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西村幸満 著
『生活不安定層のニーズと支援 シングル・ペアレント、単身女性、非正規就業者の実態』
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はじめに
1990 年代の後半以降,日本社会は,生活不安への懸念を払拭できずにいる。それは,過去に経験した好景気による成功体験と,その後に明らかにされた社会・経済的格差の広がりとのあいだで,現在,安心を実感できる機会が少ないことにある。日常でわれわれが触れるのはネガティブな情報ばかりで,それは現在だけでなく,将来に対する不安を引き起こしている。
生活安定とはことなり,生活不安を引き起こす要因は多様で複雑,そして重層的になる。本書は,近年,社会に「見える」ようになったいくつかの生活不安について,調査に基づいた分析をおこない,すでに動き出している支援のあり方について踏み込んだ検討をおこなう。
本書がとりあげる分析対象は,男性の高齢単身者,シングルマザー,働く女性単身者,そして就職氷河期世代である。社会福祉の分野では,生活の不安定化は,ライフコースにおける貧困リスクの高まり期(子ども時代,子ども養育期の大人,引退期の3 回)に顕在化しやすいことがわかっている。分析対象者の一部もこのリスクの高まり期の真っただ中にいる。就職氷河期世代は,新卒時もその後も良好な雇用機会を得られないまま,年齢的には,子育て期に入っている。
「男性稼ぎ主」モデルがうまく機能しなくなってきたことが,これらの問題が「見える」ようになったひとつの理由である。このモデルは,男性が仕事に専念し,女性が家事育児に専念するという家庭内の分業体制であり,この役割分業によって子育て期の不安定化に対処した。育児の外部化が難しい時代には,祖父母や親族,きょうだいとの同居などによっても育児によるリスクに対処してきたが,そのような家族機能はまれになりつつある。
1991 年に制定された育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律などにより,職業生活と家庭生活の両立をはかることの指針が提示されるようになっている。けれども,子どもの養育期の大人は,育児が女性の就業を抑制・中断することを求めることと,この時期に生じやすい離(死)別により,育児と仕事の両立が困難になることで生活の不安定化のリスクが高くなっている。共働き世帯の増加により,母親の就業と待機児童問題は,現代的な課題となっている。
女性の社会進出の拡大と単身者・単独世帯の増加は,「男性稼ぎ主」を標準とする一般世帯を想定して作り上げられた社会制度が実際の社会ニーズに対処できない事態を生じている。端的に言えば,家族・地域による支え合いのあり様が弱体化して,公的な制度による支援への期待が高まっているということになる。
戦後の経済成長とともに形作られたシステムが,機能を発揮できないことも要因のひとつである。就職氷河期世代は,10 年近く続いた新規学卒者採用の低迷により,職業キャリアの最初で躓いてしまい,その後日本の社会システムのなかで挽回できず,さらに子育て期に入るなど,不安定な状態にある。
本書は,すでに社会で顕在化している生活の不安定リスクの高い層を対象として,調査に基づいてその実態の解明と支援のあり方について事実の提示をおこなうことで,地域における生活支援の担い手の後押しをしようとするものである。
読者のなかには,本書の分析対象として生活保護受給世帯のことが頭に浮かぶかもしれないが,本書の対象に含まれるのは,生活困窮者自立支援法あるいは生活保護受給者の自立支援プログラムの自立・就労支援策に参加する者である。プロフィールとして生活保護を受給している者が含まれるのであるが,生活保護受給者全体を対象とはしていない。
本書は以下のような構成で,日本社会の不安定層の支援ニーズについてアプローチをする。まず,二部構成の第Ⅰ部では,生活保障という概念を使って,日本社会の推移と転換について,既存のデータや研究を整理している。
第1 章では,生活保障という視点から,日本社会の現状を捉える枠組みについて整理した。近年,日本では生活保障が脅かされているとする指摘が多い。この生活保障を支える基盤のとらえ方には大きく2 つある。これらは起点がことなるが,不思議なことにそのことを指摘するものはなかった。ひとつは,自助・共助・公助である。もうひとつは,社会保障と個人・企業保障である。
第2 章は,生活保障を下支えしてきた,雇用と家族の推移を長期的にあとづける。われわれの生活が地域から都市へ,第一次産業や自営業から雇用システムに移行し,雇用社会は,1990 年代の前半にピークを迎えたことを確認する。そして,バブル崩壊前後から,雇用の二極化が進行していることも確認する。さらに,家族構成の変化についてもデータで確認をおこなう。雇用と家族の組み合わせは,日本の生活保障にとって重要な要因であるが,その変化によって生活保障が脅かされている。
第3 章は,2000 年以降の生活支援の在り方の推移を整理し,生活保障において公的支援の役割が重要性を増すなか,さらに中央から地方へと支援の担い手が移行していることを示す。地域の生活支援の提供体制は,基礎自治体を中心に担われるようになった。それによって地方公務員の業務目標が大きく変貌している。公務員の削減傾向が長期化するなかで,地域の生活保障の担い手のはたす役割について,現状を整理しておきたい。
第Ⅰ部の最後の第4 章では,この本で使用するデータについて,社会調査法の観点から整理を行う。この30 年の間,社会調査法は,量的調査と質的調査との拮抗のなかにあった。本来は,量的調査と質的調査は,リサーチ・クエスチョンの下に統御されるものであるはずであるが,現実にはそれぞれが専門分化している。本書では,地域の生活支援の実態解明と課題解決のために,量的・質的調査を有効に用いることを目指し,調査方法にいくつかの改善を加えている。
第Ⅱ部である第5 章から第8 章は,生活困窮者自立支援窓口に支援を求めた高齢男性単身者(第5 章),同様に窓口に支援を求めたシングルマザーと働く女性単身者(第6 章),グループ・インタビューと窓口支援を求めた就職氷河期世代(第7 章)の分析と,本書の支援ニーズに関する分析結果を整理した第8 章で構成されている。
第5 章においては,高齢の男性単身者(60-69 歳と70 歳以上)とその予備軍である50-59 歳の男性単身者の支援ニーズについて分析をおこなう。高齢の男性単身者は,近年,孤立・孤独といった社会リスクの高い層として注目されている。高齢単身者というだけで,すなわち孤立しているというわけではないが,ここでは生活困窮者自立支援窓口に支援の相談に訪れた方に簡易な調査票を配布して,窓口の評価と支援ニーズについて確認している。先行研究を踏まえながら,この層への支援の方向性を検討する。
第6 章では,女性に注目して,女性のひとり親,単身の正規雇用者,単身の非正規雇用者を取り上げ,それぞれ固有の支援ニーズと共通するニーズを丁寧により分け,これらの層への支援の方向性を検討する。
第7 章は,政府の方針として3 年間で集中して支援を実施することが決まった「就職氷河期世代」について,量的分析の結果を整理したうえで,グループ・インタビュー,また第5 章と第6 章同様に,生活困窮者自立支援窓口に相談に訪れた相談者の支援ニーズの分析をおこなう。政府の30 万人正規化という目標に対して,この層のニーズは,はたして正規職に一本化しているのかを検討する。
第8 章では,生活保障という観点から,本書の成果を整理する。さまざまな理由からわれわれの生活の安定は揺さぶられてしまう。多くのリスクがすでに知識や情報として明らかになっているにもかかわらず,その準備ができていないためである。相談窓口に来る相談者の多くは,相談に来て初めて生活支援の制度について知ることになる。そして相談支援は,そこに来なければ,社会とのつながりが切れてしまう,あるいは切れてしまった相談者と社会との関係を結びなおす役割をはたしている。このように,課題となる支援ニーズを把握することで,今後の支援のあり方を問い直し続けることができることを示したい。