓄積し,その成果を広く人類が行動指針として受け入れるように努力しなければならない。
これは,私があるインタビューを受けたとき,「平和学は珍しい学問だが,その目的は何か」という問いに答えたものである。
「平和になれ,平和になれ」と願っているだけでは,平和は訪れない。それを実現するために,信条的なものも大事だけれど,どうしたら平和になるだろうかということを,科学的な観点から研究し,それを蓄積する。そして,そこで成果が得られれば,その成果を広く人類一般,世界中に発信して,人々の行動指針として受け入れてもらう。そうすれば,平和になっていくのではないか。これが平和学の目的である。このことを念頭に置いて,講義を聴いてもらいたい。
【平和学の特徴】
他の学問分野と比較して,平和学の特徴とは何であろうか。平和学とは,平和,戦争,人権,開発,環境のようにたくさんの課題を対象とする幅広い学問である。なぜ,これらの課題が平和学を構成しているかについては,順次,この後の講義で説明していこうと思う。
この図0─1 は,岡本三夫が平和学の構成を示すためにアラン・ニューカムとハンナ・ニューカム(Alan and Hanna Newcombe)の議論をもとに作成した図である(「平和とは何か。平和学入門」長崎平和研究講座第1 回)。ほとんどの学問がすべて平和学に統合されているというイメージとなる。
図0─2 もそれに似ていて,私が平和学に対して持っているイメージである。真ん中に平和学があり,右側は平和学の手法,すなわち,どういう方法をとって平和学を進めていくかというときに,これらの学問の蓄積を助けに使う。そして,左側はこれまでの平和に関する知識を蓄積した部分と,大ざっぱには言うことができる。例えば,核物理学がこの図には入っている。平和の大きな障害になっている核兵器の問題を検討するときには,やはり,そのシステムなどを学ばなければ,やみくもには反対することはできない。また,文学なども実は大事な部分を占めていることも,よく,この図から読み取ってもらいたい。
もうひとつ忘れてならないことは,平和学は実学だという点である。机の上だけでやっていればよい学問ではない。さまざまなフィールドに行って,平和のための実践や,それを阻害する動き,現実からも学ばなければならない。学んできたことを,「これをやってくれれば紛争は解決しますよ」と,ある種の政策提言のような形で出すこともある。
ただ,これだけ広くて学際的で現実を見なければならないのは大変なことで,とても1 人の人間ですべてをカバーすることはできない。したがって,学問,研究を行う際には,その中から一定の課題を絞り込む作業が必要になる。皆さんも,自分でテーマを決めて卒業論文を書くときには,ぜひとも課題を絞り込む作業を忘れないようにしてほしい。
そして,そのためには,構想力,想像力,批判力,分析力,実践力といった力が必要となる。構想力とは,平和という非常に大きな事象を相手にしているので,自分が今,全体の中のどこにいるのだろうかということを常に忘れずに構想していく力である。次に,想像力が必要とされる。例えば,さまざまな計算方法があるが,この地球上では6 秒に1 人が飢えて亡くなっている。しかし,日本ではフードバンクが出てきたとはいえ,まだまだ「賞味期限が切れたから」と言って食料を捨ててしまう。レストランで随分残すことも当たり前になっていて,結婚披露宴ではだいたい25 パーセントの食べ物が残されるとの調査もある。「今,自分がやっていることは,いったい,飢餓とどういう関連があるのだろうか」という想像力,「自分の一挙手一投足が地球の裏側に達したときに,どういう影響を及ぼすのか」というイマジネーションが必要になってくる。そして,現状維持の流れに対しては批判力が問われる。「この地球はまだ修正可能だ。現実は大きくて即座にはなかなか逆転させることはできないけれども,少しずつでもよくすることは可能だ」との視点に立ったとき,今の仕組みのこういったところが悪いと理論立てて批判する力が必要になる。もちろん,そのおおもとになる分析力も重要である。社会科学はなかなか制約が多いので,分析を進めるには,比較と分類,そして因果関係をなんとか求めてみる作業が中心になる。そして,最後に,人類の一員としての実践力が問われてくる。平和学は実学なので,将来,大学の場を離れても,もし,そういう気持ちがあるのなら,地球市民の1 人として平和のために何かを実践してみようではないかというところに到達してほしい。
【この平和学講義の扱う範囲とテキストの構成】
本書が扱うのは,平和学の網羅する範囲の中でも,もっとも絞り込んだものとなっている。図0─3 は,平和学が取り扱う範囲を表しているが,実は,この講義でやることは,本当に平和学の基礎的な部分である。つまり,左上に示された「平和の概念」と「紛争と平和構築」に絞ったことをやっていく。
このテキストは,『平和学入門1:平和を理解するための思考のドリル』『平和学入門2:戦争を理解するための思考のドリル』の2 冊構成になっている。1 巻では平和について,2 巻では戦争についての議論を中心に展開する。 今,皆さんが手に取っている『平和学入門1』は,3 部構成になっている。
第1 部 学問としての平和学
第2 部 現代平和学の発達とパラダイムチェンジ
第3 部 平和学を学ぶ上での事象の背景
第1 部では,学問としての平和学の位置を社会科学の中でとらえ,議論の前提となる「平和」の概念についての定義を共有する。まず,第1 講「平和学と国際関係論」では,平和学を理解するための基礎的な知識として,ウェストファリア体制,主権国家,アクターの概念など,国際関係論で使われる基本となる概念を理解しよう。第2 講「国際社会のモデル化」では,無政府状態の国際社会(アナーキーな国際社会)をどのように理解したらよいのかについて,これまで,国際関係論で蓄積されてきた国際社会モデルを使いながら理解を深めよう。そして,その上で,これまでのモデルでは説明しえない「新しい社会現象」が国際社会に起きていることも確認し,平和学を理解するツールを増やしておきたい。第3 講「平和の概念整理」では,世界中の平和という言葉を集めて,文明や文化,時代を超えた分類を試み「平和の多様性」について考えたい。同時に,学問的な共通の定義が必要なことの意味も理解しよう。
第2 部では,現代平和学がどのように発達してきたのかについて,現代平和学の登場以前から説き起こし,現代平和学の先駆者たちの業績を見ていきたい。その上で,平和学がどのように制度化されたのかを考えていこう。そのために,まず,第4 講「現代型平和学以前の平和学」では,現代型平和学が登場する前にどのような研究があったのかを考える。続いて,第5 講「紛争の科学的分析の登場」では,現代平和学の歴史をたどるとき,誰しもが挙げる非常に著名な3 人の平和学者,ルイス・F・リチャードソン,クインシー・ライト,ケネス・ボールディングの業績を紹介する。第6 講「ゲーム理論による発展」では,戦後の行動科学革命の中で数理的手法を取り入れて平和の問題を扱ったアナトール・ラパポートのゲーム理論について考えよう。そして,第7 講「平和ならざる状態(ピースレスネス)」と第8 講「構造的暴力と積極的平和」では,1960年代後半に,平和学にパラダイムの転換をもたらした新しい概念「平和ならざる状態」と「構造的暴力」について議論を進めたい。続いて,第9 講「平和学の制度化」で,教育面で平和学がどのように講じられるようになっていったのかを見てみよう。そして,実学としての平和学が,どのように国際社会の変化に影響を与えたのかについて,冷戦の終焉を事例に考えてみたい。
最後の第3 部では,平和学を学ぶ上で,皆さんに知っておいてもらいたい事象の背景を深く理解しておきたい。ここから4 講にわたって,資料の探し方や平和を考える上で知っておくべきことについてお話ししていく。世界中で,平和学に関連して,いったい何が起きていたかを見ていくとき,「その底にある潮流は何であったのか」,「その事象と平和学とのやり取りは何であったのか」,「この小さな惑星の実態をいかにして知るのか」をテーマに設定し,最初の2回は,どちらかと言えば政治・軍事分野に関係したもので,次の2 回は,経済・文化・社会面に迫っていこうと考えている。具体的には,第10 講「紛争関連資料の集め方・読み方」で,軍備・軍事費・武力紛争に関わる資料は,いったい,どこで手に入るのかについて述べる。特に,3 大データブック『SIPRI年鑑』,『ミリタリーバランス』,『ACDA レポート』の価値について考えたい。続いて,第11 講「核兵器と安全保障」では,核兵器の危険性と科学者たちの行動に焦点を当てて,それらをどのようにかみ砕いて理解したらよいのかを説明していこう。第12 講「経済関連指標と世界の現実」では,経済の指標である人口,生産,貿易の3 つが人類の平和にどのような影響を与えているのかについて見ていこう。特に,生産力や貿易額が増えたことで人口増加の不足を乗り越えて,実際に世界は豊かになったのかを皆さんと一緒に考えてみたい。第13 講「貧困者の声」では,この講までのようなマクロの視点からの数字的なデータだけではなく,ミクロの視点を使いながら,貧困者という個々の身体の声を拾い,貧困とは何かを考えてみたい。
(図は省略しました。pdfファイルでご覧ください)