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あとがきたちよみ
『住宅市場の経済分析』

 
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前川俊一 著
『住宅市場の経済分析 [椙山女学園大学研究叢書]』

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はじめに
 
 1980 年代後半に資産バブルが発生し,大都市圏を中心に異常な地価高騰が起きた。大都市圏では住宅価格も高騰し新規住宅需要者が住宅を購入することが難しくなり,大きな社会問題となった。1990 年代に入りバブルは崩壊し状況は一転する。株価も不動産価格も大きく下落し,経済は深刻な長期停滞期に突入する。赤字財政を続けることによって経済の立て直しを図るが,経済を立て直すことはできず国の借金だけが積みあがった。失われた20 年あるいは30 年といわれる間に日本の経済的地位は確実に低下した。日本のGDP は長い間世界第2 位であったが,2010 年には中国に抜かれ世界第3 位になり,中国のGDP は2018 年度には日本のそれの2.7 倍にもなった。また,いままで世界のどこの国も経験したことのないような長期的人口減少,超高齢化社会に突入している。これを跳ね返すためには技術革新などによる劇的な進化が必要であることはいうまでもない。
 不動産市場もバブル崩壊以降一変する。それまでの「土地価格は必ず上昇する」という土地神話は消滅し,不動産投資,住宅購入にもリスクがあると認識されるようになった。しかし,バブルのような異常なことが今後は起こらないというわけではない。実際,バブル崩壊後の2005 年から2007 年の大都市の都心地域で発生したファンドバブルにおいて,1980 年代後半の資産バブル期と同じような現象(投資家の行動)が観察された。行き場を探す大量の投資資金が「期待が生じた場所」に流れた。金融技術が進展しその流れは速くなったと感じる。この種の投機は単純に否定できるものではない。ある意味で,この種の投機が市場を調整する劇薬とも考えられるからである。
 しかし,不動産市場は株式等の証券市場と同じように論じることはできない。なぜなら,不動産は同じものが一つもない特殊な財で異常な価格変動が生じやすいためであり,また,住宅という基本財を含むためである。都心商業地のような希少性の高い不動産の市場に比べると,住宅市場は供給と需要も多く競争的な市場を形成し,相場も形成されやすい市場であるが,常に正常な市場が形作られ適切な住宅価格が形成されているというわけでもない。たとえば,バブル期のように住宅市場にも投機的資金が入り込み異常な価格が形成されることもある。また,既存住宅市場において住宅の品質などの情報が十分に得られない,仲介者が自分のために働いてくれるか観察できないといった問題もある。後者の問題は日本の既存住宅市場の規模を小さくしている一因である。また,わが国の住宅市場の課題の一つは,深刻な少子高齢化,人口減少が進む中で849 万戸の空き家(全住宅の13.6%,2018 年住宅統計調査)を抱える住宅ストックをいかに活用するかであり,そのために既存住宅市場をいかに活性化させることができるかである。本書の目的は,住宅市場に焦点をあてて,さまざまなタイプの住宅市場において市場がどのように形成され,価格がどのように決定されているかを理論的に解明することであるが,既存住宅市場の問題点については第1 章でふれ,その理論的な検討については第8 章で議論することとする。
 本書で焦点をあてる住宅市場の中心的なものとして,住宅分譲市場と既存住宅市場がある。これらの市場は競り人がいるワルラス型市場ではない。競り人がいない市場を非ワルラス型市場というが,それには,供給者が定価をつけて売り出す定価市場,相対で交渉する交渉市場およびそれらの中間型の市場がある。住宅分譲市場は定価市場であり,既存住宅市場は中間型市場である。交渉市場は非住宅市場がこれにあたるが,住宅市場でも住宅分譲市場における素地市場,希少性がある高級住宅の市場が交渉市場となると考えられる。また,財務省が行う住宅などの物納物件の販売,裁判所が行う抵当権実行のための住宅などの販売は入札および競売といった方法が採用される。このように一口に住宅市場といってもさまざまなタイプの市場が成立している。どのような条件でどのタイプの市場が選ばれるかに関しては第4 章で論じている。
 以上から,本書では,定価市場である住宅分譲市場,中間型市場である既存住宅市場だけを論じるのでなく,住宅の販売の手法の一つと考えられる交渉市場(第9 章),オークション(入札,競売)(第10 章)についても論じる。
 また,住宅市場における取引価格の決定を論じる上で重要となるのが,需要者の住宅に対する付け値(需要価格)と供給者と需要者が取引するか否かの基準となる価格(留保価格)である。これについては第2 章と第3 章で論じる。
 具体的な各章の構成と内容は以下のとおりである。
 
 第1 章の「住宅市場の現状」では,新築住宅着工戸数と近年大きな問題となっている空き家問題を論じた上で,住宅分譲市場,既存住宅市場の現状について統計数値を中心に議論する。また,既存住宅市場の活性化のためにこの市場の問題点を簡単に整理している。
 第2 章の「住宅需要者の値付けと住宅サービスの需要」では,まず,持家と借家の選択といった視点から均衡状況における住宅需要者の値付けを検討する。次に,住宅の需要は住宅購入のための資金調達力によって決定すると感覚的にいわれることが多いが,これをクーン= タッカー条件(Karush-Kuhn=Tuker condition)を使って経済学的に説明する。さらに所得が変化あるいは住宅サービス価格が変化するとき,どのような状況において既存住宅市場における住み替え需要が発生するかを理論モデルで検討する。
 第3 章の「供給者と需要者の留保価格」では,留保価格を正面から取り上げ理論的に定式化する。各主体の留保価格は市場の競争条件を反映して決定するものであり,不動産市場を説明するために重要な役割を演じる。本章の特色は均衡状況において需要者と供給者の留保利益と留保価格および取引価格が競争条件を反映しながら同時に決定するように内生化して議論していることである。この章では,まず,Lippman and McCall (1976),前川・曹(2010)に基づき留保価格の意味を明確にした上で,次に,代表的な供給者,需要者を想定(供給価格と需要価格を基準化)して留保利益と留保価格をモデルの中で内生的に決定するものとして議論する。最後に,各主体が異なる供給価格または需要価格をもつ一般的な状況を想定して,代表的な供給者,需要者を想定した議論と同様に留保利益と留保価格を内生化した議論を行う。
 第4 章の「市場のタイプと供給者の市場選択」では,まず,非ワルラス型市場(定価市場,中間型市場,交渉市場)を示した上で,定性的に供給者がどのような状況でどのタイプの市場を選択するかを議論するとともに,オークション(入札,競売)のタイプを紹介する。次に,供給者の市場選択の検討の視点を提供するために,特に住宅市場を想定することなく一般的な生産物市場を想定して,定価市場と交渉市場の選択および定価市場と中間型市場の選択について理論的な検討を行う。
 第5 章の「住宅分譲市場における競争と売出価格(定価)の決定」の議論は前川(2019a)6)の分析に基づいている。具体的には,まず,住宅分譲業が寡占的になることを踏まえて,非対称な企業を想定したクールノーとベルトランの複占競争を紹介し,クールノー数量競争が選択されることを示した上で,そのモデルによってマンション分譲業者と建売分譲業者の複占競争を議論している。次に,寡占市場での競争の結果として決定した特定の分譲事業における供給戸数と平均価格を制約条件として,多数の住宅を供給する特定の分譲事業の中の各住宅の相対価格がいかに決定されるべきかを理論的に検討する。
 第6 章の「外部効果をもつ土地開発に対する規制誘導策」は役重・前川(2017)の論文に基づいている。彼らの論文は住宅開発だけでなく広く土地開発を扱ったもので,土地開発に外部効果が存在する場合,社会的な最適開発規模と最適開発時期から私的なそれらが乖離することについてリアルオプションモデルを使って明らかにした上で,それらに対する課税補助金政策を論じる重要な論文であり,日本応用経済学会の論文賞も受賞している。この論文の先行研究と比べた大きな特色は,社会的な最適開発規模と最適開発時期を同時に実現させるために複数の政策を提言していることである(ティンバーゲンの定理)。具体的には,投資規模を課税標準とした課税を行うことにより最適開発規模を実現し,開発規模に課税することにより最適開発時期を実現させるというものである。
 第7 章の「既存住宅市場における最適登録価格と取引価格の決定」では,代表的な供給者と需要者を想定(供給価格と需要価格を基準化)したモデルと一般的な供給者と需要者を想定したモデルによって,第3 章の留保価格の議論と同様に各主体の留保利益と留保価格を内生化した上で,供給者の最適登録価格を論じている。これが本章の他の文献にない特徴である。代表的な供給者と需要者を想定(供給価格と需要価格を基準化)したモデルは前川(2019c)に基づいており,一般的な供給者と需要者を想定したモデルは前川(2019c) の議論を拡張したものである。また,代表的な供給者と需要者を想定したモデルでは供給者と仲介者にとっての最適登録価格を論じ,それらが異なることによるエージェンシー問題の発生の可能性を論じるのも特徴である。
 第8 章の「既存住宅市場における情報の非対称性の経済分析」は前川(2017)に基づいている。具体的には,既存住宅市場で最も問題となる情報の非対称性を扱う。情報の非対称性には隠れた情報と隠れた行動があり,この章でこれらを検討する。隠れた情報に関しては,情報開示させるための方策について検討し,シグナリングモデルを使って情報を開示するインセンティブを検討する。隠れた行動に関しては仲介者のモラルハザードを検討する。需要者に対する仲介者のモラルハザードについては,報酬が取引価格に比例することから,仲介者が需要者のために住宅購入価格を安く導くインセンティブがないことを示す。供給者に対する仲介者のモラルハザードについては,第7 章の議論を引用するとともに「両手をとる」(同一の業者が供給者と需要者双方の仲介者となる)ことも考慮し,仲介者が登録価格を供給者にとっての最適登録価格ではなく自分にとっての最適登録価格に誘導する可能性を議論する。
 第9 章の「交渉市場における取引価格の決定」ではRubinstein (1982),(1985)の完備情報下での交渉モデルと非完備情報下での交渉モデルに基づいている。Rubinstein の非完備情報下のモデルを拡張して議論を行うものとして,前川(2003b)と前川(1997b)があるが,ここでは前川(1997b) の議論を参照している。Rubinstein のモデルは大きさ1 のパイをめぐって行われる交渉であるが,ここでの交渉モデルは取引の超過利益の合計(需要者の留保価格-供給者の留保価格)の配分をめぐって交渉が行われる。完備情報ゲームでは互いに相手の留保価格を知っているとして議論され,非完備情報ゲームでは需要者は供給者の留保価格を知っており,供給者は需要者の留保価格を知らないが確率は知っているとして議論される。前川(1997b) では非完備な情報の持ち方に関して一般化しているので,それを参照して議論している。
 第10 章の「オークションにおける落札価格の決定」では,まず,封印型オークションと公開型オークションのタイプを紹介した上で,封印型オークションの第一価格封印型オークションと第二価格封印型オークションの落札価格決定について理論的に説明し,2 つの封印型オークションの期待落札価格が同一となることを示す(等価定理)。次に,裁判所が行う競売のデータを使って実証研究を行う前川・岩城(2011)に基づいて,住宅の質が競売における入札者数に影響を与えることを通じて,住宅の質に対する落札価格の弾力性が既存住宅市場の取引価格の弾力性より大きくなることを明らかにする。そして,競売における落札価格が既存住宅市場の取引価格より1 割から2 割程度低くなることも明らかにしている。
 以上が本書の概略である。
 現在,新型コロナウイルスが世界的に蔓延しており,リモートワークなどで職場での働き方,自宅での住まい方など変化が起きている。コロナ終結後も働き方,住まい方が見直されるとすれば,住宅市場に変化をもたらす可能性がある。住宅市場の新しいテーマが与えられたともいえる。これについて本書は取り扱ってはいないが,本書の主たる目的が理論モデルを提供することなので,活用は可能なものと考える。
 
 2021 年3 月に椙山女学園大学を定年退職する。本書はいままでの成果をまとめたものであるが,この成果は,大学院時代,(一財)日本不動産研究所での14 年間,明海大学不動産学部での25 年間,現在の椙山女学園大学現代マネジメント学部での4 年間において,大学院時代に指導していただいた故五井一雄先生(元中央大学名誉教授)をはじめとしてさまざまな先生方に多大なご指導,ご援助を受けてきた結果であることはいうまでもない。これらの先生方に心から感謝を申し上げたい。また,明海大学に赴任しているとき多くの大学院生を指導し,私も指導を通じて多くのことを学び,研究を進めることもできた。その成果の一部が本書でも扱った役重道明氏,曹雲珍氏,岩城雅俊氏などとの共著の論文である。指導した大学院生に対しても感謝したい。
 最後に本書の出版にあたってご尽力いただいた勁草書房の宮本詳三氏に感謝申し上げたい。
 
2020 年9 月研究室において
前川俊一
(脚注は省略しました。pdfでご覧ください)
 
 
おわりに
 
 以上,住宅市場に焦点をあてて,さまざまなタイプの市場における取引価格の決定を中心として議論してきた。
 住宅市場といっても住宅分譲市場と既存住宅市場ではタイプが異なるし,住宅開発のための素地市場は交渉市場となる。また,財務省が既存住宅など物納物件を販売する場合または裁判所が抵当権の実行のために既存住宅を販売する場合はオークション(入札,競売)の方法を用いる。本書では,さまざまなタイプの住宅市場の取引価格の決定に関して経済理論によってできる限りに正確に記述することに努めた。
 本書の特色の一つは,各タイプの住宅市場における取引価格を論じる前に,供給者と需要者が当該取引で最低限確保すべき利益(留保利益)とそれに基づく取引をするか否かの基準となる価格(留保価格)を取引価格と同時に決定するように内生化して議論していることである(第3 章)。そして,競争の程度は内生化された供給者と需要者の留保価格のばらつきで表現される。完全競争市場における一物一価の成立は,市場に参加するすべての供給者と需要者の留保価格が同一となり,それが取引価格となると表現される。市場が不完全となる場合,供給者と需要者の留保価格のばらつきが生じるが,第4 章では,供給者はその程度に応じた市場のタイプの選択を議論し,住宅分譲市場がなぜ定価市場となるか,既存住宅市場がなぜ中間型市場になるかを明らかにした。
 第5 章における住宅分譲市場の取引価格の分析では,寡占的になるといった実態を踏まえて,複占モデルを使って平均価格と住宅の販売量の決定を議論するとともに,同時に大量に住宅を販売する場合の相対価格の決定について議論した。複占モデルではクールノーの複占モデルとベルトランの複占モデルを説明し,クールノーの複占モデルが選択されることを示した上で,マンション分譲業者と建売分譲業者の複占競争を議論した。その結果,マンション分譲業者の利潤が大きくなるのは,マンション需要の価格弾力性が相対的に大きいとき(マンションの逆需要関数の勾配が相対的に小さいとき)であることを明らかにした。分譲地内の各住宅の相対価格の決定に関して,競争の結果決定された住宅供給量と平均価格を制約条件として売上高を最大化させるように決定されるモデルを示し,各住宅の相対価格が価格の変化による割引因子(売れ行きを示す指標)の変化に依存して決定されることを明らかにした。分譲住宅の価格の住宅の質に対する弾力性は,既存住宅のそれに比べ大きくなるが,分譲業者の売上高を最大化させる相対価格の決定がもたらす結果ともいえる。
 既存住宅市場では最適な売出価格(最適登録価格)の決定が供給者の戦略として重要な役割を演じるが,第7 章では代表的な供給者と需要者を想定した(供給価格と需要価格を基準化した)モデルと一般的な供給者と需要者(さまざまな供給価格と需要価格をもつ主体)を想定したモデルで,第3 章で議論した留保利益と留保価格を内生化したもとで,最適登録価格の決定を論じた。最適登録価格の決定を理論的に記述することを通じて,既存住宅市場を理論的に議論することを可能にした意義は大きい。また,登録価格の決定に関する仲介者のモラルハザードを明らかにすることもできた。
 住宅市場では,住宅分譲における用地取得の素地市場,ブランド性のある住宅の市場等といったように限定はされるが,交渉市場となる場合がある。本書では第9 章において交渉市場における取引価格決定を議論した。交渉市場では,住宅分譲市場または既存住宅市場のように定価あるいは登録価格の決定を介することなく,直接超過利益(需要者の留保価格-供給者の留保価格)の配分をめぐって交渉が行われる。第9 章では,ルービンシュタインの完備情報下と非完備情報下の交渉モデルを使って,交渉市場における交渉プロセスを理論的に示した。
 財務省の物納物件の住宅の売却または裁判所の抵当権の実行のための住宅の売却のように大量の既存住宅を同時に販売する場合,探索市場(定価市場,交渉市場,中間型市場)ではなくオークション(入札,競売)の方法が用いられる。第10 章において,オークションを取り上げ,比較的単純化した理論モデルによって第一価格封印型オークションと第二価格封印型オークションの期待落札価格が同一となることを示した。本書は理論的な分析を中心としているが,この章で唯一実証分析を行っている。主たる目的はオークションにおける落札価格と通常の既存住宅市場で決定する取引価格の質に対する弾力性の違いを明らかにすることである。分析の結果,オークションにおける落札価格の住宅の質に対する弾力性が既存住宅市場で決定する取引価格のそれより大きいという仮説が証明された。これは住宅の質の入札者数に対する影響を通じて,価格の感度を高めるためである。また,落札価格の方が既存住宅市場で決定する取引価格より低いことも明らかにされた。
 本書の主要な目的は,各タイプの市場でいかなる取引が行われ,取引価格が決定するかについて理論的に分析することであるが,住宅分譲市場および既存住宅市場を論じる際に取引価格の決定以外に重要なこともある。たとえば,少子高齢化,人口減少が進み,空き家が急増する中で住宅市場がいかにあるべきかである。
 本書はこの課題を正面から扱うものではないが,この問題を検討する理論的ツールを提供できたと考える。第6 章では住宅開発に限定しているわけではないが,外部効果をもつ土地開発に対する課税補助金政策を論じた。人口が減少している状況下での郊外における住宅地開発は,既存市街地を荒廃させ空き家を増加させるという副作用をもつ。これはまさに住宅地開発の負の外部効果である。第6 章において,土地開発の外部効果に対して課税補助金政策によって,住宅地開発の社会的に最適な開発規模および開発時期に誘導することを提案した。住宅開発の負の外部効果が大きければ,社会的最適開発規模がゼロまたは社会的最適開発時期を無限大とするような課税を行うことにより,開発を実質的に規制することが可能である。
 また,既存住宅市場の規模が欧米諸国に比べ極めて小さいことも,「空き家を増加させながら新築住宅を供給する」原因となっている。これに対して,第1 章で簡単に既存住宅市場の問題点について検討するとともに,第8 章で既存住宅市場の問題を情報の非対称性の問題として扱った。情報の非対称性には「隠れた情報」と「隠れた行動」がある。「隠れた情報」についてはシグナリングを含めて情報の開示方法を検討した。「隠れた行動」に関しては,わが国の場合既存住宅の取引にかかわる専門家が少なく仲介者に責任が集中するが,仲介者が依頼者(供給者または需要者)のために働かず自分の利益を求めて行動するインセンティブが存在することを示した上で,仲介者が依頼者のために働くインセンティブをいかに与えるかに関して検討を行った。
 以上が本書のまとめである。
 
 住宅を含む不動産は何一つ同じものが存在しないという他の生産物とは異なる特色をもつ。研究対象とみるとき不動産は極めて興味深い対象である。筆者は,長い間,他の財とは異なる不動産がどのような市場を形成するかに関心をもち,研究を進めてきた。結論を見出したとはいえないが,椙山女学園大学を定年になることを機にいままでの研究成果をまとめたいと考え,本書をまとめた。本書が若い研究者に有用な資料となることを望む。
 
2020 年9 月
前川俊一
 
 
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